EP 6
王女の陰謀と偽りの手柄
「――本当に、忌々しい女ですわ」
王城の深奥、第一王女マリアベルの私室。
お茶会でコハルに致命的な絶望(土下座)を与えられなかったことに苛立つマリアベルは、高級な陶器のティーカップを壁に投げつけて粉砕した。
「泥人形の分際で、レオンに守られているからと図に乗りおって……。私が何を言っても涼しい顔をしているあの生意気な態度、腹立たしいことこの上ありませんわ!」
荒れ狂う王女の背後で、ゆらりと、どす黒いモヤが立ち上った。
炎上神ワイズの加護(ヤラセと陰謀のオーラ)である。
『……ならば、奪えばよいのだ。マリアベルよ』
ワイズの低い声が、王女の脳内に直接響く。
『あの小娘が平民たちから支持を得ているのは、奴が作った「魔導アラート・システム」や「健康ポイ活」という小賢しい仕組みのおかげだ。それらを王族の権限で差し押さえ、全てお前の偉大な手柄にしてしまえばよい』
「私の、手柄に……?」
『左様。平民が国家のインフラを牛耳るなど、王室への明白な反逆。それを正し、民を導く慈悲深き王女……というシナリオだ。私の力で、少しばかりの「奇跡」を演出し、お前の威光を底上げしてやろう』
マリアベルの歪んだ顔に、邪悪で歓喜に満ちた笑みが広がった。
「素晴らしい名案ですわ……! ええ、そうですわね。帝国の全ては王家(私)のもの。あの泥人形が作ったくだらない仕組みも、当然、この私の所有物ですのよ!」
マリアベルは即座に立ち上がり、王城の近衛騎士たちを呼びつけた。
「今すぐ冒険者ギルドと帝都の各区画へ向かいなさい。そして、あの泥人形が設置した『アラート掲示板』や『健康ポイ活の受付所』を全て差し押さえるのです! 今日からあれは、第一王女マリアベルの御威光によるシステムだと、愚民どもに知らしめなさい!」
翌日。
帝都の冒険者ギルドは、騒然とした空気に包まれていた。
「おい、ふざけんな! なんで俺たちのアラート掲示板を外そうとするんだ!」
ギルドの若手冒険者たちが、武装した王城の近衛騎士たちに抗議の声を上げていた。
しかし、騎士たちは冷酷な表情で彼らを盾で押し返し、コハルが設置した黒板と気象センサーの受信機を強引に取り外していく。
「第一王女殿下からの勅命である! 平民が国家の安全管理を私物化することは許されん。これより、アラートシステムは王家直轄とし、マリアベル殿下の手柄として記録される!」
「手柄だと!? あれはコハルさんが俺たちのために……っ!」
抗議しようとした若手冒険者の顔面を、騎士が容赦なくガントレットで殴りつけた。
「ぐはっ……!」
「黙れ、ゴミども! 王女殿下の慈悲深い管理下に入ることを喜べ! さらに、この『王家アラートシステム』を利用する者には、毎月『安全税』として銀貨三枚を徴収する! 払えぬ者はギルドを追放だ!」
「なんだと!? 金を取る気か!」
ギルドマスターが血相を変えて飛び出してきたが、騎士団長は冷たく鼻で笑った。
「王族のシステムを使うのだから当然だろう。それから、帝都の平民街で流行っている『健康スタンプ』とやらにも『健康税』を課すことになった。逆らう者は国家反逆罪として投獄する!」
権力を振りかざした、あまりにも理不尽な強奪と搾取。
ワイズの入れ知恵により、マリアベル王女はコハルの善行の成果を全て自分のものとして横取りした上で、平民たちからさらに金を搾り取るという暴挙に出たのだ。
「――というわけです、コハルさん。俺たち、ギルドから掲示板を奪われてしまって……申し訳ありません……っ!」
公爵邸の庭先。
傷だらけになった若手冒険者が、通信石ではなく直接走って報告に来てくれた。
「……そう。怪我の手当てをするから、そこに座って」
私は静かな声で応え、彼に【通販】の傷薬を塗ってあげた。
「姉御……!!」
ドガァァァンッ!!
私の背後で、フェイトがミスリルの大剣で庭の巨岩を真っ二つに叩き割っていた。
彼の三白眼は血走り、本気の殺気が全身から吹き上がっている。
「許せねえ……! 姉御が、俺たちがどれだけ泥臭く現場を回してあの仕組みを作ったと思ってやがる! それを横から奪い取った挙句に、あの連中から金を巻き上げるだと!? ぶっ殺してやる、俺が今すぐ王城に乗り込んで、あの金ピカの女の首を……っ!」
「フェイト、ストップ」
私は、ブチギレて飛び出そうとする白銀の剣鬼の襟首を、グイッと掴んで引き戻した。
「あ、姉御!? 止めないでくだせえ! こんなの、いくらなんでも理不尽すぎる!」
「ええ、理不尽ね。現場の苦労を知らないトップが、手柄だけを横取りして利益を貪る。……前世(ブラック病棟)でも腐るほど見てきた、典型的な最悪の経営層(お局)のやり方だわ」
私は冷たいお茶を一口飲み、ふう、と息を吐いた。
怒りはない。あるのは、冷徹なまでの『状況のトリアージ(分析)』だけだ。
「フェイト、マシロ。よく考えてみて。……あのアラートシステムや健康スタンプって、掲示板や台紙という『モノ』があれば回るものかしら?」
「えっ……?」
フェイトが剣を下ろし、マシロが首を傾げる。
「アラートシステムは、森にいる若手冒険者たちの『生きた報告』と、現代気象センサーの数値を私が毎日統合・分析して、初めて正確な予測が出せるの。健康ポイ活だって、毎朝のラジオ体操の声かけと、スタンプと引き換える『現物(ルナキンの牛丼券や石鹸)』の供給網があるから成り立っているのよ」
私は、エプロンのポケットのスマホをトントンと叩いた。
「権力で『モノ』と『名前』だけを奪っても、その裏にある『泥臭い運用の仕組み』と『人々の信頼』を理解していなければ、システムなんて絶対に維持できないわ。必ず、すぐに破綻する」
「……あ。なるほど、そういうことか」
フェイトがハッとした顔で頷く。
「だから私たちは、王城に乗り込んで暴れる必要なんてないのよ。放っておけば、彼女は自分の傲慢さで自滅するわ」
私は立ち上がり、庭の空を見上げた。
カグヤ様の『善行ポイント』は、私が構築した仕組みと人望によって、今や莫大な量に膨れ上がっている。
「王女の圧政と重税で、帝都の平民街の人たちは今、本当に苦しんでいるはずよ。……だから私たちは、奪われたシステムに執着するんじゃなくて、もっと大きな『次の仕組み』を作って、彼らを直接助けに行きましょう」
「次の仕組み?」
若手冒険者が目を瞬かせる。
「ええ。【善行通販】よ。……王城の権威なんて目じゃない、圧倒的な現代のインフラの力を見せてあげるわ」
私が微笑むと、フェイトもマシロも、そしていつの間にかやってきていたリーザも、頼もしい笑みを浮かべて頷いた。
王女は、他者の成果を奪い、権威で押さえつければ全てが思い通りになると信じている。
だが、その見下した『現場(平民)』の怒りと絶望を無視した代償は、間もなく彼女自身の足元を完全に崩壊させる『因果の請求書』となって、彼女に突きつけられることになるのだ。
読んでいただきありがとうございます。
面白いと思っていただけましたら、★評価やブックマークで応援していただけると励みになります。




