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EP 9

因果の請求書と『折れたス』

「動け……! 命令を聞かないのですか! お前たちは私の所有物でしょう!?」

大広間の中央で、第一王女マリアベルが鬼のような形相で騎士たちに喚き散らしていた。

だが、騎士たちは微動だにしない。むしろ、彼らの瞳には王女に対する軽蔑と、私に向けられた静かな感謝の念が宿っていた。

王女の権威を支えていた『現場の兵力』は、私の炊き出しと、日々の地道な医療支援によって、すでに私の側へと魂を移していたのだ。

「……愚かだな、マリアベル」

レオン様が冷ややかな視線を王女に突き刺す。

「お前は、自分の足元を支える者たちの痛みを理解せず、ただ傲慢を振りかざした。その結果がこれだ。誰一人として、お前の言葉に魂を重ねる者はいない」

「う、うそ……うそですわ……! 私は王女ですのよ!? 帝国の至宝である私が、こんな……平民以下の……!」

精神的に追い詰められ、パニックに陥った王女は、周囲の視線に耐えきれなくなったのか、大広間の隅に設置されていた『夜会用のビュッフェテーブル』へとふらふらと歩み寄った。

人目から逃れるように、彼女は震える手で皿の上のサラダを掴み取る。

そこにあったのは、王城の庭園で採取された、あの特徴的な黄色い粒の野菜だった。

『ずっ友ロコシ』の仲間であり、食べた者の虚勢をすべて剥ぎ取り、隠し事や悪事、そして隠していた本音を大音量で暴露させる、恐るべき危険食材。

――『折れたス(折れたプライドのレタス)』である。

「あぁ……ああ……っ、こんなはずじゃ……」

王女は泣きじゃくりながら、サラダを口に無理やり押し込んだ。

レオン様の圧倒的な愛の言葉と、自分を軽蔑する騎士たちの視線に、彼女の精神はすでに限界を迎えていたのだ。

モグモグと噛み砕くたびに、魔法の効力が王女の喉を駆け下りる。

「……う、うっ……! お、おいしい……? い、いや……っ」

次の瞬間。王女の顔から、今まで張り付いていた『高慢な王女』という仮面が剥がれ落ちた。

「あ、あぁぁぁぁぁっ!! 本当は私、怖かったのよぉぉっ!!」

広間に、マリアベル王女の絶叫が響き渡った。

「私のレオンに対する執着なんて、全部ワイズ神にそそのかされたただの嫉妬よぉぉっ! レオンが私を愛してくれないから、邪魔なあの泥人形を排除して、私の価値を証明したかっただけなのよぉぉっ!!」

「殿下……?」

貴族たちが呆気にとられる中、王女は涙と鼻水で顔をぐしゃぐしゃにしながら、悪事の数々を喋り始めた。

「それに! お茶会の時にメイドを蹴ったのも、本当は自分が劣等感の塊で、弱いものを虐めることでしか自分を保てない空っぽの人間だからなのよぉぉっ! しかも、私……! 昨夜、偽の税収を懐に入れて、王家の裏金箱に隠したのよぉぉっ!」

「な……! 裏金だと!?」

会場が騒然となる。王家の会計を管理する高官たちが、顔色を変えて駆け寄ってきた。

「そうですわ! 隠し場所は離宮の暖炉の裏よ! 審査官を買収して、S級冒険者に手柄を横取りさせたのも私よ! 全部! 全部ワイズ神との共謀ですわぁぁっ!!」

ペラペラと、流暢に己の破滅へと繋がる証拠を自白し続けるマリアベル。

彼女のプライドをバキバキにへし折る『折れたス』の効力はあまりに強大で、彼女は自分の意志とは無関係に、泣き叫びながら全ての罪状を告白し続けた。

「も、もうやめてぇぇっ! 喋りたくないのよぉぉっ!」

王女は自分の口を押さえるが、腹話術のように声が広間に響き渡る。

「私、本当は泥人形どころか、あのコハルという女の、あの堂々とした生き方が羨ましくて羨ましくて死にたかったのよぉぉっ!!」

「……はぁ」

私は、その壮絶な自爆劇を、冷めた目で眺めていた。

傲慢な者は、他者を見下すことでしか自分を保てない。

そしてその土台が崩れた時、誰よりも無様で、惨めな姿を晒すことになるのだ。

私が手を下す必要などない。

彼女は、自分が大切に積み上げてきた『身分という虚栄』と、自分自身の『卑屈な本音』によって、自らを泥沼へと引きずり込んだのだから。

「連行しろ」

レオン様の冷徹な指示が飛ぶ。

駆け寄った騎士たちが、泣き叫びながら地面を転げ回る王女の両腕を掴み、大広間から引きずり出していく。

「嫌よぉぉっ! 私は王女よぉぉっ! 私を連れて行くなぁぁっ!!」

彼女の絶叫と、醜い暴露は、遠ざかっていくにつれて小さくなり、やがて夜の闇の中へと消えていった。

王城の権威の象徴であった第一王女の失墜。

それは、帝国の歪んだ構造を支えていた『特権意識』という柱が、根本からへし折られた瞬間でもあった。

「……終わったな」

レオン様は私の肩にそっと手を置き、大広間の貴族たちを一瞥した。

その瞳には、今や誰一人として彼に逆らう者はいないという、圧倒的な覇気が宿っている。

「コハル。君を傷つけ、君の平穏を脅かそうとした代償だ。彼女は今日から、帝都の歴史から完全に消えることになるだろう」

私は、レオン様の温かい手の上に自分の手を重ねた。

これで、やっと平穏な日常が戻ってくる。

私の『絶対有給休暇』を脅かす者は、これで最後になるはずだ。

……炎上神ワイズという、残された最後の特大のノイズを除いては。

読んでいただきありがとうございます。

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