EP 4
白銀の剣鬼(ギャンブル狂)と、安全第一の冒険者ギルド
第4話 コイントスとスパチャアイドル
ルナキンの特盛り牛丼と高級タバコによる劇的な『餌付け』から数日後。
公爵邸の広大な中庭では、いつものように騒がしくも平和な日常の光景が繰り広げられていた。
「♪今夜も私の為に星が降る (ひかって!ひかって!)
全部手に入れるわ (強欲!)
夢も金貨も輝くもの (どっちも好きー!)」
中庭に置かれた『みかん箱(※木製の木箱)』の上に立ち、ルナミスデパートの特売芋ジャージを着たリーザが、自作のアイドルソング『Love & Money』を熱唱している。
トップアイドルとして聖星祭の特設ステージを大成功させたというのに、月末の金欠により初心(地下アイドル時代)に帰り、日々の路上ライブ感覚でステップを踏む人魚姫。
「『『一生ついていくよー!!』』」
「ハイ! ハイ! 愛と! マネー!!」
そしてその最前列で、ウサギ耳を激しく揺らしながら【通販】のケミカルライト(極太)を両手で振り回し、完璧なオタ芸を披露しているのは私の親友マシロだ。
「ふふっ、今日も二人とも元気ね」
私は少し離れたガゼボ(西洋風の東屋)のベンチに座り、通販で取り寄せたアイスティーを飲みながら、微笑ましくその光景を眺めていた。
前世の限界ブラック病棟では、夜勤明けの休憩室は「いかに上司の愚痴を言ってストレスを吐き出すか」という澱んだ空気に満ちていた。それに比べて、この純度100%のカオスとエンターテインメント空間はどうだろう。見ているだけで寿命が延びる気がする。
「……姉御。あれが噂の、聖星祭で数千人を熱狂させたという『スパチャアイドル』ですか」
不意に、私の背後から低く渋い声が降ってきた。
振り返ると、そこには純白に輝く『伝説のミスリルアーマー一式』を身に纏い、口にポポロ・シガレットを咥えた男――A級冒険者にして私の専属護衛(月給30万)、フェイト・ラックが立っていた。
「そうよ。シーラン国の第一王女にして、今は私のプロデュースするトップアイドル、リーザちゃん」
「なるほど……」
フェイトは、みかん箱の上で歌うリーザを、三白眼を細めてじっと見つめた。
「『ダイヤも株も、土地も愛も、どっちも欲しい。貴方の全てを背負って生きていく』……か。素晴らしい」
「えっ?」
「愛と金。運と欲望。その人間の根源的な業を全て肯定し、自らの糧とするその強欲な姿勢……! まさに、ギャンブルの真理に通じるものがあります!」
フェイトの死んだ魚のようだった瞳に、ギラギラとした熱い光が宿り始めた。
いや、どういう解釈よ。
「姉御! 俺、あのアイドルの生き様に惚れました! 俺も一人のファンとして、彼女に全力で『貢ぎ(スパチャ)』たいと思います!」
「貢ぐって……あんた、この前牛丼奢ってあげた時に、全財産スッたって言ってたじゃない。前借りは許さないわよ?」
「フッ……姉御、俺を誰だと思ってるんですか。俺は『白銀の剣鬼』。運命を味方につける男ですよ」
フェイトはニヤリと不敵に笑うと、ガシャガシャとミスリルの鎧を鳴らしながら、ライブ中のリーザの目の前へと歩み出た。
「おい、そこのアイドル!」
「きゃっ!? な、なんですの、この眩しい銀ピカの不審者は! マシロ先輩、曲のストップをお願いしますわ!」
リーザが警戒して身構える。
フェイトはそんな彼女を前にして、腰に帯びたミスリルソードの柄に手をかけ……るのではなく、懐から一枚の『銀貨』を取り出した。
「お前のその強欲な歌、俺の魂に響いたぜ。俺は今から、お前の一番の『太客』になってやる」
「太客……!?」
リーザのブルーの瞳が、一瞬にして『$』のマークに変わったように見えた。
「で、でも、あなた……すごく立派な鎧を着ていらっしゃいますけど、お財布から漂うオーラが極めて貧弱ですの。本当に太客になれますの?」
「痛いところを突くね。確かに、今の俺の所持金はこの銀貨一枚(数百円程度)だ」
「帰れ!!」
リーザが容赦なくみかん箱の上から言い放つ。
「まあ待て! アイドル、見てろ。俺のユニークスキル『コイントス』を使えば、この銀貨一枚が、数百万の黄金に化けるんだよ!」
フェイトは親指の爪の上に銀貨を乗せ、バシッとポーズを決めた。
「コイントスで『表』が出れば、俺のステータスと運気は2倍になる! 運気が2倍になった俺が、この銀貨を握りしめて帝都の魔導カジノに乗り込めば、夕方には大金持ちだ! その全額を、お前のおひねり箱にぶち込んでやる!!」
「本当ですのぉぉっ!?」
リーザの態度が180度豹変し、みかん箱から飛び降りてフェイトのミスリルの腕にすがりついた。
「素晴らしいですわ、銀ピカの太客様! さあ、早く! 早くそのコインを空高く弾いて、わたくしに富と名声をもたらしてくださいませ!」
「おう! ここで決めたら、俺はヒーローだ! 見てろよアマネ……じゃなかった、コハル姉御! 俺の伝説の始まりを!!」
(……絶対にロクなことにならないわね)
私はベンチから立ち上がり、嫌な予感しかしないその光景を静観した。
「いっけえぇぇぇっ!!」
ピィィィィィィンッ……!!
フェイトの親指に弾かれた銀貨が、太陽の光を反射しながら、高く、高く中庭の空を舞う。
リーザもマシロも、息を呑んでその軌跡を見つめている。
そして。
チャリン。
フェイトの手の甲にコインが落ち、彼がもう片方の手でそれを覆い隠した。
「さあ、運命の女神よ……俺に微笑め!」
バッ! と、フェイトが勢いよく手を開く。
そこに示されていたのは。
「あ」
フェイトの動きが、完全にフリーズした。
マシロが横から覗き込み、容赦のない宣告を下す。
「なんや、バリバリの『裏』やんけ」
「…………っ!!」
次の瞬間。
フェイトの顔色が一瞬にして土気色に変わり、彼は自らの胸を両手でギュッと掻き毟った。
「ぐふぅっ……!!」
「ひぃっ!? ど、どうしましたの太客様!?」
「あぁっ……急に……強烈な倦怠感と、吐き気が……。ダメだ……俺のバイタルが……ゼロに……」
ガシャァァァァンッ!!
という派手な金属音と共に、伝説のミスリルアーマーを着たA級冒険者は、白目を剥いて中庭の芝生の上に倒れ伏した。
『コイントス』のハズレによる、強制デバフ(寝込み)の発動である。
「う〜ん……体調悪いから……俺、今日はもう早退して、休むわ……」
「今出勤してきたばっかりでしょ!! 起きなさいよ給料泥棒!!」
私の怒声も虚しく、フェイトは「……Zzz」と完全に寝息を立て始めた。
一日一回の貴重なユニークスキルを、「アイドルの前でカッコつけたいから」という極めてしょうもない理由で無駄撃ちし、しかもハズレを引いて自滅(昏睡)する男。
月給30万ルナの価値が、音を立てて崩れ去っていくのを感じた。
「……」
リーザは、芝生に転がる銀ピカの男を、極めて冷ややかな――文字通りゴミを見るような目で見下ろした。
「なんだ、ただの口だけのポンコツでしたのね。期待したわたくしが馬鹿でしたわ。……マシロ先輩、こんな『使えない太客』は放っておいて、ライブの続きをやりましょう!」
「お、おう! せやな、時間の無駄や!」
「♪愛も富も一つの物〜! (どっちもちょーだい!)」
倒れ伏すフェイトのすぐ横で、再びみかん箱に登ったリーザが元気よく歌い始め、マシロが「ハイ! ハイ!」とコールを入れる。
完全に『背景(障害物)』として処理される白銀の剣鬼。
「……はぁ」
私は深く溜息を吐きながら、もう一度ガゼボのベンチに腰を下ろし、冷たくなったアイスティーを口に運んだ。
私の『絶対有給休暇』は、今日も賑やかで、果てしなく平和だ。
魔法院の長老を圧倒した私の衛生システムも、リーザのトップアイドルとしての実力も。このフェイトという『究極のダメ人間』の前では、ただのコメディのスパイスに過ぎない。
(でも、なんだかんだで……)
「うぅ……コハル姉御……枕がわりになる柔らかいクッション……通販で出して……」
「寝言言ってないで早く起きなさい!」
私は呆れながらも、エプロンのポケットから【通販】で買った冷却シート(熱さまシート)を取り出し、フェイトの額にピタッと貼ってやった。
「あぁ……ひんやりして気持ちいいっす……姉御、一生ついていきます……」
「はいはい、わかったから。起きたらギルドの依頼、ちゃんとこなすのよ」
不真面目で、ギャンブル狂で、どうしようもない男。
だけど、なんだかんだで憎めないこの騒がしい仲間たちの掛け合いが、私は嫌いじゃなかった。
炎上神ワイズの陰謀がどこかで蠢いているとしても。
私たちのこの明るいカオスが、そんな三流のざまぁなど全てを笑い飛ばしてしまうだろうと、私は確信していたのだった。
読んでいただきありがとうございます。
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