第四章 白銀の剣鬼(ギャンブル狂)と、安全第一の冒険者ギルド
月給30万の専属護衛と、長すぎる葬式の言い訳
聖星祭でのリーザの伝説的なライブから、しばらくの時が流れた。
魔法至上主義を掲げ、不衛生な陰謀を企てていた魔法院の保守派は完全に解体された。今や帝都の街は、私が広めた『健康ポイ活(手洗いとラジオ体操によるスタンプ制度)』によって、かつてないほどの清潔さと活気に満ちている。
「コハル、今日の君のバイタルサインも完璧だな。内側から発光するようなその肌の艶、見ているだけで私の自律神経が整っていく」
「おはようございます、レオン様。今日も朝からお世辞が過ぎますよ」
公爵邸のサンルームで、淹れたての紅茶を味わいながら微笑む。
私の目の前には、帝国最高権力者にして超絶過保護なヒーロー、レオン公爵が、極めて大真面目な顔で愛の言葉を紡いでいる。
私の『絶対有給休暇』は、この上なく平穏に推移していた。……月末になると、トップアイドルになったはずのリーザが『ポイ活の血が騒ぎますの!』と芋ジャージ姿で給料の前借りをしに土下座しに来ることを除けば、だが。
「ところで、コハル。本当に今日から城壁の外へ出るつもりか?」
レオン様が、ふと眉間を寄せて心配そうに尋ねてきた。
「はい。通販のポイントで帝都の衛生環境は改善できましたけど、薬草や新しい素材を自力で採取できれば、ポイントの節約になりますし、もっと多くの人を救える『仕組み』が作れると思うんです」
私は、善行ポイントによる【通販】スキルが『仕組みを作る(段3)』へと進化したことで、さらなるインフラ整備を目論んでいた。そのためには、自分の足で周辺の森や未開拓領域の入り口を調査する必要があったのだ。
「君のその崇高な献身には敬意を表するが……外は魔物が跋扈する危険地帯だ。私かマシロが同行できれば良いのだが、今日はあいにく皇帝陛下との緊急の御前会議が外せなくてな」
「大丈夫ですよ。マシロは一緒に行ってくれますし、何より、冒険者ギルドで『最高ランクの護衛』を雇いましたから!」
私が胸を張って答えると、レオン様は少しだけホッとしたように息を吐いた。
「なるほど、A級以上の高ランク冒険者か。ならば金に糸目はつけるな。君の安全を守るためなら、公爵家の国庫を空にしても構わん」
「そこまではしませんけど、奮発して月給30万ルナ(現代の感覚で約30万円)で専属契約を結びました。ギルドマスターも『彼が本気を出せば、帝国でも五本の指に入る。白銀の剣鬼と呼ばれる伝説の男だ』って太鼓判を押してくれましたし!」
『白銀の剣鬼』。
その二つ名を聞いただけで、歴戦の猛者であり、寡黙でストイックな凄腕の剣士の姿が思い浮かぶ。
これほど頼もしい護衛がいれば、魔物の森の調査も安心だ。
「そうか。ならば気をつけて行ってきなさい。帰ったら、たっぷりと君を労わせてもらおう」
レオン様の甘いおでこへのキスに見送られ、私は親友のマシロと共に、待ち合わせ場所である帝都の南門へと向かった。
「……遅いな」
南門の巨大なアーチの下。
私は、カゴを背負ったマシロと共に、ぽつんと立ち尽くしていた。
約束の時間は、とっくに一時間も過ぎている。
「コハル、あいつホンマに来るんか? 『白銀の剣鬼』っちゅうくらいやから、マッハで現れてカッコよう護衛してくれるんやと思っとったんやけど」
ウサギ耳をペタンと寝かせたマシロが、退屈そうにあくびをした。
「おかしいわね。ギルドの人には、絶対に遅れるなって念を押したはずなのに……」
限界ナース時代の嫌な記憶がフラッシュバックする。
『夜勤の交代時間になっても現れない後輩』を待っている時の、あの絶望的な感覚に似ている。
その時だった。
私のエプロンのポケットに入れていた『魔導通信石』(この世界のスマホのような連絡ツール)が、ピロン♪と軽快な着信音を鳴らした。
画面を開くと、登録したばかりの『フェイト・ラック(専属護衛)』からのメッセージが表示されていた。
『あー、お疲れ様ですコハルさん。フェイトです』
「あ、連絡きた! やっぱり道に迷ってるのかな?」
私は急いでメッセージの続きを読み上げた。
『身内に不幸があって、急で申し訳ありませんが、今日はお休みをください』
「…………は?」
私は、自分の目を疑った。
初出勤の当日の朝、しかも約束の時間を一時間も過ぎてからの、完全な事後報告の欠勤連絡。
しかも、その理由が。
「ちょ、ちょっと待って。コハル、その下にもなんか書いてあるで」
マシロが通信石の画面を覗き込み、眉をひそめた。
ご丁寧に、そのメッセージの後に追記が添えられていたのだ。
『言い忘れましたけど、今回亡くなったのは、俺の親友の従兄弟の隣のおばさんの友達の犬です。どうしても葬式に出なきゃいけないんで、探さないでください。明日から本気出します。たぶん』
「もう関係ないじゃん!! 完全に他人じゃん!!」
私は、帝都の南門の中心で、思わず大声でツッコミを入れてしまった。
『親友の従兄弟の隣のおばさんの友達の犬』。
そんな遠い関係性の犬の葬式に、なぜ月給30万の専属護衛が参列しなければならないのか。
限界ブラック病棟でも、ここまで舐め腐った言い訳でズル休みをする猛者は見たことがない。
「白銀の剣鬼って、ただのサボり魔のクズじゃないのよ!」
「コハル、落ち着け! とりあえず、今日はおとなしく帰って……」
「帰らないわよ!」
私は通信石をギリッと握りしめた。
私のなけなしの善行ポイント活動を、こんなふざけた理由で妨害されるなんて許せない。
「ギルドの受付のお姉さんに聞いたわ。あいつ、いつもサボる時は大体『同じ場所』にいるって! マシロ、乗り込むわよ!」
「お、おう! なんや知らんが、コハルのナース時代の裏の顔が出とるで!」
かくして、私たちの魔物調査の予定は大幅に変更され、『給料泥棒のサボり魔をしょっ引く』というクエストへと切り替わったのだった。
――同時刻。
天界(神々の領域)にある、白亜の神殿にて。
『はい! というわけで始まりました、ゴッドチューブ! アナステシア世界・コハルチャンネルのお時間です!』
月の女神カグヤが、巨大なモニター(ゴッドチューブ)の前にポップコーンを抱えて座り、大興奮で実況を繰り広げていた。
『皆様、ご覧ください! ついに新キャラの登場です! A級冒険者にして伝説のミスリル装備の持ち主、フェイト・ラック! しかしその正体は、初日から息を吐くように嘘をついてズル休みをする、度し難いクズ(ポンコツイケメン)でしたーっ!』
モニターに映し出される、ブチギレて南門を早足で引き返すコハルの姿に、カグヤの周囲に浮かぶ『PV(視聴回数)カウンター』が、ギュンギュンと恐ろしい勢いで跳ね上がっていく。
『素晴らしいです! 無駄に顔が良い男の圧倒的なポンコツっぷりと、それに振り回されて容赦ないツッコミを入れるコハルちゃんのコント! 女性視聴者層からの支持が爆発しております!』
「う、うおおおっ……! 悔しいが、このカオスな展開……見ていて飽きないっすね、女神様!」
カグヤの横で、使い魔のウサギも一緒になってペンライトを振っている。
『ふふん! 相手を貶めたり、無理やり不幸に突き落としたりするだけの、ワイズの三流ヤラセざまぁ配信なんて目じゃありません! コハルちゃんがこのダメ男をどう餌付けして更生(?)させていくのか……神の私でも先が読めませんわ!』
一方、神殿の反対側の薄暗い空間。
炎上神ワイズは、自身のチャンネルのPVがコハルに圧倒的な差をつけられているのを見て、ギリッと奥歯を噛み締めていた。
「ええい、忌々しい泥人形め……! 私が手塩にかけて育てた魔法院の老害どもを自滅に追い込みおって! だが、これ以上神の予算を奪われるわけにはいかん。……おい、例の『黄金の牙』の準備はできているな?」
「ハッ。ワイズ様の加護を与えたS級冒険者たち、いつでも動けます」
「フン。せいぜい今のうちに道化と戯れているがいい。我が力で成り上がった本物の冒険者の力で、貴様が広めたくだらん安全システムごと、その薄ら笑いをへし折ってくれるわ」
不穏な影が、再びコハルたちに迫ろうとしていた。
しかし、当のコハルは今、迫り来る陰謀よりも、「初日からサボった月給30万のクズをどうやってシメるか」ということで頭がいっぱいだった。
波乱とカオスに満ちた、第四章。
『白銀の剣鬼』という大層な名前を持つギャンブル狂のダメ男と、元限界ナースの壮絶な戦い(?)の幕が、今、パチンコ屋のネオンサインの下で切って落とされようとしていた。
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