EP 9
ずっ友ロコシと奇跡のエッジ
未開拓領域の奥地。
そこは今、文字通りの『地獄』と化していた。
「ひぃぃぃっ! 助けてくれぇっ!」
「話が違うじゃねえか! こんな化け物が出るなんて聞いてねえぞ!」
私がアラート掲示板で『絶対立ち入り禁止(赤ランプ)』を出していたエリア。
そこに、私の忠告を「臆病者の戯言」と鼻で笑って踏み込んだS級パーティ『黄金の牙』の面々は、絶望のどん底に叩き落とされていた。
彼らを取り囲んでいたのは、炎上神ワイズが自身のヤラセ配信の起死回生を狙って強引に送り込んだ、規格外の大魔物――『四つ腕の災厄猿』だった。
「くそっ! なんで俺たちの攻撃が全く効かねえんだ! ワイズ神の加護はどうした!」
リーダーのガルドが、黄金の剣を震わせながら後ずさる。
当然だ。彼らはこれまで、ワイズのヤラセによって『弱った魔物』ばかりを狩って手柄を立ててきた、いわば温室育ちのフェイクS級なのだ。
本当の自然の脅威、イレギュラーな大魔物を前にすれば、そのメッキは一瞬で剥がれ落ちる。
「ガァァァァァッ!!」
災厄猿が巨大な腕を振り下ろし、ガルドの黄金の盾を紙くずのように粉砕した。
「ああっ……! 終わった……俺はここで、死ぬのか……!」
ガルドが恐怖に顔を引き攣らせ、へたり込んだ、その瞬間だった。
「――全く。アラートを無視した挙句に、救難信号(SOS)の魔導弾を打ち上げるなんて、救いようのない馬鹿ね」
静かな森に、私の呆れ果てた声が響いた。
ガルドが顔を上げると、そこにはカゴを背負ったマシロ、そしてガシャガシャとミスリルアーマーを鳴らすフェイトを従えた、私の姿があった。
さらにその後ろには、私の『アラートシステム』のSOS受信機能によって急行した、ギルドマスターと帝国の討伐隊の姿もある。
「お、お前……! なんでここに!」
「私が作ったシステムは、危険を知らせるだけじゃないわ。ルールを破って死にかけてる阿呆の位置も、正確に割り出せるのよ」
私は冷ややかな目でガルドを見下ろした。
限界ナース時代、医師の指示を無視して勝手にベッドから降りて転倒した患者を処置する時の、あの圧倒的な『無』の感情である。
「姉御、こいつが今回のターゲットっすね」
フェイトが、私の前に歩み出た。
その手には、ミスリルの大剣ではなく――いつもの『銀貨』が握られている。
「おい、落ちぶれたギャンブル狂が! 引っ込んでろ、そんな化け物に勝てるわけ……!」
ガルドが叫ぶが、フェイトは全く意に介さない。
「ここで俺が、俺の運命に勝ってこいつを倒せば。……俺は姉御にとっての、そしてこの世界のトップヒーローだ!」
完全に脳汁が溢れ出している顔だ。
「いくぜ!!」
ピィーンッ!
フェイトが親指で弾いた銀貨が、空高く舞い上がる。
災厄猿が、新たな獲物を見つけて巨大な拳を振り下ろそうとする。
そして、銀貨がフェイトの手の甲に落ちた。
チャリン。
「…………あっ」
フェイトが、目を見開いた。
私も、マシロも、息を呑んだ。
フェイトの手の甲に落ちたコインは。
表でも、裏でもなかった。
なんと、手の甲の僅かなシワと筋肉の起伏に挟まれ、物理法則を無視したかのように、**『縁で垂直に立っていた』**のだ。
「奇跡の確率、0.01パーセント……! コインのエッジ立ちッ!!」
フェイトの全身から、爆発的な白い闘気が吹き上がった。
『コイントス・エッジ』。それは、全ステータスと運気が【100倍】に跳ね上がる、神の如きバフである。
「うおおおおぉぉぉぉッ!! 姉御ォォ! 見ていてくだせえぇぇッ!!」
フェイトがミスリルの大剣を抜く。
その動きは、もはや目で追うことすら不可能な次元に達していた。
閃光。
ただ一振りの剣閃が、空間そのものを両断するかのように走る。
「ガ……?」
災厄猿が間抜けな声を漏らした次の瞬間。
巨大な大魔物の体は、一瞬にしてチリのように消し飛び、後には真っ二つに割れた森の木々だけが残された。
「……すっげえ」
マシロがウサギ耳をピンと立てて感嘆する。
「ふぅ……。決まったぜ」
フェイトが剣を納め、完璧なドヤ顔で振り返る。この瞬間だけは、間違いなく『白銀の剣鬼』の二つ名に恥じない、伝説のヒーローだった。
しかし。
その圧倒的な光景を前にしても、己のちっぽけなプライドと強欲を捨てきれない男がいた。
S級リーダーのガルドである。
(くそっ……! このままじゃ、俺たち『黄金の牙』は命令違反の腰抜けとしてギルドを追放されちまう! 俺が手柄を横取りしなきゃ……!)
焦燥に駆られたガルドの視界に、森の地面に生えている『奇妙な植物』が映った。
黄色い粒がぎっしり詰まった、トウモロコシのような形をした植物だ。ただ、粒の一つ一つが微かに発光している。
(あ、あれは伝説の『魔力超回復の霊草』! あれを食えば、俺の魔力は全快し、あいつらを出し抜ける!)
ガルドは完全に勘違いし、這いずるようにしてその植物に齧り付いた。
「バカッ! それは……!」
私が止める間もなかった。
ガルドが齧り付いたソレは、魔力回復の霊草などではない。
アナステシア世界に自生する危険食材の一つ――**『ずっ友ロコシ』**である。
「うおおっ!? 力が、力がみなぎって……くるわけじゃねえなこれ!? なんだ、口が勝手に……っ!」
ずっ友ロコシの恐るべき効能。
それは『食べた者の隠し事や汚職、ズブズブの癒着関係を、言い訳を交えながら特大のボリュームで暴露してしまう』という自白作用である。
「あぁぁっ! 本当は俺のS級昇格は全部ヤラセで裏金で作ったんだぁぁっ!!」
ガルドが、静まり返った森の中で、突然腹の底から絶叫し始めた。
「なっ!?」
同行していたギルドマスターと討伐隊が、驚愕して顔を見合わせる。
「ギルドの審査官に賄賂を渡して、簡単なクエストをS級認定してもらってたんだよぉぉ! 俺と審査官は、汚職で結ばれた『ずっと友達(ずっ友)』なんだぁぁっ!!」
「リーダー!? 何を言ってるんですか!」
「うるせえ! それに俺はずっと頭の中に響く『炎上神ワイズ』って奴から、弱った魔物の場所をコッソリ教えてもらって手柄を横取りしてたんだよぉ! 俺の実力なんて本当はD級レベルなんだよぉぉっ!!」
ペラペラと、恐ろしいほどの流暢さで己の悪事を大音量で暴露し続けるガルド。
ずっ友ロコシの魔力は強大であり、口を塞いでも腹話術のように声が響き渡る。
「……なるほど。アラートを無視した命令違反に加えて、ギルドの審査不正と手柄の横取りか」
ギルドマスターが、極寒の冷気のような声でガルドを見下ろした。
「連行しろ! ギルドの威信にかけて、このクズどもと、買収された審査官を徹底的に調べ上げるぞ!」
「ハッ!」
討伐隊の騎士たちが、一斉にガルドと『黄金の牙』のメンバーを取り押さえた。
「ち、違う! 口が勝手に! 頼む、許してくれぇぇっ! 俺はS級なんだぁぁっ!!」
無様に絶叫しながら、ずっ友ロコシの効力で「審査官の家の裏金は暖炉の下に隠してあるんだぁぁ!」と詳細な証拠の隠し場所まで叫び続け、騎士たちに引きずられていくガルド。
彼は、私の作った安全システムを鼻で笑い、己の力を過信した。
そして、他者の手柄を横取りしようとする強欲さゆえに、自ら危険食材を口にし、社会的死(完全な自滅)を遂げたのだ。
私は一切手を下していない。完璧な、そして後味の良い『合法ざまぁ』の完了である。
「……アホやな。コハルの言うこと聞いとけば、ただの命令違反で済んだのにな」
マシロが呆れたように鼻をすする。
――一方、天界の白亜の神殿。
『大・爆・発・で・す・わぁぁぁーッ!!!』
月の女神カグヤが、ゴッドチューブの画面の前で狂喜乱舞していた。
『#ギャンブル狂の奇跡の100倍ワンパン』と『#S級冒険者のずっ友大暴露』の同時コンボにより、コハルチャンネルのPVは前代未聞の数値を叩き出していた。
「女神様! ワイズの奴のチャンネル、不正がバレて大炎上してます! PVがマイナスに振り切れてますよ!」
その言葉通り。
神殿の反対側では、炎上神ワイズがモニターを叩き割りながら絶叫していた。
「お、おのれぇぇぇっ! 私が手塩にかけて育てた手駒が、勝手にトウモロコシを食って私のヤラセを全世界に暴露するだとぉぉっ!? ふざけるな、こんな三流の落ちなど……っ!!」
ワイズの予算(神力)はゴリゴリと削られ、完全にカグヤの前に敗北を喫したのだった。
「姉御! 見ましたか俺の奇跡の一撃! これで俺も月給アップ、いや、パチンコ代前借り無制限の権利を……!」
「ダメよ。奇跡に頼るうちは、まだまだ三流ね。でも……今日はよくやったわ。ご褒美に、ルナキン牛丼の特盛りに、生卵を二つ付けてあげる」
「卵二つ!? 姉御ぉぉっ、一生ついていきやすぅぅっ!!」
森の奥深く。
連行されていく愚か者たちの声を背に、私はポンコツだけど最高に頼りになる仲間たちと共に、誇らしく笑い合った。
私の『絶対有給休暇』は、今日も完璧に安全で、痛快なカタルシスに満ちているのだった。
読んでいただきありがとうございます。
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