EP 2
選民思想と『出禁』の宣告
破壊されたルナキン帝都本店を背に、私たちは騒ぎの中心地である冒険者ギルドへと足を踏み入れた。
ギルドの重厚なオーク材の扉は無惨に蹴り破られており、蝶番から外れて床に転がっている。
広々としたロビーの中は、まるで嵐が過ぎ去った後のような有様だった。テーブルや椅子はひっくり返り、若手冒険者たちが壁際に追いやられ、悔しそうに拳を握りしめている。
そして、その中央。
受付カウンターの上に土足で上がり、傲岸不遜な態度で腕を組んでいる男がいた。
「ハハハハッ! 聞こえなかったのか、無能なギルド職員ども! 俺は炎上神ワイズ様に選ばれた、世界最強の『勇者シリウス』だぞ!」
眩いばかりの黄金の鎧に身を包んだ、金髪の青年。
彼の全身からは、常人なら息苦しさを覚えるほどの圧倒的な魔力が放出されていた。しかし、その力強さとは裏腹に、彼の言葉の端々から滲み出る『薄っぺらな優越感』は、控えめに言っても三流のそれである。
「俺がこの帝都に来てやったんだ。お前らは俺の活躍を神に感謝し、最高の待遇で持て成す義務がある! まずは、この街の最強の武器と防具、それから最高級のポーションを百本ばかり寄越せ。ああ、もちろん勇者への貢ぎ物だから『タダ』でな!」
シリウスの横暴な要求に、ギルドマスターが血相を変えて抗議する。
「ふ、ふざけるな! 冒険者ギルドは正当な対価で物資をやり取りする場所だ! いくら勇者でも、無銭飲食や強奪が許されるわけが……っ!」
「うるさいっ!」
ドンッ!!
シリウスが黄金の剣の柄でカウンターを叩きつけると、衝撃波が走り、ギルドマスターが吹き飛ばされた。
「俺が世界を救ってやるんだから、これくらい当然の権利だろうが! お前らのような雑魚モブは、ただ黙って俺の『裏方』として搾取されていればいいんだよ!」
さらに、シリウスの視線は、ギルドの壁に設置されている『魔導天気・危険度アラート掲示板』と、その横でゲリラライブの準備をしていたリーザへと向けられた。
「おい、その壁のランプ! 赤とか青にチカチカ光って目障りだ。今日から俺の気分に合わせて、常に『黄金色』に光らせて、俺の偉大さを帝都中にアピールする照明にしろ! そこの芋臭いジャージを着た半魚人! お前は俺の戦闘BGMとして、俺を讃える歌を歌え!」
「……はぁ?」
名指しされたリーザが、ポータブルマイクを握りしめたまま、信じられないものを見るような目を向けた。
「わたくしは宇宙一のトップアイドル、リーザですわよ! わたくしの歌声は、コハルプロデューサーの許可と、一曲につき最低5000ルナの『スパチャ(現ナマ)』がなければ絶対に響きませんわ! 泥棒勇者に歌う曲など、ワンフレーズたりとも存在しませんの!」
「なんだと!? 勇者である俺の命令に逆らう気か!」
激昂したシリウスが、リーザに向かって剣を振り上げようとした。
その瞬間。
「そこまでよ。いい加減にしなさい、迷惑系クレーマー」
私はギルドの入り口から堂々と歩み出て、シリウスを冷たく見据えた。
「……あぁ? なんだお前は」
シリウスは忌々しそうに私を見下ろし、その瞳に魔力を集中させた。相手のステータスを見抜く『鑑定』のチートスキルだろう。
「ふんっ。HP10、MP5……なんだそのゴミみたいな数値は? 戦闘力ゼロの完全な『モブ女』じゃないか。そんなモブが、最強の俺に意見しようってのか?」
「ええ、するわよ。あなたのやっていることは、ただの『カスタマーハラスメント』だから」
私は、限界ブラック病棟で『自分はVIP患者だ』と勘違いしてナースコールを連打し、備品を破壊していた最悪のモンペ患者を相手にする時の、あの絶対零度の『トリアージ(切り捨て)モード』に入っていた。
「あなたは自分が最強の武力を持っているから、何をしても許されると思っている。物資を運ぶ商人、ご飯を作る料理人、安全を管理するギルド職員……彼ら『現場の人間(兵站)』を、ただのモブだと見下しているわね」
「当たり前だろ! 俺のチートスキルに比べれば、そんな裏方の地味な作業なんて何の価値もねえ! 俺が魔物を倒してやれば、全て解決するんだからな!」
シリウスの傲慢な宣言に、私は深く、深くため息を吐いた。
「……なるほど。重度の『選民思想(俺TUEEE症候群)』ね。もう治療の余地もないわ」
RPGのゲームなら、それでいいかもしれない。
勇者が村人の家からアイテムを奪い、宿屋にタダで泊まっても、システムが許してくれる。
だが、ここは現実だ。現場で汗を流す人間たちの『兵站』がなければ、最強の武力など三日と持たずに餓死するだけなのだ。
私はエプロンのポケットから【通販】のスマホを取り出し、帝都の全異世界チェーン(ルナキン、タローマン等)の店長たち、そして冒険者ギルドのネットワークに向けて、一斉送信のボタンをタップした。
「今この瞬間をもって。帝都における『勇者シリウス』のステータスを、最悪の『ブラックリスト(出禁)』に登録します」
私の静かな、しかしギルド全体に響き渡る声に、若手冒険者たちが息を呑んだ。
「ギルドの全施設、ルナミスの全店舗、タローマンの全支店における、彼へのあらゆるサービス提供、物資の販売、ポーションの供給を『無期限で停止』します。彼は今日から、帝都のインフラに一切触れることはできません」
「……は、はぁぁ!?」
シリウスが、大口を開けて呆れたように笑い出した。
「出禁だぁ!? バカじゃねえの! モブ女が一人で喚いたところで、誰がそんなもん従うかよ! 俺は勇者だぞ! 誰も俺の命令には逆らえねえんだよ!」
「そう思うなら、試しにタローマンでポーションを買ってみるといいわ。……誰も、あなたに水一滴すら売らないから」
私が冷ややかに言い放つと、シリウスの顔が怒りで真っ赤に染まった。
彼のようなプライドの塊にとって、戦闘力ゼロの平民女に「お前には何も売らない」と真っ向から拒絶され、見下されたことは、最大の屈辱だったのだ。
「ふざけやがって……! その生意気な口、二度と叩けないように切り裂いてやる!」
シリウスが黄金の剣を抜き放ち、私に向かって強烈な殺気を放った。
空気が悲鳴を上げ、ギルドの床がメリメリとひび割れる。
さすがは神が直接降臨させた勇者。純粋な『破壊力』だけなら、これまでの敵とは次元が違う。
しかし――私は微動だにせず、ただクスッと微笑んだ。
なぜなら、私には武器など必要ないからだ。
私の背後には、彼のような『理不尽な暴力』を、物理的かつ概念的に完全に粉砕する、宇宙最強の過保護な公爵様が控えているのだから。
「――神の駒ごときが」
ギルドの空気が、一瞬にして『絶対零度』へと凍りついた。
私のすぐ背後から、レオン様が一歩前に出た。
漆黒の軍服から放たれたのは、勇者のチート魔力など安物の花火に思えるほどの、底知れず、重く、そして圧倒的な『帝国の頂点の覇気』。
「私の至宝に、その汚らわしい刃を向けようとしたな」
レオン様の漆黒の瞳が、シリウスを射抜く。
その瞬間、シリウスの顔から血の気がスッと引き、彼は本能的な恐怖で数歩後ずさった。
神の奇跡に酔いしれる偽りの勇者と、揺るぎない絆で結ばれた私たちの陣営。
平民ナースの冷徹な『兵站封鎖』による、地獄の兵糧攻めが、今、確実な死のカウントダウンとして勇者に突きつけられたのである。
読んでいただきありがとうございます。
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