EP 8
王族からの勅命と、選ばれる令嬢
炊き出しシステムが帝都の平民街を救済し、王城から逃げ出した現場の労働者たちが続々と私の陣営に加わってから数日後。
ルナミス帝国・王城の壮麗な大広間にて、国を挙げての『大夜会』が開催されようとしていた。
「……息を呑むほど美しい。やはり、私の目に狂いはなかった」
公爵邸の控室。
鏡の前に立つ私を見て、漆黒の夜会服を纏ったレオン様が、熱を帯びた溜息を吐いた。
私が身につけているのは、レオン様が最高級の絹と魔導織機で仕立てさせた純白のドレスだ。そこへ私の【通販】で取り寄せた現代の『パールのアクセサリー』と『崩れない最新コスメ』を合わせることで、派手すぎないのに圧倒的な存在感を放つ、洗練された姿に仕上がっていた。
「ありがとうございます、レオン様。でも、少し目立ちすぎないでしょうか……。今日は、マリアベル殿下が主催の夜会なんですよね?」
「それがどうした。私の至宝が、あのような三流の王女の前で萎縮する必要など一ミリもない。君は堂々と、私の隣で微笑んでいればいい」
レオン様は優しく私の腰を抱き寄せると、そのまま私のエスコートをして、待機していた豪奢な馬車へと乗り込んだ。
「姉御ー! 警護は俺たちに任せて、レオンの旦那とイチャついてきてくだせえ!」
「コハル、変な虫が寄ってきたらワテがドレスの裾からドロップキックしたるからな!」
馬車の外では、フェイトとマシロ、そしてアンナたち元メイドの護衛陣が見送ってくれている。
彼らの温かい声援(?)に、私は緊張がふっと解けるのを感じた。
王城の大広間は、眩いばかりの魔導シャンデリアの光と、着飾った貴族たちで埋め尽くされていた。
しかし、レオン様にエスコートされた私が広間に入場した瞬間。
さざめくような歓談の声が、ピタリと止んだ。
「……おお……」
「あれが、レオン公爵様が見初めたという……」
「なんて美しい……それに、あの肌の艶といい、洗練された装いといい、とても平民上がりとは思えませんわ……」
先日の『お茶会』で私を泥人形と嘲笑っていた夫人たちも、今や私の【通販コスメ】の恩恵を受け、すっかり私の信者と化している。彼女たちの目には、敵意ではなく羨望と尊敬の色が浮かんでいた。
(……空気は、完全にこっちの味方ね)
私が内心で冷静にトリアージ(状況分析)をしていると、大広間の大階段の上から、ファンファーレと共に第一王女マリアベルが現れた。
「……よく来ましたわね、レオン。そして……身の程知らずの泥人形」
マリアベル王女は、金糸と宝石をこれでもかと散りばめた趣味の悪い重たいドレスを引きずりながら、私たちを見下ろした。
その顔には、先日の余裕はなく、焦りとドス黒い悪意(ワイズの加護)が色濃く浮かび上がっている。
無理もない。彼女が強奪した『アラートシステム』は機能不全を起こし、帝都の平民たちは完全に王家を見限り、私の炊き出しインフラを頼っている。
王女としての彼女の『権威の基盤』は、今まさに崩壊寸前なのだ。
「レオン。皇帝陛下からの勅命をお忘れではありませんわね?」
マリアベル王女は、焦りを権威で塗り固めるように、扇子を広げて大声で宣言した。
「帝国の安定のため、次期皇帝となるこのマリアベルの伴侶には、レオン・ルナミス公爵が相応しいと! これは王家の決定事項ですのよ!」
その言葉に、会場がどよめいた。
公式の場で、皇帝の勅命を盾にして公爵に婚約を迫る。それは、平民である私を「不釣り合いな邪魔者」として公の場で切り捨てるという、王女の最後の強硬手段だった。
「さあ、レオン。その薄汚い泥人形の手を離して、私の元へ来なさい。私が貴方を、帝国の頂点へと導いて差し上げますわ!」
マリアベル王女が、勝ち誇ったように手を差し伸べる。
しかし。
レオン様は、私と繋いだ手を離すどころか、指の間にご自身の指を深く絡め、さらに強く引き寄せた。
「……マリアベル。お前の脳は、権威という幻覚で腐り落ちたのか」
静まり返った大広間に、レオン様の絶対零度の声が響き渡った。
「な……っ」
「皇帝からの打診は、私が秒で拒絶したはずだ。帝国の安定など知ったことか。お前のような、自分の足元を支える領民や使用人すらまともに扱えない愚物に、私が傅く理由がどこにある」
「き、貴様……! 王族である私に向かって、その口の利き方は……!」
「王族が何だ。権威が何だ。……私の隣に立つ資格があるのは、この世界でただ一人。自らの手で人々を救い、誰よりも気高く美しい、私の至宝であるコハルだけだ」
レオン様はそう言い放つと、全貴族と王女の目の前で、ゆっくりと私に向かって片膝をついた。
「レ、レオン様……っ」
「コハル。君を理不尽なノイズに晒してしまったこと、私の至らなさだ。……だが、今ここで誓おう」
レオン様は私の手を取り、その手の甲に、深く、熱く、甘い口付けを落とした。
「皇帝が何と言おうと、世界がどうなろうと。私の生涯の妻は、君だけだ。君の尊厳を脅かす者は、それが王家の血を引く者であろうと、私がこの手で全て灰にする。……だから、これからもどうか、私の庇護下で、その美しい微笑みを見せ続けてくれ」
圧倒的な、そして逃げ場のない極上の溺愛。
王女の振りかざした『権威』という最大の障害を、レオン様は『絶対的な愛と力の庇護』で完璧にへし折ってみせたのだ。
「あぁ……なんて情熱的なの……」
「レオン公爵様があそこまで一人の女性を……」
貴族の夫人たちが、扇子で口元を覆いながら感嘆の溜息を漏らす。
会場の空気は、完全に私たち二人の『愛の誓い』に支配されていた。
「あ……ああ……っ」
一人取り残されたマリアベル王女は、ワナワナと全身を震わせ、扇子をボキリとへし折った。
「ふざけるな……! 泥人形の分際で、私のレオンを……私の名誉を……! 許しません! 絶対に許しませんわ!」
発狂した王女は、広間を取り囲む近衛騎士たちに向かって金切り声を上げた。
「お前たち! 何をしているのです! その泥人形は王家への反逆者です! 今すぐ捕らえて、地下牢へ放り込みなさい!!」
王女の残酷な命令。
通常であれば、騎士たちは王族の命令に絶対服従し、一斉に私に槍を向けるはずだ。
だが――。
大広間にいる数十人の近衛騎士たちは、誰一人として、ピクリとも動かなかった。
「……え?」
マリアベル王女が、呆然と声を漏らす。
「どういうことです!? なぜ動かないのです! 私の命令が聞こえませんの!?」
騎士たちは無言で俯き、槍の切っ先を床に向けたままだ。
当然である。
彼らの家族や、怪我をして王女に見捨てられた同僚たちは皆、私が広場で展開した『炊き出しインフラ(医療と食料)』によって命を救われているのだ。
自分の保身とプライドのためだけに下の者をゴミのように扱う王女と。
損得勘定なしで、彼らの命と生活を泥臭く守り抜いた平民の私。
現場の騎士たちが、どちらに本当の忠誠を誓っているかなど、火を見るより明らかだった。
「動け……! 動けと言っているでしょう! この無能なゴミどもがぁぁっ!!」
王女の悲痛な絶叫だけが、大広間に虚しく響き渡る。
レオン様に公に選ばれ、最高潮の幸福感に包まれる私の隣で。
他者を見下し続けてきた高慢な王女は、ついに自らが最も信じていた『権威の基盤』に見捨てられ、絶対的な孤立無援の地獄へと突き落とされたのだった。
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