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EP 10

平和なティータイムと、公爵の過保護

「い、いらっしゃいませぇぇっ! 異世界最大のホームセンター、タローマンへようこそぉぉっ!」

帝都の中央大通り。

すっかり元通りに修繕された『タローマン帝都支店』の入り口で、黄色と黒のダボダボな作業着(制服)を着た一人の青年が、額に汗を浮かべながら声を張り上げていた。

「おい、新人のシリウス! 挨拶の声が小さいぞ! お客様に元気を届けるのも現場ウチの重要な仕事だ! それが終わったら、裏の倉庫からポーションの入った木箱を五十個、第三陳列棚まで運んでおけ!」

「は、はいぃぃっ! ただいま向かいます、店長ぉぉっ!」

かつて、黄金の鎧を身に纏い、「俺は神に選ばれた最強の勇者だ」とふんぞり返っていた男の姿は、そこにはもう欠片も残っていなかった。

『飢餓の迷宮』で土下座スライディングをキメた後、ギルドの救護班に回収されたシリウス。

命の危機を脱した彼を待っていたのは、冒険者ギルドからの『勇者認定および冒険者資格の永久剥奪』という無慈悲な通告だった。

さらに、ルナキンの店舗破壊、無銭飲食、タローマンからの物資強奪、そして迷宮からの救助費用――。

それら全てを合算した『莫大な被害請求書』が、彼の目の前にドンッと叩きつけられたのだ。

『神の加護だかチートだか知りませんが、壊したものの代金はきっちり身体で払ってもらいますよ。……裏方の仕事を底辺だと見下していたあなたには、ぴったりの更生プログラムです』

そう冷たく言い放った私の言葉通り、シリウスは今、借金を全額返済するまでタローマンの『住み込みアルバイト(最低賃金・超下積み)』として強制労働させられているのである。

「う、うぐぐっ……! ポーションの木箱って、こんなに重いのかよ……ッ!」

シリウスは、自分の背丈ほどもある木箱をフラフラと持ち上げ、倉庫から店舗へと運んでいく。

かつてはチートスキルで軽々と魔物を斬り伏せていた彼だが、特殊な魔法封じの腕輪をつけられ、純粋な肉体労働を強いられる今の環境では、ただのひ弱な青年に過ぎない。

「……こんな重いものを、毎日運んで……並べて……。俺が数秒で飲み干していたポーション一本の裏に、こんな泥臭い苦労ロジスティクスがあったなんて……ッ」

彼はようやく、自分が「ゴミだ」と切り捨てていた『現場の兵站』の重みを、文字通りその身をもって理解し始めていた。

神の奇跡も、選民思想も、彼を助けてはくれない。

ただ、目の前の段ボールを一つずつ片付けることでしか、彼が社会インフラに戻る道は残されていないのだ。

――一方、その頃。

帝都の喧騒から遠く離れた、ルナミス公爵邸の広大な庭園では。

「……ふふっ。タローマンの店長から報告書が届いたけど、あの元勇者、すっかり真面目に品出し作業に精を出しているみたいね」

私は、パラソルの下に置かれた白いガーデンテーブルで、書類に目を通しながらクスッと笑い声を漏らした。

抜けるような青空と、色とりどりの薔薇が咲き誇る完璧な昼下がり。ここには、ダンジョンの飢餓も、クレーマーの怒声もない。

「ギャハハ! ええ気味やな! 現場を舐めた罰や! ほれ、コハルもルナキンの新作『とろーりチーズの温玉牛丼』食うか?」

マシロが、自分の顔よりも大きな特盛サイズの牛丼を抱えながら、ウサギ耳を揺らして聞いてきた。

「マシロちゃん、ティータイムに牛丼は重すぎるわよ。私はこっちの、リーザちゃんが取り寄せてくれたマカロンにするわ」

「♪わたくしの〜甘い歌声と〜、極上のマカロン〜。スパチャのお礼にプレゼントですわ〜」

リーザが、可愛らしいピンクの箱を開けながら、フリフリのステージ衣装(今日はジャージではない)でターンを決める。

「あー……姉御ぉ。俺、数日ぶりにダンジョンへ素材集めに行きてえんすけど……」

フェイトが、芝生の上に大の字に寝転がりながら、虚ろな目で空を見上げていた。

「あら、珍しいわね。いつもなら『パチンコに行きたい』って泣きつくのに。ロジスティクスの過酷さを学んで、少しは真面目な冒険者として働く気になったの?」

「違えっすよ。……もう、段ボールのピッキング作業とドローンの魔石交換のトラウマで、四角い箱を見るだけで吐き気がするんすよ……。剣を振ってる方が一万倍マシっす……」

「情けないわねぇ、本当に」

私は呆れながらも、賑やかで平和な仲間たちの姿に目を細めた。

強大な武力を持つ『本物の勇者』の襲来。それは確かに、帝都のインフラを脅かす特大の理不尽だった。

しかし、私たちは誰一人として刃を交えることなく、ただ『兵站システム』の力だけで、その理不尽を完璧に包囲し、無力化してみせたのだ。

「――実に愉快な光景だな。だが、その平和も、君という絶対的な『要』があってこそだ」

ふわりと。

極上のダージリンティーの香りと共に、私の背後から大きな影が落ちた。

「レオン様」

振り返るよりも早く、漆黒の軍服を着こなしたレオン様が、私の背後から椅子ごと私を包み込むように、深く、力強い腕を回してきた。

「お疲れ様、私の至宝。……タローマンからの報告書など、わざわざ君が目を通す必要はない。あのようなゴミの動向は、私の影の部隊に監視させておけば済むことだ」

「ふふっ。でも、現場がちゃんと回っているか確認するのは、プロデューサーの義務ですから」

レオン様は私の手から書類をそっと抜き取ると、代わりに、ご自身が淹れた温かい紅茶のカップを私の手に持たせた。

「君は十分に働いた。神の企みすらも、現代の物流という完璧なインフラで粉砕したのだからな。……天界の神々も、今頃は君の頭脳にひれ伏して震え上がっていることだろう」

「大げさですよ。私はただ、みんなが安心してご飯を食べられる環境インフラを守りたかっただけです」

私が紅茶を一口飲むと、レオン様は満足そうに目を細め、私のつむじに、そしてこめかみに、羽のように軽くて甘いキスを落とした。

公爵邸の庭園で、しかも仲間たちがすぐそばにいるというのに、彼の過保護と独占欲は全く隠される気配がない。

「レ、レオン様……っ。マシロちゃんたちが見てますってば」

私が顔を赤くして抗議するが、レオン様は全く意に介さず、さらに腕の力を強めて私を胸の中に閉じ込めた。

「見せておけばいい。……君が世界をシステムで支配し、平和をもたらす女王であるならば。私は、その女王の心と体を、この特等席で永遠に独占するだけの存在でありたい」

レオン様の低く響く声が、私の自律神経を甘く溶かしていく。

その漆黒の瞳には、一切の揺るぎない絶対の信頼と、私への底知れない溺愛が満ちていた。

「君がこの世界でどれほどの偉業を成し遂げようと、君が帰る場所は、この私の腕の中だけだ。……コハル、君の『絶対有給休暇』は、私が生涯をかけて完璧に保証しよう」

【恋愛ラダー・第8.5段:揺るぎない絶対の信頼と、公の場での独占欲】

神の奇跡も、選民思想も、最強の勇者も。

平民ナースが構築した『兵站』と、過保護な公爵様の『絶対的な愛』の前では、ただの通りすがりのノイズに過ぎなかった。

「……はいっ。私も、レオン様の淹れてくれる紅茶が、世界で一番好きです」

私が満面の笑みで見上げると、レオン様は愛おしそうに私の頬を撫でた。

「ヒューヒュー! レオンの旦那、真昼間から熱いっすねー!」

「アホかフェイト! 野暮なこと言うな、空気読めや!」

ドゴォォンッ! と、マシロのウサギキックがフェイトの顔面に炸裂する。

「♪平和な〜午後の〜、ティータイム〜!」

リーザの歌声が、澄み切った帝都の空へと響き渡る。

どんな理不尽が襲ってきても、私にはもう、怖いものなんて何もない。

最強の仲間たちと、最強の物流インフラ、そして、私を何よりも大切に扱ってくれる最強の公爵様がいるのだから。

平民ナースの『絶対有給休暇バカンス』は、完璧な勝利と極上の甘やかしに包まれながら、今日も最高に平和な日常を刻んでいくのだった。

読んでいただきありがとうございます。

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