EP 4
深夜のファミレス女子会と、宴会芸
深夜の公爵邸。
静まり返るはずの屋敷の一角、私たちに割り当てられた広い続き部屋で、今夜は特別な『宴』が開かれようとしていた。
「さあ、二人とも! 今夜は朝まで語り明かすわよ!」
私が【通販】アプリのポイントを消費して部屋の壁際に召喚したのは、現代日本のファミレスでお馴染みの『ドリンクバー機』だった。
煌々と光るパネル。氷がカラカラと落ちるディスペンサー。メロンソーダ、コーラ、オレンジジュースから、本格的なコーヒーや紅茶まで、数十種類の飲み物がボタン一つで無限に出てくる魔法の(科学の)機械だ。
「うおおおおっ!! コハル、なんやこの光る箱! ボタン押しただけで、緑色のシュワシュワした甘い水が出てきたで!」
「それはメロンソーダよ。隣のボタンを押すと炭酸水が出るから、混ぜて自分好みにしてもいいわよ」
「マジか! 錬金術やんけ!」
マシロがウサギ耳をピンと立てて大はしゃぎし、次々とグラスに謎のブレンドジュースを作り出している。
そして、その横で。
芋ジャージ姿のリーザは、グラスになみなみと注がれたオレンジジュースを震える両手で持ち、ポロポロと涙を流していた。
「ああっ……! ボタンを押しただけで、こんなに甘くて冷たい果汁が……! 公園の水飲み場で、ボスのカラスと死闘を繰り広げなくても、安全に水分が手に入るなんて……ここは天国ですの……!」
「リーザちゃん、カラスと戦ってたの……?」
私は思わず遠い目になった。
前世の限界ナース時代、過酷な夜勤明けに同期と数少ない休みを合わせ、ファミレスのドリンクバーで何時間も愚痴を言い合ったものだ。あの時は「こんなに安く居座れてありがたいな」と思っていたが、リーザの極貧サバイバル生活を前にすると、ファミレスのドリンクバーすら『奇跡の泉』に見えてくるらしい。
「おかわりも自由だから、たくさん飲んでいいのよ。ポテトも揚げたからつまんでね」
「コハルプロデューサー……! わたくし、一生あなたについていきますわぁぁっ!」
私たちはソファに座り、山盛りのフライドポテトをつまみながら、ドリンクバーを片手に深夜の女子会をスタートさせた。
「……でな、その時レオンの奴が、しかめっ面で『私の至宝のバイタルが!』とか言うて、マッハで飛んできたんや!」
「まぁ! レオン公爵様って、本当にコハルさんのことが大好きなんですのね! アイドルとトップオタク(太客)のような関係ですわ!」
「太客って言わないの」
マシロとリーザの掛け合いを見ながら、私はクスッと笑った。
最初は公爵邸の豪華さに縮こまっていたリーザだったが、ポテトとメロンソーダ(とマシロのコミュ力)のおかげで、すっかり本来の明るさを取り戻していた。
シェアハウス時代に見ていた、純真でちょっと抜けている彼女のままだ。
「コハルさん、マシロ先輩。わたくし、今日のお礼に、とっておきのパフォーマンスを披露させていただきますわ!」
不意に、リーザがポテトを飲み込み、キリッとした顔で立ち上がった。
「おおっ! アイドルの歌っちゅうやつか! 聴いたるで!」
「ええ! わたくしがルナミス帝国に来て、初めてファンの方から教わった、最高に盛り上がるナンバーですの!」
リーザは芋ジャージのポケットをごそごそと漁り……ピカピカに磨かれた『五円玉』を二枚取り出した。
そして、それを躊躇なく、自分の両の鼻の穴にスポッと詰めたのだ。
「……えっ?」
「リーザちゃん!?」
私とマシロが驚愕する中、リーザは芋ジャージの裾をペロンと捲り上げ、自らの白いお腹を露わにした。
そして、両手で自分のお腹を「ポンポコポン!」と叩きながら、満面の笑顔で歌い始めたのだ。
「♪た、た、たぬきのお腹は ポンポコポンポン!」
鼻に五円玉を詰め、お腹を叩きながらステップを踏む人魚姫(親善大使)。
「♪月よ~月で~頭は ハーゲハゲでピーカピカ~!
お尻はツールツル~ ターマターマはマ〜ルマル~!
(ソレ! ヨイヨイ!)」
「ぶっ……!!」
あまりのシュールさと、見事なまでの宴会芸の完成度に、私が飲んでいた紅茶を吹き出しそうになる。
「♪と、と、トックリ抱えて グイグイグイグイ!
酒よ~酒で~目玉は クルークルのパーラパラ~!
足元フラツク~ ターマターマはブーラブラー!
(ソレ! モヒトツ!)」
「ぎゃはははははっ!! な、なんやそれ! たぬき! ターマターマがブーラブラーやて!! ひぃぃっ、腹痛いぃぃっ!!」
マシロはソファから転げ落ち、お腹を抱えて床をのたうち回り始めた。
笑いすぎて涙を流し、バンバンと床を叩いている。
「♪み~んな合わせて 腹太鼓~!
ポンポコ ピーヒャラ テーンツルリン!」
ジャジャーン! と、リーザが見得を切るようにポーズを決める。
鼻の穴でピカピカ光る五円玉。ドヤ顔の人魚姫。
「最高や!! お前、最高におもろいな!! ワテ、今日からお前の一番のファン(オタク)になったるわ!」
「本当ですか、マシロ先輩!? やりましたわ、スパチャ(投げ銭)第一号ですの!」
二人がキャッキャと手を取り合って喜んでいる光景は、もはやカオスの極みだった。
アイドルという概念をどこかで決定的に履き違えている気がするが、本人が楽しそうなので良しとしよう。
「……いったい、何の騒ぎだ」
その時。
背後の扉がスッと開き、地を這うような低く冷徹な声が響いた。
振り返ると、そこには寝巻きの上に漆黒のガウンを羽織った、レオン公爵が立っていた。
その顔には「私の屋敷で、深夜にいかなるノイズを発生させているのか」という、絶対零度の圧が漂っている。
「ヒッ……! た、太客の公爵様……!」
鼻に五円玉を詰めたまま、リーザがビシッと直立不動になる。
レオン様は、部屋の隅に鎮座する光るドリンクバー機、床を転げ回って笑うマシロ、そして鼻に五円玉を詰めて腹を出している芋ジャージの少女を順番に見て――完全に、思考回路がショートしたような顔をした。
「……コハル。私の視神経が、極めて非論理的なバグを起こしているようだ。あの奇妙な機械と、鼻に硬貨を詰めた異国の王女は、現実の現象か?」
「ふふっ、あははっ! ご、ごめんなさいレオン様……っ! 私、おかしくて……っ!」
私は、限界ナース時代には絶対に見せなかったような、お腹の底からの笑いを堪えきれずに吹き出してしまった。
涙が出るほど笑うなんて、前世のいつ以来だろう。
理不尽なお局様の嫌味も、魔法院の老害たちの不穏な陰謀も、この平和でカオスな光景の前では、どうでもいい小石のように思えた。
私が涙を拭いながら笑っているのを見て、レオン様の冷たかった瞳が、ふわりと熱を帯びた色へと変わった。
彼はゆっくりと歩み寄り、私の隣に腰を下ろすと、私の目尻に浮かんだ笑い涙を、大きな指先でそっと拭ってくれた。
「レ、レオン様……うるさくして、ごめんなさい」
「……いや。構わない」
レオン様は、微かに口角を上げて、どこまでも甘い声で囁いた。
「君の心拍数が、心からの歓喜で満たされている。君がこれほど無防備に笑ってくれるのなら……この程度のノイズ、私の屋敷では合法としよう」
極端な身内贔屓と、絶対的な溺愛。
その言葉に、私の心臓がまたしてもドクンと跳ね、今度は笑いとは違う熱で顔がカァッと熱くなるのを感じた。
「あの、公爵様! わたくしの歌、どうでしたか!? 感想と、できれば五円を……!」
「君はもう口を開くな、人魚。コハルのバイタルに触障する」
冷徹にリーザを一刀両断するレオン様と、「太客こっわ!」と震えるリーザ、そしてメロンソーダをおかわりするマシロ。
賑やかで、温かくて、少しだけ胸がときめく深夜のファミレス(公爵邸)女子会。
私は「この楽しい日常を、絶対に守り抜こう」と、心の中で固く決意していた。
魔法院の老人たちがどんな陰謀を企んでいようと、この最強で無敵な仲間たちの前では、単なる『後味の良いカタルシス』のスパイスにしかならないのだから。
読んでいただきありがとうございます。
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