EP 10
終わらない借金と、神々の勝敗
未開拓領域での騒動から数日後。
帝都の冒険者ギルドは、平穏と活気を取り戻していた。
私の設置した『魔導天気・危険度アラート掲示板』は、若手だけでなくベテラン冒険者たちからも絶大な信頼を集め、今やギルドに欠かせない『命のインフラ』として完全に定着していた。
そして、あの傲慢なS級パーティ『黄金の牙』と、彼らと癒着していた悪徳審査官は、ずっ友ロコシによる「自白」の証拠が致命打となり、身分を剥奪された上で王都の地下牢へと送られた。
「いやぁ、姉御! 今回の特別討伐報酬、すげえ額になりましたぜ!」
ギルドの受付カウンターで、分厚い金貨の袋を受け取ったフェイトが、歓喜の声を上げていた。
あのイレギュラーな大魔物『災厄猿』を奇跡のエッジ立ち(0.01%)でワンパンした功績が認められ、彼には莫大なボーナスが支払われたのだ。
「ふふふ……これだけあれば、ルナパラダイスの新台を三日は打ち続けられる……! 姉御、俺は行きます! この金貨を元手に、さらなる高み(ジャックポット)へ!」
「ちょっとフェイト、せっかくの命懸けの報酬なんだから、少しは貯金するとか装備のメンテナンスに回しなさいよ」
「野暮なこと言わないでくだせえ! 冒険者の金は天下の回り物、スロットのメダルに変えてこそ輝くんです!」
フェイトは私の忠告を右から左へ受け流し、ミスリルの鎧をガシャガシャと鳴らしながら、足取りも軽く繁華街のパチンコ屋へと消えていった。
「……あいつ、絶対全部スるで」
マシロが呆れたようにウサギ耳を掻く。
「ええ。間違いないわね」
私も深く同意の溜息を吐いた。
そして、翌朝。
公爵邸のサンルームで優雅に紅茶を飲んでいた私のスマホ(魔導通信石)に、予想通りの着信音が鳴り響いた。
『おはようございます、姉御。フェイトです』
画面に表示されたメッセージを見て、私は思わず天を仰いだ。
『誠に遺憾ながら、昨夜、俺の守護霊の親戚がギックリ腰になりまして。看病のために、本日はいささか出勤が難しく……』
「守護霊の親戚って誰よ!! いい加減にしろ!!」
私が盛大にツッコミを入れていると、背後から「どうかしたのか、コハル」と、朝の執務を終えたレオン公爵が歩み寄ってきた。
「レオン様……フェイトがまた、意味不明な言い訳でズル休みしようとしてるんです」
「……ほう」
レオン様の漆黒の瞳が、スッと細められた。
「私の至宝の美しい朝の時間を、あのような三流のノイズで汚すとは。やはりあの剣鬼、物理的に帝都から追放するか、あるいは公爵家の地下牢で強制労働の刑に……」
「ひぃっ! レオン様、それだと本当に殺伐としちゃうので、私が直接シメてきます!」
私は慌てて立ち上がり、マシロと共に公爵邸の裏口へと向かった。
……数十分後。
公爵邸の勝手口で、完全に干からびたスルメのような顔をした白銀の剣鬼が、膝を抱えて丸まっていた。
「姉御ぉぉ……腹が減って、力が出ねえっす……」
「だから言ったでしょ。全額スッたんでしょ」
「はい……。最初の三時間は勝ってたんすよ。でもそこから『ここでコイントスで表を出せば大勝だ』って欲をかいたら、裏が出まして。デバフで吐いてる間に、隣のおっさんに台を取られました……」
自業自得の極みである。
私は呆れながらも、【通販】アプリで『ルナキン特盛り牛丼(温玉つき)』と『ポポロ・シガレット』を取り出し、彼の前にドンッと置いた。
「うおおおっ! 姉御! 女神! 生涯ついていきやす!」
「前借り分として、今月はお給料から1万ルナ天引きだからね。食べ終わったら中庭で草むしりよ」
フェイトが猛然と牛丼を掻き込んでいると、そこへ朝のゲリラライブを終えたアイドル・リーザが通りかかった。
「あら、銀ピカの太客さん。またスッテンテンになったんですの? 本当に使えない方ですわね」
「ぐふっ……! トップアイドルからの冷たい視線と罵倒……牛丼のスパイスとして最高っす……」
「本当に変な性癖に目覚めるな! 怒るわよ!」
「ギャハハハ! 今日も平和やなー!」
マシロが腹を抱えて笑い、リーザが呆れ、フェイトが牛丼を頬張る。
私の周囲には、また一つ騒がしくて厄介な、けれど絶対に私を裏切らない『カオスな仲間』が定着したのだった。
「……君が楽しそうに笑っているなら、今日のところはこれ以上の粛清はやめておこう」
少し離れたバルコニーから、レオン公爵が甘く、そして絶対的な過保護の視線で私を見守っている。
(レオン様のあの甘やかしがある限り、私の有給休暇は無敵ね)
私は小さく手を振り返し、心からの笑顔を浮かべた。
――しかし、光あるところに影は落ちる。
天界の白亜の神殿では、神々の勝敗が決定的なものになっていた。
『ふふふふっ! 見てくださいませ、このコハルチャンネルの圧倒的な視聴率(PV)を!』
月の女神カグヤが、降り注ぐ神力(予算)のシャワーを浴びながら高笑いしている。
『ダメ男の更生(?)というコメディ要素に、命を救う完璧なインフラ構築、そして悪党どもが自ら危険食材を口にして破滅するという、カタルシス満載の合法ざまぁ! 女性層だけでなく、ファミリー層の支持も獲得しましたわ!』
カグヤの権力は増大し、それに比例して、私の『善行ポイント通販』のスキルにも、さらなる強力な機能が解放されようとしていた。
一方、その対極にある暗黒の空間。
「……おのれ、おのれぇぇぇっ!!」
炎上神ワイズは、自身のチャンネルが『ヤラセ発覚』で大炎上し、予算を大幅に削られたショックで、ギリギリと歯から血が滲むほど噛み締めていた。
「あの泥人形の小娘め……。冒険者ギルドという現場の荒くれ者たちすら、己のルール(安全網)に組み込みおって……! 私が直接手を下した大魔物すら、あのギャンブル狂のまぐれ当たりで粉砕されるとは……!」
ワイズの瞳に、これまでにないほど深く、どす黒い悪意が宿る。
「……よかろう。末端の冒険者や魔法院の老害程度では、あの公爵の権力と小娘の悪運は崩せんということだ。ならば次は……」
ワイズの視線が、モニターの彼方――帝国の中心部、煌びやかな『王城』へと向けられた。
「帝国の"権威"そのものを動かしてやる。どれほど安全なインフラを構築しようと、どれほど民衆の支持を集めようと、国家のトップが『異端』と断じれば全ては終わる。……次こそは、あの忌々しい令嬢を、絶望のどん底に叩き落としてくれるわ!」
神格級の悪意が、帝国のより深い権力の中枢へと根を張り始めようとしていた。
私を待ち受ける、次の見下す者のスケールは、かつてないほど巨大なものになろうとしている。
だが、今の私には何の不安もなかった。
「姉御! 牛丼食ったら元気出ました! 俺、ちょっとそこら辺の魔物狩って、パチンコ代稼いできます!」
「コハル、ワテも行くで! 今夜は焼肉にしようや!」
「あ、マシロ先輩ずるいですわ! わたくしも行きますの!」
騒がしい仲間たちと、私を絶対に守り抜いてくれる過保護な公爵様。
そして、積み上げてきた『善行』という揺るぎない盾。
限界社畜から転生した私の『絶対有給休暇』は、どんな巨大な権威が相手であろうと、決してその歩みを止めることはない。
痛快でカオスな日常の続きへ向けて、私たちは力強く歩き出していた。
読んでいただきありがとうございます。
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