EP 10
穏やかな締めと、神々の最終手段
王城の大夜会での『折れたス(危険食材)』による大暴露事件から数日。
帝都は、かつてないほどの清々しい空気に包まれていた。
第一王女マリアベルは、王家の裏金横領とギルドへの不当な介入、そして数々のパワハラが白日の下に晒されたことで、皇族の身分を剥奪された。現在は帝国の辺境にある、隙間風の吹く小さな離宮に幽閉され、一生をかけて労働と反省の日々を送っているという。
王女の圧政が消えたことで、私が考案した『魔導天気・危険度アラート掲示板』と『健康ポイ活』は、再びギルドと平民たちの手に戻った。
私が無理に管理しなくても、アンナちゃんたち元王城のメイドや、寝返ってくれた平民騎士たちが自発的に運営を回してくれるようになり、帝都の安全インフラは以前にも増して強固なものになっている。
現場を見下し、搾取しようとした者は自滅し。
現場に寄り添い、泥臭く仕組みを作った者たちに、平和な日常が戻ってきたのだ。
「あーあ……。王女の失脚で帝都が平和になったのはいいんすけど、俺の財布の中身まで平和になっちまうとは……」
公爵邸の中庭。
燦々と降り注ぐ太陽の下、白銀の剣鬼フェイト・ラックが、ミスリルの鎧をガシャガシャと鳴らしながら芝生の上に大の字で転がっていた。
「自業自得でしょ。夜会のお手当で渡したボーナス、また昨日のうちに全部ルナパラダイス(パチンコ)でスッてきたのね」
私が冷たい麦茶の入ったグラスを片手に呆れていると、フェイトは「姉御ぉ……」と情けない声を上げてすがりついてきた。
「昨日はマジで惜しかったんすよ! あと一回、俺のコイントスで『表』さえ出ていれば、大連チャンで蔵が建つはずだったのに……」
「で、裏が出てデバフで吐いてる間に台を取られたと」
「なんで見てたみたいにわかるんすか!!」
「ギャハハハ! お前、ホンマに懲りへん奴やな!」
マシロが腹を抱えて大爆笑しながら、大量の『タローソンのからあげ』が盛られた大皿を運んできた。
「ほら、コハルのおごりや! 食うて元気出せや、ポンコツ剣士!」
「うおおっ! タローソンのからあげ! 姉御、一生ついていきやす!!」
フェイトが猛然とからあげに食らいつく横で、今度はみかん箱の上に乗ったリーザが、拡声器を持ってポーズを決めた。
「さあ皆様! 帝都の平和を祝して、わたくしのゲリラライブを始めますわよ! 本日の曲は『Bye Bye Authority〜権力よりスパチャ〜』ですの!」
「だからそのド直球な拝金主義の歌詞をやめなさい!」
いつもの騒がしく、そして最高に愛おしいカオスな空間。
私がクスッと笑ってその様子を眺めていると、背後からふわりと、上質な紅茶のような清潔な香りが私を包み込んだ。
「……私の至宝は、今日も楽しそうだな」
「あ、レオン様。お仕事はもう終わられたんですか?」
漆黒の軍服を着こなしたレオン公爵が、私の背後からそっと腰に腕を回し、私の肩に顎を乗せてきた。
「ああ。皇帝との面倒な事後処理は全て終わらせてきた。マリアベルの派閥にいた貴族たちも、君の『美容グッズ』に完全に懐柔されていてな。誰一人として王女を庇う者はいなかったよ」
レオン様は私の耳元で低く甘い声で囁くと、私の髪にそっとキスを落とした。
「君は本当に恐ろしい女性だ。私の力など使うまでもなく、その底なしの優しさと知恵で、帝国の権威を内側から完全に作り変えてしまったのだからな」
「そんな、大げさですよ。私はただ、みんなが働きやすい現場(環境)を整えただけです」
私が照れて身をよじると、レオン様はさらに腕の力を強め、私を逃さなかった。
「大夜会での私の誓いは、絶対に覆らない。……コハル。いずれ、必ず君に私の妻になってもらう。君の全てを、私の過保護な愛で満たすと約束しよう」
「……はい、レオン様」
私は真っ赤になりながらも、レオン様の温かい腕の中で、幸せな未来を確信していた。
どんな障害が立ち塞がろうと、私たちなら絶対に乗り越えていける。
――しかし、光あるところに影は落ちる。
天界の白亜の神殿では、神々の戦いが最終局面を迎えようとしていた。
『大・勝・利・ですわぁぁぁーっ!!!』
月の女神カグヤが、降り注ぐ黄金の神力(莫大な予算)のシャワーの中で狂喜乱舞していた。
『#権威の崩壊』『#真の聖女はナース服』『#圧倒的ざまぁ』といったタグが、神界のトレンドを完全に独占している。
「女神様、すごいです! コハル様のチャンネル登録者数が、ついに天界歴代1位に躍り出ました!」
使い魔のウサギが、カウンターの数値を指差して歓喜の涙を流す。
『ええ! 現場を愛し、泥臭くインフラを整え、誰も傷つけずに権威を打倒する……これぞ最高のエンターテイメント! コハルちゃんには、近いうちに【善行通販・段5】の特大権限を解放して差し上げますわ!』
一方で。
その対極にある暗黒の空間。
「……おのれぇぇぇっ!! 私の、私のチャンネルがぁぁっ!!」
炎上神ワイズは、自身のヤラセチャンネルが『垢BAN(神権停止)』の寸前まで追い込まれているのを見て、ギリギリと歯から血が滲むほど噛み締めていた。
「権威すらも通用しないというのか……! あの泥人形の小娘め、現場の愚民どもを味方につけ、私が見下してきた『絆』や『仕組み』というくだらないもので、私の陰謀を全て粉砕しおって……!」
ワイズの瞳に、これまでにないほど深く、どす黒い憎悪が宿る。
「……よかろう。末端の冒険者や魔法院の老害、そして王族の権威ですら、あの公爵の権力と小娘の悪運には勝てんというのなら」
ワイズは、モニターの彼方――アナステシア世界の空を見上げた。
「私自らが、直接『神の器』をあの地に降臨させてやる。私が選んだ、最も傲慢で、最も身勝手な『偽りの勇者』をな!」
神格級の悪意が、天界の禁忌を破り、直接地上へと降り立とうとしていた。
権力を超えた、神の力を騙る【勇者】という理不尽な存在。
私を待ち受ける次の『見下す者』のスケールは、この世界の常識を根底から覆す特大の脅威になろうとしている。
だが、今の私には何の不安もなかった。
「コハル! からあげ冷めるで!」
「姉御ぉ、食後のポポロ・シガレットを一本……!」
騒がしい仲間たちと、私を絶対に守り抜いてくれる過保護な公爵様。
限界社畜から転生した私の『絶対有給休暇』は、次なるカオスな日常の続きへ向けて、力強く歩き出していた。
読んでいただきありがとうございます。
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