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EP 4

スキル進化 神域の兵站ロジスティクス

「……さて。あの迷惑系クレーマー勇者が『飢餓の迷宮』に突撃していったのはいいとして」

静まり返った冒険者ギルドのロビーで、私は破壊されたテーブルの破片を片付けながら、ギルドマスターに向き直った。

「現在、あのダンジョンに潜っている真面目な冒険者たちは、どのくらいいるの?」

「は、はい! 現在は中堅パーティが三組、下層の希少鉱石を採掘するために潜っております。彼らは十分なポーションと食料レーションを持参していますが……」

ギルドマスターが、冷や汗を拭いながら地図を広げた。

「あのダンジョンは、内部に充満する魔素が『冒険者の体力と満腹度を通常の三倍の速度で奪う』という恐ろしい特性を持っています。もし、あの勇者が無計画に魔物を大群で引き連れてきたり(トレイン行為)、あるいは空腹に耐えかねて彼らの物資を強奪したりすれば……真面目な若手たちが、最悪の場合、餓死や全滅の憂き目に遭う危険性が高いです」

「やっぱりね。クレーマーの暴走は、必ず周囲の善良な『現場』に甚大な被害をもたらすのよ」

私は、限界ブラック病棟時代に、自己中心的な患者のせいで他の重症患者への対応が遅れそうになった数々の修羅場を思い出し、ギリッと奥歯を噛み締めた。

「個人の武力チートだけで世界が救えると思い込んでいる、あの傲慢な勇者。彼に『兵站ロジスティクス』の恐ろしさを叩き込むためにも……まずは、真面目に働いている私たちの仲間(現場)を、完璧な補給線で守り抜くわよ!」

私はエプロンのポケットから、【善行ポイント通販】のアプリが入ったスマートフォンを取り出した。

画面を開くと、現在の私の善行ポイント残高は、カグヤ様の『ゴッドチューブ・天界歴代1位』のバフ効果により、まさに天元突破(カンスト状態)で燦然と輝いていた。

『コハルちゃん! 準備はよろしくて!? 天界からの莫大な予算(神力)、全て貴女の口座に振り込んでおきましたわ! さあ、あのヤラセ炎上神ワイズのチートなど過去の遺物にしてしまう、最新鋭のインフラを見せつけてやりなさいな!』

スマホの画面に、ポップコーンを抱えて狂喜乱舞するカグヤ様のメッセージが流れる。

「ええ、ありがとうカグヤ様! 行くわよ……スキル解放!」

私が全ポイントの半分以上を注ぎ込み、『購入アップデート』のボタンを力強くタップした瞬間。

スマホの画面から、眩いばかりの純白の光の柱が天に向かって立ち昇った。

【善行ポイント通販・段5:神域の兵站ロジスティクス網を解放しました】

光が収まると共に、ギルドの裏手にある広大な中庭から、ブォォォォン……という、無数の低い羽音が鳴り響き始めた。

「な、なんやなんや!? 蜂の魔物の大群襲来か!?」

マシロがウサギ耳を畳んで身構える。

フェイトも背中の大剣に手をかけ、リーザもマイクを構えた。

「みんな、警戒しなくていいわ。あれが私の新しい『仲間インフラ』よ!」

私が中庭への扉を開け放つと、そこには驚くべき光景が広がっていた。

空を埋め尽くさんばかりにホバリングしているのは、無数の『黒い機体』。

四つの強力な魔導プロペラを持ち、機体の中央には保温・保冷機能が完備された頑丈なコンテナを備えた、現代日本の叡智の結晶――『超・全自動配送ドローン』の大群だった。

機体の側面には、黄色と緑の鮮やかなラインと共に、親しみやすい『黒猫のマーク』が描かれている。

「名付けて、異世界チェーン連携・全自動配送システム。『ブラックキャット運輸』よ!」

「ど、どろーん……? なんだその、空飛ぶ鉄の箱は……?」

ギルドの冒険者たちが、ポカンと口を開けて空を見上げる。

「これは、空から物資を届ける無人の魔導機械よ。ルナキン帝都本店、そしてタローマン帝都支店の厨房と倉庫にシステムを直結させたわ。ダンジョンにいる冒険者たちが、ギルド支給の通信タグから『SOS』や『注文』の信号を出せば……」

私はスマホを操作し、デモンストレーションを行った。

「例えば、『ルナキンの特盛牛丼』と『タローマンの高級ポーション』を注文!」

ピピッ。

その瞬間、ルナキンの厨房からホカホカの牛丼のパックと、タローマンのポーションをコンテナに積んだ一機のドローンが、凄まじいスピード(マッハの速度)で空へと飛び出し、私の目の前でピタリと静止して、コンテナをパカッと開けた。

湯気を立てる牛丼と、冷えたポーション。

注文から到着まで、わずか数秒である。

「す、すげえええぇぇっ!!」

「空から牛丼が降ってきたぞ!!」

冒険者ギルドが、割れんばかりの歓声に包まれた。

「このブラックキャット運輸のドローンは、強力な『ステルス機能』と『対物理・魔法シールド』を標準装備しているわ。だから、どんなに凶悪な魔物が徘徊するダンジョンの下層であっても、魔物に気づかれることなく、安全かつ最速で物資を届けることができるの」

私はドローンから牛丼を取り出しながら、勝利を確信して笑った。

「あの勇者が『ゴミ』だと見下した裏方と補給。それを、神の領域にまで引き上げたのがこのシステムよ。……真面目にダンジョンを攻略している冒険者たちには、このドローンを使って、アツアツのご飯とポーションを無制限で送り届けるわ!」

「おおおぉぉぉっ!! コハル様、万歳!!」

「これで飢餓の迷宮も恐ろしくねえ! 現場を大事にしてくれるコハル様こそ、俺たちの真の聖女だ!」

ギルドの冒険者たちが、涙を流しながら私の名前を呼んで歓喜する。

「ギャハハ! 相変わらずコハルの発想は規格外やな! っしゃ、ワテらもルナキンとタローソンの厨房に入って、からあげと牛丼を限界まで作りまくるで!」

マシロが腕まくりをして厨房へ走る。

「姉御! この空飛ぶ箱で、俺の代わりにパチンコ玉を換金所に……痛ぇぇっ!?」

「こんな神聖なインフラをギャンブルに使うなアホ!!」

ドローンにパチンコ玉を積もうとしたフェイトは、戻ってきたマシロのウサギキックで見事に吹き飛ばされた。

「わたくしは、このドローンのスピーカー機能を使って、ダンジョンの冒険者たちに癒やしのBGM(ライブ音声)を同時配信して差し上げますわ!」

リーザも自分の役割を見つけ、マイクのセッティングを始めた。

仲間たちが完璧な連携チームワークで兵站を稼働させていく中。

私の背後から、極上の紅茶の香りがふわりと漂ってきた。

「……やはり、君は私の想像を遥かに超えていくな。私の至宝」

レオン様が、漆黒の軍服の袖を翻し、私の腰に深く、力強く腕を回した。

そして、ギルドの全員が見ている前で、私の耳元に唇を寄せて低く甘い声で囁いた。

「個人の武力などという陳腐な概念を、完璧な『インフラ(仕組み)』で物理的に包囲し、無力化する。……これほど美しく、そして残酷な戦術を思いつく女性は、世界中を探しても君だけだ」

「レ、レオン様……みんな見てますから……っ」

「見せておけばいい。君という存在が、帝国の、いや世界の兵站を支配する女王であることを。そして、その女王を独占できるのが、私だけであるという事実をな」

レオン様は私の赤い頬を大きな手で包み込み、まるで壊れ物を扱うように優しく、けれど絶対に逃さないという独占欲を込めて見つめてきた。

「このドローン部隊の維持費と、発着基地の警備は全てルナミス公爵家が全額出資バックアップしよう。君はただ、その美しい瞳で、愚かな勇者が自滅していく様を眺めていればいい」

レオン様の、揺るぎない絶対的な信頼と、公の場での過保護な溺愛(ラダー8.5段目)。

その温もりと安心感に包まれながら、私は小さく頷いた。

――その頃。

帝都近郊の超高難易度ダンジョン、『飢餓の迷宮』の中層。

「はぁ……はぁ……っ、くそっ、なんでこんなに腹が減るんだ……!?」

黄金の鎧を着た勇者シリウスは、息を切らしながら薄暗い洞窟の壁に寄りかかっていた。

彼がダンジョンに入ってから、まだ数時間しか経っていない。

戦闘力チートは健在であり、現れる魔物は一太刀で屠ることができる。

しかし、この迷宮特有の『異常な速度でスタミナと満腹度を奪う魔素』は、神の加護を無視して、シリウスの肉体を確実に蝕み始めていた。

「アイテムなんて、雑魚が使うもんだ……俺には必要ない……っ。腹が減ったくらいで、この俺が立ち止まるわけには……」

強がりながらも、彼の足元はフラフラと覚束ない。

喉は干からび、胃袋は空っぽで悲鳴を上げている。

剣を振るうたびに体力が削られ、回復手段を持たない彼は、確実に死の淵へと向かって歩みを進めていた。

その時だった。

シリウスの頭上を、ブォォォォンという低い羽音と共に、黒い機体が通り過ぎていった。

「……あ? なんだ、あの箱は……?」

シリウスが虚ろな目で見上げた先。

そこには、中堅冒険者のパーティが、疲れ果てて座り込んでいる姿があった。

しかし、彼らの頭上に『ブラックキャット運輸』のドローンが降下し、コンテナをパカッと開けた瞬間。

「うおおおっ!! 頼んでいた『ルナキンの特盛牛丼つゆだく』と、『アツアツの豚汁』が本当に届いたぞ!!」

「こっちはタローソンのからあげと、最新のポーションだ! すげえ、まだ湯気が出てる!!」

冒険者たちは歓喜の声を上げ、ダンジョンのど真ん中で、最高の温かい食事(補給)を貪り始めたのである。

「な、なんだと……!? なんでこんな迷宮の奥深くに、アツアツの飯が……!?」

極限の空腹状態にあるシリウスの鼻腔に、牛丼の甘辛いタレの香りと、からあげの暴力的なまでの脂の匂いが容赦なく突き刺さる。

神の加護に溺れ、現場の補給を見下した勇者と。

平民ナースが構築した、現代の完璧な兵站ロジスティクス網。

出禁ブラックリストにされたチート勇者の、地獄の兵糧攻め(ざまぁ)が、いよいよその残酷な牙を剥き始めていた。

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