EP 6
傲慢なS級と、ワイズのヤラセ
『迷わずの森』での素材採取を終え、私たちは帝都の冒険者ギルドへと帰還した。
「ふぁぁ……。姉御、さすがに今日の労働はハードでしたぜ。俺、ちょっとそこの長椅子で仮眠とらせてもらいますね。スロットの夜の部に向けて英気を養わないと……」
「仮眠はいいけど、パチンコ屋には行かせないわよ。夕飯はルナキンの牛丼よ」
「へーい」
完全に私の『餌付け管理下』に入ったフェイトが、ガシャガシャとミスリルアーマーを鳴らしながら、ギルドの隅にある長椅子に寝転がった。
私は彼を放っておいて、ギルドの壁際――最も目立つ場所に、今回採取した素材と【通販】の仕組みを組み合わせた、大きな黒板のようなものを設置していた。
「コハルさん、これは一体なんですか?」
ギルドの若手冒険者たちが、不思議そうに集まってくる。
「これは『魔導天気・危険度アラート掲示板』よ」
私は黒板を指し示しながら説明した。
「私が独自の情報網(通販で取り寄せた現代の気象データと、冒険者たちから買い取った目撃情報)を統合して、周辺の森や未開拓領域の『今日の危険度』を可視化したの。赤ランプが点灯しているエリアは、凶暴な魔物の群れが移動してきているか、悪天候の予兆があるから、絶対に近づかないでね」
前世の限界ナース時代、私は『ヒヤリハット報告書』の重要性を骨の髄まで叩き込まれていた。
冒険者たちが死ぬのは、大抵が「情報の不足」と「油断」だ。危険な場所を事前に共有し、無理な突入を避ける『仕組み』さえあれば、無謀な死傷者は劇的に減らせるはずなのだ。
「なるほど! これを見れば、俺たちみたいな低ランクでも安全な狩場が選べるんですね!」
「コハルさん、いつも怪我の治療だけでなく、こんな親切なものまで……ありがとうございます!」
若手たちがパッと顔を輝かせ、掲示板の情報をメモし始めた。
うんうん、これでまた少し、この世界の生存率が上がるわね。
私が満足げに頷いていた、その時だった。
「……おいおい。なんだこの平民の落書きみたいな鉄屑は」
ギルドの入り口の扉がバンッと乱暴に開き、下品な金属音と共に入ってきた集団がいた。
先頭を歩くのは、成金趣味のギラギラした金色の防具に身を包んだ、筋骨隆々の男。その後ろにも、同じように態度のでかい数人の冒険者が続いている。
彼らの胸元には、冒険者の最高峰を示す『S級』のバッジが光っていた。
「あっ……『黄金の牙』のガルドさんだ……」
若手冒険者たちが、怯えたように道を空ける。
「黄金の牙?」
私が首を傾げると、隣にいたマシロがウサギ耳をヒクつかせた。
「コハル、気ぃつけや。あいつら最近、神様の加護のおかげで異常なスピードで手柄を立てて、S級に昇格したって噂の成り上がりパーティや」
リーダーの男――ガルドは、私の設置した『アラート掲示板』の前に立つと、鼻で笑いながらそれをドンッと蹴り飛ばした。
「きゃっ!」
「おい、何すんねん!」
マシロが前に出ようとするのを、私は手で制した。
「『危険度アラート』だぁ? くだらねえ。魔物がいるなら斬り伏せればいい。悪天候なら気合いで乗り切ればいい。そんな臆病者の小細工に頼るから、いつまで経っても三流のゴミなんだよ」
ガルドはギロリと私を睨み下ろした。
「公爵に囲われてる泥人形の令嬢が、ギルドマスター気取りでのお遊びか? 本当の冒険者ってのはな、力で全てをねじ伏せるんだよ。炎上神ワイズ様が俺たちに加護を与えたようにな!」
(……炎上神ワイズ)
その名を聞いて、私は内心でピクリと反応した。
ゴッドチューブのPVで、カグヤ様の最大のライバルであり、他者を不幸に落とす三流ヤラセ動画ばかり作っている悪趣味な神。
なるほど。こいつらが異常なスピードでS級になれたのは、ワイズが裏で『弱らせた魔物』や『簡単なクエスト』を用意して、強引に手柄を立てさせていたからか。
ガルドは、長椅子で爆睡しているフェイトを一瞥し、さらに嘲笑を深めた。
「見ろよ。かつて『白銀の剣鬼』と呼ばれた男も、今やスロットで借金まみれのただのゴミだ。運や泥臭い仕組みに頼るからそうなるんだよ。俺たち『黄金の牙』こそが、このギルドの頂点に相応しい」
「おい、金ピカ」
不意に。長椅子で寝ていたはずのフェイトが、のそりと上体を起こした。
その三白眼には、普段の気怠げなギャンブル狂のそれとは違う、鋭い剣呑な光が宿っていた。
「俺をゴミ呼ばわりするのは構わねえ。事実だからな。……だが、俺の雇い主である姉御の『生存への執念』を馬鹿にするのは、ちょっと聞き捨てならねえな」
フェイトが、背中のミスリルソードの柄に手をかける。
空気が一瞬で張り詰めた。
「フェイト、やめなさい。剣から手を離して」
私は冷静な声で、彼を制止した。
「姉御! でもこいつら……!」
「いいの。私たちは私たちの仕事をするだけ。彼らの挑発に乗って、ギルドの中で騒ぎを起こすなんて三流のやることよ」
私がピシャリと言うと、フェイトは「……チッ」と舌打ちをして、再び長椅子にドカッと座り込んだ。
完全に私の命令(管理)に従う彼を見て、ガルドは「腰抜けが」と勝ち誇ったように鼻を鳴らした。
「ふん、まあいい。俺たちはこれから、未開拓領域の奥地へ進軍し、伝説級の魔物を狩って手柄を総取りしてくる。お前らみたいな臆病者は、せいぜいそのおままごと掲示板の前で震えてるんだな!」
ガルドが、高難度のクエストボードから依頼書をむしり取ろうとする。
「待って」
私は、事務的な声で彼に告げた。
「そのエリアは、今朝からアラート掲示板で『赤ランプ』が点滅しているわ。未曾有の魔力嵐と、凶暴な魔物の大群のイレギュラーな動きが観測されているの。いくらS級でも、今日行くのは自殺行為よ。日程をずらしなさい」
「あぁ?」
ガルドは振り返り、心底見下しきったような笑みを浮かべた。
「だから、それが臆病者の発想だって言ってんだよ。イレギュラー? 上等じゃねえか。嵐の中で魔物の大群をぶち殺せば、俺たちの名声はさらに揺るぎないものになる!」
「ワイズ神の加護がある俺たちに、死角はねえ!」
取り巻きたちもゲラゲラと笑い合う。
限界ナースとしての私の忠告は、彼らの傲慢な耳には全く届かなかった。
「……そう。忠告はしたわ。あとはあなたたちの自由よ」
「せいぜい、俺たちの無事の帰還と、莫大な報酬の噂でも聞いて悔しがるんだな!」
ガルドたちは、これ見よがしに高笑いを響かせながら、ギルドを去っていった。
「コハル……ええんか、あんなん放っておいて」
マシロが心配そうに私を見上げる。
「ええ。他人の安全対策を『臆病者の戯言』と鼻で笑い、自分の力だけを過信して危険地帯に突っ込む。……あれはね、医療現場でも一番最初に死ぬパターンの典型よ」
私は、倒されたアラート掲示板を真っ直ぐに立て直しながら、静かに呟いた。
炎上神ワイズのヤラセに守られてきた彼らは、本当の『自然の脅威』を知らない。
そして、彼らが見下した私の『アラート』は、紛れもない真実を告げているのだ。
彼らの傲慢さは、いずれ彼ら自身の首を完璧に絞め上げるだろう。
私は手を下す必要さえない。
ざまぁの糸は、今、彼ら自身の足にしっかりと絡みついたのだから。
読んでいただきありがとうございます。
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