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EP 7

チート武力 vs 現代物流システム

「……ブラックキャット運輸、ドローン部隊の第七十便から百便まで、全機無事に帰還したわ。バッテリーの魔石交換と、コンテナの洗浄をお願いね」

冒険者ギルドの中庭。

夕闇が迫る中、煌々と魔導ランプが照らす特設管制テントでは、私たちが構築した『神域の兵站ロジスティクス網』が、一つの生き物のように完璧なサイクルで稼働し続けていた。

「おう! 魔石の交換はワテに任せとき!」

マシロがウサギ耳をピンと立て、目にも止まらぬ速さでドローンの動力部をメンテナンスしていく。

「あー、腰が痛ぇ……っ。これ、本当にいつまで続くんだよ……。姉御、俺は剣士であって、倉庫のピッキング要員じゃねえんすよ……」

「文句を言わない。ダンジョンに潜っている若手冒険者たちのバイタルは、あなたのその段ボール箱を運ぶ筋肉にかかっているのよ。ほら、ルナキンの牛丼五十人前、次のコンテナに積んで!」

「鬼ぃぃっ! レオンの旦那ぁ、この平民ナースを少しは止めてくだせえ!」

涙目で助けを求めるフェイトに対し、私の隣で優雅に紅茶を飲んでいたレオン様は、ふっと冷酷な笑みを浮かべた。

「私の至宝の命令に逆らうというなら、その使えない右腕ごと切り落として、永遠にパチンコのレバーを握れないようにしてやろうか?」

「ひぃぃぃっ! 喜んで働かせていただきやす!!」

圧倒的な絶対権力(過保護)の前に、フェイトはものすごい勢いで牛丼のパッキング作業に戻っていった。

「ふふっ。皆さん、本当に素晴らしいチームワークですわね。わたくしの癒やしのライブBGMも、迷宮の奥深くまでバッチリ届いているようですわ!」

リーザがマイクを片手に、満足げにウインクをする。

「お疲れ様、みんな。真面目に働いてくれる『現場』があるからこそ、このインフラは完璧に回るのよ」

私は仲間たちの働きぶりに感謝しながら、目の前の魔導モニターに視線を戻した。

『飢餓の迷宮』に潜っている中堅パーティたちは、絶え間ない熱々の食事とポーションの供給により、誰一人欠けることなく、順調に下層へと攻略を進めている。

だが。

そのモニターの隅で、一つだけ、今にも消え入りそうに点滅している『赤い光点』があった。

「……随分と粘るな。あの出禁ブラックリストの勇者とやらは」

レオン様が、私の肩を抱き寄せながらモニターを覗き込んだ。

「ええ。さすがは炎上神ワイズが直接ステータスを弄ったチート勇者ね。普通の人間なら、とっくに餓死していてもおかしくない時間よ。……でも、彼のバイタルサインは、もう完全にレッドゾーン(致命的領域)に入っているわ」

私はナースとしての冷徹な目で、シリウスの数値を分析した。

補給を絶たれた状態で、魔素に体力を削られ続けた結果、彼の魔力は底を突き、思考能力も極限まで低下しているはずだ。

RPGで言えば、HPが1で赤く点滅し、警告音が鳴り響いている状態。

「……そろそろ、限界を超えて『暴挙』に出る頃合いね」

私が呟くと、レオン様が興味深そうに漆黒の瞳を細めた。

「暴挙?」

「ええ。自分が特別だと思い込んでいるクレーマーは、思い通りにならない現実を突きつけられると、最後には必ず『暴力』で解決しようとするのよ。……でも、この『ブラックキャット運輸』には、そんなカスハラに対する完璧な『迎撃システム』が組み込まれているわ」

私は、モニターに映るドローンのカメラ映像の一つを、全画面に拡大した。

「見せてあげるわ。個人のチート武力なんて、完成された現代の物流システム(インフラ)の前では、何の役にも立たないという現実をね」

――『飢餓の迷宮』地下二十階層。

「あぁ……っ、うぅぅ……っ」

黄金の勇者シリウスは、泥水が溜まった窪みに顔を突っ込み、その濁った水を啜っていた。

全身の鎧はひしゃげ、自慢の金髪は泥と魔物の返り血で固まっている。

(腹が……減った……。死ぬ……俺は、死ぬのか……?)

幻覚が見え始めていた。

空中に、カリッと揚がった黄金色のからあげが浮かんでいる気がする。手を伸ばしても、それは空を切るだけだ。

「なんで……俺が、こんな……っ」

彼には理解できなかった。

自分は神に選ばれた特別な存在だ。最強のステータスを持ち、どんな魔物でも一撃で倒せる。

それなのに、なぜ自分だけがこんな泥水をすすり、あの地味な中堅冒険者たちは、迷宮の奥深くでホカホカの豚丼を食べて笑っているのか。

(全部……全部、あの空飛ぶ黒い箱のせいだ……!)

シリウスの濁った瞳に、ドス黒い憎悪が宿った。

あのドローンが、自分の存在価値を否定し、モブどもを不当に優遇しているのだ。

ならば、あの箱を破壊し、中身の飯とポーションを奪い取ればいい。

その時。

ブォォォォン……という羽音と共に、彼が待ち望んでいた『標的』が姿を現した。

「……来た……!」

シリウスの頭上を、タローマンの高級ポーションと特製弁当を積んだ、ブラックキャット運輸のドローンが一機、悠然と通り過ぎようとしていた。

「俺の……俺の飯だぁぁぁっ!!」

シリウスは、最後の力を振り絞って立ち上がり、刃こぼれした黄金の剣を両手で構えた。

極限状態の中で、彼の身体の奥底から、炎上神ワイズの加護である『底力チートバフ』が発動する。

「うおおおおぉぉぉっ!! 神の剣閃ホーリー・スラッシュッ!!」

シリウスの剣から、迷宮の壁をも真っ二つにするほどの、巨大な黄金の斬撃が放たれた。

いくら空飛ぶ魔法の機械であろうと、この神の力が宿った一撃を受ければ、間違いなく木っ端微塵になる。

彼は勝利を確信し、落ちてくる弁当をキャッチしようと両手を広げた。

しかし。

ガキィィィィンッ!!

「……なっ!?」

黄金の斬撃がドローンに命中する直前。

ドローンの周囲に、六角形の模様が連なる『透明な光の盾』が展開され、シリウスの最強の剣技を、いとも容易く弾き返したのだ。

「ば、馬鹿なっ!? 俺の、勇者の全力の一撃だぞ!? なんで空飛ぶただの箱が、無傷なんだよっ!?」

シリウスが絶望の声を上げる中、ドローンは空中でピタリと静止し、その無機質な機体をシリウスの方へと向けた。

『――警告。警告』

ドローンの底面に備え付けられたスピーカーから、一切の感情を持たない、冷徹な女性の電子音声が響き渡った。

『ブラックリスト登録者(ID:出禁勇者シリウス)からの、当システムに対する物理的敵対行動を確認しました。これより、カスタマーハラスメント(カスハラ)撃退プロトコルを起動します』

「は……? かすはら……撃退……?」

呆然とするシリウスの頭上で、ドローンのコンテナの下部がカシャッと開いた。

しかし、そこから出てきたのは、ホカホカの弁当でも、回復のポーションでもなかった。

『威力業務妨害に対する、初期鎮圧を開始します。頭上にご注意ください』

「え?」

バッシャァァァァァァァァッ!!!!

ドローンのコンテナから、マイナス五度にまで冷やされた『超低温の氷水』が、滝のようにシリウスの頭上へとぶちまけられたのだ。

「ぎゃああああぁぁぁぁぁっ!!?」

極限まで消耗し、飢えと疲労で体温が下がりきっていたシリウスの肉体に、氷水は文字通りの『死の冷たさ』となって突き刺さった。

心臓が縮み上がり、全身の筋肉が痙攣を起こす。

『――鎮圧完了。ブラックキャット運輸は、現場の安全と、善良な冒険者へのサービス提供を最優先に行動します。出禁者の利用は、永久にお断りいたします』

ドローンは無慈悲な電子音声を残し、ガタガタと震えながら蹲る勇者を見下ろすことすらなく、ブォォォンと方向を変えて、本来の配達先である若手冒険者の元へと飛び去っていった。

「あ……がっ……、さ、さむぃぃ……っ」

チート武力など、完成されたシステムの前では、ただの『迷惑なクレーマーの暴動』に過ぎない。

【善行ポイント通販・段5】がもたらした絶対的な防衛力(物理シールド)と、容赦のない排除システム。

「俺は……神に、選ばれた……勇者……なんだぞ……っ」

氷水に濡れそぼち、泥まみれになって震えるシリウス。

もう、彼には剣を握る力すら残っていなかった。

己の傲慢さ故に、全てを失い、完全に包囲された勇者は、迷宮の冷たい石の床の上で、ただ無様に涙と鼻水を流すことしかできなかったのである。

読んでいただきありがとうございます。

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