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EP 3

新聞紙ポカポカ説教と、地獄の更生プログラム

「……あの、コハルちゃん? なんでそんな親の仇を見るような目で私を見つめながら、新聞紙を隙間なくガチガチにロール状へと丸めているのかしら……? ねぇ、それ叩かれたら結構痛いやつよね? 角を机でトントン均すのやめてくれない!?」

ルナミスキング・ポポロ支店のボックス席。

テーブルの上にぶちまけられた、禍々しい真っ赤な督促状の山。

その前で、さっきまで度数四十五度のサケスキーをあおって「もっと高い肉を寄越せ」とふんぞり返っていた自称・永遠の17歳こと世界神ルチアナは、膝の抜けた芋ジャージの裾を震わせながら、完全に正気を取り戻して後ずさっていた。

「……ルチアナ様」

私は、極めて事務的な、そしてすべての温度を冷凍室に置き忘れてきたような静かな笑みを浮かべた。

「貴女、いま自分の置かれているバイタルサイン(社会的生命)が、どれほど凄まじい心肺停止状態にあるか、ミリ単位でも自覚していらっしゃいますか?」

「え、えーっと……ちょっと今月、推しの月人君のファンクラブ限定生写真セット(金箔サイン入り・全百種コンプリート仕様)をどうしても揃えたくて、クレカの枠をほんの少し……そう、誤差の範囲で使いすぎちゃっただけでぇ……」

「誤差で金貨百枚(一千万円)の限度額が天井に張り付いて、リボ払いの金利が年率十五パーセントで雪だるま式に膨れ上がるわけがないでしょうがぁぁぁっ!!」

パスンッ! パスンッ! パスンッ!

「ぎゃあああああぁぁぁっ!? 痛い! 痛いわよ! なんで神様が平民の小娘に新聞紙でポカポカ叩かれなきゃいけないのよぉぉっ!?」

「痛いのは貴女の頭じゃなくて、その腐りきった金銭感覚です! はい、反省! ポカッ! 現実を見なさい、ポカッ! いい歳した大人の公務員が、後先考えずに上限いっぱいまで枠を溶かすんじゃないの、ポカポカポカッ!!」

「痛い痛い痛い! リリス、助けなさいよ! 主神への反逆罪よ、不敬罪でこのナースを逮捕しなさい!」

「む〜り〜で〜す〜! 自業自得で〜す!」

見習い女神リリスは、テーブルの端でメロンソーダをストローでズズズと啜りながら、死んだ目でそっぽを向いた。

「だいたいルチアナ先輩、私のエンジェルスマホのテザリング代すら『後で払う』って言って三ヶ月踏み倒してるじゃないですか! 先月なんか、私の手取り十八万から勝手に五万円抜いて『月人君の握手会遠征費(福岡往復)』に消えたんですよ!? 私、月末に水道止まって公園の噴水で顔洗ったんですからね! もっと叩かれてしまえです!」

「あんた、後で覚えてなさいよぉぉっ! ひぃっ、コハルちゃん、もう叩かないで! 新聞のインクが鼻につくぅぅっ!」

私が丸めた新聞紙でリズミカルにルチアナの金髪を叩き続ける中、隣の席で腕を組んでいたレオン様が、底冷えのするような冷徹な声で口を開いた。

「……不愉快極まりないな。コハルをこの世界へ喚起させた恩人であるかと思えば、ただの身を持ち崩した多重債務者か」

レオン様が指先をわずかに鳴らすと、ルナキンの店舗の影から、漆黒の装甲を纏った公爵家直属の影の部隊(シャドウ)が三名、音もなく現れ、ルチアナの座るボックス席の周囲に幾重もの魔導結界を展開した。

「ひっ!? な、何よこれ!? 空間転移魔法が遮断されてる……!?」

「当然だ。貴様がこの場から神威を使って逃亡を図る可能性など、最初から計算済みだ。……本来であれば、我が至宝に寄生して不当な利益を貪ろうとした大罪、その首級を落として大地に晒すところだが……コハルが教育的指導(トリアージ)を望むのであれば、私はその執行環境を完璧に整えるまでだ」

レオン様は私の手元へそっと歩み寄り、私の乱れた前髪を優しく指先で整えてくれた。

冷酷な処刑人から、一瞬で過保護な婚約者へと切り替わるその温度差。

「コハル。疲れたら交代しなさい。私が物理的に、彼女の頭蓋骨を痛まない程度に締め上げて反省を促そう」

「あ、大丈夫ですレオン様。物理で締めると死んじゃいますから、ここは社会的な手段でいきましょう」

私がにっこり笑うと、ルチアナは全身の毛穴から冷や汗を吹き出させた。

「……さて。逃げ道が塞がれたところで、現実的な返済計画の査定に入りましょうか。――ニャングルさん、出番ですよ」

カチリ、チャリ……ン。

私の呼びかけに応じるように、店の奥の座敷席から、仕立ての良い着流し風スーツを粋に着こなした猫耳の男が、煙管から紫煙をくゆらせながら歩み出てきた。

首からは、使い込まれた真鍮製の五桁算盤がジャラリと音を立ててぶら下がっている。

「まいど。ゴルドスマイル銀行ポポロ村支店長、兼、村の財務統括のニャングルや」

ニャングルはルチアナの前に立つと、冷ややかに片眼鏡を光らせ、テーブルの赤紙を煙管の先で小突いた。

「……えげつない額やな、姉ちゃん。天界金融法に基づくリボ天井、未払い元金一千万円(金貨百枚)。放置すればあと三日で大宇宙管理局の黒服レスラーが飛んできて、スーツケースに詰められてシーラン海のマグローザ漁船行き……。あそこに乗せられたら最後、船内通貨『K(ケツフキ)』でチンチロやらされて、一生陸には上がれへんで」

「ひ、ひぃぃぃっ! マグローザ漁船だけは嫌ぁぁぁっ! 魚臭いし、スマホの電波届かないし、月人君のファンクラブの継続手続きができなくなっちゃうぅぅぅっ!!」

ルチアナはテーブルに額を擦り付け、ボロボロと大粒の涙を流してニャングルのスーツの裾に縋り付いた。神の尊厳は完全にマイナス域へと突入している。

「助けて! なんでもする! なんでもするから、お金を貸してぇぇぇっ!」

「アホ言え」

ニャングルは無慈悲に算盤をパチィン! と弾いた。

「ウチは慈善事業やない、れっきとした金融機関や。返済能力ゼロ、担保ゼロ、信用情報ブラックリスト真っ黒の駄女神に貸す金なんぞ、銅粒一枚たりともあるわけあらへん」

「そんなぁぁぁっ!」

「……ただし」

ニャングルは不敵に口角を上げ、私と視線を交わした。

「コハルはんの顔を立てて、一つだけ『合法的に完済する道』を用意したったわ」

ニャングルが懐から取り出し、テーブルの上に叩きつけたのは、一枚の分厚い羊皮紙――びっしりと分刻みのスケジュールが書き込まれた**『ポポロ村・緊急集中労働更生シフト表』**だった。

「……な、何よこれ?」

ルチアナがおずおずと顔を上げる。

「見たら解るやろ。ポポロ村の現場労働による、超短期集中返済プログラムや」

ニャングルが指先で項目をトントンと叩く。

「ポポロ村は今、農業も観光も物流も、人手不足で猫の手も借りたい超・売り手市場や。特に危険手当のつく現場、体力を極限まで使う現場は、日当が跳ね上がる。……あんた、腐っても世界神やろ? 体力と魔力だけは無尽蔵にあるはずや」

私が引き継ぐように、極上の笑顔でシフト表の内容を読み上げた。

「まずは明日早朝、脱走癖のある『人参マンドラ』の全力疾走捕獲および、毒舌キャベツの収穫作業。午後は泥沼夫妻のハウスに潜入して、魔性の果実『メロロン』の命懸けの収穫作業。明後日は元氷魔将軍スアイさんの雪山で、極寒の丸太薪割りとサウナ熱波師。そして最終日は、三国前線基地への超高速デリバリー弁当配達……」

「ちょ、ちょっと待ちなさいよ! なによその肉体労働のフルコース!? 私、創造神よ!? 手のひらから光を出して奇跡を起こすのが仕事なの! なんで泥にまみれて野菜追いかけたり薪割ったりしなきゃいけないのよ!?」

ルチアナがヒステリックに叫んだ瞬間。

パスンッ!!

「いったぁぁぁいっ!?」

私の手にした新聞紙ロールが、再びルチアナの脳天へ正確無比に振り下ろされた。

「寝言は寝てから言いなさい! 汗水垂らして働いて稼ぐことの尊さを忘れたから、そんな風に他人のクレカ枠やリボ払いに依存するモンスターになるんです! 労働は最大のデトックス! 身体を動かして、規則正しい生活をして、自分の力で稼いだ金で借金を返す……これこそが、今の貴女に必要な唯一の『根本治療』よ!」

「う、うぅぅ……っ。コハルちゃん、ナースの皮を被った鬼軍曹よぉ……っ」

頭を押さえて涙目で縮こまるルチアナ。

「ふん。決まりやな」

ニャングルが満足げに算盤を懐にしまった。

「日当は全額、ゴルドスマイル銀行が仲介して大宇宙管理局の返済口座へダイレクト天引き送金や。あんたの手元には、現場のまかない飯と、一日の終わりに飲むポポロ村特産の冷たい麦茶しか残らへんから、そのつもりで覚悟しときや」

「私のビールとお菓子はぁぁぁっ!?」

「あるわけないでしょ! 贅沢品は完済してからです!」

私が一喝すると、ルチアナは「あんまりよぉぉ……」とルナキンの床に突っ伏して咽び泣いた。

その姿を冷ややかに見つめながら、リーザが持参した二個目の茹で卵の殻をペリペリと剥き、

「……甘ったれてはいけませんわ、ルチアナ様。タダで寝起きできる宿と、三食のまかないが出るだけ、道端でハトとパン屑を奪い合っていたわたくしからすれば、天国のような待遇ですのよ」

と、底辺の説得力に満ちた言葉を投げかけていた。

こうして。

天界の最高権威でありながら、絵に描いたような多重債務者へと転落した駄女神ルチアナの、ポポロ村を舞台にした『地獄の更生肉体労働プログラム』が完全に確定した。

「さあ、明日は朝五時起きですよ、ルチアナ様。遅刻したら、マシロちゃんに音速で部屋まで叩き起こしに行かせますからね」

「ギャハハ! 任せとき! 耳元で満月級の咆哮かましたるわ!」

「神様ぁぁぁ……! 誰か助けてぇぇぇ……っ!(※自分が神様)」

ポポロ村の夜空に、自業自得な駄女神の悲痛な叫びが木霊する。

翌朝から始まる、泥と汗と奇奇怪怪な魔境野菜たちとの死闘を、彼女はまだ何も知らなかったのである。

読んでいただきありがとうございます。

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