EP 2
白銀の剣鬼はパチンコ屋にいる
帝都の繁華街の裏路地。
そこには、昼間からギラギラと下品な極彩色の光を放ち、大音量のピコピコという魔導電子音を撒き散らす、巨大な建物があった。
建物の看板には、煌びやかな文字でこう書かれている。
『魔導遊技場・ルナパラダイス 〜銀玉と魔石スロットで夢を掴め!〜』
「……やっぱり、この世界にもあるのね。こういう人間の欲望を吸い取るブラックホールが」
自動ドア(魔力感知式)が開いた瞬間、店内に充満する紫煙と、鼓膜を劈くような金属音、そして独特の喧騒が私たちを包み込んだ。
前世の日本で駅前に必ずあった『パチンコ・スロット店』の異世界バージョンだ。
「うおおっ!? なんやここ、目がチカチカするわ! みんな小さい箱の前に座って、玉を弾いたりボタンをポチポチしとるで!」
「マシロ、大きな声出さないの。ここはね、大人がお金をドブに捨てるための特別な修行場よ」
私はウサギ耳をピンと立ててキョロキョロするマシロの手を引きながら、タバコの煙(この世界ではポポロ・シガレットの煙)が立ち込める店内をズカズカと進んでいった。
「ギルドの受付のお姉さんが言ってたわ。『白銀の剣鬼』は、依頼をすっぽかした日は必ず、ルナパラダイスの魔石スロットコーナーにいるって」
私は鋭いナースの眼光で、ズラリと並ぶスロット台の列をスキャンしていく。
すると、一番奥の角台――いわゆる『カド台』に、周囲の客とは明らかに次元の違う、異質なオーラを放つ男が座っているのを発見した。
「……いたわ」
「おっ、あいつか? ……って、なんやあのピカピカの鎧!」
マシロが指差した先。
そこには、無精髭を生やした少し気怠げな三白眼の男が、丸椅子に猫背で座っていた。
しかし、その男の装備は尋常ではない。
頭からつま先まで、国宝級の輝きを放つ純白の金属――**『伝説のミスリルアーマー一式』**をフル装備し、背中には大剣を背負っているのだ。
薄暗く煙たいパチンコ屋の中で、ミスリルの聖なる輝きが魔導ランプの光を反射して、異常なまでの存在感を放っている。
だが、その表情は死んだ魚のようであり、右手は機械的な動作でスロット台にコインを投入し続けていた。
「おい、そこの銀ピカ」
私が背後から声をかけると、男――A級冒険者フェイト・ラックは、ビクッと肩を震わせて振り返った。
「あ、コハルさん。……おはようございます。雇い主様」
「おはようございますじゃないわよ。今はもうお昼の12時よ。……それから、親友の従兄弟の隣のおばさんの友達の犬の葬式はどうしたの?」
「あー、それがですね。俺が参列しようとしたら、犬が奇跡的に息を吹き返しまして。いやぁ、命って尊いっすね。というわけで、俺の今日のタスクは完了したんで、今は精神統一をしてる最中です」
「息を吐くように嘘をつくな!!」
私は思わず、手に持っていた丸めたギルドの契約書で、フェイトのミスリルの兜をスパーン!と叩いた。
「痛っ! ちょ、雇い主様、暴力は契約違反ですよ!」
「月給30万の初日にサボってパチンコ打ってる奴が契約を語るな! ギルドで『帝国でも五本の指に入る伝説の剣士』って聞いて期待した私がバカだったわ!」
「いやいや、コハルさん」
フェイトは丸椅子から立ち上がり、長い前髪をファサッと掻き上げた。
顔立ちだけ見れば、間違いなく誰もが振り向くほどの歴戦のイケメンである。黙って立っていれば、だが。
「俺は決してサボっているわけじゃありません。この『ルナパラダイス』での戦いも、立派な冒険の延長線上なんですよ。俺は運命に導かれてここに来たんです」
「なにをかっこつけて……だいたい、そのピカピカの鎧は何なのよ! パチンコ屋にフルプレートアーマーで来る奴があるか!」
私がツッコミを入れると、フェイトはこれ見よがしにミスリルの胸当てをバンバンと叩いた。
「これですか? これは俺の誇りであり、栄光の証です。……数年前、ルナミス新聞社が発行した『購読者限定・超特大プレゼントキャンペーン』のハガキ懸賞で、見事特賞を引き当てたんですよ!」
「懸賞で!?」
「ええ。数千万ルナは下らない伝説の装備を、たったハガキ一枚の『運』でタダで手に入れたんです! あの時の、脳の奥からブワァァァッと汁が溢れ出す感覚……! 俺はあの瞬間、人生の真理に目覚めちまったんですよ……!」
フェイトは、恍惚とした表情で天井を見上げた。
なるほど、完全に理解した。
彼は本来、高い実力を持っていたのだろう。だが、偶然にも途方もない大当たりを引いてしまったせいで、脳の報酬系が完全にぶっ壊れ、後戻りできない『重度のギャンブル中毒』に陥ってしまったのだ。
「おう、銀ピカの兄ちゃん! そのデカい剣も懸賞で当てたんか?」
マシロが興味津々で背中のミスリルソードを突っつくと、フェイトは「そうだぜ、ウサギちゃん」と得意げに笑った。
「ただの懸賞じゃねえ。俺には、運命を引き寄せる力があるんだ。見せてやろうか?」
フェイトはそう言うと、懐から一枚の銀貨を取り出し、親指の爪の上に乗せた。
「俺のユニークスキル、『コイントス』。……こいつで『表』が出れば、俺のステータスと運気は2倍になり、俺は文字通り無双のヒーローになる」
「へぇ、面白そうやん! やってみてや!」
「ああ。見てな。このスロット台の『大当り』の確率は極めて低いが、俺のスキルで表を出せば、間違いなく次の回転でジャックポットだ!」
フェイトはニヤリと笑い、ピィーン!と高くコインを弾き上げた。
空中で回転する銀貨。
パチンコ屋の喧騒が一瞬遠のいたように感じられた。
チャリン。
手の甲に落ちたコインを、フェイトがバンッと手で覆い隠す。
そして、自信満々のドヤ顔で、ゆっくりと手を開いた。
そこにあったのは――。
「…………あっ」
フェイトの顔から、スッと血の気が引いた。
「裏、やな」
マシロが容赦なく事実を告げる。
「う……ぐふっ……!!」
次の瞬間。フェイトは突然胸を押さえ、その場に膝から崩れ落ちた。
顔色は土気色になり、額からは脂汗が吹き出している。
「ちょっ、どうしたの!?」
「はぁっ……はぁっ……。コイントスで裏が出ると……強烈なデバフ(吐き気と倦怠感)が……俺を襲う仕様でして……。うぇぇ、気持ちわりぃ……」
フェイトは床に丸まり、完全に戦意(とスロットを打つ気力)を喪失してしまった。
「……」
私は、冷ややかな目で見下ろした。
一日一回の貴重なユニークスキルを、パチンコ屋の当りを引くためだけに使って自滅するA級冒険者。
これが、私の月給30万の専属護衛の正体である。
「コハルさん……」
フェイトが、震える手で私の足首を掴んだ。
「今日の俺の『星の巡り』は……最悪です。剣を握ると死ぬというお告げが出ました……。申し訳ありませんが、やっぱり今日は……早退させて……げふっ」
「誰が許すか! 起きなさいよ給料泥棒!!」
私はフェイトのミスリルの襟首を掴み、ズルズルと引きずりながらパチンコ屋の出口へと向かった。
「痛い痛い! 鎧が擦れる! 雇い主様、せめてお小遣いを……今日の負け分を取り返すための5千ルナだけでいいですからぁっ!」
「うるさい! 全財産スッた挙句に前借りを要求するんじゃないわよ!」
「なんやコハル、コイツめっちゃオモロイな! ギャハハッ!」
マシロは腹を抱えて笑いながら、私たちの後ろをついてくる。
炎上神ワイズの陰謀だとか、魔法院の残党だとか、そういう深刻な話がどうでもよくなるほどの、圧倒的なポンコツぶりの襲来。
私の穏やかな日常は、この白銀の剣鬼(ギャンブル狂)をどうやって餌付けし、使い物にするかという、かつてない低レベルなミッションへと突入していくのだった。




