EP 7
無自覚プロデューサーの完璧なシステム
聖星祭の本番前日。
夕暮れ時の皇城メイン広場では、私、コハル・ルナミスを筆頭とした『絶対無敵のスパチャアイドル・プロデュースチーム』が、設営の最終段階に入っていた。
「マシロ、その黒い大きな筒を、ステージの両脇と、観客席の四隅に設置して!」
「おう! 任せとき! こんな鉄の箱、ワテのパワーにかかれば羽毛みたいなもんや!」
マシロがウサギ耳を揺らしながら、私の身長ほどもある巨大な金属製の箱――【通販】で取り寄せた『工業用大型送風機(強力サーキュレーター)』と『排気ダクト』を、軽々と運んでいく。
通常のポイント通販なら、こんな大掛かりな機材は法外なポイントがかかる。しかし、私が平民街に導入した『健康ポイ活システム』の継続ボーナスと、これまでの善行ポイントの貯蓄が、この大規模な設備投資を可能にしていた。
「コハルプロデューサー! 指示された通り、床にこの緑色のテープを貼りましたわ!」
芋ジャージを腕まくりしたリーザが、汗を拭いながら駆け寄ってくる。
彼女が観客席の通路や出入り口に等間隔で貼り付けてくれたのは、現代の『蓄光式・安全誘導テープ』だ。
「ありがとう、リーザちゃん。綺麗に貼れてるわ」
「でもこれ、ただのベタベタした紙ですわよね? 夜になったら見えなくなってしまいませんこと?」
「ううん、これは光を蓄えて、暗闇でも光る特殊なテープなの。魔法の光がなくても、人が安全に外へ逃げられるための『道しるべ』になるのよ」
私が説明すると、リーザは「魔法がなくても光るなんて……!」と瞳を輝かせた。
前世の限界ナース時代、私は病院の『防災・感染症対策マニュアル』の作成委員を押し付けられたことがあった(もちろん無手当で)。
その時の経験から言わせてもらえば、大勢の人間が集まるイベントで最も恐ろしいのは、怪我そのものではない。『パニック』と『見えない脅威(煙やガスによる酸欠)』だ。
魔法院の老人たちは「魔法があれば一瞬で治せる」と豪語していた。
だが、もし彼らが会場にパニックを起こすような『魔法の煙』や『幻覚ガス』を撒いたとしたらどうなるか。
人々は恐怖で出口に殺到し、将棋倒しが起きる。怪我人が続出する中で、魔法使いたちが一人ひとりに治癒魔法をかけて回る時間などあるわけがないのだ。
医療の基本は『治療』ではなく、最初から怪我をさせないための『予防』と『安全な環境づくり』である。
「よし、電源オン!」
私が手元のスイッチを入れると、広場に設置された大型送風機が一斉に唸りを上げた。
ブォォォォォォンッ!!
凄まじい風圧が発生し、広場に滞留していた空気が、計算されたダクトの配置によって、一瞬にして上空へと物理的に排出されていく。
「うわぁぁっ!? すごいですわ、息をするのがとっても楽になりましたの!」
「マジや! いつも祭りの時って人混みでモワッとしとるけど、めっちゃ涼しい風が回っとる!」
リーザとマシロが風に吹かれながら歓声を上げる。
これこそが、私の現代知識の進化系――『仕組みを作る(段3)』ことによる、絶対安全なライブ会場の構築だ。
どんなに強力な毒煙や幻覚魔法の煙を放たれようとも、魔法が発動して広がる前に、この圧倒的な『物理の気流』が強制的に空の彼方へ吹き飛ばしてしまう。さらに、蓄光テープが避難経路を照らし、パニックを未然に防ぐ。
魔法の奇跡など待たない。
私は、私の持つ知識と機転で、この会場にいる全員の命と笑顔を、物理的に守り抜いてみせる。
「……ふん。公爵に囲われているからどれほどの魔導具を用意するかと思えば」
その様子を、広場の端の物陰から冷ややかに見つめる複数の目があった。
魔法院の長老、バルバロスが雇った暗部のゴロツキたちだ。彼らは明日、長老の指示通りにこの会場で『悪臭と幻覚の魔法煙』を発生させ、パニックを引き起こす役目を帯びていた。
「あのデカい鉄の箱、ただ風を送っているだけじゃねえか。魔法の結界でも張るのかと思えば、あんな物理的な風で俺たちの『特級の魔法煙』が防げるわけがねえ」
「床に貼ったテープもただの紙だ。魔力など一切感じねえよ。魔法を持たねえ泥人形の考えることなんて、所詮その程度のお遊びだ」
ゴロツキたちは、私が構築した完璧な『安全衛生システム』の価値を全く理解できず、ゲラゲラと下劣な笑いを漏らした。
彼らもまた、魔法院の長老たちと同じく『魔法の力』を過信し、それ以外の泥臭い仕組みを無意識に見下していた。
風の動きを計算し尽くした流体力学の恐ろしさも、蓄光テープがパニック時の人間の心理にどれほどの安心感をもたらすかも知らない。
「明日の本番、あの芋ジャージの小娘が歌い始めた瞬間に、特大の煙玉を破裂させてやる。客はパニックになって逃げ惑い、祭りはぶち壊しだ」
「違いねえ。魔法院に逆らった愚か者どもが、青ざめて絶望する顔が楽しみだぜ」
ゴロツキたちは、自らの勝利を微塵も疑うことなく、闇の中へと消えていった。
自分たちが「取るに足らないガラクタ」と見下したその物理システムこそが、明日、彼らの魔法を完全に無効化し、彼ら自身を公開処刑の生け贄とする『最強の自滅装置』であることなど、夢にも思わずに。
すっかり陽が落ち、満天の星が夜空に輝き始めた頃。
ステージの設営と安全確認を終えたリーザとマシロを先に公爵邸へ帰し、私は一人、広場に残って図面と睨めっこをしていた。
「ここから風が抜けるから、導線は絶対に塞がないようにして……よし、これで完璧ね」
ペンを置き、大きく背伸びをする。
体はクタクタに疲れていたが、前世のブラック病棟での『削られるような疲労』とは全く違う。
誰かのために自分で考えて動き、それが形になっていく『心地よい疲労』だ。
「コハルさん……本当に、ありがとうございます」
不意に、ステージの影から声がした。
振り返ると、帰ったはずのリーザが、芋ジャージ姿のままでぽつんと立っていた。
「リーザちゃん? どうしたの、忘れ物?」
「いえ……その。わたくし、トップアイドルになるとか偉そうなことを言っておきながら、結局、コハルさんに全部おんぶに抱っこで……」
彼女は申し訳なさそうに俯き、芋ジャージの裾をギュッと握りしめた。
「魔法院の偉い方々に目をつけられて、本当なら、わたくしみたいな貧乏アイドルに関わらない方が安全だったはずですのに。どうして、ここまでしてくださるんですか?」
純粋な問いかけに、私は少しだけ目を瞬き、そして優しく微笑んだ。
「……前にも言ったでしょ。私が、あなたのファンだからよ」
私はゆっくりと歩み寄り、リーザの頭をポンと撫でた。
「あなたが作る『宇宙一の幸せな時間』を、私は絶対に魔法院の老人たちのプライドなんかに潰させない。それにね……私、こうやって裏方で誰かが安全に輝ける『仕組み』を作るのが、結構好きみたいなの」
「コハルさん……」
「明日は、あなたのお母様(女王様)も来るんでしょ? 最高のステージにして、あなたが立派に夢を叶えている姿を見せつけてやりましょう!」
「はいっ……! わたくし、命を燃やして歌いますわ! 愛と! マネーのために!!」
涙ぐんでいたリーザは、最後は力強く拳を握りしめ、アイドルらしい(?)強欲な笑顔を取り戻して走って帰っていった。
(さて、私も帰ろうかな)
冷え込んできた夜風に身を震わせ、帰り支度を始めようとした、その時だった。
「……こんな時間まで、一人で私の心を乱す気か」
背後から、低く、熱を帯びた声がしたかと思うと。
ふわりと、私より二回りも大きな漆黒の軍服のマントが、私の肩を優しく包み込んだ。
「えっ……レオン、様?」
振り向くよりも早く、背中から力強い腕が回り込み、私の体をすっぽりと抱きしめた。
彼の体温と、清潔な香りが、疲れた私の全身を甘く溶かすように包み込んでいく。
天才公爵の、予定外の夜の訪問。
その溺愛に満ちた瞳と抱擁が、決戦前夜の私の心臓を、これ以上ないほどの特大のときめきで跳ね上がらせようとしていた。
読んでいただきありがとうございます。
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