EP 2
王女の身分差別
帝国の中心、王城。
その一角にある、白大理石と色とりどりの薔薇で彩られた豪奢な空中庭園。
ここで本日、第一王女マリアベル主催の『白薔薇のお茶会』が開かれていた。
「……見事なまでのアウェーね」
私は用意された末席の椅子に静かに座りながら、周囲の空気を観察していた。
本来、私の隣にはレオン公爵がいてくれるはずだった。しかし、私たちが王城に到着した直後、「皇帝陛下からの急な呼び出し」という名目で、レオン様は強制的に別の宮殿へと連れ去られてしまったのだ。
『コハル、これは罠だ。やはり今すぐ王城の議事堂を物理的に解体して……』
『ダメですってば! おとなしくお義父様(皇帝陛下)のお話を聞いてきてください!』
殺気を放つ過保護な天才公爵をなんとか宥めて送り出し、私は単身でこのお茶会に乗り込んだわけだが。
(……見られているわね)
庭園に集まった数十人の高位貴族の夫人や令嬢たちが、扇子で口元を隠しながら、チラチラと私の方を見てはクスクスと嘲笑を漏らしている。
「あの方が、公爵様をたぶらかしたという平民上がりの……」
「魔力も持たぬ泥人形だという噂ですわ。王城の神聖な空気が汚れてしまいますわね」
「マリアベル様も、なんと慈悲深いこと。あのような卑しい娘をこの場にお呼びになるなんて」
聞こえよがしの陰口。
限界ナース時代、お局看護師たちがナースステーションで新人をネチネチとイビっていた時の、あの陰湿な空気にそっくりだ。
相手のホームグラウンドで、数と身分の暴力によって精神的に追い詰める。典型的で古臭いマウンティングである。
「マリアベル第一王女殿下のおなーりー!」
近衛騎士のよく通る声と共に、庭園の奥から一人の女性が現れた。
豪奢な金糸のドレスに、きつく結い上げられたブロンドの髪。一見すれば誰もがひれ伏すような美しい王女だが、その瞳には強烈なまでの傲慢さと、他者を見下す冷酷な光が宿っていた。
(……ん?)
私のナースとしての観察眼が、彼女の背後に揺らめく『薄暗いモヤ』のようなものを捉えた。
あれは、魔法院の老害や、S級冒険者のリーダーの背後にも見えたものと同じ。他者を蹴落とし、ヤラセで手柄を立てさせる『炎上神ワイズ』の不吉な加護のオーラだ。
やはり、この王女の異常なまでの傲慢さの裏には、神格級の悪意が絡んでいるらしい。
「皆様、本日は私の『白薔薇のお茶会』によくぞ集まってくれましたわ」
マリアベル王女が扇子を優雅に広げると、貴族の夫人たちは一斉にカーテシー(淑女の礼)をした。私もそれに倣って静かに頭を下げる。
「さて……。今日は特別に、珍しい『見世物』を呼んでおりますのよ」
王女の冷たい視線が、真っ直ぐに私を射抜いた。
周囲の貴族たちが一斉に道を空け、私と王女の間に一本の道ができる。
「コハル・ルナミス。平民の孤児院上がりでありながら、ルナミス公爵家に拾われた、運だけが良い泥人形。……よくもいけしゃあしゃあと、私の神聖な庭園に足を踏み入れることができましたわね」
王女の言葉に、周囲から再びクスクスと嘲笑が漏れる。
「私のレオンをたぶらかし、平民の薄汚い知識(インフラやポイ活)で帝都を汚染しているそうね。魔力を持たぬ分際で、偉そうに仕組みを語るなど、王族であるこの私が絶対に許しませんわ」
マリアベル王女は、ヒールの音を響かせて私の目の前まで歩み寄ると、見下すように鼻で笑った。
「今すぐここで土下座をして、レオンへの付きまといをやめると誓いなさい。そうすれば、平民の街へ追い返すだけで許して差し上げますわよ?」
圧倒的な権威の壁。
普通の平民の娘なら、この時点で恐怖に泣き崩れ、言われるがままに土下座して逃げ出しているだろう。
だが。
「……お言葉ですが、マリアベル殿下」
私は、表情を一切崩さず、極めて冷静で事務的なトーン(クレーマー患者に対処する時のナースのトーン)で口を開いた。
「私がレオン様のお側にいるのは、レオン様ご自身の意志です。もしご不満がおありなら、私ではなく、直接レオン様に申し入れていただくのが筋かと存じます。それに、帝都の衛生システムは、平民だけでなく貴族の皆様の感染症予防にも大きく貢献しております。汚染ではなく、公衆衛生の向上です」
「なっ……!」
泣き崩れるどころか、堂々と正論で打ち返してくる私を見て、マリアベル王女はカッと顔を赤くした。
「こ、この泥人形が……! 王女である私に口答えをする気!? そもそもレオンは、いずれ私と婚約する運命にあるのです! お前のような魔力ゼロのゴミが隣に立つなど、帝国の恥辱ですわ!」
私が無反応を貫いていると、思い通りに私が絶望しないことに苛立ったのか、王女はギリッと扇子を握りしめ、視線を周囲へと逸らした。
「……ええい、お茶よ! 喉が渇きましたわ! 早くお茶を注ぎなさい!」
怒号にビクッと肩を震わせ、一人の若い下働きのメイドが、銀のティーポットを震える両手で持って進み出た。
彼女の顔は極度の緊張で青ざめている。マリアベル王女の癇癪とパワハラは、王城の下働きたちの間でも恐れられているのだろう。
「お、お待ちどおさま、でございます……殿下」
メイドがティーカップにお茶を注ごうとした、その時。
王女の怒りによる凄まじい魔力の圧(ワイズの加護による理不尽な重圧)にあてられ、メイドの手が僅かに滑った。
チャプッ。
ほんの一滴。
熱いお茶の雫が、カップの縁からこぼれ、王女が座ろうとしていた椅子の手すりに落ちた。
「あっ……! も、申し訳ございま——」
パシィィィンッ!!!
メイドの謝罪が終わるより早く。
マリアベル王女の手が裏返り、メイドの頬を容赦なく張り飛ばした。
「きゃあっ!」
メイドは床に叩きつけられ、ティーポットが派手な音を立てて砕け散った。
「この無能なゴミが!! 私の神聖な手すりをお茶で汚す気!? 一滴たりともこぼすなといつも言っているでしょう!」
「お、お許しください! 殿下ぁっ!」
泣き叫ぶメイドの腹を、マリアベル王女は尖ったヒールで容赦なく蹴り上げた。
「汚らしい! これだから平民上がりの下働きは使えないのです! 魔力も持たぬゴミどもは、息をしているだけで王城の空気を穢すのよ!」
貴族の夫人たちは、その凄惨な光景を見ても止めるどころか、扇子で顔を隠して冷ややかな目を向けているだけだ。
『王女の機嫌を損ねた下の者が罰せられるのは当然』。そういう腐りきった社会通念が、この庭園を支配していた。
(……なるほど)
私は、蹴られて丸まるメイドを冷酷に見下ろす第一王女の姿を見て、静かに、しかし確実に、心の奥底で『怒りの沸点』に達していた。
ただ私に嫉妬して嫌がらせをしてくるだけなら、可愛いものだ。
だが、この女は一線を越えた。
自分の権威にあぐらをかき、自分の生活や立場を裏で支えてくれている『現場の労働者』をゴミのように扱い、理不尽な暴力を振るう。
それは、限界ブラック病棟でナースたちを使い捨てにしてきたクソみたいな経営層と全く同じ、最も軽蔑すべき『傲慢』の形だ。
(自分の足元を支える者を見下す人間は、必ずその足元から崩れ落ちるわ)
私は、マリアベル王女に向かって怒鳴りつける愚行は犯さなかった。
今ここで私が声を上げれば、王女の標的が私に移るだけで、根本的な解決にはならない。
ざまぁの基本は、相手に手を下すことではない。
相手の『見下した因果』そのものを、圧倒的な結果(善行)によって相手の喉元に突き返すことだ。
私は、床で震えながらうずくまるメイドの姿を脳裏に焼き付け、エプロンのポケットの中でスマホを握りしめた。
カグヤ様から与えられた【通販】の莫大なポイントと、私のナースとしての知識。
この高慢な王女の権威を内側から完全に解体するための『反撃』の準備は、すでに私の頭の中で完璧に組み上がっていた。
読んでいただきありがとうございます。
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