EP 7
自作自演のテロと、ドローン生中継
深夜二時。
帝都の喧騒が寝静まり、空に浮かぶ二つの月が冷たい光を投げかける時刻。
ルナ・スパ帝都本店の裏手、地下深くへと続く『熱湯源泉パイプライン・管理区画』の前に、深い濃紺のローブを頭からすっぽりと被った人影が忍び寄っていた。
「……ククク、愚かな平民どもめ。ネットだのレビューだので、この最高賢者ギデオンの至高の叡智を論破した気になって浮かれおって……」
フードの隙間から覗くギデオンの瞳は、どす黒い執念と狂気で血走っていた。
昼間のレビューによる大敗北で、彼の誇り高きプライドは粉々に砕け散っている。しかし、炎上神ワイズから直接授かった紫色の魔導符を握りしめた今、彼の脳内は「平民への残虐な復讐」と「自作自演の救世主劇」という甘美な妄想で満たされていた。
「この魔導符を使えば、地下水脈からワイズ様直属の凶悪な魔獣『ヘドロ・ヒドラ』が召喚される。……奴隷どもが湯船の中で溶かされ、阿鼻叫喚の地獄絵図となったところで、この私が颯爽と現れて魔獣を討伐してやるのだ!」
ギデオンは、誰もいない暗闇に向かって悦に入りながら独り言を並べ立てた。
「そうすれば、平民どもは涙を流して『やはり賢者様の言った通り、あのスパは呪われた魔窟だった! お救いください賢者様!』と我が足元に這いつくばるに決まっている! 真実とは、力と知識を持つ者が後からいくらでも捏造できるものなのだよ! ハーッハッハッハッ!」
ギデオンは鍵のかかった鉄扉をピッキング魔法で軽々とこじ開け、ルナ・スパの心臓部である巨大な源泉ボイラー室へと侵入していった。
――自分が踏み込んだその空間が、すでに『一億四千万画素の超高精細・完全包囲網』の中にあるとは、夢にも思わずに。
――一方、その頃。
ルナ・スパ最上階、ルナミス公爵家・特設管制室。
「……対象、地下第二ボイラー室への侵入を確認。生体スキャン、音声ログ、魔力波形、すべて記録完了よ」
私は、壁一面に並んだ魔導モニターを見つめながら、夜勤のナースステーションで急変患者のモニターを監視していた時と同じ、極めて冷静なトリアージの声を出した。
モニターには、【善行ポイント通販・段5】で配備された最新鋭の『超小型・光学迷彩ステルスドローン』数十機が捉えた、ギデオンの姿が信じられないほどの高画質(4K解像度)でリアルタイムに映し出されていた。
「ギャハハ! あのおっさん、真っ暗なボイラー室の中で一人でポーズ決めて高笑いしとるで! 痛々しすぎて見てられへんわ!」
マシロが、夜食の『タローソン特製・夜鳴き豚骨ラーメン』をすすりながら、お腹を抱えて大爆笑している。
「♪深夜の〜悪巧み〜、全部カメラに〜映ってますわ〜! 音声マイクの感度も、わたくしのライブ並みに最高ですの!」
リーザがヘッドホンを押さえながら、ギデオンの独り言をノリノリでリミックスしていた。
「……あー、姉御。あいつ、さっきから『平民は家畜』とか『魔獣で溶かしてやる』とか、裁判で一発死刑になるレベルの自白をノーカットで垂れ流しまくってるっすよ」
フェイトが、大剣を肩に担ぎながら呆れ果てたようにモニターを指差す。
「ええ。証拠としては百点満点、これ以上ない撮れ高ね」
私はエプロンのポケットから管理者用スマホを取り出し、帝都全域を統括する【ルナ・ネット基幹サーバー】の操作パネルを開いた。
「暴力でねじ伏せる必要はないわ。エリート様がそこまでして世界に見せつけたかった『真実の姿』なんだもの。……帝都の皆さん全員に、特等席でお届けしてあげましょう」
私は不敵な笑みを浮かべ、画面に浮かび上がる『全帝国ルナ・スマホ強制プッシュ通知&緊急生中継』の赤いボタンに、人差し指を置いた。
「――配信開始」
真夜中の帝都。
ベッドの中で眠りについていた何十万もの平民たちの枕元で、一斉に軽快なアラート音が鳴り響いた。
『――ピロリロリーン♪ 【ルナ・ネット緊急特別番組:最高賢者ギデオンの深夜の自作自演ショー・完全ノーカット4K生中継】が始まりました』
「ん……? なんだ夜中に……」
「緊急特番……? ギデオンって、あの昼間のデマ野郎か?」
目をこすりながらスマホを手にした平民たちは、画面をタップした瞬間、そこに映し出された映像を見て一気に眠気を吹き飛ばした。
画面には、夜間の暗視カメラとは思えないほど鮮明に、ドアップで映し出されたギデオンの顔。
そして、高音質マイクが拾った、彼の醜悪な肉声がそのまま帝都中に響き渡る。
『フハハハッ! この魔導符でヘドロ・ヒドラを召喚し、湯船の中の平民どもを皆殺しにしてくれる! 奴らの命など、私の権威を取り戻すための安い薪に過ぎんのだぁぁっ!』
その瞬間、ルナ・タイムラインのコメント欄が、音速を超えた勢いで爆発した。
【緊急生配信へのコメント(同時接続:三十五万人突破)】
『うわあああああガチの自作自演テロじゃねえか!!!』
『「平民を皆殺しにして救世主ぶる」とか吐き気するわ!!』
『画質良すぎて鼻毛まで見えてんぞ賢者様www』
『完全に犯罪の決定的瞬間で草。憲兵隊早く来てくれー!』
『コハル様、深夜に最高の神エンタメ配信助かる』
帝都中の民衆が固唾を呑んでスマホを見つめる中。
画面の中のギデオンは、自分が三十万人以上の大観衆の前で全世界配信されているとは夢にも思わず、いよいよ悦に入りながら魔導符を天へと掲げた。
「出でよ、ワイズ様より賜りし滅びの獣! 『ヘドロ・ヒドラ』よ! この不浄なるスパを、我が復讐の血で染め上げるのだぁぁぁっ!!」
バリバリバリィッ!!
紫色の邪悪な稲妻が走り、床の魔導陣から、異臭を放つ巨大な八つ首の汚泥モンスターが姿を現した。
「ギョエェェェェェェッ!!」
ボイラー室を揺るがす魔獣の咆哮。ギデオンは勝利を確信し、両手を広げて高笑いした。
「ハハハッ! 成功だ! さあ暴れろ、喰い殺せ! そして私に討伐さ――」
「――はい、撮影ストップ。そこまでよ、深夜の侵入者さん」
「……は?」
背後から響いた、あまりにも場違いで事務的なナースの声に、ギデオンは凍りついたように振り返った。
ボイラー室の頑丈な防音扉がゆっくりと開き、そこから姿を現したのは――
白い清潔なエプロンをつけた私と、ボイラー室の作業着を着たマシロ、フェイト、リーザ。
そして、その中央に立つ、漆黒の軍服を纏った絶対的な支配者――レオン様だった。
「な、なぜ貴様らがここに……!? ま、まさか私の計画を……ッ!」
ギデオンが狼狽する。
「計画も何も、あなたが入り口のピッキングを始めた瞬間から、帝都中の全平民三十五万人がスマホの生中継であなたの独り言を鑑賞していたわよ」
私がスマホの画面をギデオンに向けて掲げると、そこには彼自身のマヌケなドアップと、滝のように流れる辛辣なアンチコメントが映し出されていた。
「ば……っ、な、生中継だとぉぉぉぉっ!?」
ギデオンの顔から、完全に血の気が引いた。
「ええい、知るか! 証拠など、この魔獣で貴様らごと跡形もなく噛み砕いてしまえば隠滅できるわ! やれ、ヘドロ・ヒドラ! そいつらを八つ裂きに――」
「――うるさいわね。深夜のボイラー室で大声を出すんじゃないわよ」
私が冷徹に指示を出すまでもなく、我が陣営の誇るポンコツ(最強)部隊が動いた。
「♪夜更かしは〜、お肌の〜大敵ですわ〜!」
リーザの超音波ソングがヒドラの鼓膜を破壊して怯ませ、
「邪魔やボケェェッ! ワテの夜鳴きラーメンが伸びるやろがぁぁっ!」
マシロの渾身のウサギ・ドロップキックがヒドラの巨体をボイラーの壁へと叩きつけ、
「……へっ、ソシャゲのガチャで爆死した俺の怒り、全部受け止めな!」
フェイトの白銀の大剣が一閃し、ヒドラの八本の首が一瞬にして綺麗にスライスされた。
「ギョ……ッ!?」
ワイズの放った凶悪な魔獣は、わずか三秒で、ただの『良質な肥料(無害な泥)』へと変わり果てて床に転がった。
「ヒ、ヒドラが……一瞬で……!?」
ギデオンは腰を抜かし、ガタガタと震えながら後ずさった。
そんな彼の前に、ゆっくりと、一歩。
レオン様が漆黒の軍靴の音を響かせながら歩み出た。
「――私の至宝の安眠を妨げ、あまつさえ彼女が民のために創り上げた聖域を汚そうとした万死に値する罪。……貴様のその腐りきった脳髄ごと、この空間から完全に消去してやろう」
レオン様から放たれる、神すらも屈服させる『帝国公爵の絶対覇気』。
ボイラー室の空気がキシキシと軋み、ギデオンの息の根を物理的に止めようと空間が歪み始める。
「ひぃっ、ひぃぃぃぃっ……!!」
レオン様は冷酷に右手を振り上げ、そのままギデオンを消滅させようとしたが――ふと、その手を止め、私の腰を引き寄せてごく自然に腕の中へと抱き込んだ。
「……だが、ここで殺してしまっては、君の計画する『完璧な社会的制裁』の舞台が台無しになってしまうな」
レオン様は私の額に、生配信のカメラが至近距離でバッチリ捉えている前で、深く甘いキスを落とした。
「コハル。この愚か者の処遇は、君に任せよう。……だが、明日の夜の『約束』だけは忘れるなよ。全帝国民の前で、君を私のものにする宣言を果たすのだからな」
「レ、レオン様……カメラが回ってますってば……っ!」
私が真っ赤になって抗議する姿も、レオン様の甘く危険な微笑みも、すべて帝都中のスマホに4K画質でリアルタイム配信されていた。
そして。
完全に退路を断たれ、生中継で恥を晒し尽くした最高賢者ギデオンは、絶望のあまり懐から、ワイズから貰ったもう一つの『怪しげな薬瓶』へと震える手を伸ばしていたのである。




