EP 9
神の炎上と、コールセンター行き
「ぎゃあああああああああぁぁぁぁぁっ!!! 止まれ! 止まってくれぇぇっ! 私のチャンネルの低評価ボタンが、毎秒一万回ペースで連打されているぞぉぉぉぉっ!!」
天界の底、どす黒い業火が渦巻くワイズ神殿。
炎上神ワイズは、頭髪を両手で激しく掻きむしり、瞳から血のような火の粉を撒き散らしながら絶叫していた。
彼の目の前に浮かぶ神域大型モニターには、彼がプロデュースした生配信『#真実の叡智 #愚民に下る神罰』の成れの果てが、無残な姿で鎮座していた。
画面には、泡を吹いて気絶した元・最高賢者ギデオンのドアップ。そしてその背後には、彼が必死に隠してきた『裏金横領帳簿』と、痛々しすぎる『恥ずかしい検索履歴と自撮りポエム日記』が、未だに極彩色で点滅し続けている。
コメント欄は、もはや天界中の神々やリスナーからの罵詈雑言で埋め尽くされ、サーバーが物理的に発火しそうなほどの勢いで炎上していた。
【ワイズのチャンネルへのコメント欄】
『「50代 賢者 モテる 魔法の香水」はさすがに草を禁じ得ないwww』
『信徒の性癖と黒歴史を全世界に生配信する神、斬新すぎて草枯れる』
『平民を見下してたエリートの正体が、ただの横領ポエムおじさんとか誰得だよ』
『自作自演テロの証拠まで4K画質でバッチリ撮られてて草。完全な犯罪教唆じゃん』
『【悲報】炎上神ワイズ、平民ナースにまたしても無音で完全敗北』
『通報しました。天界倫理規約違反でアカウントBAN(利用停止)不可避』
ピコンッ! と、天界運営局から禍々しい赤色の公式通知がワイズの端末に届いた。
『――【最終警告】:貴殿のアカウントは、度重なるヤラセ配信、犯罪教唆、ならびに極めて不快な検索履歴の無差別拡散により、天界規約第十三条に抵触しました。これ以上の不適切な配信が行われた場合、神格の一時剥奪およびチャンネルの永久停止処分(BAN)を下します』
「う、嘘だろ……!? 永久停止処分だとぉぉぉっ!? 私の……私の十万年かけて築き上げた登録者数が……っ!」
ワイズはその場にへたり込み、子供のように大号泣した。
暴力(勇者)も、宗教(大司教)も、そして知識と情報(賢者)すらも。
彼が現場へ送り込んだ「傲慢な刺客たち」は、コハルの構築した『合理的で温かいインフラ』と『平民たちの笑顔』の前に、ことごとく自爆し、彼自身の神としての威厳を削り落とすための燃料にしかならなかったのだ。
――一方、その真逆を行く、甘いストロベリーシャンパンの香りが満ちるカグヤ神殿。
『おーっほっほっほっ! ざまぁご覧あそばせ、炎上クソ神ワイズ!!』
月の女神カグヤが、ウサギ耳の使い魔たちに両脇から扇子で仰がれながら、神殿の純白のソファの上で足をバタつかせて高笑いしていた。
『見ましたこと、全天界の神々よ! コハルちゃんがプロデュースした『#ダダモレダケで暴露される賢者の恥ずかしい秘密』の配信、同時接続数は驚異の天界ギネス新記録・八百万人を突破いたしましたわーっ!!』
カグヤの端末には、天界中の商業神や通信神、さらには美容神たちから、天文学的な額の【虹色スーパーチャット】がナイアガラの滝のように雪崩れ込んでいた。
【カグヤのチャンネルへのコメント欄】
『エリートのメッキが剥がれる瞬間、最高にスカッとした!!』
『ルナ・スマホの操作性、神々の端末より洗練されてて草。天界でも販売してくれ!』
『コハルちゃんの冷静なトリアージ、何度見ても惚れ惚れするわ……』
『レオン公爵の最後のプロポーズ予告、全天界の乙女神が尊死しました!!』
『ええ、ええ! 真実を隠蔽し、民を愚弄する時代は終わりを告げましたのよ! コハルちゃん、そしてレオン公爵! 今回も最高の神回をありがとう! この莫大な善行ポイントの配当、すべて明日の夜の『全帝国公開プロポーズ』のための超特大・演出予算(花火十万発と神域の紙吹雪)として全額投資させていただきますわーーーっ!!』
――その頃、地上(帝都)の帝国魔導学園・総本部。
「――これより、ルナミス公爵家・法務監査部、ならびに帝国憲兵隊による、帝国魔導学園の『全面的な解体および資産没収手続き』を執行する。抵抗する者は国家反逆罪とみなし、即座に身柄を拘束する」
レオン様の冷徹な号令のもと、漆黒の甲冑に身を包んだ公爵家のエリート部隊が、学園の正門を突破していった。
ギデオンがダダモレダケの作用で「裏金の隠し場所」から「不正論文の原本」に至るまで、すべてのデータを帝都中のスマホに全自動プッシュ通知してくれたため、家宅捜索は驚くほどスムーズに進行した。
「報告いたします、レオン閣下! ギデオンの別荘の地下金庫より、横領された研究費五億ルナ、ならびに不正取引の証拠書類をすべて押収いたしました!」
「即刻凍結だ。金貨は全額、コハルが計画している『平民向け無料学校の設立基金』および『ルナ・ネット通信網の維持費』として充当しろ」
「ハッ!!」
レオン様の電光石火のバックアップにより、何百年も帝都に君臨し、知識を独占して平民を見下してきた特権階級の牙城は、わずか数時間のうちに完全に解体された。
そして、泡を吹いて気絶していた元・最高賢者ギデオンの身柄は、コハルの下した『因果のトリアージ』に基づき、ある特殊な部署へと護送されることとなった。
帝都下層区に新設された、巨大なレンガ造りのビル。
その一室には、無数のルナ・スマホとヘッドセットが並び、けたたましい呼び出し音が鳴り響いていた。
看板に掲げられているのは――『タローマン&ルナ・ネット総合お客様サポート・コールセンター』。
「……あ、あのぉ……! お電話ありがとうございます、タローマンお客様相談室のギデオンでございますぅぅ……っ!」
ブカブカの黄色いタローマン作業着を着せられ、頭にヘッドセットを装着した元・最高賢者ギデオンが、机に額を擦り付けるようにして電話口にペコペコと頭を下げていた。
『――おい! ワシのスマホの画面が真っ暗になって動かんのじゃが、どうなっとるんじゃ! 孫の写真が見られんだろうが!』
受話器の向こうから、下層区の気難しそうなおじいちゃんの怒鳴り声が響く。
「ひ、ひぃぃっ! 大変申し訳ございません! そ、それはですね……端末の右側面にある小さな黒いボタンを、三秒ほど長押ししていただけますでしょうか……っ!?」
『おお、ついたわ! なんじゃ、最初からそう言えバカもんが!』
ガチャリ、と手荒に切られる通話。
「ううっ……。私のような最高賢者が、なぜ平民の『画面がつかない』などという初歩的な質問に、泣きながら平謝りせねばならんのだぁぁ……っ!」
ギデオンが涙と鼻水で顔をグシャグシャにして項垂れると、隣の席から、太い腕がドンッと肩を叩いてきた。
「おい、新人! 手を止めるな! 保留音が鳴りっぱなしだぞ!」
振り返ると、そこには同じく黄色い作業着を着こなし、見事な手つきで三台の電話を同時にさばいている、元・大司教ボルドーの姿があった。
規則正しい労働と便所掃除のおかげですっかり贅肉が落ち、健康的な体つきになった元大司教は、先輩風を吹かせながらギデオンを叱責した。
「わ、私に指図するな、ボルドー! お前だって元は平民から金を巻き上げていた同類だろうが!」
「過去の栄光にしがみつくな、このポエム野郎! 俺たちはな、あの平民ナース様の圧倒的なエビデンスの前に敗北した『現場の労働者』なんだよ! ほら、次は『タローソンのからあげ弁当にマヨネーズが入っていなかった』という主婦からの超絶クレームだ! 誠心誠意、心を込めて謝罪しろ!!」
「ひ、ひぎぃぃぃぃん! 申し訳ございません奥様ぁぁぁっ! すぐに特製マヨネーズをドローンでお届けいたしますぅぅぅっ!!」
かつて安全な塔の上から平民を見下し、情報を操作して悦に入っていたエリート賢者。
彼に下された最も重く、そして最も教育的な罰は、自分が最も見下していた平民たちの生の声(クレームと感謝)を、一日十二時間、電話口で直接受け止め続けるという『現場の泥臭い下積み労働』だった。
「……ふふっ。ギデオンさん、意外とコールセンターの適性があるみたいね。顧客対応の満足度スコア、初日にしては悪くないわ」
ルナ・スパ帝都本店の特設管制室で、私は手元のタブレットに表示されたコールセンターの稼働状況を見ながら、満足げに微笑んだ。
「ギャハハ! あのおっさん、電話口で『ポエム賢者』って平民にバレて、余計にいじり倒されとるらしいで! 完全に帝都の愛されマスコット(玩具)やな!」
マシロがウサギ耳を揺らしながら、タローソン特製の串カツを美味しそうに頬張る。
「♪クレーム対応〜、乗り越えて〜、立派な社会人に〜なるのですわ〜!」
リーザがマイクを片手に、湯上がりの客たちに向けて明るい歌声を届けている。
「……あー、姉御。ギデオンの横領金から還元された善行ポイントで、帝都の全平民に『ソシャゲの十連ガチャ無料チケット』が配られたんすけど……俺、また全部ドブに捨てちまったっす……」
「フェイト、あなた本当に学習しないわね。明日からコールセンターの夜間警備も追加よ」
「ううっ、自業自得っす……っ」
賑やかで、どこまでも温かい、いつものポンコツな日常。
フェイクニュースによる混乱は完全に消え去り、帝都の平民たちはスマホを通じて笑顔を共有し、ルナ・スパの大浴場で心身を癒やしていた。
「――ふふ。これで、帝都の通信網は完全に盤石ね」
私がホッと息を吐き、冷たいオロポを飲もうとグラスに手を伸ばした、その時だった。
スッ、と。
背後から伸びてきた長くてたくましい手が、私の手首を優しく包み込み、そのまま私の身体ごと引き寄せて、ふかふかのソファへと抱きすくめた。
「レ、レオン様……っ」
振り返ると、そこには漆黒のVIP専用館内着を着こなしたレオン様が立っていた。
彼の漆黒の瞳には、昼間の冷徹な軍司令官の光は微塵もなく、私だけをどこまでも甘やかし、独占しようとする『熱い男の熱情』が宿っていた。
「害虫の処理も、事後処理の監査も、すべて完了した。……君が創り上げたこの『神域の通信網』は、今や帝国のすべての民、すべての街を一つに繋ぎ合わせている」
レオン様は私の頬を大きな手で包み込み、親指で私の下唇をそっと撫でた。
その触れ方は、どこまでも過保護で、けれど抗えないほどの強烈な独占欲に満ちていた。
「君の知略と優しさは、世界を救った。……だが、コハル。今夜ばかりは、他人のバイタルサインなど忘れなさい」
レオン様の低く甘い声が、私の耳元を心地よく震わせる。
「明日の夜……帝国中のすべてのルナ・スマホ、すべての魔導スクリーンが、私と君のためだけに光り輝く。……君がこの世界で一番幸せな女性であることを、全宇宙に見せつけてやろう。逃げる準備など、決してするなよ、私の至宝」
レオン様の漆黒の瞳に、私だけが映り込んでいる。
恋愛ラダー最終到達点――第10段への扉が、今まさに開かれようとしていた。
「……はい、レオン様。逃げたりなんて、絶対にしません」
私が満面の笑みで頷くと、レオン様は愛おしくて堪らないように目を細め、明日の夜への誓いを込めるように、私の唇へと深く、熱い口づけを落としたのだった。
フェイクニュースを粉砕し、真実のインフラを打ち立てた平民ナース。
いよいよ物語は、全帝国民と天界の神々を巻き込んだ、最高に甘くて盛大な『公開プロポーズと完全なる囲い込み』のフィナーレへと向かっていくのだった。




