EP 3
善行通販とお悩みグッズ
「……誰か、この汚らしいゴミを私の視界からつまみ出しなさい。せっかくのお茶会が台無しですわ」
マリアベル王女が扇子で冷たく指示を出すと、控えの騎士たちが足蹴にされた若いメイドの腕を掴み、乱暴に庭園の裏手へと引きずっていった。
「さあ皆様、気を取り直して優雅な歓談を続けましょう。平民の泥人形には到底理解できない、高尚な芸術のお話を」
王女の言葉に、貴族の夫人たちは引きつったような愛想笑いを浮かべ、一斉に頷く。
私は、王女が別の令嬢を捕まえて自慢話を始めた隙を突き、「少し風に当たってまいります」とだけ言い残して、静かにその場を離れた。
向かった先は、先ほどのメイドが引きずられていった、王城の裏手の勝手口だ。
「ひぐっ……うぅ……っ」
薄暗い石造りの通路の隅で、先ほどのメイドが一人うずくまり、赤く腫れ上がった頬を押さえて声を殺して泣いていた。
王城の厳しい規律の中で、怪我をしても休むことは許されず、ましてや魔法院の治癒魔法など、下働きの平民にかけられるはずもない。
「……痛かったわよね。見せてごらんなさい」
「えっ……?」
私がしゃがみ込んで声をかけると、メイドは驚きで目を丸くし、そして私の顔を見て顔を青ざめさせた。
「あ、あなたは……公爵様の……っ! も、申し訳ございません、私のような卑しい者が、貴族様の御前に……っ!」
「シーッ。大きな声を出さないで。私はただの平民上がりだから、敬語も平伏もいらないわ」
私は優しく微笑み、エプロンのポケットの中で素早くスマホを操作した。
カグヤ様から与えられた莫大な善行ポイント。これを使えば、現代日本の『特効薬』を瞬時に取り寄せることなど容易い。
ポンッ、という小さな音と共に、私の手の中に『医療用・極厚冷却ジェルシート』と『高純度ワセリン配合の消炎鎮痛軟膏』が現れた。
「少し冷たいわよ」
私がメイドの腫れた頬にそっとジェルシートを貼り付けると、彼女は「ひゃっ」と小さく肩を揺らしたが、すぐにその心地よい冷たさに驚きの声を漏らした。
「すごい……痛みが、嘘みたいにスッと引いていきます……。氷魔法でもないのに、どうして……?」
「魔法じゃないわ。ただの医学と、お薬よ。こっちの打撲の痕にも、このお薬を塗っておくわね」
手際よく処置を終え、最後に【通販】で取り寄せた温かいミルクティーの缶を彼女の手に握らせる。
「……どうして、私なんかにここまでしてくださるんですか?」
メイドが、ぽろぽろと涙をこぼしながら尋ねてきた。
「あなたが、理不尽に傷つけられたからよ」
私は彼女の目を見て、真っ直ぐに答えた。
「現場で裏方を支えている人が、上の人間の気分でゴミのように扱われる。そんな理不尽な世界、私は大嫌いなの。……お名前は?」
「アンナ、と申します……」
「そう、アンナちゃん。無理しないで、今日はこのお薬を塗ってゆっくり休んでね」
私が立ち上がろうとすると、アンナは私のエプロンの裾をギュッと握りしめた。
「コハル様……どうか、お気をつけください。マリアベル殿下は、コハル様をただ辱めるためだけに今日のお茶会を開かれたのです。殿下は、ご自身のプライドを保つためなら、どんな残酷なことでもなさるお方です……っ!」
「ありがとう、アンナちゃん。忠告、心に留めておくわ」
私は彼女の頭を優しく撫で、再び庭園へと戻っていった。
王城の最も深い部分を支える『現場の労働者』の心を、確実に味方につけながら。
庭園に戻ると、マリアベル王女は「少し化粧を直してまいりますわ」と言って、取り巻きを数人連れて離席していた。
残された貴族の夫人や令嬢たちは、主役がいなくなった途端、一斉に扇子を下ろし、深く、重いため息を吐いていた。
「はぁ……今日もまた、殿下の自慢話に相槌を打つだけで一日が終わってしまいましたわ……」
「昨夜も殿下の夜会に深夜まで付き合わされて……睡眠不足で肌がボロボロですの。魔法のファンデーションで厚塗りして誤魔化していますけれど、もう限界ですわ……」
彼女たちの愚痴を聞いて、私のナース(元限界社畜)としてのレーダーが激しく反応した。
(なるほど。この人たちも、マリアベル王女を心から慕っているわけじゃないのね。権力に逆らえないから、無理やり『付き合い残業(お茶会)』に参加させられて、心身をすり減らしているんだわ)
私は、彼女たちの疲労困憊したバイタルサインを見逃さなかった。
目の下の濃いクマ、ストレスによる肌荒れ、作り笑いによる頬の筋肉の強張り。
王女の傲慢な支配は、平民だけでなく、自らの派閥の貴族たちさえも搾取していたのだ。
私はエプロンのポケットから、再び【通販】で取り寄せた『ある物』を取り出し、そっと彼女たちの輪に近づいた。
「皆様。毎日の過酷なスケジュール、本当にお疲れ様です」
私が静かに声をかけると、夫人たちは「びくっ」と肩を跳ねさせ、泥人形と見下していた私を警戒するような目で見た。
「な、なんですの。あなたに同情される覚えはありませんわ」
「……ええ、わかっています。ですが、あまりにもお肌がお疲れのようでしたので。夜会続きによる慢性的な睡眠不足と、極度のストレスによる肌の乾燥……放置すれば、魔法の化粧品でも隠しきれないシミやシワになってしまいますよ」
元ナース(そして美容にも気を使っていた元OL)の的確な指摘に、夫人たちの顔色が変わった。
貴族の女性にとって、肌の衰えは死活問題である。
「そ、そんなこと言ったって……殿下のお誘いを断るわけにはいかないし……」
「これをお使いください」
私は、手のひらに乗せた銀色のパッケージを、彼女たちの前に差し出した。
「これは……?」
「私が独自に調合(通販)した、『超高濃度ビタミン配合・高級CICAフェイスマスク』と、『疲労回復マルチビタミン・サプリメント』です」
私はその場で、サンプル用の保湿クリーム(※地球の最新コスメ)を開け、一人の夫人の手の甲にそっと塗ってあげた。
「あっ……! な、なんですのこれ!? 肌の奥までスゥッと水分が浸透して……カサカサだった肌が、一瞬で赤ん坊のようにモチモチに……っ!」
「魔法薬のベタつきが一切ないわ! しかも、この錠剤を飲んだだけで、肩の重さが嘘のように軽く……!」
現代の科学力が結集された美容と健康の暴力の前に、疲弊していた貴族の夫人たちは一瞬で陥落した。
「あの、これ……わたくしにも一つ、いただけますかしら!?」
「わたくしにも! 金貨ならいくらでも出しますわ!」
「お金は要りません。……ただ、現場で無理をして身体を壊すのだけは、見ていられない性分なもので」
私は微笑みながら、彼女たち全員にフェイスマスクとサプリのセットをこっそりと手渡した。
「コハル、様……」
夫人たちの私を見る目が、嘲笑の対象から、『救済の女神』を見るような尊敬と羨望の眼差しへと完全に切り替わった瞬間だった。
権力を振りかざし、他者の時間と尊厳を搾取し続けるマリアベル王女。
しかし、彼女が立っているその絶対的な権威の基盤(派閥)は、今、私の提供した『お悩みグッズ』と『気遣い』によって、内側から音を立てて切り崩されようとしていた。
「あら、皆様。何をコソコソと話しているのです?」
そこへ、化粧直しを終えたマリアベル王女が戻ってきた。
「い、いえ! 何でもありませんわ、殿下!」
夫人たちは慌てて扇子で顔を隠すが、その扇子の下で、彼女たちの手は私の渡したフェイスマスクを大切そうに握りしめていた。
「ふん。まあいいですわ」
王女は私を冷たく見下ろし、勝ち誇ったように笑った。
「どうやら、泥人形は最後まで一言も発することができなかったようね。……レオンがどれほど貴方を囲おうと、王城の社交界では、貴方はただの空気以下のゴミ。身の程を弁え、二度と私の視界に現れないことですわ」
私は何も言い返さず、ただ静かにカーテシーをして背を向けた。
(ええ、今日のところはこれくらいで十分よ。マリアベル殿下)
王女は自分が完全に勝利したと信じ切っている。
だが、私が今日このお茶会で撒いた『善行の種』と『崩壊の種』は、すでに王城の深奥にまで根を張り始めていた。
私は、迎えに来てくれるであろう過保護な公爵様の顔を思い浮かべながら、悠然とした足取りで空中庭園を後にした。
読んでいただきありがとうございます。
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