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第10話 二文字がつないだ命

木製の扉が、外側から凄まじい勢いで打ち破られた。


砕けた板と土埃が、地下酒蔵の中へ一斉に飛び込んでくる。


長剣を手にしたムハンが先頭で踏み込み、そのすぐ後ろからラスティとウムが続いた。


さらにセシが姿を現し、十二人の衛兵が次々となだれ込む。


唯一の出口は、瞬く間に完全に塞がれた。


「そこまでだ!」


ムハンの声が、地下酒蔵の中へ響き渡る。


セシの視線はモルブを越え、壁際に倒れているアーガへ向けられた。


その口元に血がついているのを見た瞬間、彼女の表情が冷たくなる。


「聖イース学院の受験生を攫ったうえに、七歳の子供へ暴力を振るうとは」


紫色の瞳が、二人の盗賊を鋭く射抜いた。


「ずいぶんと肝が据わっているようですね」


モルブとモルハンは、そろって動きを止めた。


「なぜ、ここが分かった……?」


モルハンが信じられないという表情で尋ねる。


その言葉が終わると同時に、兄弟は一瞬だけ視線を交わした。


先に動いたのはモルハンだった。


地面を蹴って立ち上がり、入口を塞いでいる衛兵たちへ突進する。


弟が逃げるための時間を稼ぐつもりなのだ。


同時に、モルブは背を向けてアーガへ飛びかかった。


もう一度アーガを人質にできれば、まだここから脱出する可能性は残っている。


モルブが迫ってくるのを見て、アーガは反射的に赤の七《土》を抜いた。


カードから流れた魔力が、足元の地面へ入り込む。


モルブの足元で、土と石が突然盛り上がった。


不意を突かれたモルブは体勢を崩し、そのままアーガの目の前へ倒れ込む。


だが、反応は素早かった。


倒れながら袖の中から短剣を抜き、アーガの脚へ向かって振るう。


アーガは避けきれなかった。


刃が脚を走り、皮膚を切り裂く。


「っ……!」


痛みに顔を歪め、片膝を地面へついた。


次の瞬間。


入口から一本の矢が飛んできた。


モルブは追撃を諦め、後方へ転がって矢をかわす。


それでも矢じりが肩をかすめ、衣服と皮膚に細長い傷を残した。


「坊ちゃんから離れろ!」


ウムはすでに、二本目の矢を弓につがえていた。


一方、衛兵たちへ突進したモルハンも、ムハンに行く手を阻まれていた。


長剣と短剣が、何度も激しくぶつかり合う。


もともと重傷を負っていたモルハンは、すぐにムハンの速度についていけなくなった。


ムハンは短剣を身体の横へかわす。


その動きに合わせて長剣を振り抜き、モルハンの肩を覆う防具を切り裂いた。


モルハンはよろめきながら後退する。


開いた傷口から、再び血があふれ出した。


同時に、セシが両手を上げた。


赤い光球がモルブの背後にある石壁へ命中する。


青い光球は、モルブの胸元へ吸い込まれた。


「磁極」


強烈な吸引力が発生した。


モルブの身体が無理やり地面から引き離され、後方の壁へ向かって飛んでいく。


体勢を整える暇すらない。


背中から石壁へ叩きつけられ、そのまま磁力によって縫いつけられたように固定された。


モルハンはなおも抵抗しようとした。


しかし、ムハンの剣の柄が腹部へ突き刺さる。


身体を折り曲げたところへ、続けて肘打ちを受けた。


モルハンはその場へ倒れ、意識を失った。


ムハンは衛兵に命じ、モルハンの両手へ禁魔の手枷をはめさせた。


それから、壁に固定されたモルブの前まで歩いていく。


そして、腹部を思い切り蹴りつけた。


「兄弟そろって、本当によく手間をかけさせてくれたな」


ムハンは冷たい目で見下ろす。


「あと少しで、また逃げられるところだった」


モルブは激しく咳き込んだ。


それでも納得できない様子で、顔を上げる。


「どうやって、ここを見つけた……?」


苦しそうに息を吐きながら続ける。


「魔力を遮断する結界を張った。馬車も別の場所へ捨てたんだ」


「俺たちがまだ街の中にいると分かったとしても、こんなに早くこの酒蔵へたどり着けるはずがない!」


「それは、お前が攫った子供に聞くことですね」


セシが答えた。


モルブはアーガへ顔を向ける。


「お前、何をした?」


ムハンが再び彼の腹を蹴った。


「人に尋ねる前に、その態度を改めろ」


アーガは壁へ手をつき、ゆっくりと立ち上がった。


脚の傷からは今も血が流れている。


負傷していない方の脚へ、できるだけ体重をかけるしかなかった。


「僕を攫ったとき、最初に一つ確認したことがあります」


アーガはモルブを見つめた。


「表向きに手配されていたのは、モルハンだけでした」


「ムハン隊長も、あなたが現れたとき、モルハンに弟がいることを知らなかった」


「つまり、あなたは普段ほとんど表へ出ず、陰から兄を手伝っていたということです」


モルブは歯を食いしばった。


「それが何だ?」


「だから、あなたはモルハンほど慎重ではなかった」


アーガはカードケースから、黄色のヒグマを取り出した。


「あなたに捕まったとき、僕はこのカードで力を強化して、腕から抜け出そうとしました」


「獣化系のカードを使う人は、普通、最も目立つ能力しか意識しません」


アーガはカードへ視線を落とす。


「でも、動物が持っているのは力だけではありません」


モルブの表情が、少しずつ変わっていった。


「ヒグマは、人間よりもはるかに優れた嗅覚を持っています」


「あなたの身体からは、いくつもの酒の匂いがしました」


「それだけではありません。酒樽や木製の棚のそばに長い間いなければ、服につかないような匂いも混ざっていた」


アーガは周囲に並ぶ酒樽を見回した。


「宿で何杯か酒を飲んだだけでは、あんな匂いはつきません」


「だから、あなたたちの隠れ家は、街のどこかにある酒蔵ではないかと考えました」


「たとえ分かったとしても、それが何になる?」


モルブは歯を食いしばりながら言った。


「お前はずっと俺の手の中にいた。外の連中へ知らせる機会などなかったはずだ」


「馬車から引きずり下ろされたときには、もう意識を取り戻していました」


アーガは胸元についた、すでに乾き始めている血へ視線を落とした。


「僕はわざと暴れて、逃げようとしているように見せました」


「あなたは僕を蹴り飛ばした。そのとき、倒れながら吐いた血を道端へ残したんです」


「そうすれば、追ってきた人たちは、あなたたちがあの場所で一度止まったと判断できます」


モルブは鼻で笑った。


「血痕が一つあっただけだろう?」


「街では毎日、誰かが怪我をしている。どうして、それがお前の残したものだと分かる?」


「だから、ほかにも残しました」


アーガは赤の七《土》を取り出した。


「倒れたとき、自分の身体であなたの視線を遮りました」


「その間にこのカードを使って、石畳の隙間にたまった土へ二文字を書いたんです」


モルブの顔から、冷笑が少しずつ消えていく。


「何と書いた?」


「酒蔵」


アーガは平静な声で答えた。


「あのときは暗く、地面には血も落ちていた」


「あなたは僕を連れていくことしか考えていなかったから、書かれた文字に気づかなかった」


モルブは呆然とした。


やがて何かを理解したように、勢いよく地下酒蔵の入口へ顔を向ける。


「それで、こいつらは最初に血痕を見つけて、その二文字にも気づいた……」


「そのとおりです」


セシが言葉を引き継いだ。


「私の磁力の印が最後に消えたのも、あの付近でした」


「アーガ君の残した手掛かりを確認したあとは、周辺にある酒蔵を調べるだけでよかったのです」


モルブは信じられないものを見るように、アーガを見つめていた。


唇が何度か動いたものの、言葉は出てこなかった。


セシはアーガのもとへ歩み寄ると、その場へしゃがみ込んだ。


脚の傷を確認しながら説明する。


「磁力の印は結界に遮断されましたが、反応が消えたのはあの通りの近くでした」


「ウムが血痕を見つけ、そのあとにあなたの書いた文字を発見しました」


「周辺で地下酒蔵を持つ建物は、この廃業した酒屋だけでした。ですから、私たちは迷わずここへ向かったのです」


ムハンは衛兵たちへ手を振った。


「二人に改めて手枷をかけろ。夜が明けたら、まとめて護衛隊本部へ連行する」


衛兵たちはモルブを壁から引き剝がし、両手へ禁魔の手枷をはめた。


そして、意識を失っているモルハンとともに地下酒蔵の外へ連れ出していく。


ムハンだけは最後までその場に残っていた。


しばらくアーガを見つめたあと、片手を差し出す。


「大したものだ」


「私はムハン。王城護衛隊第九隊の隊長を務めている」


アーガは脚の痛みに耐えながら、その手を握った。


「アーガです」


セシはアーガの傷のそばへ、そっと手を当てた。


淡い青色の治癒魔法が、傷ついた皮膚を包んでいく。


血はすぐに止まり、強かった痛みも徐々に和らいだ。


「七歳で、このような状況でも冷静さを失わなかった」


セシは顔を上げ、アーガを見る。


「それに、習ったカードを利用して、追跡の手掛かりまで残した」


わずかに微笑み、続けた。


「正式に学院へ入ったら、いつでも私のところへ来てください」


「はい」


アーガは即座に答えた。


セシは小さく笑い、それ以上は何も言わなかった。


そのときになって、ラスティがアーガの前へ歩み寄った。


治りかけている脚の傷を確認し、さらに首元や手首も注意深く調べる。


ほかに大きな怪我がないと分かると、突然アーガの身体を抱き締めた。


「ご無事で……本当によかったです」


声はひどく抑えられていた。


しかし、アーガを抱く腕からは、なかなか力が抜けなかった。


ウムもそばへ来て、アーガの背中を軽く叩いた。


その瞬間になってようやく、一晩中張り詰めていた身体から力が抜けたのだろう。


近くの酒樽にもたれ、そのまま石床へ座り込んだ。


「本当に、心臓が止まるかと思ったぞ」


ウムは長く息を吐いた。


「坊ちゃんに何かあったら、帰ってから領主様と奥様にどう顔向けすればいいんだ」


「ごめんなさい」


アーガは気まずそうに頭をかいた。


「僕が一人で夜中に宿を出たから、捕まったんです」


ラスティはようやく腕を緩め、一歩後ろへ下がった。


そして、もう一度アーガの様子を確認する。


「脚はまだ痛みますか?」


「セシ先生が治療してくれたので、少し違和感があるだけです」


ラスティはセシへ向き直り、丁寧に頭を下げた。


「アーガ様を救ってくださり、ありがとうございました」


「私に礼を言う必要はありません」


セシの視線は、今もアーガへ向けられている。


「この子自身が、私たちへ十分な手掛かりを残してくれたのです」


「ほかの子供であれば、私たちが到着するまで耐えられなかったかもしれません」


一行が地下酒蔵を出た頃には、空が白み始めていた。


朝一番の光が、通りの向こうから差し込んでくる。


アーガは眩しそうに目を細め、衛兵たちに連行されていくモルハンとモルブの背中を見送った。


そこでようやく、ほとんど忘れかけていたことを思い出す。


今日は聖イース学院の受付日だ。


そして、本試験は明日に迫っている。


(明日の試験……)


アーガは、昇り始めた朝日を見上げた。


(僕、一睡もしてないんだけど……)

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