EP 5
ポンコツたちのスルー力
「ブラックキャット運輸、第十二便出発! ルナキンの特盛牛丼と、タローマンのハイグレードポーションのセットよ! 行ってらっしゃい!」
冒険者ギルドの裏庭。
私の掛け声と共に、スマホ(端末)から出撃指令を受け取った黒い配送ドローンが、小気味良いプロペラ音を響かせて空高く舞い上がった。
『飢餓の迷宮』で活動する中堅冒険者たちに向けた『神域の兵站網』は、稼働開始から数時間で、すでに完璧な軌道に乗っていた。
ドローンたちは強力なステルス機能で迷宮の最深部までスイスイと入り込み、若手冒険者たちの元へ熱々の食事とポーションを絶え間なく投下し続けている。
「コハル! 厨房から追加の『タローソンのからあげ(特大パック)』三十人前が揚がったで! ほれ、コンテナに詰めたってや!」
マシロが、香ばしい油とニンニク醤油の匂いをプンプンさせながら、山積みのからあげを運んできた。
「はい、マシロちゃんお疲れ様! 梱包は私がやるから、次の仕込みをお願いね!」
「任せとき! 現場の兵站は、ワテらの胃袋にかかっとるからな!」
「♪戦う〜君へ〜、アツアツの牛丼と〜わたくしのラブソングを〜お届け〜!」
リーザはドローンの音声中継マイクの前に立ち、ダンジョン内に向けて癒やしのゲリラライブ(BGM)を配信している。
そして。
「……姉御ぉ。梱包作業で腰が……もう限界っす……。こんなに働くくらいなら、いっそダンジョンで魔物と戦ってた方がマシだぜ……」
フェイトが、段ボール箱を抱えながらゲッソリと頬をこけさせていた。
「文句言わないの。あなたは剣を振るうしか能がないんだから、裏方の過酷さをここでしっかり学んでおきなさい。……でも、一つだけ聞きたいことがあるんだけど」
私はスマホの画面から顔を上げ、フェイトに尋ねた。
「さっき、あのクレーマー勇者がギルドを出て行く時、入り口であなたたちに何か絡んでこなかった? すごい顔で怒鳴ってたみたいだけど」
あの時、私はレオン様の過保護なハグに包まれていたため遠目でしか見えなかったのだが、勇者シリウスがギルドから出て行く際、外にいたフェイトとマシロに向かって何やら喚いていたのだ。
その言葉に、フェイトは「ああ、あの金ピカの野郎っすか」とダルそうに首を鳴らした。
「なんか、俺に向かって急に『お前、そこそこ骨がありそうだな。この勇者様のパーティに入れてやるから、俺の荷物持ちと盾になれ』って上から目線で言ってきやがりましてね」
「やっぱり。自分のチートだけじゃダンジョンを潜れないって、無意識のうちに分かっていたのね。それで、どうしたの?」
「どうしたもこうしたもねえっすよ」
フェイトは、まるで道端の石でも蹴飛ばすような、どうでもいいという表情で鼻をほじった。
「『あ? どけよ金ピカ野郎。今日はルナパラダイス(パチンコ店)で、最新魔導スロット『海物語・人魚姫エディション』の導入日なんだよ。整理券の列に並び損ねたらてめえの首刎ねるぞ』って言って、完全にシカトしてやりました」
「…………」
「そうやそうや! ワテのことも『なんだそのウサギは。迷宮での非常食にはちょうど良さそうだな』とか舐めたこと抜かしよったからな!」
マシロがフライパンを持ったまま、ウサギ耳を逆立てて怒り出した。
「せやから、ワテが『誰が非常食やこの金ピカのポンコツがぁっ!』って言うて、そいつの鳩尾に全力のウサギ・ドロップキックをブチかましてやったんや! そしたらアイツ、『ぐふっ!? な、なぜ勇者の俺にダメージが……!?』って白目剥いて、そのまま逃げるように迷宮の方へ走っていきよったで」
「……はぁ。あんたたちって、本当に最高ね」
私は思わず吹き出し、お腹を抱えて笑ってしまった。
神の加護を受けた、絶対的な権力と武力を持つ『本物の勇者』。
普通の人間なら、その圧倒的な魔力と「勇者」という肩書きの前にひれ伏し、言うことを聞いてしまうだろう。彼自身も、自分が世界で一番特別に扱われて当然だという『選民思想』に凝り固まっていた。
だが、私のポンコツで最高な仲間たちは、そんな権威やチートに一ミリも興味がないのだ。
神の奇跡よりも、パチンコの新台整理券。
勇者の名誉よりも、美味しいご飯と自分の尊厳。
「彼が一番欲しかった『特別扱い』を、あんたたちは無意識のうちに完全スルーでへし折ってくれたのね。……彼にとって、これ以上ない精神的ダメージ(トリアージ)だったはずよ」
仲間たちのマイペースさに、私は深い友情と信頼(と呆れ)を感じながら、彼らに配給用のオロポ(回復飲料)を手渡した。
「コハル」
ふいに、私の背中を大きな手が優しく包み込んだ。
振り向くと、そこには極上の微笑みを浮かべたレオン様が、淹れたての温かい紅茶の入ったカップを二つ持って立っていた。
「レオン様。ドローンの発着管理、わざわざ手伝っていただかなくても……」
「私の至宝が現場で汗を流しているのに、私だけが座っているわけにはいかないだろう。さあ、少し休憩しなさい」
レオン様は私にカップを渡し、そのまま私の背後からゆっくりと抱きすくめるようにして、私の肩に顎を乗せた。
「君の周りにいる者たちは、実に騒がしいが……その芯にあるものは、君と同じ『ブレない強さ』だな。権威にも、神の力にも媚びない。ただ、自分の愛する日常を守るために生きている」
レオン様の低く響く声が、私の耳元を甘くくすぐる。
その漆黒の瞳には、私の仲間たちへの一定の敬意と、そして私に対する底知れない、海よりも深い愛情が揺らめいていた。
「私は、君のそういうところを何よりも愛している。……もしあの勇者が、君の仲間を少しでも傷つけていれば、私はその瞬間に彼を灰に変えていただろう。だが、君と君の仲間たちは、自らの力で、見事にあの理不尽を『スルー』してみせた」
レオン様は空いた片手で私の頬をそっと撫で、周囲の冒険者たちが顔を赤らめて目を逸らすほどの、濃厚で甘い空気を醸し出した。
「私は、ただ君の隣という『特等席』で、君がこの世界をどう塗り替えていくのかを見守らせてもらうよ。……無論、君の心と体は、私だけが完璧な過保護で満たすという絶対条件付きだがね」
「れ、レオン様……っ。みんな忙しく働いてるんですから、今はちょっと……っ」
私が顔から火が出そうになりながら抗議すると、レオン様はクスクスと喉の奥で笑い、私のこめかみに熱いキスを落とした。
神の加護など介入する隙もないほどの、完璧な『日常の甘やかし』。
私がこの異世界で作り上げた最強のインフラは、ただのシステムではなく、この温かい『仲間たちとの絆』と『レオン様の愛』そのものだった。
――一方、その頃。
『飢餓の迷宮』の中層部では。
「ハァ……ッ、ハァ……ッ……!! なんで……なんで俺が、こんな目に……っ!」
自称・世界最強の勇者シリウスは、泥にまみれ、剣を杖代わりにしながら、薄暗い洞窟をフラフラと彷徨っていた。
彼の黄金の鎧はすでに傷だらけになり、輝きを失っている。
腹が減った。喉が渇いた。
魔物は倒せる。だが、倒すたびに体力を削られ、『飢餓』の魔素が容赦なく彼の胃袋を握り潰していく。
(……くそっ! なんで誰も、俺を助けない! なんであのモブ女は、俺に土下座してポーションを渡さなかった!?)
シリウスの脳裏に、ギルドで自分を完全に無視してイチャついていたコハルとレオンの姿や。
自分の勧誘を「パチンコの邪魔だ」と一蹴した銀髪の剣士。
そして、自分をドロップキックで吹き飛ばした喋るウサギの顔がフラッシュバックする。
自分は神に選ばれた特別な存在のはずだ。
それなのに、彼らは誰一人として自分を特別扱いせず、ただの「うるさいクレーマー」として切り捨てたのだ。
その事実が、空腹よりもさらに深く、彼のプライドをズタズタに引き裂いていた。
「俺は……俺は最強の……っ」
その時。
シリウスの頭上を、ブォォォォンという羽音と共に、黒猫のマークが描かれたドローンが通り過ぎていった。
そのコンテナからは、暴力的なまでに食欲をそそる『タローソンのからあげ』の香りが漂っている。
「……めし……! 飯だ……ッ!!」
飢えと絶望に理性を失いかけた勇者が、血走った目でそのドローン(完璧な兵站)へと手を伸ばす。
出禁にされた哀れな選民への、残酷な因果の清算が、ついに本格的に始まろうとしていた。




