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15.旅館で旅行客(偽)に告られる

『黄金の乙女』

世界にたった一人の至高の存在。

その女性と相思相愛になると、この世界はおろか、マルチバース全てが二人のものとなる、という伝説。

伝説を信じ、冒険者達は異世界転生を試みていた。


これまで

1.星野翔真 アイドルグループ・バイオレットバタフライメンバー 告白した騒動を謝罪し、現在は電話で会話する仲。

2.進藤君也 三崎東高校数学科教師 生徒指導担当 校舎の屋上で告白するも失敗、仁平からあやめを守る。

3.見城利幸 三崎東高校1年 バスケ部所属 体育館裏で告白するも保留。富永からあやめの危機を救う。

4.吉水健吾 アイドルグループ・バイオレットバタフライメンバー 告白するも失敗。来春、三崎東高校に入学予定。

5.仁平茂樹 株式会社『あすなろ』社長。75歳 あやめに死を宣告するも失敗。二度と近づかない事を誓う。

6&12.富永悠一 ファストフード店元アルバイト 不治の病の妹を掬いたい、という口実であやめに近づくも失敗。夜道であやめを襲うも失敗。

7.島畑和毅 塾講師アルバイト 無理矢理あやめをわがものにしようとしたが失敗。

8.下田 三崎東高校1年 教室で告白するも保留。

9.清水良治 病院勤務内科医 母親の再婚相手としてあやめに近づいたが失敗。

10.野村正貴 三崎第二中学二年 市民プールで告白するも、あやめに諭される。

11.内藤洋二郎 雑誌編集者 原宿であやめ達に声をかけたが失敗。

13.海道信哉 警視庁SP 監禁中のあやめを救おうとして失敗。重傷を負う。一時的に『黄金の乙女』の力を発動出来る様になる。

14.氏名不詳 某国大統領 あやめと付き合いたいと伝えるが失敗。


「母さん、この通り、お願い!」

私は母さんに手を合わせて、お願いした。

「ふうん。さんざん心配かけたから、そのお詫びをかねて三人で旅行に行きたい・・・まあ、その趣旨はわかるから反対はしないけど。こんな費用が高くなる時期にわざわざ・・・」

「ごめん。どうしても今すぐ行きたいの。今ならお盆の時期を避けられるから」

「わかったわよ。これでいいでしょ」

母さんは私に封筒を渡した。中にお金が入っていた。

「これで足りるでしょ。・・・でも、ただで渡す訳にはいかない。条件があります」

「条件って?」

「あなたの卒業後の進路について、真剣に考えてちょうだい。進学するのか、就職するのか。どんな学校に進学して、どんな職業に就きたいのか。そろそろ真剣に考えても遅くは無いわよ」

「わかった、真剣に考えてみるよ」

母さんの言うことはもっともだ。私自身、漠然と医療関係に進みたいと思っているけれど、看護師になりたいのか、医者になりたいのかでは大違いだ。少なくとも医者になるのであれば、今ののほほんとした生活態度を改める必要があるだろう。

私の胸には棘が刺さっている。海道さんから託されたこの命を有益に使わなければ、あんな目にあった海道さんに失礼だと思う。私には海道さんが命をかけて助けるにふさわしい女である責任がある。同時に私なんかが幸せになる道を模索してもいいのだろうか。海道さんは恐らく妹さんにも御両親にも会えないだろう。名前と顔を変える、というのはそういうことだと思う。海道さんをそんな目に遭わせた張本人である私が幸せになっていいのだろうか。私の心は二つの考えの間で揺れ動く。


やすことちえみの同意を取り付け、日程を決めて、旅行代理店にお願いしてチケットの購入、旅館の予約等を行った。

かくて、私達は新幹線に乗り、一泊二日の旅行に出かけることになったのである。

「えっと、色々とご迷惑をおかけしまいましたが、取り敢えず一段落したということで、この旅行を企画させていただきました。かんぱーい」

私達は三人掛けのシートに座って、ペットボトルのサイダーで乾杯した。

「あや、いきなりで悪いんだけど、結局何だったの?」

「はて、何のことでしょう?思い当たることが多過ぎて、ちょっとわかんないな」

「じゃあ、具体的に質問します。何で外務省に目をつけられたの?」

「それはショーマが悪い。そもそもショーマの騒動から、アイドルを二人も振ったフツーの女子高校生に大統領のお孫さんが興味を持ったみたいで、大統領を通じて外務省に依頼が来たらしいの。それで大統領と対面して、お孫さんに『興味があるなら、自分で会いに来い!』というメッセージを残してバイバイした訳よ。何の事は無い、只の孫バカのお爺ちゃんと話をしただけよ。うん、私は悪くない。全部、きっかけを作ったショーマが悪い」

「まあ、そういうことにしておきましょう。続いて、第二問。あやの初恋のお相手は誰でしょう?」

「ノーコメントという訳にはいきそうにないわね。幼稚園の年長組のときの『まさひろ』君です、というのでカンベンしてくれないわね。・・・わかった、わかったわよ、言えばいいんでしょ。私の担当となったSPさんよ」

「何で、あやにSPが付いたの?」

「それは、あのお爺ちゃんのせいよ。私に聞きたかったことを外務省に伝えなかったから、外務省が変に気を回して、VIP扱いされた訳よ」

「どうしてそのSPさんの事、好きになったの?」

「え~、その優しくて、誠実で、真面目なところかな。・・・もう、これ以上は言わないからね」

「ふうん、優しくて誠実で真面目でって、まんま山崎君じゃん。つまり、あやのストライクゾーンの人がSPだったという訳ね。・・・優しくて誠実で真面目・・・あや、おも、齋藤君には手を出さないでね。齋藤君は私と付き合っているんだから」

やすこの言葉に違和感を覚えた私は、混ぜっ返してやろうと思った。

「確かにやすこの言う通りかもね。・・・ところで、安河内さん、あなたはいつから齋藤君のことを名前で呼び始めたのかなあ、私としてはそこに興味があるんだけど」

「・・・あやがリムジンに乗って、どこかへ行った時からよ」

「ふうん、それで齋藤君はやすこのことを何て呼んでいるの?ねえ、手は繋いだの?チューはしたの?」

「・・・ひまりちゃん、ひまりちゃんて、呼ばれているわ。手は繋いだことあるけど、チューはまだよ。私のことはいいでしょ」

「いいなぁ、やすこ。私も名前で呼ばれたいなあ」

「ちえみ、やすこは一歩踏み出したのよ。あなたも名前で呼ばれたいのなら、踏み出しなさい」

「わかった。私も踏み出してみるわ。・・・ところで、あやはチューしたの?」

ちえみが強引に話題を戻して来た。

「チューはしたよ。相手は覚えていないと思うけど」

「・・・凄い!チューしたんだ!どんな感じなの?」

「ふふふ。君達もいずれわかるよ。いずれ。・・・というのは冗談で、特に何も感じなかったわ。相手が無抵抗な状態だったからね。単に唇と唇が触れただけだから」

「・・・どうして別れることになったの?」

「それは私が悪かったと思っている。外務省のカリキュラムがハードでね、一人で黙々と習っているとどうしても寂しくなっちゃって、話しかけたんだ、側で見守ってくれていたSPさんにね。そうしたら意気投合しちゃって。・・・でもね、SPはあんまり警護対象者と仲良くしちゃいけないんだって。他の人から見ると目障りだったんでしょうね。いつの間にか担当を外されちゃって。どこに異動したのか聞いても、全然教えてくれなかった。だから、私の初恋はこれで終了。終わったのよ」

これで納得してくれるかな、少々不安だったが更なる追及はなかった。

「じゃあ、次の問題、帰って来た時のジャージの汚れは何ですか?」

「ああ、あれはねえ、非公開だけどレセプションパーティーの打ち上げがあったのよ。私も参加してたんだけど、疲れててね、倒れちゃったんだよ。運悪く、その時給仕の人とぶつかったの。空からナポリタンが降って来る、二度と思い出したくない光景ね」

「何で着替えなかったの?」

「ちょっとでも早く家に帰りたかったんだよ。母さんの作ったごはんを食べたかったんだよ。不覚にも寝落ちして、食べたのは次の日の朝だったけど」

「今回の軍資金はどうやって調達したの?」

「母さんに借りたんだよ。条件付きで」

「どんな条件なの?」

「高校卒業後の進路をはっきりさせろ、って。進学か、就職か、進学なら何学部か・・・」

「もう考えなくちゃいけないの?まだ1年の夏休みだよ」

「母さんは私が医療関係に進みたいことは知っていると思う。看護師になるんだったらいいけど、医学部に行くんだったら学費の準備がねえ。我が家の経済状況なら私立は土台無理、国公立でバイトと奨学金のフル活用になるだろうし、浪人も許してもらえるかどうかわからないし・・・」

「ふうん、あやの家も大変だね」

「しょうがないよ。母子家庭だから」

「でも、今回の件でお国からいくらか貰えたりしないの?」

「ないない。表向きは私はレセプションパーティーに出席しただけだから。報酬なんて出ないよ。もし、お金の話なんかしたら、逆に費用を取られるかもしれないよ」

「裏向きには?」

「今更どこに請求すると言うのよ。事務次官の名刺は貰ったけど、どうせ連絡先なんて出鱈目でしょうしね」

「・・・世知辛いね」

「そうだね・・・」

「じゃあ、最後の問題です。今回の旅行の行き先についてどうやって選んだの?」

「それについては駅に着いたらわかるわ。・・・もう質問は終わりにしてちょうだい。あたしも疲れたよ。本番はこれからなのに」

私はちょっとの間眠ることにした。オヤスミナサイ・・・。


「だから、降りる駅だって予め言っておいてよ」

「ごめん、言った気になってたから・・・」

「あや、あんた、気持ちよく寝過ぎよ」

「だから、ごめんって言ってるでしょ」

「みんな、忘れ物はない?」

「すいません、降りまーす」

何とか無事に予定の駅で降りることが出来た。乗り越してしまったら1時間から2時間の時間と、3人分の追加費用をロストするところだった。危ない、危ない。

「あや、どこへ行くの?」

「ごめんだけど、2時間程付き合ってくれない?」

「はいはい、スポンサー様の命令は絶対ですから、須らくOKですよ」

「右に同じだよ」

「・・・二人共、ありがとう」

私達はタクシーに乗り込んだ。

「すいません。聾学校までお願いします」


「あや、こんな所で何があるの?」

「完全に私のプライベートな事に付き合わせて申し訳ない、とは思っているけどガマンしてね」

私は聾学校の玄関ホンを押した。

「昨日連絡させていただいた九条と申します。海道栞さんに会わせていただけないでしょうか」

しばらくすると、担当の先生がやって来て、校門を開けて職員室に案内された。

職員室では、私の生徒手帳を見せた上で、来校の理由について説明する。

私達については三崎東高校の進藤先生が保証してくれると思います。三崎東高校のHPを確認の上、電話していただければわかると思います。

そこで約10分程待たされて、対応してくれている先生も信用したのか、ようやく海道栞さんに会うことを了承された。最近は学校といえども物騒だし、ましてや聾学校なのだから不審者の侵入についてより注意しなければならない。この対応は当然と思われた。

私達は先生の後をついて歩き、音楽室に入った。

先生は手話で中にいた生徒達に説明し、一人の少女が私達の前に歩いて来た。

彼女が海道栞さんなのだろう。

『あなたが海道栞さんで間違いないでしょうか』

『はい、海道栞ですが、何の御用でしょうか』

『九条あやめと申します。実は・・・』

私が続けて話そうとした時に、栞さんが反応して話し始めた。

『あのインターネットで色々噂になっている九条あやめさんですか?』

『はい・・・その九条です。実はお兄さんである海道信哉さんから預かったものお渡しする為にここへ来ました』

まずい。思い出したら、涙が出て来た。

構わず、続けることにした。

私はポケットから取り出すと、栞さんに渡す。

『菖蒲のブローチ?・・・九条さん、これは兄があなたに贈ったものではないですか?』

『はい、そうです。ですが、私は海道さんの好意に応える資格がないのです。私のせいで海道さんはひどい目に遭うことになりました。・・・ごめんなさい、ごめんなさい』

私は走って、この場を立ち去った。

何が起きているのか理解できないまま、親友二人は私の後を追った。

学校を出て、しばらく歩いたところで、ようやく涙も止まった。

「あや、手話使えたんだね」

「うん。小さい頃、母さんと一緒に習ったんだ。中学の時もボランティア部だったし・・・」

「栞さんて・・・」

「SPさんの妹さんよ。まさか私のせいで、お兄さんが左遷させられた、なんて納得しないよね。だから、今日はそのお詫び。許してもらおうなんて思わない、恨まれても当然だと思う。だから、これはただの自己満足よ、自覚してる」

「あや、あのブローチは・・・」

「私がSPさんから貰ったものだよ。だけど、私のせいで職務上の失点を受けて、もう会えなくなったのよ。私が持っている訳にはいかないでしょ。だから栞さんに託したのよ。・・・それに私は海道さんのことを1秒たりとも忘れたりはしないから・・・」

「あや、真剣な恋をしてたんだね」

「当たり前でしょ。女の子なんだから。あんた達だってそうでしょ」


その後、昼食を摂り、近くの観光地に行き、写真を撮ってお土産を買ったりして楽しんだ。

16時、タクシーで本日の宿泊地のホテルに到着した。

表にある歓迎〇〇様の表示については断った。誰が見ているかわからないので、注意が必要だ。

代表者である私がフロントでチェックインの手続きをするのだが、トラブルが発生した。

「九条あやめさん、御一人で御一泊の予定ですね」

「すいません。三人で予約した筈です。調べていただけませんか」

「はい、しばらくお待ち下さい」

今回の旅行については、旅行代理店に依頼したし、新幹線のチケット3人分、ホテルの予約1人分などありえないではないか。

なんだなんだ、と二人も近づいて来た。

「あや、どうしたの?」

「ちょっと予約の段階で一人分しか取れていない、て言われて」

ホテルの人が戻って来て、私に言った。

「申し訳ありません。旅行代理店からは1名様で予約が入っておりました」

「え~、今から三人に変更出来ませんか?」

「生憎、本日は満室になっておりまして・・・」

二人がじと目で私を見ている。私のせいじゃないって!全部あの旅行代理店が悪いのよ!

私は旅行代理店で作成した日程表を見せて、三人分で予約したこと、お金も払ったことを説明したが、空き部屋が無いのでは対応できないか。

じゃあ、他のホテルを探そうか、と思った時に、私の後ろに並んでいた男が声を掛けて来た。

「どうかしましたか?」

「三人で予約した筈なんですけど、一人分の部屋しか取れてなくて困ってるんです」

ちえみ、知らない人にべらべら話すなよ。

「それなら丁度いい。実は僕も三人で旅行のつもりで予約してたんだけど、二人にドタキャンされて困ったんだよ。だから部屋を交換すれば、Win-Winじゃない?」

そんなうまい話があるものだろうか、私は訝しんだが、背に腹は代えられないので、その旨をホテルマンに言ってみた。

「わかりました。九条様は既に代金を支払っておられますので、無料で交換致します。そちらのお客様につきましては、当日のキャンセルですので全額お支払いいただきたいのですが、九条様の事も配慮させていただいて50%のキャンセル料でいかがでしょうか?」

「わかったよ。それでいい」

男が言ったので、これで問題は解決した。私達はキーを渡されて、所定の部屋に向かった。だけど、何かがおかしい、不信感は拭えなかった。


明るいうちにお風呂に入ろう、ということで三人で展望大浴場に向かった。

男風呂と女風呂の面積が同じとは珍しいな、私は上機嫌になった。

服を脱いでいると、二人が私を凝視していた。ん、何だろ?

「あや、おなかの疵、どうしたの?」

「ああ、これ、腎臓移植手術の痕だよ。父さんのおかげで、生きていられるんだ♪」

まだ、二人が凝視している。

「あや、胸、どうしたの?」

ちえみ、あんたに言われる筋合いはないぞ。

風呂から出て、脱衣場でしばらく涼んだ後、部屋に戻った。

後は夕食のバイキングだ。


食べた後、早々にベッドに入った。

ちえみは既に鼾をかいていた。

「やすこ、起きてる?」

私は小声で言った。

「うん、起きている」

「ちょっと場所を変えて、二人で話をしない?」

「・・・わかった」


24時近くのホテルのロビーは人もまばらで、私達はソファーに座った。

「やすこ、齋藤君、ショーマ、進藤先生からどこまで聞いているの?」

「いつ気付いたの?」

「別に三人に口止めしている訳じゃあないからさ、遅かれ早かれバレるだろう、とは思っていたわ。やすこが齋藤君を名前呼びし始めたことに気付いた時かな、私が気付いたのは」

「あや、何が言いたいの?」

「やすこが吹き込まれたのは、彼等の立場での見方に過ぎないし、彼等は自分の不利になることは決して言わない。だから私の体験したことや私の見方とは違う、って事」

「私は騙されている、とでも言うの?」

「そうは言わないけど。仕方無いのよ。誰でも自分を悪くは言えないからね。少なくともやすこには、私の体験している真実の一端を見てもらおうかな、と思うのよ」

「見てもらう?・・・どういうこと?」

「噂をすれば、来たわよ。・・・いい、やすこは黙って一部始終を見ているのよ」


男は私達に近づいて来た。

「こんばんは」

「ありがとうございました。部屋を変えていただいて」

「こちらこそ、ありがとうと言いたいよ。あのままだとキャンセル料は100%だったからね。・・・座っていいかい?」

私が返事をする前に男は向かいの席に座った。

「今日は本当にありがとうございます」

「いえいえ、困った時はお互い様ですよ」

「帰ったら、御礼をお持ちしますので、御名前を教えていただけないでしょうか?」

「名前ですか?私の名前は渡辺慎之介です。・・・名前だけで宜しいでしょうか?」

「ええ。名前だけで十分です。勤務先はわかっておりますので。私が今回の旅行のチケットを依頼した旅行代理店にお勤めですよね。私が担当のおばさんと話している時、何回か後ろを通りましたよね」

「ちっ、覚えていたのか」

「私に恩を売って、どうしようと言うんですか?まさかそれだけで何とかなる、と思っているんですか?」

「黙っていたら、つけ上がりやがって!どうなるかわかっているのか?」

「力づくで、私の好意が得られるとでも思ってるの?随分と安く見られたものね。・・・それとも私を殺してリセットしてみる?だけど、次が決まるまで、あなたは自由でいられるかしら?ここには防犯カメラも付いているし、私の友人がすぐに警察に通報出来る。それにあなたは何の準備もしていない。首を絞めても、指紋は残るわよ。・・・観念しなさい。あなたはもう詰んでいるのよ」

「わかったよ。今日のところは退散するよ。・・・だが、必ず御前を俺のものにするからな」

「何度でもいらっしゃい、必ず叩き潰してあげるから」

男は自分の部屋に戻って行った。


危機は去った。私の中から緊張感が抜け、身体が弛緩してゆく。

そして、寒気が襲い、がくがくと震える。胃がきりきりと痛み、吐き気が襲う。

私は近くにあるトイレに駆け込み、思い切り吐いた。

夕食として食べたごちそうもトイレへ消えてゆき、その後は苦しみと共に胃液を吐いた。

「あや・・・」

背後から不安そうなやすこの声が聞こえた。

「何度体験しても、やっぱり怖いんだよ。・・・見ず知らずの男に立ち向かうのは。男達からしたら交際を求める男の要求を断るだけだと思ってるかもしれないけど、殺されるかもという恐怖は必ずあるのよ。・・・恐怖を振り払って話しているけれど、内心びくびくしてる。・・・そんな事、ショーマも進藤先生も言わなかったでしょ。だって、彼等は男で、私に恐怖を与える側だから・・・」

一通り胃液を吐き終えて、私は口を拭った。

「やすこ、部屋に戻るわよ。ちえみが心配するといけないからね。・・・さあ、明日は何もかも忘れて、ぱあーっと遊ぶわよ」

やすこは浮かない顔のままだった。

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