EP 7
危険食材『ホネヌキダケ』と権威の崩壊
「ハハハハッ! 見ておれ平民女! この『神の特保のお茶』こそ、炎上神ワイズ様が私のような高潔な信徒にのみ授けてくださった、あらゆる病魔を焼き尽くす奇跡の霊薬! これを飲めば、貴様らの不浄な機械が弾き出したデタラメな数値など、一瞬で消え去るわぁぁっ!」
帝都の中央広場。大司教ボルドーは、狂ったように高笑いしながら、怪しげなボトルに入った琥珀色の液体を、その贅沢に肥え太った喉の奥へと一気に流し込み始めた。
ゴクゴク、ゴクゴク、と品性もなく喉を鳴らして飲み干していく。
そのボトルの口からは、一瞬、神聖な輝きを放つオーラが立ち上ったように見えた。だが、私の鼻は、その湯気の中に混じる、どこかツンとした、それでいて妙に甘ったるい独特の毒々しい香りを決して見逃さなかった。
(あの独特な、鼻の奥を刺激するキノコの胞子のような臭い……。ただの健康茶なわけがないわ!)
私はエプロンのポケットから【善行ポイント通販】のスマホを滑り込ませ、ボルドーが飲み干したボトルに向けて素早く『成分・起源分析』を実行した。
画面に表示されたのは、ワイズの神力による偽装データの裏に隠された、真っ赤な警告文だった。
『――警告。対象の飲料に、未登録のダンジョン由来危険食材が混入しています』
【固有名称:ホネヌキダケ(骨抜き茸)の抽出エキス】
【危険度:クラスA(精神および肉体の絶対虚勢崩壊)】
【効果:摂取した者の精神的な「権威」「虚勢」「プライド」を完全に融解させ、肉体の脱力と共に、赤子のような極限の本音しか発せられなくなる。プライドが高ければ高いほど、その反動(効力)は凄まじく、自身の悪行や醜態を大号泣しながら暴露してしまう魔のキノコ】
「……プハァッ!!」
ボトルを空にしたボルドーが、乱暴に口元を法衣の袖で拭った。
彼の全身から、一時的に黄金の魔力がブワリと膨れ上がる。
「見たか! 身体の奥底から、神の活力が満ち溢れてくるわ! 足の痛みも、胸の苦しさも、全て消え去った! これぞ奇跡! これぞ真の健康体だ! さあ、魔導モニターの数値を今すぐ書き換えろ! 私が神に選ばれし完璧な存在だと、この無知な平民どもに証明するのだ!!」
ボルドーは金の杖を高く掲げ、広場の平民たちを見下ろして勝ち誇った。
信徒の一部からは「おお……! やはり大司教猊下は神の加護を……!」と、一瞬だけ安堵の声が漏れる。
しかし、私の目は、ボルドーの体内で起きている『真の変異』を、魔導モニターのバイタルサインを通じて冷徹に観察していた。
「大司教様。あなたの言う『神の活力』……残念だけど、それ、単に脳の理性を司る神経回路が、危険な薬物成分でパニックを起こしているだけよ」
私が冷ややかに言い放つと、ボルドーはビクッと肩を震わせた。
「な、何だと……っ!?」
「あなたが今飲んだのは、特保のお茶なんかじゃない。ダンジョンの最深部にしか生息しない、非常に危険な食材……『ホネヌキダケ』のエキスよ。炎上神ワイズは、あなたの痛風や糖尿病を治すためにそれを与えたんじゃないわ。……単に、あなたの身体の『データ(虚勢)』を無理やり誤魔化して、私を論破するためだけに、あなたの肉体を完全に破壊する劇薬を掴ませたのよ」
「デ、デタラメを言うな! ワイズ様が私を裏切るはずが――」
ボルドーがさらに声を荒らげようとした、その瞬間だった。
――ピキィン。
広場の大型魔導モニターから、これまでにない奇妙なエラー音が鳴り響いた。
映し出されていたボルドーの複雑な骨格と、分厚い内臓脂肪のグラフ。それが、まるで熱した飴細工のように、ぐにゃりと歪み始めたのだ。
「……あれ? 大司教様の様子が……」
広場で見守っていた平民の一人が、怪訝そうな声を上げた。
ボルドーの掲げていた金の杖が、カラン……と、乾いた音を立てて床に転がり落ちた。
彼の肉体から、先ほどまで漂っていた傲慢な威圧感が、まるで風船から空気が抜けるように一瞬で霧散していく。
「あ……れ? お、おかしい、ぞ……?」
ボルドーの口から、掠れた情けない声が漏れる。
彼の特徴的だった、ふんぞり返った立派な(肥満した)胸が、見る見るうちに猫背になり、内側へと萎んでいく。
両腕はダラリと力なく垂れ下がり、あれほど固執していた『国教の最高権威』としての、重々しい佇まいが完全に消滅しつつあった。
「て、手足に……力が入らん……っ。骨が……私の、神聖なる骨が、消えていくようだ……っ」
ガクガクと、彼の太い両足が痙攣を始める。
ホネヌキダケの真のデバフ効果――精神の虚勢を溶かし、肉体のすべての『張り(緊張)』を奪い去るフェーズが始まったのだ。
「ひ、ひぎぃっ……! 助けて、くれ……っ! 身体が、身体がフニャフニャするよぉぉ……っ!」
ドサァァァンッ!!
大司教ボルドーは、帝都の何千人という平民たちの目の前で、まるで芯の折れた泥人形のように、無様にその場に崩れ落ちた。
豪華な黄金の法衣が、地面に広がった脂肪の塊の上にだらしなく覆い被さる。
「うわぁ……。見事なまでの『骨抜き』ですわね」
ステージの袖から、リーザがマイクを握ったまま、哀れみの目を向けた。
「ギャハハ! なんやあのおっさん、急にクラゲみたいになりおったで! ワテが干物にしてやろうか?」
マシロがフルーツ牛乳の瓶をペロペロと舐めながら笑う。
「姉御……あれ、マジでヤバいキノコっすね。俺も昔、イカサマがバレた時にあんな感じで腰が抜けましたけど、あいつの抜け方は次元が違うっす……」
フェイトが、自分の腰を摩りながら引き攣った笑いを浮かべていた。
仲間たちがいつも通りのポンコツなやり取りを繰り広げる中。
私の隣に立つレオン様は、一切の容赦のない、絶対零度の視線をボルドーへと注いでいた。
「自業自得だな。己の罪を認めず、神の欺瞞に最後まで縋り付いた報いだ」
レオン様はごく自然な動作で、私の肩をその大きな手で引き寄せ、自身の胸元へと囲い込んだ。
広場の全平民、そして崩れ落ちた大司教の目の前で繰り広げられる、圧倒的な過保護と独占欲(ラダー9段目)。
「コハル。あの男の『権威』という名のメッキは、今この瞬間、君のエビデンスと大自然の理不尽(危険食材)の前に完全に瓦解した。……神の加護などという不確かなもので民を縛り、君の創り上げた『癒やしのインフラ』を汚そうとした罪、その代償を、これから彼自身の口からたっぷりと支払ってもらうとしよう」
レオン様の低く甘い声が、私の耳元で心地よく響く。
彼の放つ揺るぎない信頼が、私のナースとしてのトリアージを100%肯定してくれている。
「ええ、レオン様。……さあ、大司教様。あなたのその完璧な『神の神殿(身体)』の本音、帝都の皆さんにたっぷりと聞かせてあげてくださいな」
私は冷徹な笑顔を浮かべ、地面にフニャフニャと這いつくばるボルドーの口元へ、音声拡声用の魔導マイクを無慈悲に突き立てた。
権威という鎧を完全に溶かされた大宗教のトップによる、前代未聞の『本音の暴露』のカウントダウンが、ついにゼロを迎えたのである。
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