EP 9
危険食材『スベルダケ』と神の敗北
「妖怪に何か用かいぃぃぃっ!!」
「コーディネートはこーでねぇとぉぉっ!!」
ピューーーーッ!!
ポポロ山の白銀のゲレンデに、絶対に笑えない古典的なダジャレの絶叫が谺する。
危険食材『スベルダケ』を食した自称・勇者パーティの二人は、摩擦係数ゼロとなった足元をバタバタと藻掻かせながら、猛烈なスピードで雪煙を上げて山の麓へと滑落していった。
「あーあ。見えなくなっちゃった」
私はゴーグルを額に上げ、米粒のように小さくなっていく二人を呆れ顔で見送った。
「ある意味、すげえ体力っすね……。あのスピードで木にぶつかったらタダじゃ済まねえぞ」
フェイトがドン引きしながら呟く。
「大丈夫ですわ。このゲレンデの先は、綺麗に除雪された『直滑降コース』になっておりましてよ」
スアイさんが、タローマンの作業着のポケットに手を突っ込みながら、ふふっと笑った。
「あのコースの終着点は、山の麓にある『ポポロ山岳警備隊の詰め所』ですの。猛スピードで滑り込み、ダジャレを叫びながら警備隊の雪かき用の雪山に突っ込んで、そのまま御用(逮捕)となる算段ですわ。……わたくしの完璧なDIYトラップ(ピタゴラ装置)、最後までお楽しみいただけたかしら?」
「スアイさん、恐ろしい子……!」
私は、元氷魔将軍の完璧すぎる陣地構築能力に戦慄した。
非合理な美意識(露出狂)を掲げ、大自然を舐めてかかった挙げ句、拾い食いで自滅した彼らに相応しい、最高にみっともない末路である。
「ギャハハ! 腹痛い! 布団がふっとんだって、いつの時代のギャグやねん!」
マシロが雪の上を転げ回って爆笑している。
「コハル」
レオン様が、私の肩の雪を優しく払い落としてくれた。
「あの不快なノイズは完全に排除された。さあ、これ以上君を冷気に晒すわけにはいかない。ログハウスに戻って、温かいものを食べよう」
「はい、レオン様!」
私たちは、最高に痛快なコメディショーを見届けた満足感と共に、温かいベースキャンプへと引き返していった。
――一方、その頃。
天界の白亜の神殿では、最高潮の熱狂が巻き起こっていた。
『キタキタキタァァァーーッ!! PV(視聴回数)が天元突破ですわぁぁっ!!』
月の女神カグヤが、ゴッドチューブの巨大モニターの前で、ウサギの使い魔とハイタッチをして狂喜乱舞していた。
彼女のチャンネルで配信されている『#女子キャン! 雪山のDIYバカンスと究極サウナ』の動画は、今や神界のトレンドを完全に独占していた。
画面には、リスナー(神々)からの怒涛のコメント(スパチャ)が滝のように流れている。
【リスナーのコメント】
『タローマンの防寒着、機能美すぎんか? 最高!』
『DIYサウナからの豚の生姜焼き……飯テロすぎる。ヨダレ出た』
『元魔将軍のスアイちゃん、完全にコハル陣営に堕ちてて草』
『それに比べてあの勇者(笑)パーティww』
『雪山でビキニアーマーとか正気か? 自爆して当然w』
『スベルダケ食ってダジャレ叫びながら滑落していくの、今年一番笑ったwww』
『ええ、ええ! そうですわ! 無駄な露出やヤラセの奇跡など、この大自然の物理演算と「絶対防寒の機能美」の前では無力! コハルちゃんたちの「等身大で合理的なバカンス」こそが、今求められている最高のエンターテインメントですのよ!』
カグヤの元には、天界のシステムから莫大な『善行ポイント(予算)』がチャリンチャリンと雪崩れ込んでいる。
その一方で。
対極にある、炎上神ワイズの薄暗い神殿では。
「…………な、なぜだぁぁぁっ!!」
ワイズが、頭を抱えて絶望の雄叫びを上げていた。
彼が自信満々で配信した『#勇者降臨! 氷の山を制覇する奇跡の軌跡』の動画は、目も当てられない大惨事(炎上)となっていた。
「私の……私の加護を与えた勇者パーティが、なぜキノコを食って『イクラはいくら?』などと叫びながら雪山を滑り落ちているのだ!? 奇跡はどうした!? 氷の魔物を一刀両断する華麗な剣技はどうしたぁぁっ!!」
ワイズの加護は、「他者を蹴落として優越感を得る」ことで発動する。
しかし、コハルたちは自称・勇者たちと「戦う」ことすら放棄し、ただ温かいかまくらの中から高みの見物をしていただけだった。
戦いが成立しなければ、ワイズのヤラセバフは発動しない。結果、残されたのは「マイナス10度の雪山で腹を出している頭の悪い露出狂」という、無惨な物理的現実だけだったのだ。
【アンチコメント】
『ワイズの勇者、ダサすぎん?』
『防寒具も着ないでイキってた結果がこれかよ』
『スベルダケで滑落とか、配信者としてオイシイとでも思った? つまんねー』
『垢BANしろこんな低俗チャンネル』
「おのれぇぇぇっ! コハル・ルナミス……! そしてスアイめ! 私の崇高な勇者プロジェクトを、ただの三流コメディに貶めおってぇぇぇっ!!」
自身のチャンネルの登録者数がみるみる減少していくのを見つめながら、ワイズは血の涙を流して崩れ落ちた。
神の企みすらも、平民ナースの『合理主義』と『DIYバカンス』の前に、完全に粉砕された瞬間だった。
「ハックション!!」
ログハウスに戻った私は、小さくくしゃみをした。
誰かが私の噂でもしているのだろうか。
「コハル! 湯冷めしたか!? 今すぐこの部屋の温度を摂氏40度まで引き上げよう!」
「レオン様、熱中症になるのでストップです! ちょっと鼻がムズムズしただけですから!」
過保護に暴走しようとするレオン様を止めつつ、私はキッチンでグツグツと煮えている大きな土鍋の蓋を開けた。
「さあみんな! 冷えた体を芯から温める、タローマン特製『ピリ辛・豚キムチ鍋』の完成よ! シメのうどんも山ほどあるわよ!」
「うおおおおっ! 待ってましたぁぁっ!!」
フェイトとマシロが歓声を上げ、スアイさんが感動で目を潤ませながら自分のお椀を差し出してきた。
外の雪山では、愚かな自称・勇者たちが警備隊の雪山に突っ込んで逮捕されている頃だろう。
しかし、そんなノイズはもう私たちの知ったことではない。
ポポロ山の夜は、美味しいお鍋の湯気と、仲間たちの温かい笑顔に包まれて、最高に平和な休息の時間へと突入していくのだった。




