EP 6
権威の人間ドックと、隠された『不摂生』
帝都の中央広場は、朝早くから割れんばかりの熱気に包まれていた。
広場の中央には、ルナミス公爵家の全面協力により、ルナ・スパの検査室と直結した『魔導大型スクリーン』が設置されている。そこへ、大司教ボルドーの「身体の内部情報」がリアルタイムで映し出される仕組みだ。
「聖神殿の信徒の皆さん、そして帝都の皆さん! お待たせいたしました! これより、大司教ボルドー猊下の『公開・最新人間ドック』を開始いたします!」
私のマイクパフォーマンスが響き渡ると、広場を埋め尽くした平民や信者たちから、ゴクリと生唾を呑む音が聞こえた。
「ふんっ、愚かな平民女め。昨日デモンストレーションとやらで虚勢を張っていたようだが、我ら神の信徒の身体は、お前たちの不浄な機械などでは測れんのだよ!」
検査着に着替えた大司教ボルドーは、相変わらずその丸々と太った身体を揺らし、これ見よがしにふんぞり返っていた。
しかし、彼の首筋からは昨日以上に脂汗が滲み出ており、右足を床につくたびに、ピクピクと頬の肉が引き攣っている。
(……昨夜、私の腕の中で完璧な休息をとったおかげで、私のトリアージ眼はいつにも増して冴え渡っているわ。……あの歩き方、痛風の痛みが限界近いのね。それを聖水(強力な痛み止め)をがぶ飲みして無理やり抑え込んでいるだけ。……さあ、メッキを剥ぎ取ってあげるわ)
「では大司教様、最初の検査です。こちらの『超伝導・魔導CTスキャン』のベッドに横になってください」
「ふんっ、神の加護に守られしこの身体、内側まで黄金の光で満ち満ちているわ!」
ボルドーは傲慢に笑いながら、円筒状の巨大な機械のベッドに横たわった。
ウィーーーーン……という静かな駆動音と共に、彼の身体が機械の中へと吸い込まれていく。
「マシロちゃん、フェイト! スクリーンの出力を最大にして!」
「おう! 任せとき!」
マシロが魔導レバーを引くと、広場の大型スクリーンに、ボルドーの『身体の断面図』が鮮明に映し出された。
その瞬間。
広場全体が、しーーーんと静まり返った。
「……な、なんだあれ……?」
「神の光なんて、どこにも見えないぞ……?」
スクリーンに映し出されていたのは、黄金の光などでは断じてなかった。
内臓の周囲を、これでもかと分厚く取り囲む、どす黒く、禍々しい『脂肪の壁』。
【測定結果:内臓脂肪面積 250cm^2(基準値の2.5倍以上)】
【判定:超・高度メタボリックシンドローム】
画面の隅には、真っ赤な文字で『危険』の警告が点滅し、アラーム音が鳴り響いた。
「ば、馬鹿なっ!? なんだその不吉な数字は! 捏造だ、そんなものは異端の妖術による捏造に決まっている!!」
機械から飛び出してきたボルドーが、顔を真っ青にして叫ぶ。
「捏造なわけないでしょ。これはあなたの身体が発している『紛れもない現実』よ」
私は冷徹なナースの目で、次々とグラフを切り替えた。
「続いて、事前に採取したあなたの血液の分析結果(血液検査)を発表します」
画面が切り替わり、今度は折れ線グラフと恐ろしい数値の羅列が表示された。
【中性脂肪:450 mg/dL(異常高値)】
【LDLコレステロール:210 mg/dL(動脈硬化の危険性大)】
【空腹時血糖値:160 mg/dL(重度の糖尿病予備軍)】
「ひ、ひぃっ……!」
「大司教様。あなたは平民たちに『贅沢は堕落だ』『病は信仰心が足りないからだ』と説き、高額な寄付を募って聖水を売りつけておきながら……ご自分は、そのお金で毎日、脂っこい肉を貪り、高級な酒を溺れるように飲み干していたわね?」
私の追及に、広場の平民たちの目が一斉に怒りで険しくなった。
「お、おい……大司教様の血液、ドロドロじゃないか……」
「神の加護で健康体だって言ってたのに、ただの不摂生なデブじゃねえかよ!」
「黙れ! 黙れぇぇっ! 血液などただの赤い水だ! 私はどこも悪くない! 現に、身体にはどこにも痛みが――」
「いいえ、最大の異常はここよ。……注目(注目)」
私が画面を切り替えると、今度はボルドーの右足の親指の付け根が、超拡大されて映し出された。
そこには、関節の隙間に、まるで鋭利なガラスの破片がびっしりと敷き詰められたような、異常な『白い結晶の塊』が映し出されていた。
【尿酸値:11.5 mg/dL(超・危険水域)】
【診断:痛風結節(激痛の結晶化)】
「尿酸値11.5……! 普通の人間なら、のたうち回って叫ぶレベルの痛風よ」
私は、ボルドーの目の前に分析結果の書類を突きつけた。
「あなたが『神の奇跡で痛みが消えた』と言い張っていたのは、ただ聖水に含まれる麻痺成分で、脳に痛みの信号が届くのを無理やり止めていただけ。……あなたの関節の内側では、今もこの鋭い硝子の破片(尿酸結晶)が、肉と神経をズタズタに突き刺し続けているのよ!」
「ひ、ひぎぃぃっ……!?」
ボルドーは、自分の右足の拡大図(エビデンスの暴力)を見た瞬間、精神的なショックからか、抑え込んでいた痛みの恐怖が脳裏にフラッシュバックし、ガタガタと全身を震わせた。
神の加護という綺麗事の裏に隠されていた、ただの「贅沢三昧による不摂生」と「麻薬による誤魔化し」。
平民たちを洗脳し、搾取し続けた大宗教の権威の正体が、剥き出しの『数値と画像』の前に、完全に白日の下に晒されたのだ。
「……本当に、見苦しいな。ボルドー」
その時、広場の特等席から、ゆっくりと立ち上がったレオン様が、漆黒の軍服の袖を翻して前に出た。
レオン様から放たれる圧倒的な『帝国公爵の覇気』が、ボルドーの逃げ道を完全に塞ぐ。
「平民の生き血を吸い、己の五臓六腑を脂肪で満たした挙げ句、その無様な肉体を『神の神殿』などと抜かしたか。……これ以上の国家への欺瞞(詐欺)はない。コハルの言う通り、お前の身体は、今すぐ社会から隔離されるべき『病巣』そのものだな」
レオン様は私の腰を引き寄せ、広場の全員が見ている前で、私の額に深く甘いキスを落とした。
公の場での絶対的な独占欲と、私への100%の信頼(ラダー9段目)。
「ル、ルナミス公爵……! お、おのれ、おのれコハル……っ!」
絶体絶命の窮地に追い詰められた大司教ボルドーは、脂汗と涙で顔をグシャグシャにしながら、懐から一本の怪しげなボトルを取り出した。
「まだだ……! まだ私は負けん! 炎上神ワイズ様が、この私に、どんな病をも一瞬で消し去る『神の特保の茶』を授けてくださったのだ! これを飲めば、私の数値など一瞬で正常に戻るわぁぁっ!!」
ボルドーは狂ったように笑いながら、その怪しげなボトルの蓋を強引に引きちぎった。
彼に残された最後の暴走、それは、神の力による『データの強制書き換え』という悪あがきだった。
しかし、私はその茶葉の強烈な匂いを嗅いだ瞬間、ナースとしての危険察知アラート(トリアージ)を最大級に鳴り響かせた。
(あの匂い……ただの健康茶じゃない。……また炎上神ワイズが、ダンジョンからとんでもない『危険食材』を持ち出してきたわね!)
古い権威の崩壊と、さらなる理不尽な食材の暴走。
出禁勇者に続く、大司教ボルドーの本当の『地獄の公開処刑』が、ここから本番を迎えようとしていた。




