EP 5
ポンコツたちの慰め会
王城から公爵邸へ帰還した私は、自室のふかふかのソファに深々と身を沈めた。
レオン様は「皇帝へ正式な拒絶の念押し(物理的な威圧を含む)をしてくる」と言って執務室へ向かったため、私は一人で留守番である。
レオン様の圧倒的な溺愛のおかげで心は満たされているものの、やはり『第一王女の敵意』という国家規模の重圧を真正面から浴びた反動か、体は少しだけ重かった。
「はぁ……。限界ブラック病棟の師長よりはマシだけど、やっぱり権力者相手の気遣いは疲れるわね」
私がポツリと呟いた、その時だった。
「コハルぅぅぅっ!! 無事か! 意地悪な王女にイジメられへんかったか!?」
バンッ!と勢いよく扉が開き、親友のマシロがウサギ耳を涙でペタンと寝かせながら飛び込んできた。
さらにその後ろから、ガシャガシャとミスリルアーマーを鳴らすフェイトと、芋ジャージ姿のリーザが雪崩れ込んでくる。
「姉御ォォ! 聞きましたぜ、あの金ピカの王女が姉御を『泥人形』呼ばわりしたって!? 許せねえ、俺の雇い主を馬鹿にするたぁいい度胸だ!」
「そうですわ! わたくしのプロデューサーを侮辱するなんて、トップアイドルであるわたくしへの宣戦布告と同義ですの!」
どうやら、お茶会での出来事は、公爵邸の影(暗部)たちを通じて彼らの耳にも入っていたらしい。
「みんな……。大丈夫よ、私は何も傷ついてないから」
私が苦笑しながら手を振ると、フェイトがバンッと自分の胸当てを叩いた。
「強がらなくていいんすよ、姉御。俺にはわかります。権力者に理不尽に踏みつけられた時の、あの行き場のないストレス……。そんな時は、パーッと散財して脳汁を出すに限るんです!」
「……嫌な予感しかしないんだけど」
フェイトはニヤリと笑い、親指に一枚の銀貨を乗せた。
「姉御、見ていてくだせえ! 俺が今ここで『表』を出して運気を2倍にし、その足でルナパラダイス(パチンコ屋)の魔石スロットを打ち止めにしてきます! そして、1億ルナ稼いで、あの生意気な王女の離宮をまるごと買い取って、巨大なパチンコ屋に改装してやりますよ!!」
「発想が最低すぎるわよ!! 王城をパチンコ屋にするな!」
「いっけぇぇぇ! 俺の運命!!」
私のツッコミも虚しく、ピィーンッと銀貨が空高く弾き上げられた。
キラキラと回転するコイン。
そして、フェイトの手の甲に落ちたソレは。
チャリン。
「…………あっ」
出目は、安定と信頼の『裏』。
「う……ぐぉぉぉぉぉぉっ!!」
次の瞬間、フェイトは白目を剥き、胃液を撒き散らしながら床にドサァッと崩れ落ちた。
コイントス失敗による、強制的な極大デバフ(吐き気と倦怠感)である。
「あ、姉御……。申し訳、ありません……。俺の、三代前の先祖の飼ってた亀が……今、転んで甲羅を打ちまして……看病に、行かなきゃ……」
「三代前の亀が今どうやって転ぶのよ!! 慰めるどころか私の目の前で勝手に自滅(吐血)するんじゃないわよ!!」
床を這いずるポンコツ剣鬼(月給30万)を前に、私は頭を抱えた。
「ちょっと銀ピカ! プロデューサーの前で汚いものを撒き散らさないでくださいませ!」
リーザが倒れたフェイトを足でツンツンと小突いた後、コホンと咳払いをして私に向き直った。
「コハルプロデューサー。あんな使えない太客のことは放っておいて、わたくしの『至高の癒やしパフォーマンス』で、その疲れた心を浄化して差し上げますわ!」
リーザはそう言うと、どこから取り出したのか、【通販】で私が以前買い与えた『五円玉チョコ』の包装紙(金色のホイル)を鼻の頭に乗せた。
「……リーザちゃん、それ何?」
「アイドルのバラエティ力ですわ! 鼻の上に五円玉を乗せてバランスを取りながら、バラードを歌い上げますの! さあ、聞いてください! 『Love & Money〜権力より現金〜(アコースティックVer)』!」
「♪愛も〜富も〜 (プルプル)
一つの〜もの〜 (ああっ、チョコが落ちそうですわ!)
貴方の〜全てを〜 (えいっ! 持ち堪えましたの!)」
鼻の上のチョコを落とすまいと、寄り目になりながら真顔でバラードを熱唱する芋ジャージの人魚姫。
絵面は完全にカオスだが、彼女の歌声そのものには、人魚姫特有の『奇跡のバフ(多幸感)』がしっかりと込められており、私の細胞の隅々にまで温かい癒やしが浸透していく。
「……ぷっ、あははははっ!」
私はたまらず、お腹を抱えて笑い出してしまった。
鼻にチョコを乗せたアイドルと、その足元で亀の言い訳をしながら気絶している伝説のA級冒険者。
王城の息が詰まるような高尚で冷酷なお茶会とは、文字通り『対極』にある、底抜けにアホらしくて温かい空間。
「おうおう、コハルが笑ったで! よっしゃ、仕上げはワテの特製パーティーや!」
マシロが、背中のカゴから次々とアイテムを取り出し、ローテーブルの上に広げ始めた。
ルナキンの特盛り牛丼(チーズ乗せ)、タローソンのからあげ、そして【通販】で取り寄せた巨大なプリン。完全に茶色と糖質に支配された、深夜の飯テロのようなラインナップだ。
「さあコハル、食うて元気出すんや! 嫌な奴のことは、カロリーで上書きして腹の底に沈めたらええねん!」
「マシロ……ふふっ、そうね。ありがとう」
私はソファから降りて、床に広げられたジャンクフードの山をみんなで囲んだ。(フェイトは自力で這い上がってきて、無言で牛丼を掻き込み始めた)。
「美味しい……」
温かいからあげを口に入れると、さっきまでの肩の凝りや、王女に向けられた冷たい嘲笑の記憶が、スーッと薄れていくのを感じた。
「姉御。俺、王族のことはよくわかんねえっすけど」
口の周りを牛丼のタレだらけにしたフェイトが、ふと真面目な顔で言った。
「姉御が作る『仕組み』も、姉御が奢ってくれるこの飯も、俺にとっては伝説の装備より価値があるんすよ。だから……誰がなんと言おうと、姉御は俺たちのトップですぜ。自信持ってください」
「そうですわ! わたくしも、宇宙一のプロデューサーはコハルさんだけだと断言しますの!」
「ワテもや! コハルに手ぇ出す奴は、相手が王様でもワテが蹴り飛ばしたるからな!」
三人の真っ直ぐな言葉に、胸の奥がじんわりと熱くなった。
王城の貴族たちは、私を「魔力を持たない泥人形」と嘲笑った。
けれど、そんな権威の評価など、私にとっては本当にどうでもいいことなのだ。
私には、私が作った仕組みで生き延びてくれる冒険者たちがいて、現場で汗を流すメイドたちがいて。
そして何より、こうして一緒にバカをやって笑い合える、最高に温かくて騒がしい仲間たちがいる。過保護すぎる天才公爵様がいる。
(……この幸せな日常【絶対有給休暇】を、王女のちっぽけなプライドなんかに、絶対に壊させはしない)
私は、温かいミルクティーの入ったマグカップを手に取り、仲間たちに向かって掲げた。
「みんな、ありがとう! 明日からも、気合い入れて善行ポイントを稼いでいくわよ!」
「「「おーっ!!」」」
公爵邸の夜は、王城の陰謀などどこ吹く風とばかりに、明るく賑やかな笑い声で満ちていた。
私の心の中にあった僅かな曇りは完全に晴れ渡り、代わりに、どんな権威にも屈しない『平民ナースの底力』が、静かに、しかし力強く燃え上がっていたのだった。
読んでいただきありがとうございます。
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