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第101話 再び示された力

審判は右手を高く掲げ、向かい合う二人を交互に見た。


「試合開始!」


その声が響いた瞬間、親衛隊長はすでに地面を蹴っていた。


右足を大きく踏み込み、手にした長剣をアーガの胸へ向けて突き出す。


二人の間には、まだ十数メートルもの距離が残っていた。


しかし、突き出された剣身が急速に伸びていく。


銀白色の切っ先は、瞬きする間もなくアーガの胸元へ迫った。


アーガは初めから警戒していた。


上半身を右へ捻って刺突をかわすと同時に、赤の一《火》を掌へ召喚する。


右腕から炎が噴き出し、伸びてきた剣身へ正面から叩きつけられた。


激しい炎が鋼鉄の表面を包み、剣身がわずかに赤く染まる。


それでも、長剣の勢いは止まらない。


親衛隊長が手首を軽く返した。


十数メートルまで伸びた剣身が、蛇のように軌道を変え、そのまま横薙ぎに振るわれる。


アーガは腰を深く落とした。


鋭い刃が頭上すれすれを通り過ぎ、切断された数本の髪が風に乗って舞う。


剣が引き戻される瞬間を狙い、アーガは一気に前へ踏み込んだ。


だが、長く伸びていた剣身は、わずか一瞬で通常の長さへ戻る。


親衛隊長は後退しなかった。


距離を詰めてきたアーガを迎え撃つように、長剣を上段から振り下ろす。


アーガは炎をまとった右腕を掲げ、刃を外側へ受け流そうとした。


炎と鋼鉄が激突し、赤い火花が四方へ弾ける。


重い衝撃が右腕を走った。


指先まで痺れ、アーガは三歩続けて後退する。


親衛隊長は長剣を身体の横へ戻しただけだった。


その表情には、まだ余裕が残されている。


「反応は悪くない」


親衛隊長が静かに言った。


「だが、逃げているだけでは俺には勝てないぞ」


「誰が逃げているだけだと言った?」


アーガは右手を地面へ叩きつけた。


赤の三《草》が魔力の光を放つ。


次の瞬間、親衛隊長の足元から大量の蔓が地面を突き破って現れた。


太い蔓が両脚へ絡みつき、そのまま腰と腕へ向かって伸びていく。


数本の蔓が剣を持つ手首へ巻きつき、長剣ごと動きを封じようとした。


アーガは結果を待たなかった。


緑の一《穿刺》を瞬時に召喚する。


緑色の魔力が右手へ集まり、揃えた五本の指の先から細長い刺突刃が伸びた。


拳ではない。


指先から肘までを一本の槍と見立てた、鋭い手刀。


アーガは蔓の間を駆け抜ける。


狙いは、鎧に覆われていない親衛隊長の首筋だった。


緑色の手刀が、真っすぐ喉元へ突き出される。


その瞬間、親衛隊長は突然剣の柄から手を離した。


持ち主の手を離れた長剣は、地面へ落ちなかった。


空中で急速に柔らかくなり、一本の剣身が、連結した無数の金属刃へ分裂する。


鋼鉄の鞭となった剣がしなり、身体へ巻きついた蔓の隙間を通り抜けた。


親衛隊長は再び柄をつかみ、腕を外側へ強く振るう。


「パァン!」


金属鞭が空気を切り裂き、耳を刺すような破裂音を響かせた。


拘束していた蔓が、一瞬で細かな断片へ切り刻まれる。


アーガが目前まで迫ったとき、金属鞭はすでに側面から回り込んでいた。


刃の連なりが、右腕に形成された緑色の刺突刃へ巻きつく。


親衛隊長が柄を強く引いた。


アーガの右腕が外側へ引かれ、身体の平衡が崩れる。


《穿刺》を解除するよりも早く、親衛隊長が腰を回転させた。


重い蹴りがアーガの胸へ叩き込まれる。


「ぐっ……!」


アーガの身体は数メートル先まで吹き飛ばされた。


黄砂の上を転がり、片膝をついた状態で止まる。


蹴りを受けた胸に鈍い痛みが残り、呼吸が先ほどよりも重くなった。


淡い青色の治癒光が、再び胸元を覆う。


試合の序盤で受けた剣傷は深くない。


それでも《治癒体》の力は、確実に消耗していた。


さらにカードを連続して使用したことで、体内の魔力も急速に減り続けている。


観客席からの歓声が、ますます大きくなった。


大半の観客にも、形勢は明らかだった。


試合開始から現在まで、アーガは押され続けている。


親衛隊長は形状を自在に変えられる一本の剣だけで、アーガの攻撃をすべて打ち破っていた。


親衛隊長は長剣を提げ、アーガから五メートルほど離れた場所まで歩み寄った。


だが、すぐには攻撃しない。


「その年齢にしては、確かによくやっている」


何でもないことのように告げる。


「だが、俺は遊侠級上位だ」


「この実力差は、お前程度では埋められない」


「それで?」


「お前は、まだ若すぎるということだ」


親衛隊長の長剣が、再び金属鞭へ変化する。


数十枚の刃が黄砂の上をゆっくりと滑り、耳障りな金属音を立てた。


「次の一撃で、試合を終わらせる」


アーガは、まだ完全には塞がっていない胸の傷へ視線を落とした。


そして、突然冷たく笑う。


「遊侠級上位程度の力でか?」


親衛隊長の眉がわずかに動いた。


「何か問題でもあるのか?」


「いや、何もない」


アーガは治癒に使っていた青い魔力を体内へ戻し、口元に滲んだ血を手の甲で拭った。


「俺の実力を、よく見抜いていると思っただけだ」


ゆっくりと立ち上がる。


「ただし、それは――」


右手を腰へ置いた。


「通常状態の俺の実力だ」


「通常状態?」


アーガは答えなかった。


体内の魔力が、腰の一点へ向かって一斉に流れ始める。


最初に赤い光が腰の中央へ現れた。


続いて、黄色、青色、緑色の魔力が左右へ伸びていく。


四つの光は互いに絡み合い、魔力によって構成された一本の腰帯を形成した。


観客席の騒音が、少しずつ小さくなっていく。


その場にいる者の多くは、アーガの腰に現れた装置を見たことがなかった。


観覧席に座っていた副城主ヴァルガも姿勢を正し、鋭い視線をアーガへ向ける。


親衛隊長はすぐには攻撃せず、警戒するように剣の柄を握り直した。


「それが、お前の隠していた能力か?」


「そのようなものだ」


アーガはカードケースから四枚のカードを取り出した。


「前に使ったときは、まだ制御しきれなかった」


「維持できる時間も短く、力を出すたびに身体が壊れかけた」


二年前の戦いが、一瞬だけ脳裏をよぎる。


「だが、この二年間で――」


赤の一《火》。


黄の一《熊》。


青の一《治癒体》。


緑の一《穿刺》。


四枚のカードを、順番に腰帯中央のスロットへ差し込んだ。


すべてのカードが、同時に強烈な光を放つ。


炎がアーガの右腕から肩へ向かって燃え広がった。


熊の強大な力が、筋肉と骨格へ流れ込む。


淡い青色の魔力が全身を巡り、傷ついた肉体を修復しながら、身体能力の限界を押し上げていく。


最後に現れた緑色の光は、両腕と両脚の外側へ集まった。


手の甲から指先へ向かって鋭い甲刃が伸び、脛と足先にも刺突に適した細長い刃が形成される。


四種類の魔力が、腰帯の内部で一瞬だけ激しく衝突した。


次の瞬間には、それぞれが定められた方向へ流れ始める。


異なる四つの力が、一つの魔力回路へ完全に組み込まれた。


赤色の装甲が腰から上へ伸びた。


胸、肩、腕、両脚を覆っていく。


鎧は身体を完全に密閉してはいない。


半透明の魔力構造が、皮膚へ直接張りつくように形成されている。


関節や一部の皮膚には細かな隙間が残され、装甲の内側では、流動する赤い魔光が絶えず全身を巡っていた。


中でも異様だったのは、両腕だった。


肘から指先までの輪郭が鋭く整えられ、腕そのものが二本の槍へ変化したように見える。


アーガが五本の指を揃える。


その瞬間、指先に集まった緑色の光が、鋭い一点を作り出した。


親衛隊長にも、アーガの変化は明確に感じ取れた。


先ほどまでとは、魔力の密度がまるで違う。


これ以上準備させるべきではない。


親衛隊長は金属鞭を勢いよく振るった。


数十枚の刃が三方向へ分かれ、同時にアーガへ襲いかかる。


アーガは、その場から動かなかった。


最初の刃が身体へ触れる直前。


右手が素早く持ち上がる。


親指以外の四本を揃え、伸びてきた刃の隙間へ手刀を差し込んだ。


金属刃の一節が、親指と人差し指の間へ正確に挟み込まれる。


鋭い刃先が手甲を擦り、赤い火花を散らした。


しかし、魔力装甲を切り裂くことはできなかった。


親衛隊長の顔色が変わる。


すぐに武器を引き戻そうとした。


だが、遅かった。


アーガは刃を挟んだ右手を捻り、そのまま腕を強く引いた。


熊の膂力が、金属鞭を通して親衛隊長へ伝わる。


親衛隊長の両足が地面から離れた。


その身体が、武器ごとアーガの方へ引き寄せられる。


親衛隊長は空中で剣身を急速に縮め、アーガの拘束から逃れた。


地面へ着地すると同時に、長剣をアーガの顔面へ突き出す。


アーガはわずかに首を傾けただけだった。


剣先が頬のすぐ横を通り過ぎる。


親衛隊長が腕を引くよりも早く、アーガの左手が動いた。


揃えた五本の指が、炎をまとった一本の刃へ変わる。


赤い手刀が、親衛隊長の腹部へ突き出された。


親衛隊長は咄嗟に腰を捻った。


手刀の先端は急所を外れたものの、脇腹の鎧へ深く突き立つ。


接触した瞬間。


炎と熊の膂力が、一点へ極限まで圧縮された。


さらに《穿刺》の性質を帯びた衝撃が、鎧の表面から体内へ真っすぐ貫入する。


まるで、見えない長槍が脇腹から内臓の近くまで突き抜けたかのようだった。


轟音が闘技場全体へ響き渡る。


親衛隊長の脇腹を覆う鎧が、内側へ大きく陥没した。


巨岩を叩き込まれたように、その身体が後方へ吹き飛ぶ。


親衛隊長は空中で無理やり体勢を整えた。


着地してからも十数メートルにわたって滑り続け、長剣を地面へ突き刺すことで、ようやく勢いを止める。


観客席が一瞬だけ静まり返った。


直後。


それまで以上に狂熱的な叫び声が爆発する。


親衛隊長は脇腹を押さえながら立ち上がった。


先ほどまでの余裕は、完全に消えていた。


アーガはその隙を逃さない。


赤い残光を引きながら、一瞬で親衛隊長の目前へ迫った。


右手を身体の横へ引く。


五本の指を揃え、腕全体を一本の槍へ変える。


親衛隊長は長剣を横へ構えた。


アーガの手刀が、長剣の側面へ突き出される。


剣と手刀が接触した瞬間、緑色の光が一点へ集中した。


甲高い金属音が響き、長剣を構成していた刃の一節に小さな穴が開く。


次の瞬間、亀裂が周囲へ広がった。


数節の剣身がまとめて砕け、細かな破片となって飛び散る。


親衛隊長は武器を手放し、右拳をアーガの顔へ振るった。


アーガは左手でその手首をつかむ。


力が拮抗したのは、ほんの一瞬だった。


親衛隊長の腕が、無理やり下へ押し下げられる。


「そんな……馬鹿な……」


アーガは相手の腕をつかんだまま、半歩内側へ踏み込んだ。


右肘を折り、手刀を下から突き上げる。


緑色の甲刃が、親衛隊長の胸当てと腹部装甲の隙間へ突き込まれた。


深くは刺さない。


表面を貫き、内部へ衝撃だけを通す。


親衛隊長の身体が大きく跳ね上がった。


息を吐く暇も与えず、アーガは刺し込んだ手刀を引き抜く。


続けて膝を親衛隊長の腹部へ叩き込んだ。


膝の先端を覆う緑色の魔力が、巨大な杭のように鎧へ食い込む。


拳で殴るような鈍い衝撃ではない。


身体の一点を刺し抜く、鋭く細い力だった。


親衛隊長の身体がくの字に折れ曲がる。


アーガは腰を回転させ、足先の甲刃を横から叩き込んだ。


蹴りそのものよりも、脛の外側へ形成された緑色の刃が鎧を削り、その内部へ刺突の衝撃を送り込む。


親衛隊長は闘技場の中央へ向かって吹き飛ばされた。


身体が地面へ落ちるよりも早く、アーガは小ジョーカーを取り出していた。


腰帯右側のスロットへ差し込む。


赤い魔力が、瞬時に右腕へ集中した。


炎が肘から手首へ流れ、最後には揃えた五本の指先へ集まっていく。


アーガは燃え上がる右腕を後方へ引いた。


手を固く握ることはしない。


五本の指を真っすぐ伸ばし、一本の鋭い手刀を形作る。


指先へ集まった炎が極限まで圧縮され、細長い円錐状の穂先を形成した。


赤い炎の内部には、糸のように細い緑色の光が走っている。


親衛隊長は空中で体勢を立て直し、折れた長剣を胸の前へ構えた。


アーガは地面を蹴る。


炎をまとった身体が、一直線に宙を駆けた。


「業火――」


指先に形成された炎の円錐が、激しく回転し始める。


回転する炎が周囲の空気を巻き込み、鋭い風切り音を響かせた。


「穿星!」


燃え盛る手刀の穂先が、断剣へ激突する。


長剣が耐えられたのは、一秒にも満たなかった。


刀身の中心に小さな穴が穿たれる。


そこから無数の亀裂が広がり、断剣は一瞬で砕け散った。


金属片の間を突き抜け、アーガの手刀が親衛隊長の胸へ迫る。


命中する直前。


アーガは指先の軌道を、わずかに外側へずらした。


手刀は心臓の位置を避け、右胸の鎧へ突き立つ。


鎧の表面が穿たれた。


しかし、指先は肉体を直接貫かなかった。


圧縮された炎と刺突の衝撃だけが、鎧の穴から体内へ流れ込む。


親衛隊長の身体が、凄まじい勢いで地面へ叩き落とされた。


周囲の石床が一斉に陥没する。


巨大な円形の窪みが生まれ、黄砂と砕けた石片が高く舞い上がった。


アーガは空中で身体を反転させ、煙の外側へ静かに着地する。


両足が石床へ触れると同時に、足元の炎が消えた。


腰帯のカードスロットは、今も安定した光を保っている。


全身を覆う赤い魔力装甲にも、二年前のような亀裂は生じていなかった。


舞い上がった煙が、少しずつ晴れていく。


親衛隊長は、窪みの底へ仰向けに倒れていた。


砕けた長剣の残骸が、周囲へ散らばっている。


胸当てには、手刀によって穿たれた小さな穴が残されていた。


穴の周囲は赤熱し、細い煙が立ち上っている。


親衛隊長は震える腕で身体を起こそうとした。


しかし、胸の奥へ再び鋭い痛みが走り、力なく地面へ倒れ込む。


その顔には、恐怖、困惑、そして信じられないという感情が入り混じっていた。


「これが……本当に……」


掠れた声が、唇から漏れる。


「遊侠級中位なのか……?」


そう言い残し、親衛隊長は意識を失った。


闘技場全体が、完全な静寂に包まれていた。


誰もが見ていた。


最後の一撃が命中する直前、アーガが手刀の軌道をわずかに変えたことを。


あえて心臓を外したのだ。


もし、あのまま真っすぐ突き込んでいれば――


窪みの底に横たわる親衛隊長の胸には、鎧ごと身体を貫く穴が開いていただろう。


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