第六章 露出狂の美意識と、雪山の絶対防寒
絶対有給休暇のバカンス計画
王城での、第一王女マリアベルとの『権威』を巡る大立ち回りから数日後。
帝都の公爵邸は、いつにも増して穏やかな平和に包まれていた。
「……ふぅ。これでやっと、本当の意味での有給休暇が満喫できるわね」
私は自室のふかふかなソファに身を沈め、大きく背伸びをした。
マリアベル王女が自滅し、帝都の平民街の『アラートシステム』や『健康ポイ活』の運営も、アンナちゃんたち元メイドや平民騎士たちが完璧に回してくれるようになった。
つまり、今の私には「絶対にやらなければならない仕事」が一つもない。完全なるオフである。
「よし。せっかくの長期休暇だし、どこか遠くに遊びに行きたいわね」
私がテーブルの上の『帝都周辺・観光ガイド』をパラパラと捲っていると、音もなく扉が開き、漆黒の軍服を着こなしたレオン公爵が入ってきた。
「バカンスか。素晴らしい提案だ、コハル」
レオン様は私の隣に腰を下ろすと、長い腕を私の腰に回し、当然のように私を抱き寄せた。
「君の疲労を完全に癒やすため、南の海に浮かぶ無人島を一つ、丸ごと買い取ろう。現地の魔物を全て物理的に排除し、君の肌を焼かないために太陽光の角度を魔導鏡で調整した、完璧なプライベートリゾートを作る」
「規模が大きすぎるし、自然破壊が過ぎるので却下です」
私はレオン様の胸板をペシッと叩いて止めた。相変わらず、私への過保護ベクトルが国家予算レベルで狂っている。
「南の島もいいですけど、私はここに行きたいんです」
私は観光ガイドの一つのページを指差した。
そこには、雪を頂く雄大な山のイラストと共に、『ポポロ山・大自然の雪山リゾート!』と書かれている。
「雪山……? コハル、本気か?」
レオン様が漆黒の瞳をスッと細めた。
「ポポロ山は帝都から馬車で半日ほどの距離にあるが、気候が厳しく、常に氷点下だ。私の至宝である君の白い肌が、あのような過酷な寒風に晒されるなど……私の自律神経が絶対に許容しない」
「大丈夫ですよ、ちゃんと防寒具は着ていきますから」
「いや、ダメだ。どうしても行くと言うのなら、今すぐ宮廷魔導師団を総動員し、ポポロ山の全域に『魔導床暖房』を敷き詰めよう。さらに空には温風の結界を張り、雪山を常夏に変えてみせる」
「雪山に行く意味がなくなるから絶対にやめてください!! 雪が溶けて大洪水になりますよ!」
私が全力でツッコミを入れていると。
「――姉御ォォ。俺も、その雪山とやらに連れて行ってくだせえ……」
ズリズリと、床を這いずるような不気味な音と共に、白銀の剣鬼フェイト・ラックが部屋に入ってきた。
彼の目は虚ろで、頬はゲッソリとこけ、まるで水分を失ったミイラのようになっている。
「ちょっとフェイト、どうしたのその顔!」
「……昨日、パチンコで夜会ボーナスを全額スッてからというもの……『ルナパラダイス出入り禁止令』を食らいまして……。帝都にいると、足が勝手にパチンコ屋に向かっちまうんです……。頼む、俺のギャンブル脳を……雪山の極寒で物理的に冷やしてくれぇぇ……」
依存症の禁断症状である。
自業自得とはいえ、あまりにも哀れな姿だった。
「しゃーないなー。ワテも雪山は賛成やで、コハル!」
その後ろから、ウサギ耳をピンと立てたマシロが、巨大なリュックを背負って元気よく飛び込んできた。
「雪山に行ったら、天然の雪にシロップかけて『かき氷』が食べ放題やろ!? それに、かまくら作って中でタローソンのからあげ食べるんや!」
「マシロの頭の中はいつも食欲の秋(冬)ね」
「わたくしも行きますわよ!」
さらに、芋ジャージ(※今日はその上に半纏を羽織っている)姿のリーザが、みかん箱とポータブルマイクを抱えて現れた。
「帝都の路上ライブも少しマンネリ気味でしたの。ここらで『白銀のゲレンデライブ』を敢行し、雪山の魔物どもからスパチャを巻き上げてやりますわ!」
「魔物からスパチャは巻き上げられないと思うけど、まあいいわ」
ポンコツ仲間たちが、見事なまでに雪山バカンスへの同伴を希望している。
「……仕方ないな。君がこの騒がしい者たちを連れて行くと言うなら、私も護衛として当然同行しよう」
レオン様が、深くため息を吐きながら私の髪を優しく撫でた。
「やった! それじゃあ決まりね。明日の朝、ポポロ山に向けて出発しましょう!」
私がパンッと手を叩くと、マシロとリーザが「おー!」と歓声を上げ、フェイトが「これでパチンコから逃げられる……」と床で涙を流した。
「ただ、雪山に行くなら、しっかりとした防寒装備が必要ね」
限界ナース(現代人)の感覚として、異世界の革鎧やローブだけで雪山に挑むのは自殺行為だ。
【善行ポイント通販】の力で現代の防寒具を取り寄せることもできるが、せっかくなら現地調達の買い物の楽しさも味わいたい。
「よし。ポポロ山に向かう道中、帝都の郊外にあるあそこへ寄り道しましょう」
「あそこ?」
マシロが首を傾げる。
「ええ。何でも揃う、異世界最大のホームセンター。『タローマン』よ!」
私は、前世の記憶(ガテン系作業着やアウトドア用品の宝庫)を呼び覚まし、目を輝かせた。
重い権威との戦いを終え、手に入れた最高の休暇。
神々のヤラセ(ワイズの陰謀)の影が、自称・勇者という滑稽な形で迫っていることなど露知らず。
私たちは、賑やかなカオスと極上の甘やかしに満ちた、絶対防寒の雪山バカンスへと元気に出発したのだった。
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