EP 8
ビキニアーマーの限界と自滅
「……外の悲鳴、すっかり静かになりましたね」
かまくらの中での極上の休息タイムを満喫し、ココアを飲み終えた私が言うと、レオン様は名残惜しそうに私から腕を離した。
「そうだな。どうやら、三流の茶番は終わったらしい。君の視界に入れる価値もないが、罠の回収には行かねばなるまい」
「ギャハハ! スアイの罠、どんな風に作動したか楽しみやな!」
私たちはタローマンの防寒着のファスナーをしっかりと上げ、かまくらの外へと出た。
吹雪は少し収まり、青空が顔を覗かせている。
スアイさんを先頭に、ゲレンデの斜面を下っていくと……そこには、見事なまでの『物理演算の暴力』の痕跡があった。
「うおおっ、マジでえげつねえ……」
フェイトがドン引きした声を出した。
斜面の中腹。スアイさんが仕掛けた『雪玉巻き込みネット』の中心部。
そこに、巨大な二つの雪玉が転がっていた。
いや、雪玉ではない。それは、何重にも巻かれた頑丈な鎖のネットに捕らえられ、全身に雪をびっしりと纏った、自称・勇者の先遣隊の二人組だった。
「ぶるるるるっ……!! さ、さむぃぃ……っ!! 勇者様の、黄金の鎧が……っ!」
「た、助けてぇぇ……! お腹の感覚が、もう全くないのよぉぉ……っ!」
二人は雪玉から首だけを出した状態で、カタカタと顎を鳴らしながら白目を剥きかけていた。
彼らは、ゲレンデを滑り降りようとしてアイスバーンで転倒し、そのまま鎖ネットに引っかかり、自動雪崩に巻き込まれながらここまで転がり落ちてきたらしい。
特に悲惨なのは、ビキニアーマーの女性魔法使いだ。
ただでさえ布面積が少ないのに、雪崩に巻き込まれたせいで全身の露出部分が雪に直接触れ、肌は紫を通り越して真っ白(凍傷の初期段階)になっている。
「あーあ。言わんこっちゃない」
私は呆れ果ててため息をついた。
「雪山で腹を出すなんて、自分で体温を投げ捨てているのと同じよ。魔力で暖を取ろうにも、この極寒の中で体力を奪われ続けたら、すぐに魔力切れになるわ」
「コハルさんの言う通りですわ。……これこそが、大自然(現場)の恐ろしさですの」
スアイさんが、雪玉と化した二人を見下ろしながら、氷点下の声で言い放った。
「お前たちが信奉する『色気』や『男を立てる美意識』とやらが、このマイナス10度の世界で何の役に立ちましたの? その無駄な露出が、お前たちの命を今まさに奪おうとしているではありませんか」
「うぅぅ……っ、こ、こんなはずじゃ……。私の方が、セクシーで美しいのに……っ」
女性魔法使いが、震える唇で負け惜しみをこぼす。
「いいえ。全く美しくありませんわ」
スアイさんのアイスブルーの瞳に、元氷魔将軍としての絶対的な威圧感が宿った。
彼女は、タローマンの分厚い作業着の襟を正し、二人に顔を近づけた。
「機能性を無視した、ただの『露出狂の美意識』など、現場では無能の証明。意味のないエロスは、ただのバカですわ」
「ヒッ……!!」
氷のようなマジレス(正論)の連打に、二人組は完全に心をへし折られ、情けなく涙と鼻水を流し始めた。
炎上神ワイズの加護は、「他者を不当に下げて、自分がカッコよく見える」という状況でしか発動しない。
しかし、大自然の猛威と、純粋な物理トラップの前では、そんな三流のヤラセなど一瞬で剥がれ落ちるのだ。彼らは誰にも見下されることなく、自分たちの『非合理な選択』によって勝手に自滅したのである。
「さて。このまま放置して凍死されても、わたくしのゲレンデが事故物件になってしまいますわね。適当に回収して、麓の警備隊に放り投げておきましょうか」
スアイさんが鎖を解こうと斧を取り出した、その時。
「ま、待て……! このままじゃ、勇者様の手前、俺たちの面子が……っ!」
「魔力……魔力を回復させれば、まだ戦えるわ……! あそこ! あそこにキノコが生えてる!」
パニックに陥った黄金の剣士とビキニアーマーの魔法使いは、鎖の隙間から這い出ようと必死にもがき、ネットのすぐ脇の木の根元に生えていた『黄色いキノコ』に手を伸ばした。
「……ん? なんだあのキノコ」
フェイトが首を傾げる。
「ああ、あれは……」
スアイさんがキノコの正体に気づき、顔を引き攣らせた。
「雪山の過酷な環境で自生する、魔力回復の効果があるキノコ……。しかし、同時に恐ろしい副作用を持つ危険食材。通称『スベルダケ』ですわ!!」
「えっ!?」
私が驚くより早く、空腹と寒さで理性を失った二人組は、その『スベルダケ』をむしゃむしゃと口に押し込んでいた。
「モグモグ……! よ、よし! これで魔力が回復して、俺たちの逆転劇が……!」
剣士が立ち上がろうとした、次の瞬間。
「……あ。布団が、ふっとんだぁぁぁっ!!」
「!!?」
剣士の口から、突如として大音量の『絶対に笑えないダジャレ』が飛び出した。
さらに。
「アルミ缶の上にあるみかんんんっ!! ああっ、口が勝手にぃぃっ!?」
ビキニアーマーの女性も、顔を真っ赤にして古典的なギャグを叫び始めた。
「な、なんなのあれ!?」
私が後ずさると、スアイさんが呆れたように解説した。
「『スベルダケ』……。食べた者は、その名の通り『絶対に笑えないスベるギャグ』を大声で連呼し続け、さらに『物理的にも地面を一切踏ん張れなくなり、滑り続ける』という、雪山において最悪のデバフ食材ですわ」
「物理的にも滑るの!?」
「校長絶好調ぉぉぉっ!!」
ツルゥゥゥゥッ!!
キノコの効力が全身に回り、足裏の摩擦係数がゼロになった自称・勇者パーティの二人は。
悲鳴とスベるギャグを交互に叫びながら、猛烈なスピードで再びゲレンデの斜面を滑落し始めたのである。
「いやぁぁぁっ! なんで止まらないのぉぉっ! 内臓がないぞぉぉっ!!」
「助けてくれぇぇっ! トイレに行っといれぇぇっ!!」
私たちは、遥か彼方の山の麓に向かって、雪煙を上げながら滑っていく二人の姿を、無言で見送った。
「……見事なまでの、自業自得(滑落)ね」
「ええ。美意識も面子も、完全に雪山に消えましたわね」
こうして、炎上神ワイズの送り込んだ刺客(小物)たちは、私たちの絶対防寒バカンスを指一本触れることもできず、ただの天然のギャグ要員としてゲレンデから退場していったのだった。




