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EP 5

ウサギ耳の家出少女と、奇跡のショートケーキ

「……お、おいしいもの……よこせ……」

ギュルルルゥゥゥゥッ! という、もはや地鳴りにも似た腹の虫の音を響かせながら、銀髪でウサギ耳の少女は草むらに倒れ伏していた。

ぴくぴくと動く白い耳には、無理やり隠そうとしたのか、可愛らしいリボンが結ばれているが、全く隠しきれていない。

間違いなく、獣人族の中でも上位とされる『月兎族』の少女だ。

「ちょっと、しっかりして! 低血糖を起こしてるわね」

私は慌てて彼女の上半身を抱き起こした。

意識は朦朧としているが、幸い嚥下機能には問題なさそうだ。この状態の患者(?)には、とにかく素早く吸収される糖分が必要不可欠である。

私はエプロンのポケットからスマホを取り出し、残りのポイントを確認した。

現在の保有ポイントは、先ほどのゼリー飲料を買って残った『40pt』。

これで買えて、かつ即効性のある糖分……。私は『食料品』カテゴリを素早くスクロールした。

「あった! これなら……!」

タップしたのは、『日本のイチゴのショートケーキ(簡易包装版)』だ。

なんとタイムセール中で、2個セットでちょうど40pt。見習い女神リリスの食い意地――いや、お菓子への執着が生み出した奇跡の価格設定である。

シュンッ、と空気が鳴り、私の手元に白い紙箱が現れた。

箱を開けると、純白の生クリームに真っ赤なイチゴが乗った、美しいショートケーキが二つ並んでいる。異世界の常温の森の中だというのに、時間停止の魔法でもかかっているのか、ケーキはひんやりと冷気を纏っていた。

「ほら、口を開けて。少しずつ食べるのよ」

私は付属のプラスチックフォークでスポンジとクリームをすくい、少女の口へと運んだ。

パクッ。

少女は虚ろな目のまま、反射的にそれを咀嚼し、そして嚥下した。

「…………っ!!?」

次の瞬間、少女の長いウサギ耳が、ピンッ! とアンテナのように天を突いた。

閉じていた目がカッと見開き、ルビーのような赤い瞳がキラキラと輝き出す。

「な、なんだこれ!? あっま! ふわふわ! 雲!? ワテ、今、雲食ってる!?」

彼女は私からフォークをひったくると、猛然とした勢いでショートケーキを貪り食い始めた。

顔中を真っ白な生クリームだらけにしながら、イチゴを頬張り、歓喜の声を上げる。

「イチゴが甘酸っぺえ! スポンジが消える! なんやこれ、たまんねーな! 満月並みにハイになるわ!」

その見事なまでの食べっぷりと、急に飛び出したコテコテの関西弁に、私は思わず吹き出してしまった。

「ふふっ、ゆっくり食べないと喉に詰まらせるわよ。私の分も食べていいから」

「えっ!? ほんまに!? お前、神様か!?」

「神様じゃなくて、コハルよ。ただの追放された無職の元・令嬢」

少女は二つ目のケーキもあっという間に平らげると、「ぷはーっ!」と満足げに息を吐き、草むらの上に大の字で寝転がった。

血色も完全に元に戻り、バイタルは極めて良好。見事なまでのV字回復である。

「生き返ったわぁ……。ワテはマシロ。ちょっと実家(月の世界)のババアが鬱陶しくてな、家出してきたんや」

「家出少女だったのね。こんな所で餓死しそうになるなんて、危ないところだったじゃない」

私がハンカチで彼女の口元のクリームを拭ってやると、マシロはくすぐったそうに笑い、そして真剣な目で私を見つめた。

「コハルって言ったな。お前、あんな美味いもん、どっから出したんや?」

「うーん、企業秘密の『お取り寄せ(通販)』かな。秘密にしてくれる?」

「おん! 誰にも言わへん! その代わり……」

マシロはガバッと起き上がると、私の両手をがっしりと握りしめた。

「ワテ、お前のこと気に入った! その『ショォトケェキ』の恩に報いるためにも、今日からお前の絶対の親友で、最強の護衛になってやる!」

「えっ? 親友?」

「そうや! ワテ、月兎族やからめちゃくちゃ足速いし、ジャンプ力もすげえんやで! お前みたいな、闘力2馬力しかないヒョロヒョロの小枝ちゃんくらい、片手で守ったるわ!」

私のステータスが完全にバレていることに一瞬驚いたが、彼女の裏表のない真っ直ぐな言葉に、胸の奥がじんわりと温かくなった。

前世では、職場の人間関係は常にピリピリしていた。

夜勤明けに「甘いものが食べたいね」と笑い合えるような同期は、過酷なシフトに耐えきれずに次々と辞めていった。疲れ果てた朝、閉まっているケーキ屋のショーウィンドウを横目に、コンビニのパサパサのケーキを一人で虚しく食べた記憶が蘇る。

でも今は、こんなにも美しい青空の下で。

美味しいケーキを分け合い、満面の笑みで「親友になる」と言ってくれる女の子がいる。

私を搾取しようとする人間じゃない。ただ純粋に、好意で隣にいてくれる存在。

「……ふふっ。ありがとう、マシロ。すごく心強いわ」

「任せとき! で、コハルはこれからどこ行くん?」

「ポポロ村っていう開拓村よ。そこでスローライフを送りながら、少しずつ善行(ポイント稼ぎ)をして生きていこうと思ってるの」

「ポポロ村やな! よっしゃ、ワテが先導したる! ついてきな!」

マシロはぴょんと立ち上がると、ウサギ耳を揺らしながら元気よく歩き出した。

私も革のトランクを提げ、彼女の背中を追う。

たった一人で始まった追放の旅路は、わずか数時間で、最強で最高に明るい相棒を得ることに成功したのだ。

『ピロリン♪』

スマホが震え、画面に通知が表示される。

【システム通知】

善行ポイント:100 pt を獲得しました!(※神獣クラスの生命危機を救った特別ボーナス)

現在保有ポイント:100 pt

『賢者君(無料版)』より一言:

……マグローザ漁船行きは、一時的に回避されました。まあ、頑張ってください。

「相変わらず可愛くないAIだけど……とりあえず、借金の危機は免れたわね」

私はスマホをエプロンにしまい、大きく深呼吸をした。

隣を歩くマシロが、「なぁなぁ、あのショォトケェキの他に、どんな美味いもんがあるん?」と目を輝かせて聞いてくる。

「そうねぇ。甘くて冷たいアイスクリームとか、肉汁たっぷりのハンバーグとか、色々あるわよ。ポイントさえ貯まればね」

「うおおおおっ! なんやそれ、絶対食いたい! ワテもポイント稼ぎ手伝うわ!」

殺伐とした実家や、傲慢な婚約者との冷え切った関係が嘘のように、道中はマシロとの明るいガールズトークで満たされていた。

誰かを蹴落とす必要なんてない。ただ、美味しいものを一緒に食べて、困っている人を助けて、二人で笑って生きていく。

それが、私の求めていた究極の『絶対有給休暇』の始まりだった。

マシロの温かい手と、まだ見ぬスローライフへの期待を胸に、私たちは辺境のポポロ村へと足を踏み入れた。

そこでは、私の無自覚なナイチンゲール魂が、さらなる奇跡(ポイント爆稼ぎ)と、一人の天才公爵の心を激しく揺さぶる運命が待ち受けているとも知らずに――。

お読みいただきありがとうございます!


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