EP 3
公爵の粛清ストップと、コハルの提案
「君が暴力ではなく『知略』で奴らの鼻を明かすと言うなら、私はそのためのすべてのリソースを君に捧げよう。……さあ、その学園の傲慢なエリートどもを、どのように料理してやろうか?」
ルナ・スパのエントランス。先ほどまでの殺気は影を潜め、レオン様は私の決意を尊重するように、その漆黒の瞳に静かな信頼を宿して微笑んだ。
帝国全土の魔導通信網を支配する『最高賢者ギデオン』という強大な敵を前にしても、レオン様は微塵も動じない。彼にとって、国一つを更地にするのも、一人の学者の悪巧みを暴くのも、すべては『私の至宝であるコハルを満足させるための些事』でしかないのだ。
「ありがとうございます、レオン様。……でも、暴力で学園を潰してはいけない。彼らの流したデマは『支配者層(賢者)』が『被支配者層(平民)』に対して行った、構造的な洗脳だから」
私は、誰もいなくなったスパの静かな館内に、凛とした声を響かせた。
「あの男たちは『情報』という武器を独占している。だから、平民たちは何も知らされず、ただ恐怖に震えることしかできない。もしここで我々が権力で彼らを押し潰せば、後々『あのルナミス公爵は、真実を知っている賢者様たちを物理的に消した』という新たな噂が広まるだけよ。それは、私たちの求めている『平和』じゃないわ」
「ふむ。では、君はどうやってこの腐った情報の海を浄化するつもりだ?」
私はエプロンのポケットから【善行ポイント通販】のデバイスを取り出した。
これまで第5段階まで進化させてきた、神域の兵站網。その先にある、さらに高次の権限。
今の私の善行ポイント残高は、カグヤ様のゴッドチューブ放送で得たスパチャにより、天界の予算をも凌駕するレベルに達している。
「……私の前世の世界ではね、すべての人が等しく『真実』にアクセスできる権利があったの。誰かが嘘をついても、別の誰かが即座にそれを検証できる仕組みがあった」
私は空中に浮かび上がった【通販】の管理画面に、真っ直ぐに指を突き立てた。
「権威ある人が言ったから真実ではない。数字と事実こそが、唯一の真実なのよ。……スキル解放。第6段階」
その瞬間。
ルナ・スパの屋上に設置されていたドローン通信局が、眩い純白の光を放ち、帝都全域を覆い尽くす不可視の波形を放射し始めた。
それは、魔法の通信網を根底から書き換え、誰もがリアルタイムで情報を共有し、真偽を検証できる『神域の通信網』の起動だった。
【善行ポイント通販・段6:神域の通信網(ルナ・ネットと平民スマホ)】が解放されました。
「これは……?」
レオン様が、ふわりと掌の上に現れた、掌サイズの薄い板状の魔導具を不思議そうに見つめる。
「帝都のすべての平民に、この『ルナ・スマホ』を配布します。マシロちゃん、フェイト! 今から、倉庫に眠っている在庫をすべて台車に積んで!」
「おう! 了解や!」
「また肉体労働っすか……! でも、あのデマ野郎をぶっ潰すためなら、いくらでも運んでやるぜ!」
私の計画はこうだ。
ギデオンたちが独占していた「情報の流れ」を、私たちの技術でハッキングし、帝都中の平民一人ひとりに『真実のフィルター(ファクトチェック機能付きの掲示板)』を渡す。
「賢者たちの嘘を、平民たち自身がスマホで検証し、笑い飛ばせる環境を作る。……嘘つきは、論理的に論破されて嘲笑されるのが、一番の罰なのよ」
「なるほど。権威を破壊するのではなく、その権威が依って立つ『情報の独占権』そのものを無価値にしてしまうわけか」
レオン様は私の策を理解すると、その漆黒の瞳に獲物を狙う狩人のような冷徹な光を宿し、すぐさま自身のスマホ(特注品の極大サイズ)を取り出した。
「面白い。ならば、情報戦における『防壁』は私が構築しよう」
「防壁? レオン様、通信網のセキュリティですか?」
「いや。君のスマホが、他の男からの不届きな通知を受け取らないようにする『絶対防壁』だ。……それから、この通信網を悪用して君を侮辱する輩がいないか、私が影の部隊を使って24時間体制でパトロールさせる」
「……それは、防壁というか、ただの過保護な監視ですよっ!」
レオン様はそんな私の抗議もどこ吹く風で、慣れた手つきでスマホを操作し、瞬く間に「ルナミス公爵家・公式情報局」のネットワークを立ち上げていく。彼の魔力は通信網の暗号化にも適用され、帝国軍の暗号すらも凌駕する堅牢なサーバーが構築されていく。
「さあ、準備は整った。……学園のあの愚か者に、現代の情報戦というものがどういうものか、君のその冷徹なやり方で教えてやるがいい」
私はレオン様の頼もしい(重すぎる)サポートを受けながら、まずは通信網のテスト送信を開始した。
私のスマホから、帝都中の平民が持つスマホへと、一斉に通知が飛ぶ。
『――ルナ・スパからのお知らせ。ウイルスなど存在しません。ただの健康な温浴施設です。信じられない方は、今すぐ画面の【ライブ中継】ボタンを押してください。現在、スタッフがスパの中で美味しそうにカレーを食べている様子が見られます』
パシャリ。
送信ボタンを押すと同時に、帝都中の平民たちのスマホが一斉にピロリンと鳴り響いた。
「えっ……? なにこれ、通知が来たぞ?」
「ライブ中継……? ええっ、スパの中のスタッフさんが、本当に普通にカレーを食べてる!」
「赤死病で血を噴くなんて、嘘だったのか!?」
帝都の街角のあちこちから、驚きと安堵の声が漏れ始めた。
ギデオンが作り上げた「恐怖のデマ」が、情報の即時共有によって、ものの数秒で『ただの滑稽な嘘』へと転落していく。
「ふふっ。これよ、これ。情報格差は、技術で解決するのが一番なの」
私はスマホを片手に、窓の外に広がる帝都を見下ろした。
賢者ギデオンは、自分が平民を見下し、情報を独占しているつもりだった。
しかし、その慢心こそが彼の最大の敗因だ。
「さあ、レオン様。次のステップへ行きましょう。……彼らが撒いたデマを、今度は『平民たちの集合知』で完膚なきまでに論破して、彼らの社会的地位を地獄まで突き落とす作業ですわ」
「ああ。君のその冷徹な知略……今夜もたっぷり見せてもらおうか」
レオン様は、私の肩を抱き寄せながら、不敵に口角を上げた。
かつて知識を独占し、民を操ってきたエリート学園の賢者たち。
彼らがこれから味わうことになるのは、自分たちが最も蔑んでいた「平民」たちによって、その浅はかな知識と嘘が、リアルタイムで赤裸々に検証され、バズり、消費されるという、最高の屈辱である。
「ねえ、レオン様。この通信網の防壁の中に、一つだけ『婚約発表用』の隠し機能を入れておきません?」
「……ほう。君らしくない、実に素晴らしい提案だな」
二人の不敵な笑みの中、帝都の平民たちのスマホ画面には、かつてないほど刺激的で、そして痛快な「反撃の狼煙」が上がり始めていた。
フェイクニュースを粉砕し、真実が拡散する速度は、神々の想定を遥かに超えて、音速で帝国全土を飲み込もうとしていた。
読んでいただきありがとうございます。
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