EP 10
終わらないアンコール
聖星祭での伝説的なステージから、数日が過ぎた。
「リーザ! まさかお前が、これほどまでに立派なトップアイドルとして地上の民に愛されているとは……! 母は、母は感動したぞ!」
「お母様ぁっ! わたくし、これからも歌で世界に『宇宙一の幸せな時間』を届けていきますわ!」
皇城の専用馬車寄せでは、大粒の涙を流すシーラン国の女王リヴァイアサンと、美しいドレス姿のリーザが熱い抱擁を交わしていた。
女王は、娘の圧倒的なパフォーマンスと、数千人の観客が彼女に熱狂し(スパチャを投げ)ている光景を見て、すっかり満足してくれたらしい。
心配された外交問題(ルナミス帝国との戦争危機)は、見事に平和的かつ熱狂的に回避されたのだ。
「コハル・ルナミス嬢。そしてレオン公爵。我が娘をここまで育て上げてくれたこと、海中国家シーランを代表して心より感謝する」
「もったいないお言葉です、女王陛下」
私が恭しくカーテシーをすると、女王は満足げに頷き、豪華な馬車へと乗り込んで帰国の途についた。
見送る私たちに向かって、リーザがブンブンと手を振る。
これで彼女は名実ともに、ルナミス帝国が誇る『絶対無敵のトップアイドル』となった。これからは華やかなステージと、巨万の富に囲まれた、優雅な生活が待っているはずだ。
……と、誰もがそう思っていたのだが。
月末。
公爵邸の私の私室にて。
「コハルプロデューサーぁぁぁっ!! 今月の家賃と食費、どうか、どうかもう数日だけお待ちくださいませぇぇっ!!」
美しい毛並みの絨毯に額を擦り付け、見事なまでの土下座をキメている少女がいた。
……お馴染みのエンジ色の『芋ジャージ』に『健康サンダル』を履いた、我らがトップアイドル・リーザである。
「ちょっと、リーザちゃん!? あなた、この間の聖星祭のステージで、ものすごい額のおひねり(スパチャ)をもらってたじゃない! アイドルとしての正式なギャラも出たはずなのに、どうしてまた極貧生活に逆戻りしてるの!?」
私が頭を抱えて問い詰めると、リーザは涙目で顔を上げた。
「そ、それは……! ファンのみんなに最高の音を届けるために、純金製のマイクを特注したり、ステージ用の豪華なドレスを自腹で追加発注したりしていたら……いつの間にか手持ちの資金が底を突いてしまったんですのぉぉっ!」
「あんた、ただのアホやんけ!!」
隣で【通販】のポテトチップスを食べていたマシロが、容赦のないツッコミを入れる。
「それに! わたくし、極貧生活で培った『ポイ活』と『無料サバイバル』の血が抜けきらないんです! タローソンの廃棄弁当を野良犬と奪い合うあのスリル! ルナミスマートの試食コーナーでいかにウインナーを食べるかという戦略性! これぞ、わたくしの原点にして至高のエンターテインメントなんですの!!」
「……」
もはや、ただの『そういう生態の生き物』になってしまっている。
トップアイドルになっても、休日は公園で鳩とパンの耳を奪い合い、謎の反復横跳びをしている芋ジャージの人魚姫。
まあ、変に驕り高ぶって傲慢な性格になるよりは、ずっと彼女らしくていいのかもしれないけれど。
「はぁ……わかったわよ。家賃は出世払いでいいから。ほら、床から起きて」
「女神様ぁぁぁっ! やはりわたくしのプロデューサーは世界一ですわ!!」
リーザが感涙しながら私に抱きついてきた。
「よっしゃ、月末の恒例行事(リーザの土下座)も終わったことやし! 今日も女子会やろ、コハル!」
「ええ。ドリンクバー、出すわね」
私が【通販】ポイントを消費して『ドリンクバー機』を召喚すると、リーザのブルーの瞳がカッと見開かれた。
「あああっ! この輝く魔法の泉! メロンソーダとオレンジジュースが飲み放題なんて、やはり公爵邸は天国ですのね!」
「ほら、ポテトも揚げたから、一緒に食べましょう」
私たちはソファに座り、三人でグラスを合わせた。
「「「お疲れ様ーっ!!」」」
深夜のファミレス(公爵邸)女子会。
聖星祭の裏話や、マシロの熱狂的なオタ芸の反省会、そして私の作った『安全衛生システム』がいかに空気を綺麗にしていたかという話題で、大いに盛り上がる。
限界ナースだった頃には想像もできなかった、ただただ楽しくて、温かい時間。
「……本当に、ありがとうございます。コハルさん」
メロンソーダを飲んでいたリーザが、ふと真面目な顔になって呟いた。
「わたくし、アイドルとしてステージに立つのが夢でしたけれど。……本当は、一人ぼっちでみかん箱の上に立つのは、少しだけ寂しかったんです。でも今は、コハルプロデューサーと、マシロ先輩がいてくれる。一緒に美味しいものを食べて、笑ってくれる仲間がいる」
リーザの瞳が、優しく和らぐ。
「わたくし、今が宇宙一幸せですわ」
その真っ直ぐな言葉に、私の胸の奥がじんわりと温かくなる。
私が【通販】のスキルと知識を使って守りたかったものは、まさにこの笑顔なのだ。
「……私の至宝は、今日も見事な手腕で迷える者を救済したようだな」
不意に、部屋の扉が静かに開いた。
入ってきたのは、執務を終えたばかりのレオン公爵だった。漆黒の軍服から漂う大人の色気と、冷徹なオーラは、いつ見ても息を呑むほど美しい。
「レオン様。お仕事、お疲れ様です」
「ああ。君の元気なバイタルサインを感じて、私の疲労も一瞬で霧散した」
レオン様はソファに座る私の背後に回り込み、長い指で私の髪をそっと梳いた。
「魔法院の保守派の解体と、バルバロス一派の処罰は無事に完了した。彼らは牢獄の中で『魔法を使わない泥人形に負けた』という事実を受け入れられず、発狂寸前だそうだ」
「自業自得ですね。安全対策を怠って、人を傷つけようとしたんですから」
「全くだ。……君の論理と仕組みが、古き悪しき傲慢を打ち砕いたのだ」
レオン様は身を屈め、私の耳元に唇を寄せて、誰にも聞こえないような甘い声で囁いた。
「君のプロデュースは見事だった。だが……君自身が誰よりも輝いていることを、私は知っている。今夜は、君のその美しい笑顔を、私だけに見せてくれないか」
「っ……レオン、様……」
耳に触れる熱い吐息に、私の顔が一瞬で沸騰する。
この天才公爵様は、私が何かを成し遂げるたびに、こうして致死量の溺愛とご褒美を与えてくるのだ。心臓がいくらあっても足りない。
「ひぃっ! た、太客様の過保護オーラがすごいですわ! マシロ先輩、わたくしたちはポテトを持って退散しましょう!」
「お、おう! ごゆっくりやで、コハル!」
空気を読んだ(?)リーザとマシロが、そそくさと部屋の隅へと逃げていく。
賑やかな仲間たちと、私を絶対に守り抜いてくれる最強のパートナー。
私の絶対有給休暇は、これ以上ないほど平和で、満ち足りたものになった……かに見えた。
――しかし、光が強くなればなるほど、濃い影が落ちるのが世の常である。
同じ頃。
帝都の地下深く、帝国魔法院の最奥に隠された『真の聖域』。
バルバロスたち保守派の長老が失脚したという報告は、すでにこの部屋の主の耳に届いていた。
「……バルバロスが捕らえられたか」
水晶玉の前に座る、一人の人物。
ローブの奥から覗くのは、老いた男ではなく、異常なほどの魔力を身に纏った、若く美しい――しかし、どこか人間離れした冷たさを持つ男の顔だった。
彼こそが、魔法院の真のトップ。帝国の魔法の歴史を裏で操ってきた『大魔導師』である。
「魔力を持たぬルナミス公爵の小娘……コハルとか言ったか」
大魔導師の冷酷な瞳が、水晶玉に映る私の姿(健康ポイ活でスタンプを押している姿)を睨みつける。
「たかが平民の遊び(ポイ活)と、鉄屑の風(換気システム)で、我が魔法院の権威に泥を塗った罪は重い。……これ以上、あの小娘が『魔法を使わない仕組み』を帝国に広めることは、神聖なる魔法への重大な冒涜に等しい」
ダンッ、と。
大魔導師の指先から放たれた魔力が、分厚い石の机に深い亀裂を走らせた。
「バルバロスのような小物では相手にならぬか。よかろう……ならば、我ら『深淵の魔導師』が自ら手を下す。あの魔力を持たぬ泥人形を、レオン公爵もろとも『異端の魔女』として社会から完全に抹消してくれるわ」
傲慢な令嬢、保守派の老害。
それらを遥かに凌ぐ、帝国の『権威・社会通念』そのものとも言える、巨大で強大な悪意の影。
だが、大魔導師はまだ知らない。
限界ナースとしての過酷な地獄を生き抜き、現代知識と圧倒的な【通販】スキルを持ち、さらには最強の公爵と神獣、そして人魚姫のアイドルを味方につけた私にとって。
権威を振りかざす無能な上司など、完全に叩き潰して合法ざまぁするための、単なる『最終処理案件』でしかないということを。
私の最高で無敵な絶対有給休暇。
その波乱と胸キュンに満ちた第四章の幕が、静かに、そして確実に上がろうとしていた。
読んでいただきありがとうございます。
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