EP 9
絶対無敵のスパチャアイドル
聖星祭、本番。
皇城のメイン広場には、帝都中から集まった数千人の群衆がひしめき合い、ものすごい熱気と歓声に包まれていた。
VIP席には、お忍びでルナミス帝国を訪れた海中国家シーランの女王・リヴァイアサンの姿もある。
そして、その群衆の最後尾。
魔法院の長老・バルバロスは、黒いローブの奥で醜悪な笑みを浮かべていた。
「ふふふ……これほど密集していれば、効果は絶大だな」
バルバロスの合図を受けたゴロツキたちが、人混みに紛れて広場の四隅に『特級の魔法煙(悪臭と幻覚作用を持つ毒煙)』の術式を仕掛けた。
彼らの目的は、魔法を持たない私の『安全システム』がいかに無力かを証明し、群衆をパニックに陥れ、その後で魔法院の治癒魔法を見せつけることで、自らの権威を絶対的なものにすることだ。
「さあ、始めよう。泥人形の小娘と、卑しいアイドルの見世物を、恐怖と混乱の阿鼻叫喚で終わらせてやる。……魔法こそが絶対の力であると、思い知るがいい!」
ゴロツキたちが、一斉に術式を起動した。
ボシュゥゥゥッ!!
広場の四隅から、ドス黒い紫色の煙が猛烈な勢いで吹き上がり、群衆へと襲いかかろうとする。
「……かかったわね」
私はステージ袖のコントロールパネルの前に立ち、限界ナース時代に培った冷静さで『メインスイッチ』を叩き込んだ。
「全送風機、最大出力!」
ブォォォォォォォォォンッ!!!
瞬間。
広場を取り囲むように設置されていた巨大な工業用サーキュレーターと排気ダクトが、飛行機のエンジンのような轟音を立てて作動した。
私が計算し尽くした『気流の壁』が、広場全体を包み込む。
「な、なんだと!?」
バルバロスが驚愕の声を上げた。
観客に向かって広がろうとしていた紫色の毒煙が、凄まじい物理的な突風に巻き込まれ、観客の鼻先に届くよりも早く、一瞬にして上空のダクトへと吸い込まれ、空の彼方へと排出されてしまったのだ。
「ば、馬鹿な!? 魔法の結界でもない、ただの鉄屑の風が、我ら魔法院の特級魔法煙を吹き飛ばしたというのか!?」
「当たり前よ」
私はマイクを通さず、バルバロスの方へ向かって冷たく呟いた。
「煙は空気の塊。物理的な気圧の差には逆らえないの。魔法を過信して、風の動き(流体力学)を鼻で笑ったあなたたちの完全な計算ミスよ」
魔法院の老害たちが見下した『魔法を使わない泥臭い仕組み』が、彼らの姑息な陰謀を、文字通り“一陣の風”で完全に無効化した瞬間だった。
「ひぃっ!? 煙が全部上に吸い込まれちまった!」
「ど、どうする!? これじゃパニックなんて起きねえぞ!」
慌てふためくゴロツキたち。
だが、彼らの仕事はそれどころでは済まなかった。
『Are you ready!? ルナミス帝国のダーリンたちーっ!!』
特大のスピーカーから、割れんばかりの可愛らしい声が広場中に響き渡る。
それと同時に、暗転していたステージが、何十個もの現代のLEDスポットライトによって真昼のように眩く照らし出された。
光の中心に立っていたのは、いつもの芋ジャージ姿ではない。
私が【通販】で取り寄せた、キラキラと輝く星屑のドレスと、真珠のティアラを身に纏った、完璧なトップアイドルの姿――リーザだった。
「おおおおっ!!」
観客から、どよめきと歓声が上がる。
『さぁ、魔法の時間の始まりよ! 今夜は私に、みんなの時間を全ー部預けてねっ!』
リーザがマイクを握り、本気のパフォーマンスをスタートさせた。
曲は、彼女が地下アイドル時代にひたすら歌い続けていた『Love & Money』。
「♪今日も私の為に世界が動く (まわって!まわって!)
全て上手くいくわ (絶対!)
愛も富も一つの物 (どっちもちょーだい!)」
リーザの歌声は、マイクの力だけではない。
「ファンから全てを奪い、代わりに宇宙一の幸せな時間を与える」という、彼女の強欲で純真な魂がこもったその声は、人魚姫としての『奇跡のバフ(多幸感と癒やしの効果)』を広場全体に撒き散らしていた。
「♪ダイヤも株も♪ 土地も愛も♪ (All Need! All Need!)
貴方の全て(人生)を背負って生きていける (Fuuu〜!)
だから私は 銀河の果てまで歌って行けるわ
だから、何処までもついて来てね♡」
『『一生ついていくよー!!』』
最前列でペンライトを二刀流で振り回すマシロの声に合わせて、数千人の観客が一つになって熱狂の渦に巻き込まれていく。
日々の労働の疲れも、身分差のストレスも、リーザの歌声の前に全て吹き飛び、会場は圧倒的な『幸せな時間』に包囲されていた。
そして、その奇跡のバフは、あろうことか『陰謀を企てていたゴロツキたち』の心にも直撃していた。
「ああっ……! な、なんだこの気持ちは……! 俺の淀んだ心に、光が……っ!」
「リーザちゃぁぁぁん!! 俺の人生、全部君に捧げるよぉぉっ!!」
毒煙を撒こうとしていたゴロツキたちが、涙を流しながら熱狂し、持っていた小銭をステージに向かって投げ始めたのだ。
「おい、貴様ら! 何をしている! さっさと次の魔法を撃たんか!」
バルバロスが青筋を立てて怒鳴りつけるが、完全に『厄介オタク(ファン)』と化した彼らに、もはや命令など届かない。
「うるせえ! リーザちゃんのステージの邪魔をする奴は、俺たちが許さねえ!」
ゴロツキの一人が、狂ったようにバルバロスを指差し、大観衆の真ん中で絶叫した。
「みんな聞いてくれーーっ!! 俺たち、あそこにいる魔法院のバルバロス長老に金で雇われて、この祭りをぶち壊すために毒煙を撒きましたぁぁっ!!」
「なっ……!?」
バルバロスの顔から、一瞬にして血の気が引いた。
「でも、コハルさんのすげえ風の機械のおかげで不発に終わって……そしてリーザちゃんの歌を聴いて、俺たちゃ目が覚めたんだ! 姑息な陰謀なんてやってる場合じゃねえ! リーザちゃん、愛してるーーっ!!」
「俺を逮捕してくれーーっ!!」
自ら犯行を暴露し、ステージに向かって土下座するゴロツキたち。
魔法院の長老によるバイオテロの陰謀が、数千人の観客の面前で、自らの手駒の口から完全に露呈した瞬間だった。
「き、貴様らぁっ……! 狂ったか! 違う、これは何かの間違いだ! 魔法の力を持たぬ泥人形と、卑しいアイドルの仕組んだ幻覚だ!」
バルバロスは泡を食って後ずさるが、観客たちの視線は、すでに絶対的な『怒り』と『侮蔑』に変わっていた。
「……見苦しいぞ、魔法院の老害」
冷たく、地を這うような死神の声が、バルバロスの背後から響いた。
重武装の憲兵隊を引き連れた、漆黒の軍服姿のレオン公爵だった。
「ひぃっ……! れ、レオン公爵……っ!」
「コハルが物理システムで毒煙を防ぐことは計算通り。そして、貴様らが自らボロを出すことも、私の論理予測の範疇だ」
レオン様は、虫ケラを見下ろすような氷の瞳でバルバロスを睨みつけた。
「貴様らが『無能なガラクタ』と見下した、コハルの衛生システムと、リーザの歌声。……皮肉なものだな。貴様らの姑息な魔法の陰謀は、その『非魔力』の力によって完全に無効化され、さらには貴様ら自身を破滅に導く引き金となったのだから」
「そ、そんな……! 我ら魔法院の、至高の魔法が……!」
「連行しろ。国家反逆罪およびバイオテロ未遂だ。魔法院の保守派は、この瞬間をもって解体する」
レオン様が冷徹に命じると、憲兵たちが一斉にバルバロスと長老たちを拘束し、床に引き倒した。
「は、離せぇぇっ! 私は魔法院の長老だぞ! 魔力を持たぬ泥人形ごときがぁぁっ!!」
無様に絶叫しながら引きずられていくバルバロス。
彼らは自らの魔法を過信し、新しい仕組みや泥臭い努力を否定した。その『見下した因果』が、自らの足元をすくい、公衆の面前での完全な社会的死をもたらしたのだ。
私は、ステージ袖からその光景を静かに見届けていた。
私は何も手を下していない。ただ、会場の空気を換気し、リーザのステージを作っただけ。
彼らは勝手に魔法を撃ち、勝手にファンの熱狂に飲み込まれ、勝手に自白して自滅したのだ。
「♪だから私は 銀河の果てまで歌って行けるわ
だから、何処までもついて来てね♡
ダーリン!(チュッ♡)」
ステージの上では、バルバロスが連行される怒号すらかき消すほどの、圧倒的なフィナーレの歌声が響き渡っていた。
観客の熱狂は最高潮に達し、VIP席からは、シーランの女王リヴァイアサンが「さすが私の娘! アイドル大成功じゃないの!」と号泣しながらスタンディングオベーションを送っている。
極貧の地下アイドルだった少女が、魔法院の陰謀を実力とカオスで粉砕し、正真正銘の『絶対無敵のトップアイドル』へと昇り詰めた瞬間だった。
「……コハル」
見事な合法ざまぁを完了させたレオン様が、私の横に立ち、私の腰にそっと手を回した。
「君のプロデュースの完全勝利だな。私の心拍数も、かつてないほど高鳴っている」
「ふふっ、ありがとうございます。レオン様が一番のスポンサーでいてくれたおかげですよ」
私は、熱狂するステージと、隣で微笑む過保護な天才公爵を見上げながら、心からの笑顔を浮かべた。
限界ナースだった前世では得られなかった、最高のカタルシスと、宇宙一の幸せな時間。
私の絶対有給休暇は、今日も完璧なハッピーエンドを迎えたのだった。
読んでいただきありがとうございます。
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