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EP 7

魔導アラート・システム

「……ふん。馬鹿な奴らね」

傲慢な言葉を吐き捨てて危険地帯へと向かったS級パーティ『黄金の牙』の後ろ姿を見送った後、私はすぐに黒板――『魔導天気・危険度アラート掲示板』の整備作業に戻った。

「コハル、ホンマにええんか? あいつら、コハルのこと『泥人形』やの『三流』やの言うとったんやで? ワテが後ろからドロップキックかましたろか?」

マシロがウサギ耳を逆立ててフンスフンスと鼻息を荒くしている。

「いいのよ、マシロ。あんなのに構ってる時間があったら、一人でも多くの命を守る仕組みを整える方が先決だわ」

私はエプロンのポケットの中でスマホを操作し、【通販】ポイントを使用して『超小型の現代気象センサー』を複数個取り寄せた。

気圧計、湿度計、風速計。それらを手のひらサイズの『魔石』のダミーケースに詰め込み、ギルドに出入りする信頼できる若手冒険者たちに配って、森の各所に設置してもらっていたのだ。

さらに、冒険者たちが持ち帰る「魔物の足跡が異常に多い」「鳥が鳴いていない」といった生きた情報を、ルナキン牛丼の割引券(現物支給)で買い取るシステムも確立した。

私の善行ポイント通販は、ただ珍しいお菓子や道具を取り寄せるだけの段階(段1・2)をとうの昔に超えている。

現代の科学データと、異世界の現場の知恵。これらを統合して『絶対に死なないための仕組みを作る(段3)』こと。

これが、限界ブラック病棟の凄まじい夜勤を生き抜いた私の、インフラ構築の集大成である。

「よし、データの統合完了。……やっぱり、未開拓領域の奥地では急激な気圧の低下が起きてるわ。それに、小型魔物が一斉に南へ逃げている。これは間違いなく、超大型の魔物の異常発生イレギュラーか、大規模な魔力嵐が来る前兆よ」

私はチョークを手に取り、掲示板の未開拓領域エリアに、真っ赤な文字で『特大の赤ランプ(立ち入り絶対禁止)』のマークを描き込んだ。

「みんな、聞いて!」

私はギルドにいる若手や中堅の冒険者たちに向かって声を張り上げた。

「未開拓領域の奥地は、今から三日間、絶対に入らないで! 周辺の森も、安全が確認できるまでは浅い階層での薬草採取に留めること! いいわね!」

「は、はいっ! コハルさんがそう言うなら、俺たち今日は近場でスライム狩りにしておきます!」

「俺たちも、今日は装備のメンテナンスの日にするよ!」

傲慢なS級冒険者たちとは違い、普段から私が無償で怪我の治療(トリアージと適切な現代の応急処置)をしてきた若手たちは、私の言葉を素直に聞いてくれた。

命を預かる現場において、最も大切なのは『魔法の力』ではない。日々の小さな積み重ねで築き上げた『信頼関係』なのだ。

それから、三日後。

帝都の冒険者ギルドは、かつてないほどの熱狂と歓喜に包まれていた。

「コハルさーーんっ!! ありがとうございます、命の恩人ですっ!!」

若手冒険者のパーティが、泥だらけになりながらも五体満足でギルドに駆け込んできて、私の前でボロボロと涙を流して頭を下げたのだ。

「どうしたの? ちゃんと無事に帰ってこられたじゃない」

「はい! 俺たち、コハルさんのアラート掲示板を見て、未開拓領域へ行くのをやめて手前の森で狩りをしてたんです! そしたら……奥地から、信じられない数の凶暴な魔物の群れ(スタンピード)が雪崩れ込んできて!」

「もしあのまま奥地に向かっていたら……俺たち、絶対に全滅してました! コハルさんの警告のおかげで、ギリギリ逃げ切れたんです!」

彼らの言葉に、ギルド中がどよめいた。

「マジかよ、やっぱりアラートは本物だったのか!」

「俺も、コハルさんの『雨雲接近注意』のおかげで、川の氾濫に巻き込まれずに済んだぜ!」

「すげえ……魔法の力も使わずに、未来の危険を完璧に予測しちまうなんて!」

次々と上がる感謝の声。

ギルドマスターも奥から出てきて、私の両手をがっしりと握りしめた。

「コハル嬢、君の作ったこの『アラート掲示板』のおかげで、今週の若手冒険者の死傷率はなんと『ゼロ』だ! ギルド設立以来の快挙だよ! 君はまさに、このギルドの救世主だ!」

「そんな、大げさですよ。私はただ、情報を整理しただけですから」

私が照れ笑いを浮かべていると、ギルドの片隅に置かれた長椅子から、ガシャガシャとミスリルアーマーを鳴らしてフェイトが起き上がってきた。

彼の手には、私がさっき支給したばかりの『ルナキンの特盛り牛丼チーズトッピング』が握られている。

「……姉御。あんた、マジで恐ろしい人っすね」

フェイトは、牛丼をモグモグと咀嚼しながら、呆れたような、それでいて深い敬意を込めた三白眼で私を見つめた。

「恐ろしいって何よ。人聞きの悪い」

「いや、だってそうでしょう。俺たち冒険者は、命を懸けて『運』と『力』で魔物とやり合うのが普通だと思ってた。でも姉御は、そもそも『運の要素』をシステムで完全に排除しちまったんだ。誰も死なない、絶対に負けないための最強のイカサマ(安全網)を作り上げた」

重度のギャンブル狂である彼からすれば、私の作ったシステムは『絶対に負けないギャンブルの仕組み』のように見えているらしい。

「俺のコイントスなんて、所詮はイチかバチかのお遊びっすよ。姉御のその『絶対に命を落とさせない執念』の前じゃ、どんな伝説の武器も霞んじまうぜ」

フェイトはそう言うと、持っていた割り箸でビシッと私を指差した。

「姉御、俺は一生あんたの護衛(犬)として生きる決意を固めましたぜ。だから……その偉大な仕組みの恩恵に預かって、俺に千ルナだけ前借りさせてくれませんかね? 今日は新台の——」

「貸さないわよ。牛丼没収するわよ」

「それだけは勘弁してくだせえぇぇっ!!」

見事な土下座をキメる白銀の剣鬼に、ギルド中がドッと笑いに包まれた。

――その頃、天界の白亜の神殿では。

『キタキタキタァァァーッ!! 見てください、この圧倒的な右肩上がりのグラフを!!』

月の女神カグヤが、ゴッドチューブの管理画面を見ながら歓喜の悲鳴を上げていた。

『#コハル無双』『#物理システムで命を救うナース』『#ダメ男剣士の餌付け完了』といったタグが、神々の間で大トレンド入りを果たしている。

「女神様、すごいっす! PVがこれまでの最高記録を更新しましたよ!」

使い魔のウサギが、信じられないものを見るようにカウンターを指差した。

『ええ! 派手な戦闘や、無理やり相手を不幸に突き落とすヤラセなんて要りませんわ! コハルちゃんのように、知恵と機転で泥臭くインフラを整え、誰も傷つけずに大きな結果を出す! これこそが本物の【良質なコンテンツ】ですのよ!』

カグヤの周囲に、天界からの莫大な『予算(神力)』が降り注ぐ。

これにより、私がスマホで使える【通販】のポイント上限と、加護の力がさらに大きく跳ね上がったのだ。

一方で。

別のモニターでその様子を見ていた炎上神ワイズは、怒りでギリッと歯を食いしばっていた。

「おのれ……! なぜだ! 私の加護を与えた最強のS級パーティ『黄金の牙』が暴れ回る映像よりも、あの泥人形の令嬢がギルドで黒板に文字を書いているだけの映像の方が、視聴率が上だというのか!」

ワイズの三流ヤラセざまぁ配信のPVは、コハルの健全で後味の良い活躍の前に、完全に食われて右肩下がりを記録していた。

「ええい! こうなれば、未開拓領域に向かった『黄金の牙』に、さらなるイレギュラーの魔物をぶつけて派手な死闘を演じさせてやる! それで逆転だ!」

焦ったワイズが、未開拓領域に凶悪な魔力を注ぎ込む。

だが、ワイズは致命的な見落としをしていた。

彼自身が焦って送り込んだその『イレギュラーな大魔物』こそが、傲慢にも私のアラートを無視して突き進んだS級冒険者たちを、最悪の形で自滅に追い込む『処刑宣告』になるということに。

ギルドに満ちる温かい感謝と、私が築き上げた完璧な安全インフラ。

私が何もしなくても、見下す者たちはその傲慢さゆえに、自ら死地へと足を踏み入れていく。

因果応報の足音が、未開拓領域の奥深くで、確実に響き始めていた。

読んでいただきありがとうございます。

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