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EP 7

ポイント長者と、甘やかされる日々

チュン、チュンチュン。

窓の外から聞こえる、穏やかな小鳥の囀り。

顔を撫でる、柔らかな朝の陽射し。

私はゆっくりと重い瞼を開け、木漏れ日が揺れる天井をぼんやりと見つめた。

「……朝、か」

身体の節々が痛むこともない。胃がキリキリと締め付けられるようなストレスもない。

前世の限界ブラック病棟で働いていた頃は、朝が来るのが何よりも恐ろしかった。

鼓膜を破るようなスマートフォンのアラーム音で叩き起こされ、「行きたくない、まだ寝ていたい」と泣きそうになりながら、重い身体を引きずって満員電車に揺られていた。

夜勤明けの休日は、疲れ果てて泥のように眠るだけで終わっていた。

でも今は、誰に急かされることもなく、自然な陽射しで目を覚ますことができる。

ここはポポロ村の村長が用意してくれた、清潔でふかふかのベッドの上だ。

隣を見ると、銀髪の家出少女――マシロが、私の腕に抱きつきながらスゥスゥと気持ちよさそうに寝息を立てていた。頭の白いウサギ耳が、夢でも見ているのかピクピクと動いている。

(あぁ……なんて幸せな朝なんだろう)

私はマシロを起こさないようにそっと身を起こし、エプロンのポケットから画面の割れたスマホを取り出した。

【システム通知】

現在保有ポイント:3010 pt

『賢者君(無料版)』より一言:

……おはようございます。ポイントが潤沢です。調子に乗って散財しないように。

相変わらず可愛げのないAIだが、数字を見ているだけで口元が緩んでしまう。

3000ポイント! これだけあれば、当分の間はマグローザ漁船にドナドナされる心配はないし、美味しいものをたくさん取り寄せることができる。

私は【通販】アプリを開き、ロックが解除された『食料品』カテゴリをスクロールした。

昨日はマシロに最高のご馳走を奢ると約束したのだ。

目にとまったのは、現代日本が誇る洋食の王様。

「よし、これにしよう」

私は『特製デミグラスハンバーグ弁当(大盛りライス・フライドポテト付き)』を二つと、『食後のチョコバニラパフェ』を二つカートに入れ、購入ボタンをタップした。合計で約500pt。かつてない豪遊だ。

シュンッ! という心地よい音と共に、部屋の小さな丸テーブルの上に、ほかほかと湯気を立てるお弁当と、ひんやりと冷えたパフェが現れた。

その瞬間。

「……ッ!! に、肉の匂いがする!!」

ベッドで寝ていたマシロが、バネ仕掛けのおもちゃのように跳ね起きた。ウサギ耳がレーダーのようにテーブルの上のハンバーグを捕捉している。

「ふふっ、おはようマシロ。お腹空いたでしょ? 約束のご馳走よ」

「うおおおおっ!? なんやこれ、茶色くてテカテカしてて、めっちゃええ匂いする! 食ってええの!?」

「もちろん。冷めないうちに召し上がれ」

私たちはテーブルに向かい合い、プラスチックの箸を割った。

マシロは箸を器用に使って、分厚いハンバーグを大きく切り取り、口の中へ放り込む。

「んんんんん~~~ッ!!」

マシロの赤い瞳が見開かれ、ウサギ耳が歓喜の舞を踊り始めた。

「肉汁が溢れてくる! この黒いソース、なんやこれ!? 旨味の暴力やんけ! 白いご飯が止まらへん!!」

「それはデミグラスソースよ。ポテトも美味しいから食べてね」

私もハンバーグを一口かじる。

濃厚な肉の旨味と、深みのあるソースの味わい。ふっくらと炊き上がった白米。

前世では、3分で冷めたおにぎりを胃に流し込みながら、電子カルテに向かっていた。食事はただの『生命維持のための作業』だった。

それが今、こんなにも温かくて、美味しくて、大好きな親友と一緒に「美味しいね」と笑い合いながら味わうことができる。

食後の冷たいパフェを食べる頃には、マシロは完全に骨抜きになり、床に寝転がって幸せそうなお腹をさすっていた。

「あかん……ワテ、もうコハルなしじゃ生きていけへん身体にされてしもうた……。一生、コハルのヒモになるわ」

「ふふっ、神獣のヒモなんて贅沢ね。でも、私もマシロがいてくれて本当に楽しいわ」

私たちが笑い合っていると、トントンと控えめなノックの音が聞こえた。

ドアを開けると、そこには村長と、昨日私が手当てをした村人たちが、籠いっぱいの新鮮な野菜や果物を抱えて立っていた。

「おはようございます、聖女様。昨夜はよく眠れましたでしょうか」

「村長さん。あの、聖女はやめてくださいって言ったじゃないですか」

「いえいえ! 聖女様のおかげで、村の熱病はすっかり引き、兵士たちの傷も塞がり始めました。これは村の皆からの、ほんの感謝の印です。どうかお受け取りください!」

村人たちは次々と私の前に進み出て、とれたてのトマトや、甘い香りのする太陽芋、そして美しい花束を両手いっぱいに押し付けてきた。

「本当にありがとうございます。聖女様は、私たちの命の恩人です」

「ずっとこの村にいてくだせぇ! 空き家ならいくらでも提供しますから!」

誰も、私に「もっと働け」とは言わない。

誰も、私の手柄を自分のものだと奪い取らない。

ただ、私が昨日『当たり前の応急処置』をしたことに対して、見返りなど一切求めず、純粋な好意と感謝だけを向けてくれるのだ。

「……ありがとうございます。新鮮なお野菜、とっても嬉しいです」

私は花束を抱きしめ、心からの笑顔を返した。

前世で搾取され続けた私の心は、この辺境の村で、温かい善意によって少しずつ、確実に満たされ、癒やされていくのを感じていた。

『ピロリン♪』

スマホが震える。村人たちからの感謝の念を受け、また善行ポイントがチャージされていく。

誰も蹴落とさず、ただ善く生きるだけで、勝手に評価が上がり、居場所が確固たるものになっていく。

まさに、理想の絶対有給休暇スローライフだった。

――一方、その頃。

ルナミス帝国の中心、帝都にそびえ立つ壮麗な公爵邸の執務室にて。

「……ほう」

黒曜石のような深い漆黒の瞳を持つ男、レオン・ド・ルナミス公爵は、手元に届けられた隠密からの報告書を読み、形の良い唇を微かに吊り上げた。

『ポポロ村ニテ、重度ノ熱病ト負傷兵ガ多数発生スルモ、謎ノ少女ノ処置ニヨリ一晩デ終息』

『魔法ノ使用痕跡ナシ。透明ナ水(オエスワント呼称)ト、純白ノ布ヲ用イタトノ証言アリ』

『少女ノ特徴ハ、黒髪ニ黒瞳。先日追放サレタ、ルナミス男爵家ノ元令嬢ト完全ニ一致』

「……やはりな」

レオン公爵は、報告書をデスクに置き、細く長い指で自らの顎を撫でた。

彼の脳裏に、夜会の会場で見たコハルの姿が鮮明に蘇る。

婚約破棄という絶望の淵に立たされながら、心拍数を全く乱さず、むしろ清々しいほどの安堵を見せていた、あの不思議な令嬢。

「闘気と回復魔法という、この国の野蛮で大雑把な医療体制には、とうの昔に限界が来ていた」

レオンは冷徹な声で独りごちた。

傷を魔法で塞いでも、目に見えない病魔(細菌)は残る。力任せの軍事ドクトリンは、兵士の命を無駄に使い潰しているだけだ。

だが、あの令嬢――コハルがポポロ村で行ったとされる『透明な水』による熱病の治療と、『純白の布』による物理的な傷の保護。

「彼女は、魔法という非論理的な奇跡に頼らず、極めて論理的で完璧な『医療』を体系化している……? たった一人で?」

デカルト的論理と合理的科学を愛する天才公爵の胸の中で、静かな、しかし決して消えることのない激しい炎が燃え上がった。

コハルの持つ知識と技術は、このルナミス帝国の国家予算10年分――いや、それ以上の価値がある。

そんな国宝級の原石を、「魔法が使えないから」という理由で無能扱いし、戦場に追放したゼロスとかいう魔闘騎士の、何と愚かで滑稽なことか。

「あの無能な騎士は、いずれ自らの無知によって泥の中で自滅するだろう。放置しておいても構わんが……」

レオン公爵は立ち上がり、執務室の窓から遠く、辺境のポポロ村の方角を見つめた。

コハル・ルナミス。

彼女のその手は、誰よりも尊く、誰よりも価値がある。

二度と、あんな愚か者たちの手で不当に搾取させてはならない。

「馬車を出せ。ポポロ村へ向かう」

レオンは控えの執事に冷徹に、しかし有無を言わさぬ絶対の命令を下した。

「国宝は、私がこの手で保護する。彼女のバイタルを乱す要素は、この私が全て完璧に排除してやろう」

天才公爵の、冷徹な論理の皮を被った『絶対過保護(溺愛)』の歯車が、今、静かに、そして確実に回り始めていた。

お読みいただきありがとうございます!


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