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第八章 権威主義の洗脳と、平民ナースの完全エビデンス

帝都の健康ランドと、忍び寄る『権威』

炎上神ワイズが差し向けた『本物の勇者カスハラ』が、完璧な兵站ロジスティクス網の前に土下座スライディングで自滅し、タローマンの住み込みバイトへ強制送還されてから数週間。

帝都には、再び穏やかで合理的な平和が戻ってきていた。

そして私は、次なる『絶対有給休暇』のプロジェクトを、帝都の下層区――これまで医療や娯楽の恩恵が十分に届いていなかった平民街の中心部で、盛大に始動させていた。

「さあみんな! オープン前の最終チェックよ! タオルと館内着の補充は完璧? オロポのサーバーの冷却温度も確認してね!」

私が声を張り上げると、黄色と黒のタローマン作業着の上に、清潔な白いエプロンをつけたスタッフたちが「はいっ! コハル様!」と元気よく返事をして散っていく。

目の前にそびえ立つのは、私が【善行ポイント通販・段5】の権限と、ルナミス公爵家の莫大な資本(レオン様のポケットマネー)をフル活用して建造した、巨大な癒やしの殿堂。

名付けて、『超・総合健康ランド&人間ドック施設・ルナ・スパ帝都本店』である。

広大な敷地内には、ポポロ山で培った技術を活かした『大浴場』と『本格フィンランド式サウナ』、さらには『岩盤浴』『マッサージコーナー』『大食堂』まで完備している。

前世の限界ブラック病棟で、「もっと早く予防と休息をとっていれば……」と後悔する患者さんたちを数え切れないほど見てきた私にとって、『平民が気軽に通えて、楽しく健康になれる施設インフラ』を作ることは、一つの悲願でもあったのだ。

「ぷはぁぁぁっ! サウナ上がりの『フルーツ牛乳』、マジで最高やな!」

真新しい畳が敷かれた大広間の休憩処で、マシロが腰に手を当てながら、瓶入りのフルーツ牛乳を一気飲みしていた。彼女の隣では。

「すぅ……すぅ……。もう、パチンコの整理券は……取れないっす……むにゃむにゃ」

白銀の剣鬼フェイトが、ホカホカに温まった岩盤浴専用の館内着を着たまま、人間をダメにするクッションに深く沈み込んで爆睡している。

勇者騒動の際、ロジスティクスの過酷なピッキング作業で心身ともに削られた彼は、この施設のプレオープンで完全に骨抜き(自堕落)になっていた。

「♪汗を〜かいたら〜、ビタミンC〜! わたくしの〜ライブで〜、心もデトックス〜!」

広間のステージでは、リーザがピンク色の可愛らしい館内着姿で、プレオープンのゲリラライブに向けたマイクテストを行っている。

「ふふっ。みんな、すっかり施設を満喫してくれてるみたいね」

私が満足げに頷いていると、背後からふわりと、この庶民的な健康ランドには絶対に不釣り合いな、極上の紅茶と最高級の香水の匂いが漂ってきた。

「――全く、君が創り出す空間は、どこまでも人を無防備にさせるな」

振り返ると、そこには漆黒の……ではなく、ルナ・スパ特製の『VIP専用館内着(最高級シルク仕立て・漆黒カラー)』を優雅に着こなしたレオン様が立っていた。

館内着姿でさえ、彼から放たれる帝国公爵としての覇気と色気は一切損なわれておらず、すれ違う女性スタッフたちが次々と顔を赤らめて壁に激突しそうになっている。

「レ、レオン様! どうですか、VIP専用の個室サウナの使い心地は?」

「完璧だ。だが、それ以上に……こうして自分の創り上げた施設で、活き活きと立ち働く君の姿を眺めることこそが、私にとって最大のデトックスだがね」

レオン様はごく自然な動作で私の腰に腕を回し、私の髪から漂うシャンプーの香りを吸い込むように、そっと鼻先を寄せた。

「だが、あまり無理はするな。君のバイタルサインが少しでも乱れれば、私は今すぐこの施設の営業を停止し、君を公爵邸のベッドに縛り付けてでも休ませるからな」

「もう、オープン前から縁起でもないこと言わないでくださいよ……っ」

相変わらずの、重すぎる過保護と独占欲である。

私が照れ隠しにレオン様の広い胸板を軽く押し返そうとした、その時だった。

「――ええい、どけ! このような穢らわしい異端の施設に、大司教猊下がお通りになられるぞ!!」

突如として、ルナ・スパの広々としたエントランスに、場違いな怒声が響き渡った。

「え?」

私がフロントの方へ目を向けると、数名の武装した大柄な男たち――帝都の治安維持組織ではなく、宗教的な意匠が施された純白の鎧を着た『異端審問官』たちが、土足で館内に踏み込んできたところだった。

彼らが乱暴にスタッフを押し退けて道を作ると、その後ろから、仰々しい黄金の装飾が施された豪華な法衣に身を包んだ、恰幅の良い……控えめに言って、かなり肥満体型の初老の男が、ふんぞり返るようにして入ってきた。

「……大司教、ボルドー」

レオン様が、漆黒の瞳を冷たく細めてその男の名を呼んだ。

「大司教って……帝都の国教を束ねる、聖神殿のトップですか?」

私が尋ねると、レオン様は忌々しそうに頷いた。

「ああ。民の信仰心を盾に、高額な寄付金と『奇跡の聖水』とやらを売りつけ、莫大な富を肥やしている権威主義の豚だ。……炎上神ワイズの狂信者でもある」

「なるほど」

私は瞬時に事態トリアージを理解した。

炎上神ワイズの信徒。そして、宗教的権威を振りかざして平民から搾取する層。

そんな彼らにとって、私が下層区に作った『安価で誰もが健康になれる施設』は、自分たちの既得権益シノギを根本から脅かす、目障りな存在以外の何物でもないのだ。

「誰の許可を得て、神聖なる帝都にこのような不浄な施設を建てた!!」

大司教ボルドーは、顎の肉を震わせながら、エントランスの大理石の床を金の杖でドンドンと叩いた。

「神から与えられた肉体を、無闇に湯に浸け、汗を流して快楽に耽るなど、明白な堕落! 神への冒涜である! 病や疲れは、神への祈りと、我々聖神殿が授ける『高額な寄付の証(聖水)』によってのみ浄化されるものなのだ!!」

ボルドーの傲慢な声に、プレオープンに招待されていた平民の客たちが、怯えて後ずさりする。

帝都において、国教の権威は絶対だ。大司教に「神への冒涜」とレッテルを貼られれば、どんな善良な平民でも社会的に抹殺されかねない。

「おい、責任者はどこだ! このふざけた施設を今すぐ解体し、更地に……」

「はいはーい。責任者は私ですけど、土足で館内に入るのはやめてもらえませんか? 衛生管理の基本ですよ」

私は、怯えるスタッフたちの前にスッと立ち塞がり、大司教ボルドーを真っ直ぐに見据えた。

「……なんだ、貴様は」

ボルドーは、私の質素なエプロン姿と、ステータス(魔力)の低さを『鑑定』のスキルで測ったのだろう。途端に、その脂肪に埋もれた目を細め、鼻で笑った。

「ふんっ。無学な平民女が、ルナミス公爵の威光を笠に着て、小賢しい『偽医療スパ』を始めたと聞いていたが……。全く、嘆かわしいことだ。平民が平民を騙し、神の奇跡を冒涜するとは」

ボルドーは、首から下げたワイズの聖印を見せつけるように胸を張った。

「いいか、小娘。我々が扱うのは、神から直接賜った『真の奇跡』だ。貴様のような戦闘力も知識もないモブ女が、小手先の湯やマッサージで民を救えるなどと思い上がるな! この施設は、本日をもって異端審問の対象として封鎖する!!」

圧倒的な権威と、伝統という名の暴力。

炎上神ワイズが勇者の次に送り込んできたのは、物理的なチートではなく、社会を縛る『洗脳(搾取)』のシステムだった。

「……異端審問、ねえ」

私は、限界ブラック病棟で『民間療法(根拠のない謎のサプリ)』を信じ込み、標準治療を拒否して悪化していく患者家族を説得していた時の、あの極めて冷徹なナースのモードに入っていた。

「大司教様。あなたが売っているというその『奇跡の聖水』……少し、成分を見せていただいても?」

「ふん、平民にはもったいないが……特別に神の偉大さを見せてやろう」

ボルドーが顎をしゃくると、部下の審問官が、きらびやかな小瓶を取り出した。

私はエプロンのポケットから【善行ポイント通販】のスマホをこっそりと起動し、小瓶に向けて『成分分析エビデンス・スキャン』のカメラを向けた。

ピピッ。

画面に表示された成分表を見て、私は思わず深い、深い溜息を吐き出した。

(……やっぱり。ただの一時的な痛覚遮断(麻薬)成分と、砂糖水じゃないの。こんなプラシーボ(偽薬)を高値で売りつけて、平民の健康を食い物にしていたなんて……)

「おい、どうした平民女! 神の奇跡の前に、恐れおののいて声も出ないか!」

ボルドーが高笑いする。

私はスマホをポケットにしまい、極上の冷ややかな笑顔を浮かべて、帝都の最高権威に向かって言い放った。

「ええ、恐れおののいていますよ。……あなたのその、あまりにも非科学的で、平民の命を舐め腐った『悪質な詐欺商法』にね」

静まり返ったエントランスに、私の宣言が冷たく響き渡る。

物理的なチート(勇者)の次は、精神的な洗脳(権威)。

しかし、現代の公衆衛生と『完全なエビデンス(数値化)』を持つ平民ナースの前に、そんな前時代的な搾取が通用するはずもなかった。

極上の健康ランドを舞台にした、権威主義者への容赦のない『因果の健康診断ざまぁ』が、今、静かに幕を開けようとしていた。

読んでいただきありがとうございます。

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