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EP 2

「魔法も使えない泥人形」。高慢な令嬢の洗礼

「本当に、私か護衛の騎士を同行させなくていいのだな? エレノアの茶会など、君の尊いバイタルをすり減らすだけの無益な時間だ。今からでも私が法的な理由をつけて中止に――」

「レオン様、大丈夫ですから。心配しすぎです」

ヴァン伯爵家へ向かう馬車に乗り込む直前、レオン様は私の手を握ったまま、名残惜しそうに――というか、本気で護衛の軍隊を同行させかねない真剣な表情で引き止めてきた。

その背後では、マシロが腕を組んでフンスと鼻息を荒くしている。

「コハル、もしあのマウント女がちょっとでも手ぇ出してきたら、すぐ連絡せぇよ! ワテがマッハで駆けつけて、そいつの顔面にドロップキックぶち込んだるからな!」

「マシロまで物騒なこと言わないの。ただのお茶会なんだから。それに、私だってやられっぱなしの田舎娘じゃないわ。大人の対応で、サクッとこなしてくるから」

私は二人を安心させるようにふわりと微笑み、馬車の扉を閉めた。

窓越しに、過保護な天才公爵と最強の親友が、まるで戦場に赴く勇者を見送るかのような真痛な面持ちで手を振っているのが見えた。

(あんなに心配してくれる人がいるんだもの。お局様の嫌味の二つや三つ、かすり傷にもならないわ)

前世のブラック病棟で、何度理不尽なカンファレンスで吊るし上げられようと、誰も私の味方などしてくれなかった。

帰る場所があり、絶対的に信じて守ってくれる人がいる。その事実だけで、私の心は強固なバリアで守られているも同然だった。

帝都の一等地に構えられたヴァン伯爵家の屋敷は、その権力を誇示するかのように豪奢な作りだった。

案内された中庭の薔薇園には、色とりどりの花が咲き乱れ、中央の白いガゼボには、豪華なドレスに身を包んだ令嬢たちが集まっていた。

「……うっ」

近づいた瞬間、むせ返るような強烈な香水の匂いが鼻を突いた。

何種類もの重たい花の香りが混ざり合い、密閉されていない屋外であるにもかかわらず、換気の悪い病室のような息苦しさを感じる。ナースの職業病である「環境衛生センサー」が、早くもアラートを鳴らし始めていた。

「あら。いらっしゃいましたわね、レオン公爵閣下をたぶらかしたという、噂の男爵令嬢」

ガゼボの中心で、ひときわ派手な真紅のドレスを着た女性が、扇子を広げながら私を一瞥した。

彼女が、レオン様の熱烈な信奉者であり、私に招待状を送りつけてきた張本人――エレノア・ヴァン伯爵令嬢だ。

金糸のように輝く髪を高く結い上げているが、何よりも私の目を引いたのは、彼女の顔にべったりと塗りたくられた、不自然なほど真っ白な『白粉おしろい』だった。

「初めまして、エレノア様。コハル・ルナミスです。本日はお招きいただき、ありがとうございます」

私は完璧な角度でカーテシー(淑女の挨拶)をして微笑んだ。

しかしエレノアは挨拶を返すこともなく、値踏みするように私の質素なドレスと、薄化粧の顔をジロジロと舐め回した。

「ふん。聞いていた通り、ずいぶんと地味で貧相な田舎娘ですこと。レオン様のような偉大なお方の隣に立つには、あまりにも華が足りませんわね」

「本当ですわ。魔法の一つも使えない無能だと聞いておりますけれど?」

「まぁ、泥人形のようですわね」

エレノアが口火を切ると、取り巻きの令嬢たちが一斉にクスクスと嘲笑の声を上げた。

私を公衆の面前で孤立させ、惨めな思いをさせてレオン様から引き離す。それが彼女たちの目的だ。

(……なるほど、これが社交界の洗礼ね)

私の心拍数は、驚くほど安定していた。

正直なところ、「その程度か」という拍子抜けした感情すら湧いている。

前世で、お局看護師長から「あんたの顔見てると患者の血圧が上がるのよ、もっと愛想よくできないの?」「だからあんたは使えないのよ」と、何十人ものスタッフの前で何時間もネチネチと罵倒され続けた地獄に比べれば、令嬢たちの嫌味など、まるでそよ風のように可愛らしいものだった。

「おっしゃる通り、私は回復魔法も使えませんし、華やかさにも欠ける未熟者です。ですが、レオン様はそのような外見や魔法の有無ではなく、私の『知識』を評価してくださったのです」

私は一切の怒りを見せず、ただ淡々と、業務報告のように事実だけを述べた。

その冷静な態度が、エレノアのプライドを逆撫でしたらしい。彼女の真っ白に塗られた額に、ピキリと青筋が浮かんだ。

「知識ですって……? 魔法という至高の力を持たない泥人形が、知識などと笑わせますわ! 貴族の価値は、魔法の才と美しさで決まるのです!」

エレノアは扇子をパチンと閉じると、自らの指先に魔力を集中させた。

すると、ガゼボの周囲に植えられていた薔薇の蕾が、不自然な速度で一気に開花し、強い香りを放ち始めた。

周囲の令嬢たちから「素晴らしい魔力ですわ!」「さすがはヴァン伯爵家のご令嬢!」と称賛の声が上がる。

「見なさい、これが魔法の力よ。あなたのような無能に、このような奇跡が起こせまして?」

「……素晴らしいですね」

私は適当に相槌を打ちながら、別のことを考えていた。

無理やり植物の成長を早めるなんて、細胞にどれだけの負荷がかかっているのだろう。それに、あのエレノアの顔に塗られた白粉。

異世界の美容品は、現代科学のフィルターを通していない。どう見ても、あの白さは『鉛』や『水銀』といった重金属を含んだ有毒成分に由来するものだ。あんなものを肌に塗り込んでいれば、皮膚のバリア機能が破壊され、深刻な炎症や中毒を引き起こすのは時間の問題だ。

私を見下して優越感に浸っている彼女の顔の皮膚下では、すでに細胞のSOSが鳴り響いているはずだ。

「強がりもそこまでにしておきなさいな。魔法も使えない、肌も地味なあなたなど、どうせすぐに公爵様に飽きられて捨てられるに決まっていますわ」

私から期待したような「屈辱の涙」が引き出せないことに苛立ったエレノアは、矛先を別の場所へと向けた。

彼女は、取り巻きの令嬢たちの後ろで縮こまっていた、一人の小柄な少女を扇子で指差した。

「美しさと言えば、そこのリリア。あなたのその顔の赤い吹き出物は、いつ見ても見苦しいですわね。せっかくのドレスが台無しですわ。魔法で隠そうとしても、あなたの貧弱な魔力では隠しきれていませんよ?」

名指しされたリリアという令嬢は、ビクッと肩を震わせ、顔を伏せた。

彼女の頬や額には、確かに赤く痛々しい炎症(重度のニキビや肌荒れ)が広がっていた。必死に分厚い化粧で隠そうとしているようだが、それが余計に毛穴を塞ぎ、症状を悪化させているのは火を見るより明らかだった。

「も、申し訳ありません、エレノア様……。何度魔法をかけても、すぐに出てきてしまって……」

「努力が足りない証拠ですわ! わたくしを見なさい。毎日、海外から取り寄せた希少な魔法薬草を練り込んだ最高級の白粉を使っていますのよ? 貴族の娘なら、わたくしのように非の打ち所のない白い肌を保つのが義務というものです」

エレノアは、有毒成分たっぷりの白粉が塗られた自分の頬を自慢げに撫でた。

「あのパフ、いくら高級だとしても、まさか洗わずに使い回していませんわよね……?」

私のその小さな呟きに、エレノアがピタリと動きを止めた。

「……は? パフを洗う? あなた、何を馬鹿なことを言っていますの。このような高級な絹のパフを水で洗うなど、貧乏人の発想ですわ! わたくしたちは魔法で埃を払うだけで十分ですのよ!」

(うわぁ……不衛生の極み)

限界ナースとしての私の頭の中で、エレノアの顔面に『トリアージ:黄色(要経過観察・間もなく自滅)』の札がペタリと貼られた。

汗や皮脂を吸い込んだパフを洗わずに使い回し、さらに重金属入りの白粉を塗りたくる。肌を培養皿にして細菌を育てているようなものだ。

彼女が顔面崩壊の自滅の道を辿るのは、もはや時間の問題だった。

「うぅっ……」

その時、肌荒れを嘲笑されたリリアが、耐えきれなくなったのか、小さな嗚咽を漏らしてガゼボから走り去ってしまった。

「あらあら、泣いて逃げるなんてみっともない。やはり魔法の才能も美しさも欠けた者は、社交界には不要ですわね。……あなたも、今のうちに公爵様から離れることですわ。これ以上恥をかく前に」

エレノアが高笑いする。取り巻きたちも一緒になって笑っている。

「……失礼いたします」

私は、その陰湿な笑い声に背を向けた。

エレノアの顔は放っておいても勝手に自滅するだろうから、私が口出しする義理はない。

けれど、あんな理不尽な理由で傷つけられ、泣いている女の子を見過ごすことは、元ナースとしての――そして、かつて同じように無能だと見下されていた私自身の心が、絶対に許さなかった。

「(まずは、泣いている患者さんの心のケアと、適切なスキンケアからね)」

私はエプロンのポケットにあるスマホの感触を確かめながら、リリアが逃げ込んだ先――屋敷のパウダールーム(化粧室)へと、静かに足を向けた。

私を馬鹿にするのは構わない。でも、弱い者を虐げるその傲慢な態度は、いずれ彼女自身の顔面を焼く猛毒となって返ってくるだろう。

社交界の洗礼という名の、不衛生と偏見に満ちたお茶会は、無自覚なナイチンゲールによる『現代の衛生・美容知識』の反撃の舞台へと変わろうとしていた。

お読みいただきありがとうございます!


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