EP 9
神の敗北と、兵站(現場)の完全勝利
「……嘘だ。こ、こんな無様な光景……あり得るはずがないだろうがぁぁぁっ!!」
天界の薄暗い神殿。
炎上神ワイズは、自身のステータスを象徴する巨大な魔導モニターを前に、頭を抱えて絶叫していた。
彼が自信満々で配信した『#本物の勇者降臨! 飢餓の迷宮ソロ踏破・最強無双伝説』のチャンネル画面には、今、信じがたい地獄絵図が映し出されている。
『――誠に、誠に申し訳ございませんでしたぁぁっ!! どうかこの底辺のゴミ虫に、からあげの衣のカスをお恵みくださいませぇぇっ!!』
神の加護を与え、最強のステータスとチートスキルを授けたはずの『本物の勇者』シリウス。
その彼が、泥水に塗れながら、平民の若手冒険者たちに向かって猛烈なスピードで土下座スライディングを決め、涙と鼻水まみれで残飯を乞うているのだ。
画面の右側では、リスナーからの怒涛のアンチコメントが滝のように流れ続けていた。
【ワイズのチャンネルへのコメント】
『おいおい、これが「本物の勇者」かよwww』
『ただの土下座スライディングおじさんじゃねーか!』
『飯も持たずにダンジョン突撃とか、ゲーム脳すぎだろ』
『「からあげの衣のカスをお恵みください」は今年の流行語大賞いけるwww』
『チートがあっても飯が食えなきゃ死ぬって、リアルすぎて草。ワイズの神プロデュース終わってんな!』
『完全にコハル陣営の「物流」の噛ませ犬じゃん。チャンネル登録解除しますねー』
「おのれ……っ、おのれぇぇぇっ! コハル・ルナミスぅぅっ!!」
ワイズは血の涙を流し、モニターを叩き割らんばかりに拳を振り上げた。
ワイズの加護は、「他者を不当に見下し、蹴落とす」ことで優越感を得て発動する。
しかし、コハルは勇者と直接戦うことすら放棄した。ただ『出禁』というレッテルを貼り、勇者をインフラから完全に切り離して放置しただけだ。
結果、勇者は己の傲慢さ故に補給を絶たれ、誰にも見下されることなく、ただの『自業自得による飢え』と『危険食材のデバフ』によって自滅した。
戦いすら成立していない。これではヤラセの奇跡など発動のしようがないのだ。
「私の……私の完璧な『俺TUEEE』計画が……。あんな、空飛ぶただの黒い箱と、平民の飯なんぞに敗北するだと……ッ!?」
自身のチャンネルの登録者数が、音を立てて崩壊していく。
神の奇跡が、人間の作り上げた『現場の兵站』に完全敗北を喫した瞬間。ワイズは膝から崩れ落ち、二度と立ち上がれないほどの屈辱に咽び泣くことしかできなかった。
――一方、その対極にある白亜の神殿では。
『大・大・大勝利ですわぁぁぁーーッ!!』
月の女神カグヤが、降り注ぐ黄金の紙吹雪の中で、ウサギの使い魔たちと円陣を組んで狂喜乱舞していた。
『コハルちゃんのチャンネル、ただいま天界の同時接続数とスパチャの歴代最高記録をトリプルスコアで更新いたしましたわ!!』
カグヤのゴッドチューブチャンネル『#物流最強 #出禁勇者の末路』には、神々からの莫大な【善行ポイント】がチャリンチャリンと雪崩れ込んでいる。
【カグヤのチャンネルへのコメント】
『ブラックキャット運輸、控えめに言って神インフラすぎない?』
『個人のチート武力なんて、現代の完璧な兵站の前じゃ路傍の石だわ』
『現場を支える裏方を見下す奴は、こうやって自滅する。コハルちゃんの合理主義、最高にスカッとする!』
『ルナキンの牛丼とタローソンのからあげ、天界にもデリバリーしてくれないかなぁ』
『ええ、ええ! そうですわ! 勇者のチートや奇跡なんて、所詮は個人の暴力! 現場で汗を流す人々が支える「インフラ」こそが、世界を回す本当の力ですのよ!』
カグヤは満面の笑みで、手元の端末を操作した。
『コハルちゃん、そしてレオン公爵! 最高のエンターテインメントと因果応報をありがとう! 約束通り、この莫大なポイント(神力)は全て、貴女たちのインフラ維持費として還元させていただきますわ!』
「……カグヤ様からのポイント送金、確認。これで当分の間、ブラックキャット運輸の維持費と魔石のランニングコストは実質無料ね」
帝都の冒険者ギルド、特設管制テント。
私はスマホの画面に表示されたカンスト状態のポイント残高を見て、ふうっと安堵の息を吐いた。
「姉御、モニター見てくだせえ。あの出禁勇者の野郎、ギルドの救護班に回収されましたぜ」
フェイトが、呆れたような声でモニターを指差した。
画面の中では、『土下座ダイコン』の効力が切れて白目を剥いて気絶した勇者シリウスが、ギルドから派遣された救護用の荷車に、まるでマグロのように転がされて運ばれているところだった。
「あらら。見事なまでの完全敗北ね」
「自業自得やな! ワテらの飯を舐めた罪は重いで!」
マシロが腕を組んでフンッと鼻を鳴らす。
「とりあえず、彼の命の危機(バイタル低下)は脱したみたいね。でも、これで終わりじゃないわよ」
私は、ナースとしての事務的な、しかし絶対に逃がさないという冷徹な笑みを浮かべた。
「彼はルナキンやタローマンの備品を破壊し、無銭飲食をした立派な『犯罪者』よ。ギルドの救護費用と合わせて、被害総額はきっちりと請求させてもらうわ。……チートスキルがあるなら、せいぜいタローマンの品出しバイト(超下積み)で借金を返済してもらうしかないわね」
選民思想に溺れた自称・勇者に待っているのは、彼が最も見下していた『現場の泥臭い労働』という現実だ。これ以上に相応しい罰はないだろう。
「……本当に、君という女性は恐ろしく、そしてどこまでも美しいな」
ふいに、私の背後から、レオン様が両腕を回して私を深く抱きしめた。
公の場である管制テントの中。ギルドマスターや若手冒険者たちが遠巻きに見ている前だというのに、彼の『独占欲』は一切の遠慮を知らない。
「レ、レオン様……っ、終わったばかりで、まだ片付けが……」
「片付けなど、他の者に任せておけばいい。君は十分に働いた」
レオン様は私の赤い頬を大きな手で包み込み、漆黒の瞳で真っ直ぐに私を見つめた。
「神の力すらも、君の構築した『兵站』の前には無力だった。君は一滴の血も流すことなく、ただ現実の合理性だけで、あの理不尽を完全に粉砕してみせたのだ。……やはり、私の見込んだ通り、君こそがこの帝国の、いや世界の頂点に立つべき至宝だ」
レオン様の低く甘い声が、耳元で響く。
その瞳の奥には、私への絶対的な信頼と、誰にも触れさせないという強烈なまでの愛情が渦巻いていた。
「私は、君のその素晴らしい頭脳と、優しくも冷徹なその心を、生涯をかけて守り抜こう。……君の作るインフラが世界を包むなら、私はその世界ごと、君を私の腕の中に閉じ込めてしまいたい衝動に駆られるよ」
「もう、レオン様ったら……大げさですよ」
私が照れて視線を逸らすと、レオン様はクスクスと笑い、私の額に、そして鼻先に、周囲に見せつけるかのように何度も甘いキスを落とした。
【恋愛ラダー・第8.5段:揺るぎない絶対の信頼と、公の場での独占欲】
傲慢な勇者の襲来という、神が仕組んだ特大のスケールの脅威。
しかしそれは、私たちの揺るぎない絆と、完成されたインフラの前では、私たちの『絶対有給休暇』を彩るほんの少しのスパイスにしかならなかった。
「ヒューヒュー! レオンの旦那、今日も絶好調っすね!」
「♪愛の〜兵站線は〜、誰にも〜切れない〜」
フェイトが冷やかし、リーザが即興のラブソングを歌い上げる中。
私はレオン様の温かい胸の中で、完璧な勝利と、愛おしい仲間たちとの平和な日常を噛み締めていた。
炎上神の企みは完全に潰え、帝都には再び、私たちの創り上げた『優しくて合理的な日常』が戻ってきたのである。




