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EP 8

三国配食デリバリー激走! 奇跡の完済劇

ポポロ村の朝は、香ばしい醤油草の焦げる匂いと、炊きたての米麦草から立ち上る真っ白な湯気で幕を開けた。

「はい、から揚げ一丁揚がり! 次はシープピッグの生姜焼き四十人前、急いで詰めてや!」

「おばちゃん、特製マヨ・ハーブの小袋入れたかい!? 前線の兵隊さん、これが入ってないと暴動起こすんだから!」

ポポロ村の中央給食調理場。

割烹着を着た村のおばちゃんたちが数十名、戦場のような熱気の中で巨大な鉄鍋を振るっていた。

台所を仕切っているのは、首から下げた真鍮の算盤をチャチリと鳴らす猫耳の男――ゴルドスマイル銀行支店長兼村の財務統括、ニャングルだ。

「ええ調子や! 今日はルナミス帝国軍、アバロン魔皇国軍、レオンハート獣人王国の国境警備隊から、合計三千食の大口デリバリー注文が入っとる。前線の野郎どもは毎日ゲロオムレツやら味のない乾パンで精神崩壊寸前や。温かい手作り弁当を時間通りに届けたら、莫大なチップと配送料が転がり込むで!」

ニャングルは煙管をふかし、調理場の片隅に直立不動で立つ一人の女性へ視線を向けた。

「……準備はええな、ルチアナ姉ちゃん」

そこに立っていたのは、数日前までの自堕落な駄女神とは別人のような姿だった。

タローマン製の無骨な反射ベストを身に纏い、頭には「安全第一」と白ペンキで殴り書きされた魔導ヘルメット。昨日の雪山サウナで極限までデトックスされた肌は驚くほどツヤツヤで、その瞳には真剣な光が宿っている。

「ええ、いつでもいけるわ。……残りの借金、金貨八十六枚。今日ですべてを清算して、私は生まれ変わるのよ!」

「よっしゃ、気合いは十分やな! お前の担当は【特急デリバリー第1班】。荷台に弁当千食を積み込んで、三国前哨基地を制限時間内に激走するんや!」

調理場の裏口に用意されていたのは、ドンガン地下帝国の技術で超軽量化された特注の超大型リヤカーだった。

保温魔法が施されたコンテナの中には、ぎっしりと温かい弁当が詰め込まれている。

そして、そのリヤカーの牽引バーを握り、タローマン特注の耐衝撃安全靴をキュッと鳴らしたのは――。

「ルチアナ様! しっかり掴まっててくださいね! 振り落とされたら置いていきますから!」

ポポロ村長、キャルル・ムーンハート(20歳・月兎族)。

通常時でも100m走5秒台、跳躍力20mを誇る超絶脚力の持ち主である。

「リヤカーの荷台に乗って、現場で弁当を高速手渡しするのがアンタの役目や! ほな、キャルル村長、ぶっ放したってや!」

「はいっ! 月影流・発進進行ーーっ!!」

ドガァァァァァンッッ!!!!

「ひぎゃあああああああぁぁぁぁっ!?」

キャルルが地面を蹴った瞬間、リヤカーは小型ジェット機のような猛烈な加速度で発進した。

砂煙を猛烈に巻き上げ、風圧でルチアナの頬が波打ち、ヘルメットが後ろへ引っ張られる。

「は、速い! 速すぎるわよぉぉぉっ!? これ荷台で立ってられる速度じゃないわよぉぉっ!!」

「文句を言わないの、ルチアナ様!」

並走するルナミス公爵家の移動式特装トレーラーの屋根の上から、私は拡声器を片手に指示を飛ばした。

私の身体が強風に煽られないよう、背後からレオン様がそのたくましい両腕で私の腰を完璧にロックし、暖かな防風フィールドで包み込んでくれている。

「コハル、風が強い。私の胸に寄りかかりなさい。……ルチアナ、弁当を一つでも落として破損させれば、損害賠償として借金が金貨十枚加算されるぞ。我が影の部隊が動体視力ログで全てカウントしているからな」

「鬼! 悪魔! 公爵家とナースの夫婦揃ってドSぅぅぅっ!!」

絶叫しながらも、ルチアナは荷台のコンテナに必死にしがみつき、保温蓋を開けた。

【第1チェックポイント:ルナミス帝国軍・最前線塹壕】

キキィィィーーーーッッ!!

猛烈なタイヤスモークを上げて、リヤカーが塹壕の前に横滑りで急停止した。

そこには、泥に塗れ、例の「ルナミス3型(ゲロオムレツ)」を前に死んだ魚のような目をしていた帝国軍の兵士たちが力なく座り込んでいた。

「て、敵襲か……? いや、もう撃ち殺してくれ……あの腐った靴下の匂いがする黄色いスポンジを食うくらいなら、戦死した方がマシだ……」

「泣き言を言うんじゃないわよ、帝国兵士どもぉぉぉっ!!」

ヘルメットを被ったルチアナがリヤカーから仁王立ちで飛び出した。

両手には湯気を立てる出来立ての弁当箱。

「ほら受け取りなさい! ポポロ村特製・シープピッグの厚切り生姜焼き弁当よ! 炊きたての米麦草に、タマンネギの甘辛ダレがたっぷり染み込んでるわよ!!」

バッ、バッ、バッ、と目にも留まらぬ速さで弁当が兵士たちの手元へと配られていく。

「え……? 温かい……? なんだこの肉の匂いは……!?」

ある若い兵士が震える手で箸を割り、肉を口に放り込んだ瞬間、その瞳から大粒の涙が吹き出した。

「う……うめぇぇぇぇぇっ!! 肉だ! 本物のジューシーな豚肉だぁぁっ! 米が、米が喉を通るぞぉぉぉっ!!」

「マヨ・ハーブがかかったポテトサラダも最高だ! 生きててよかったぁぁっ!」

塹壕中が歓喜の雄叫びに包まれた。

兵士たちは自腹の財布から次々と金貨や銀貨を取り出し、ルチアナの足元の集金箱へと投げ入れた。

「女神様! あんた本物の女神様だ! これ、俺の今月の危険手当全部だ、取っといてくれ!」

「チップだ! お釣りの銀貨は全部寄付するぜ!!」

チャリンチャリンチャリンッ! と激しい金属音が響く。

「あ……ありがとう……! ちゃんと噛んで食べなさいよ! 喉詰まらせんじゃないわよ!」

感謝され、投げ銭を受け取るルチアナの胸に、かつてない温かい熱が広がった。

「次、行きますよルチアナ様! アバロン魔皇国の第3要塞へ飛びます!」

「おうよ、キャルル! 飛ばしなさい!!」

【第2チェックポイント:アバロン魔皇国・監視砦】

漆黒のローブを纏った魔族の兵士たち。

彼らはMODULE型のプロマイドガチャで「またダストンのちゃんこ鍋(ハズレ)かよ……」と絶望し、士気が底をついていた。

そこへ滑り込むリヤカー。

「魔族の兄ちゃんたち! ガチャで爆死して腹を空かせてる場合じゃないわよ! 揚げたてのから揚げ弁当、マヨ・ハーブ大盛りで持ってきたわよぉぉっ!!」

「なっ……揚げたてのから揚げだと!? カリッとしてて肉汁が溢れてくる……!」

「うおおおおっ! 故郷の高級レストランより美味いぞ! おい、さっき引いたダストンのカード、この弁当の美味さで逆に輝いて見えてきたぞッ!」

魔族兵たちからも、惜しみない拍手と魔晶石のチップが嵐のように投げ込まれた。

【第3チェックポイント:レオンハート獣人王国・国境警備砦】

最後は、鋭敏な嗅覚ゆえに食事の匂いに飢えていた屈強な獣人兵たち。

「肉だぁぁぁっ! トライバードの照り焼きと、ロックバイソンの牛すじ煮込みだぁぁっ!!」

人狼族や虎耳族の兵士たちが尻尾を千切れんばかりに振り回し、野生の闘気を爆発させながら弁当を貪り食う。

「姐さん! あんたの運んでくれた飯のおかげで、闘気がみなぎってきたぜ! これ、部隊全員からの感謝のボーナスだ、受け取ってくれ!」

ずっしりと重い、獣人王国の金貨袋がドサリと集金箱に積まれた。

夕暮れ時。

夕陽がポポロ村の田園を茜色に染め上げる中、リヤカーは無事に村の中央広場へと帰還した。

千食の弁当はすべて完売。集金箱は溢れんばかりの金貨と銀貨で満杯になっていた。

ピピピピピピッ……!!

ルチアナの首から下げられたエンジェルスマホが、これまでにないほど激しく電子音を打ち鳴らした。

画面に表示されたのは、大宇宙管理局の公的送金システムからの、眩い黄金のポップアップウィンドウ。

『――【最終返済確認】:三国警備隊配食売上、ならびに特別チップ手当【金貨八十六枚(八十六万円相当)】の入金を確認しました』

『大宇宙管理局・天界金融法執行部より通告:未払い元金およびリボ払い利息、全額完済となりました』

『マグローザ漁船への強制徴用(ドナドナ)処分は、これをもって完全に解除されます』

【現在の借金残高:0円】

【利用可能可能枠:1,000,000円(全額復活)】

「……か……」

ルチアナはヘルメットを脱ぎ捨て、夕陽を見上げながら、その場に膝をついた。

両手には、マンドラを追いかけ、丸太を割り、重い弁当箱を配り続けた証である、たくさんのマメと擦り傷。

「……完済、した……? 私……自分の手で……働いて……借金を、全部返しちゃったの……!?」

「ええ、完済ですよ。ルチアナ様」

私は歩み寄り、彼女の泥と汗で汚れた手を両手で優しく包み込んだ。

「おめでとうございます。貴女は誰の力にも縋らず、自分の身体を使って、多くの人々を笑顔にして、自らの罪を清算したんです。……どうですか? 汗を流して稼いだお金の重みは」

ルチアナの瞳から、大粒の涙がポロポロと土の上に零れ落ちた。

「……あったかいわ。みんなが『美味い』って笑ってくれて……『ありがとう』って言ってくれて……。私、世界を創った時より、今日の方がずっと……ずっと嬉しい……!」

ルチアナは袖で涙を拭い、鼻をすすりながら、心の底からの清らかな笑顔を浮かべた。

「働くって……素晴らしいことなのね。私、もう二度と……あんな不毛なリボ払いなんかに手を染めないわ! 地道に、真面目に生きていくわよ……!」

「素晴らしい改心劇だな」

レオン様が私の隣に立ち、穏やかに頷いた。

「コハル、君の処方箋は、神をも真人間へと作り変えてみせた。これ以上の奇跡はあるまい」

マシロも「ええ話や……ワテ、ちょっと泣けてきたわ」と目を潤ませ、ニャングルも算盤をしまって満足げに煙管の煙を吐いていた。

ポポロ村全体が、一人の駄女神の奇跡的な更生と完済の喜びに包まれていた。

……この感動が、わずか数時間後に、最悪の形で裏切られることになるとは、この時の私たちはまだ知る由もなかったのである。

読んでいただきありがとうございます。

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