EP 3
元氷魔将軍のスキー場とDIY思想
帝都から馬車に揺られること半日。
私たちは、一面の銀世界が広がる『ポポロ山』のふもとへと到着した。
「ぶるるっ……! さすがに外は凍える寒さやな!」
マシロが身震いをしてウサギ耳を畳む。
気温は優に氷点下を下回っているだろう。吐く息は真っ白で、肌を刺すような冷たい風が吹雪いている。
しかし、私たち『タローマン防寒着(ガテン系)フル装備組』は、その極寒の中でも驚くほど快適だった。
「すごいわ、この超撥水・極暖ストレッチジャケット! 風を全く通さないし、インナーの発熱素材のおかげで、動けば動くほどポカポカしてくる!」
私は黄色と黒のツートンカラーの作業着に身を包み、雪の上をピョンピョンと跳ねた。
「ふむ……。平民の作業着と侮っていたが、魔導具の力も借りずにこれほどの保温性と機動性を実現するとは。コハル、君の着眼点には常に恐れ入る」
レオン様も、特注の漆黒の軍服の上にタローマンの『極厚防寒ドカジャン』を羽織り、深く頷いている。天才公爵の美貌のおかげで、土方ジャンパーすらパリコレの最新モードのように見えてしまうから不思議だ。
「さーて、まずはベースキャンプを張る場所を探さないとね」
私が雪原を見渡した、その時だった。
「カーンッ! カーンッ!」
リズミカルな、硬い木を割る音が雪山に響き渡った。
音のする方へ向かうと、そこには驚くべき光景が広がっていた。
「……えっ? なにここ、リゾート施設?」
そこには、太い丸太で組まれた立派なログハウス、綺麗に整地された初心者向けのスキーゲレンデ、そして雪中キャンプ用のウッドデッキが、見事な配置で建設されていたのだ。
入り口の立て札には、手書きの味のある文字でこう書かれている。
『ポポロ山 DASH村風・DIYキャンプ&スキー場(※現在開拓中)』
「あら。タローマンでお会いした、機能美のわかるお嬢さんじゃないですか」
ログハウスの屋根の上から、ひらりと軽やかに飛び降りてきた人物がいた。
タローマンの作業着をスタイリッシュに着こなし、腰には何処までも伸びる鎖付きの片手斧を下げた、氷のように美しいアイスブルーの髪の美女――スアイさんだ。
「スアイさん! ここ、全部一人で作ったんですか!?」
私が驚いて尋ねると、スアイさんは長い髪をファサッと払い、誇らしげに微笑んだ。
「ええ。世俗のしがらみを捨てて、わたくしが自らの手で切り拓いた『最強の女帝』ですわ。……ちょうど休憩にしようと思っていたところです。中へどうぞ、温かいお茶を淹れますわよ」
案内されたログハウスの中は、大きな薪ストーブが燃え、外の極寒が嘘のように暖かかった。
私たちはタローマンの防寒着を脱ぎ、スアイさんが淹れてくれた特製のハーブティーで一息ついた。
「いやぁ、すげえっすね姉ちゃん。この丸太の組み方、職人顔負けだぜ」
フェイトが丸太の壁を撫でながら感心する。
「ふふ、ありがとう。……さて、お嬢さん方。先ほどは立ち話でしたから、改めて自己紹介をしておきますわ」
スアイさんはストーブの前に座り、優雅にティーカップを傾けた。
「わたくしはスアイ。永遠の17歳ですわ。……まあ、実年齢はもう少し上ですし、種族も人間ではなく『魔族』ですけれど」
「「「魔族!?」」」
フェイトとリーザが驚きの声を上げる。マシロもウサギ耳をピーンと立てた。
レオン様だけは「……なるほど、強力な冷気の魔力を内包していると思ったが。私の至宝に危害を加える気なら、今すぐこのログハウスごと灰にするが?」と、物騒な過保護オーラを放っている。
「レオン様、ストップ」
私がレオン様の袖を引いて宥めると、スアイさんは全く怯むことなく、クスッと笑った。
「安心なさいな、公爵殿。わたくしは人間と争う気など毛頭ありませんわ。なんせ、魔王軍はすでに『退職』しておりますからね。……元・氷魔将軍の肩書きなんて、今のわたくしには、この薪ストーブの灰ほどの価値もありませんの」
「魔王軍の将軍だったんですか!? それって、超エリートじゃないですか。どうして辞めちゃったんですか?」
私が身を乗り出して尋ねると、スアイさんの美しい顔に、氷点下の怒りの影が落ちた。
「……ブラック企業だったからですわ」
スアイさんはギリッと奥歯を噛み締めた。
「魔王軍の幹部どもは、いつもこう言うのです。『スアイ君は氷魔将軍なのだから、寒さに平気なところをアピールして兵士の士気を高めたまえ』と。そしてわたくしに支給されたのは……布面積が手のひらほどしかない、鉄のブラジャーと紐のようなパンツ。『寒冷地仕様・ビキニアーマー』ですわ」
「ビキニアーマー……!」
「マイナス20度の吹雪の中で、腹と太ももを出して進軍しろと言うのですよ!? 凍傷で細胞が壊死しますわ! そもそも、敵の攻撃から身を守る鎧なのに、一番重要な臓器(腹)が剥き出しとは何の冗談です!? 意味のないエロスを現場に強要する、ただのセクハラ・クソ親父どもですわ!!」
ダァァンッ!! と、スアイさんがテーブルを叩く。
その瞬間。
私の胸の奥底で、かつて限界ブラック病棟で培われた『社畜(現場)の怒り』が、大爆発を起こした。
「……っ!! わ、わかります!! 痛いほどわかります、スアイさん!!」
私はガタッ!と立ち上がり、身を乗り出してスアイさんの両手を固く握りしめた。
「現場の苦労も、実際の気候も知らない上の人間(経営層)に限って、自分たちの謎の美意識(非合理)を押し付けてくるんですよね!! 『ナースは白衣の天使だから、夜勤でもカーディガンを羽織るな』とか、意味不明な精神論を押し付けられて、こっちはどれだけ体力を削られたか!!」
「ええっ! コハルさんも、そんな理不尽な環境で!?」
「はい! 防寒対策は、労働者の健康とパフォーマンスを維持するための『最優先の生存戦略』です! それを『見た目の色気』や『根性論』でカバーさせようとする組織なんて、絶対に未来はありません!!」
「あぁ……! コハルさん、貴方という人は……!!」
スアイさんのアイスブルーの瞳から、ポロポロと感動の涙がこぼれ落ちた。
私も、前世からの積年の恨み(ブラック労働への怒り)を共有できる同志に出会えた喜びで、瞳を潤ませていた。
「ギャハハハ! コハルの前世のお局の愚痴と、元魔将軍の愚痴が見事にリンクしたで!」
マシロが腹を抱えて笑い転げる。
「コハル……君がかつて受けた理不尽、やはり私が過去に遡ってその『お局』とやらを物理的に粛清してこようか?」
「レオン様は時空を超えようとしないでください」
私はレオン様をなだめつつ、スアイさんと固い『現場女子の握手』を交わした。
「スアイさん! 私、あなたのこの機能的で最高なキャンプ場作り、全力で手伝わせてください!」
「ええ、ぜひお願いしますわ! 実は今、DIYで『究極のサウナ』を作っている最中なのですけれど、耐熱の石が足りなくて困っていたのですの」
「サウナの石ですね! 任せてください、私の【通販】ですぐに取り寄せます!」
機能美を愛し、非合理なセクハラ職場に中指を立てて独立した、最強のガチキャンパー農業女子・スアイ。
私と彼女の『合理主義』という波長は完璧にシンクロし、ポポロ山の雪山バカンスは、最高に熱いDIY合宿へとその姿を変えようとしていた。
読んでいただきありがとうございます。
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