EP 6
魔法院の陰謀と、見下される"非魔力"
聖星祭の開催が間近に迫った、皇城のメイン広場。
レオン公爵の絶対的な権力(と財力)によって確保された特設ステージの建設現場では、私が図面を片手に指示を飛ばしていた。
「そこの足場、もう少し補強をお願いします! それから、舞台袖に設置する『大型換気扇』の配線は絶対に踏まれないようにカバーをかけて!」
私は【通販】アプリのポイントを駆使し、単なる物資の取り寄せから一歩進んだ『仕組みづくり』に着手していた。
異世界の祭りは、熱気と人混みで極端に空気が淀む。限界ナースの私から見れば、それは感染症と酸欠の温床(バイオハザード予備軍)だ。
だからこそ、私はステージの音響設備だけでなく、会場全体の空気を循環させる『強力な換気ダクト』と、観客が将棋倒しにならないための『安全誘導動線(カラーコーンとポールによる区画整理)』を物理的に構築していた。
「コハルプロデューサー! 発声練習、終わりましたわ!」
舞台の隅から、リーザが元気よく駆け寄ってきた。
相変わらずルナミスデパートの特売タグがついたエンジ色の芋ジャージ姿だが、美味しいご飯で栄養状態が改善された彼女の肌は、内側から発光するように輝き、瞳にはトップアイドルへの強い意志が宿っている。
「お疲れ様、リーザちゃん。声の調子はどう?」
「絶好調ですわ! お腹の底から声が出ます! これなら、ファンのみんなの『時間』を完全に奪い尽くせますの!」
「おう! ワテ、一番前で応援の踊り(オタ芸)するからな! 完璧に覚えとるで!」
マシロがウサギ耳を揺らしながら、謎のキレの良い動きでペンライト(通販で取り寄せたケミカルライト)を振る真似をしている。
うん、頼もしい親衛隊長だ。
私たちが和気藹々と準備を進めていた、その時だった。
「……何だ、この無様な鉄屑の山は」
背後から、ひどく冷酷で、嘲るようなしわがれ声が響いた。
振り返ると、何人かの重武装の護衛を引き連れた、黒いローブの老人たちが立っていた。
先頭に立つのは、長い白髭を蓄え、豪華な魔法杖を手にした老人。その胸元には、帝国魔法院の『長老』を示す輝かしい紋章が刻まれている。
(……この人たちが、魔法院の保守派の)
私は即座に警戒レベルを引き上げ、リーザとマシロを背中に庇うようにして前に出た。
「ごきげんよう、魔法院の長老様方。私はコハル・ルナミスです。現在、聖星祭のステージと、会場の安全衛生システムの設営を行っております」
「ふん。聞いてはいたが、魔力を持たぬ泥人形が、随分と偉そうに仕切り立てているようだな」
長老の一人――バルバロスと名乗る老人が、忌々しげに私の設営した換気ダクトや誘導ポールを杖で小突いた。
「怪我や病を防ぐために、このような無駄な鉄屑や柵を並べるとは。魔法院の誇る『治癒魔法』の威厳を貶める、許しがたい異端の行いである。……我が魔法があれば、群衆が酸欠で倒れようと一瞬で治せるのだぞ!」
「倒れる前に防ぐのが、公衆衛生の基本です。魔法に頼り切って安全対策を怠るのは、主催者として無責任だと私は考えます」
私が淡々と正論(ナースの常識)を返すと、バルバロス長老はカッと顔を赤くして杖を床に突き立てた。
「口の減らぬ小娘だ! それに、そこでお前の後ろに隠れているのは何だ? 祭りのメインステージで、そのような乞食のごとき薄汚いジャージを着た娘を立たせるつもりか!」
「こ、乞食じゃありませんわ! 誇り高きアイドルですの!」
リーザが震えながらも言い返すと、老人たちは一斉に下劣な嘲笑を漏らした。
「アイドルだと? 魔力も持たず、ただ騒ぐだけの平民の遊びではないか! この聖なる星の祭りに、そのような卑しい見世物を持ち込むなど、皇城を汚すも同然だ!」
「そもそも、この娘に群衆を惹きつける力などあるものか。我々魔法使いの放つ『幻惑魔法』こそが、至高のエンターテインメントである!」
彼らは、魔法を使わない私の『仕組み』と、リーザの『歌』を、心の底から見下し、ゴミのように扱っていた。
限界ブラック病棟で、古株の医師から「お前ら看護師は俺の指示通りに動くただの手足だ」と見下されていた時の感覚が蘇る。
(……ああ、どこの世界にもいるのね。自分の権威にすがりついて、新しい価値観や泥臭い努力を否定する老害が)
私の心拍数は、驚くほど冷静だった。
怒りで言い返すのは簡単だが、彼らのような相手に言葉は通じない。事実と結果で黙らせるのが、一番の『トリアージ(処置)』だ。
「長老様方。私たちの『非魔力の仕組み』と『歌』がゴミかどうかは、明日の本番で観客の皆様が判断してくださるでしょう。……私たちには、魔法以上の奇跡を起こす覚悟がありますから」
私がキッパリと言い放つと、バルバロス長老は鼻で笑った。
「吠えるが良い。だが、覚えておけ。魔法の力を持たぬガラクタなど、いざという時には何の役にも立たぬということをな」
老人は、私の顔をじっと見据え、どこか陰湿で不穏な笑みを浮かべた。
「明日の聖星祭……大いに『盛り上がる』ことだろう。魔法こそが絶対の力であると、帝国全土の民と、お前たちに骨の髄まで思い知らせてやる」
それは、明らかな『宣戦布告』であり、何らかの妨害工作(陰謀)を仕掛けるという『フリ』だった。
老人たちは高笑いを残し、ローブを翻して去っていった。
「な、なんやあいつら! ワテが蹴り飛ばしたろか!」
マシロがウサギ耳を逆立てて怒り狂うが、私は彼女を制止した。
「いいのよ、マシロ。あんな人たちに手を出す価値もないわ。……でも、明日の本番、何か仕掛けてくるのは間違いないわね」
「コハルプロデューサー……わたくし、やっぱり出ない方が……。わたくしのせいで、コハルさんまで迷惑を……」
リーザが、芋ジャージの裾を握りしめて俯いた。
いくら女王の娘とはいえ、異国の強大な魔法使いたちに凄まれれば、怖いのは当たり前だ。
「リーザちゃん」
私は彼女の前にしゃがみ込み、その両手をしっかりと握った。
「彼らはね、私たちが『魔法を使わない』から見下しているの。でも、それは裏を返せば、『魔法以外の力を全く警戒していない』ってことよ」
限界ナースの経験が、私の頭の中でフル回転し始めていた。
彼らが魔法でパニックを起こそうとするなら。私は、現代の『物理の力(仕組み)』でそれを完璧に無効化してやればいい。
「安心しなさい。あなたのステージは、私が絶対に守る。どんな魔法の妨害が来ても、全て弾き返す完璧な『安全衛生システム』を構築してあげるわ。……だから、あなたはただ、ファンのみんなに『宇宙一の幸せな時間』を届けることだけを考えなさい」
「コハルさん……!」
リーザの瞳に、再び強い光が宿る。
「はいっ! わたくし、絶対に負けません! アイドルのプライドにかけて、最高の歌を歌いますわ!」
その時、私たちの背後から、低く、しかし絶対的な安心感を伴う声が響いた。
「……見事な覚悟だ」
振り返ると、視察に訪れたレオン公爵が、漆黒の軍服姿で立っていた。
彼は私に歩み寄り、私の肩をそっと抱き寄せた。
「今の老害どもの会話は、全て内務省の記録魔石に収めさせた。コハル、君の構築する『物理システム』が彼らの陰謀を防いだ瞬間に、即座に国家反逆罪として魔法院を解体する手筈を整えよう」
「レオン様……」
「君はただ、己の信じるままにこの娘をプロデュースしなさい。君を理不尽に見下す汚物どもは、己の傲慢さによって自滅し、この私が社会から完璧に消し去ってやろう」
これ以上ないほど心強い、公爵様の絶対的なバックアップ。
魔法院の長老たちは、私とリーザを「卑しいガラクタ」と見下した。
その驕りと偏見こそが、明日、彼ら自身を地獄へ突き落とす『致命的な因果』となることも知らずに。
「さあ、急いで機材の最終チェックよ! マシロはペンライトの電池確認! リーザちゃんは喉の保湿をして!」
「「了解や(ですわ)!!」」
私たちは、老害たちの不穏な陰謀を笑い飛ばすかのように、明日の『伝説のステージ』に向けた最後の仕上げへと取り掛かったのだった。
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