●安河内ひまり、齋藤想意を追求し、親友を追う
親友である九条あやめは、とんでもないことを事もなげに言う。
あの時もそうだった。水曜日の午後、共通の親友である千枝美琴の部屋で夏休みの宿題をしている時だった。
「昨日の夜、富永悠一を見かけた」
富永悠一。路地裏で親友を襲おうとした男。一時的であるが、私達の仲を引き裂いた男。
あの時、私は悟ったのだ。私達の絆、友情がいかに脆いのか。そして私の親友は、私達の為なら友人関係を解消し、私達の前から消える覚悟を持っていることを。
「私の家の近くで見かけた。見つからないように帰ったから、多分大丈夫だと思う。母さんに相談して、すぐに警察に電話したから、あいつはストーカーとして警察に認識されたと思う。だから私は大丈夫だと思うんだけど、心配なのはあんた達。・・・あんた達、富永に尋問したんでしょ。だから、あいつ絶対に顔を覚えていると思う。気を付けてね。特に夜一人で歩くときは気をつけて。それから男子二人にもあんた達から言っておいて」
親友は私達に警告を発した。それは本当、だけど彼女が無事だったとは思えない。無事ならば彼女ならもっと軽口で言うだろう。心に大きな疵を負ったのだ、だから真剣に警告してくれたのだ。
「ごめん。私に関わったせいで、あんた達を危険な目に遭わせている。・・・もう、ここには来れないよ」
彼女は富永悠一に襲われた自分を恥じている。そして、私達が勝手に富永に会った事まで自分で引き受けようとしている。
待って欲しい。あなたの悩みを共有したいのよ。親友だから。
走り去るあなたを追いかけた。
だけど追いつけなかった。あなたはリムジンに乗り、遠くへ行ってしまった。
違う。本気で走れば彼女に追いつけた筈だ。
怖かったのだ。彼女が抱えているものを、自分も一緒に背負うことが。その覚悟は無かったのだ。
私は卑怯者だ・・・。
私と共に親友を追いかけていたちえみは、目の前で起きた光景を呆然と見ていた。
彼女の手足はがくがくと震えていた。
ちえみ、しっかりしてよ。
あんたがいれば、私もあやもそこに戻れるから。
あんたがふらふらしたら、私達の戻る場所がわからなくなるから。
私はちえみをの両肩を掴んで言った。
「ちえみ、私があやを連れ戻して来るから。あんたは戻って来た時に三人でパーティーするから、準備しておいてね」
「やすこ、お願い。あやを、取り返して来て」
「うん、任せて!」
私には心当たりがあった。齋藤君だ。
「もしもし、齋藤君、安河内だけれども、今晩時間ある?」
「安河内さん、いきなり何?・・・何かあったのかい?」
齋藤君ののんびりした口調に腹が立った。
「いいから早く来なさい!公園で待っているから。あやがピンチなのよ」
「九条さんが・・・わかった。すぐ行く」
ふーん、あやのことだったら、すぐに来れるのか。そーかそーか。
「言っとくけど、今晩帰れるとは思わないでね」
「・・・はい」
よし、掴まえた。
15分後に齋藤君は公園にやって来た。リュックを背負って、何やら多くの荷物を持って来ている様だ。
「ごめん、遅くなった。九条さんがどうかしたの?」
「さっき、リムジンに乗って、どこかへ行ったの」
「何で?どこへ?」
「それがわからないから、今から調べるのよ、二人で!」
「・・・そういう事か」
「ええ、そういう事よ。だから、まずあなたが私達に隠していることから話してちょうだい」
「なんで、・・・それを!?」
「そんなの、見ればわかるわよ」
あなたをずっと見ているから。
齋藤君はしばらく迷っていたが、決心して私に言った。
「わかった。話すよ」
私達は公園から24時間営業のファミリーレストランに移動した。
私と齋藤君は従兄妹同士で、近くにある葬儀場の通夜から抜け出して来ている、という設定である。
何でそんな面倒くさい設定がいるのかを尋ねると、15、16歳の高校生が深夜まで長時間居座って不自然でない理由がいる、との事だった。頭のいい人は色々考えるのね・・・。
その時、思いついたことを齋藤君に提案した。
「従兄妹同士なら苗字で呼ぶのは不自然じゃない?名前で読んでね、想意くん」
「・・・ひまりちゃん」
ひひひ。
ファミリーレストランの席を確保し、取り敢えず注文を済ますと、私は想意君に言った。
「それじゃあ、話してもらいましょうか、想意くん」
「わかったよ。・・・だけど、これは僕とひまりちゃんとの間の秘密だよ。千枝さんや見城、勿論九条さん本人にも言わないでくれよ」
「内容にもよるけど、まあ同意してあげる」
「じゃあ話すけど、三、四週前に四人で九条さんのことを調べた日があっただろ?・・・実は、その次の日だから月曜日だね。彼女は塾の講師に襲われたんだ」
そんな事があったなんて。あやはおくびにも出さなかった。
「偶然通りかかった僕が、その男を殴って、助けたんだけどね」
「じゃあ、どうして今まで黙っていたのよ」
「九条さんに黙っている様に言われたんだよ。皆に余計な心配をかけたくないって」
「それであの子の言うことを聞いていた訳?あの子が危険な目にあっているのを知っているのに!」
「・・・ごめん。今にして思えば軽率な判断だったと思う。ただ、もう一つ気になる事があって、みんなに話せなかったんだ。あの時、塾の講師に言っていたんだ。『黄金の乙女』をなめるんじゃない、って」
「『黄金の乙女』?何それ?」
「それがわからない・・・。その夜、星野さんに聞いたんだけど、『答えられない』という返事しか得られなかった。九条さんが先に手を回していたよ。次の日、進藤先生にも仁平茂樹に尋ねても同じだった。二人共九条さんから口留めされていたよ。それで九条さんにもう一度聞いたんだよ。そうしたら・・・」
「そうしたら?どうなったの?」
「はっきりと拒絶されたよ。優等生は勉強して、たまにオンナのコのことを考えてればいい、って。それでもって粘ったら、ひまりちゃんの為にも僕を危険な目に遭わせること出来ない、って。思い切り引っぱたかれて、メガネも吹っ飛んだよ」
「あや・・・」
やっぱり九条あやめは私の親友だ。友達の為なら自ら危険に飛び込む、そんな女の子だ。そんな親友を助けられないなんて、女がすたるというものだ。
「それで今日何があったのか教えてくれないか、ひまりちゃん」
「今日もちえみの家で夏休みの宿題をしていたんだけど、そこであやが言ったのよ。『昨日の夜、富永悠一を見かけた』って。本人は何もなかった、って言っていたけど、それは私達を安心させる為で、ホントはひどい目遭っているんじゃないか、って思うのよ。それで『富永悠一は私達の顔も覚えている筈だから気をつけろ』って。あやは、私達が危険な目に遭う恐れがあることで自分を責めている。『危険な目に遭わせている。・・・もう、ここには来れないよ』そう言って、ちえみの家を出て行った。そして、あやの家の前に停まっていたリムジンに乗って行ってしまったのよ」
想意君はしばらく考えた後、絞り出す様にして言った。
「お互いに違うエピソードを話しているのに、納得感があると言うか・・・」
「そうね、あやならきっとそうする、と思う話だわ」
「さて、どうするかだが・・・」
「富永悠一の件以降に、あやに何があったのか書き出してみない?」
私の提案に想意君は同意し、リュックからパソコンを取り出し、立上げながら言った。
「想意くん、これは何?」
「星野さんの事件以来の、九条さんの行動データを僕のわかる限り書き込んでいる。ひまりちゃんのわかっているところを追記していきたい。そこで何かわかるかもしれない」
「凄い。ストーカーみたい」
別に批難している訳ではない。ただ想意君が別の女の子のことを考えている、ということが嫌なのだ。その女の子が、親友ならばなおさらだ。
「ストーカーじゃないし。・・・最近、更新していないし・・・もっと、気になることがあったし・・・」
想意君、何言ってるんだろう?
「・・・とにかく始めましょ」と言って、私は想意君の隣に座って、モニタを眺めて、空きスペースを埋めていく。
「・・・富永悠一の後、新たにあやに接触して来たのは、塾講師の島畑和毅、クラスメイトの下田君、プールサイドにいた少年A、原宿で会った雑誌編集者内藤洋二郎、というところね。わかっているだけで、こんなに多いのはちょっと考えられないわね」
「だけど、九条さんは凄いね」
「バイオレットバタフライ以来、異様にモテているところ?」
「それもそうだけど、言い寄って来る男を全員断っているけれど、男達は告白前の立場を維持して、誰も九条さんを恨まない様にしている。それなのに僕達は、九条さんの為を思って富永悠一を排除し、結果九条さんが富永悠一に恨まれることになった。・・・くそ、僕達は何をやっているんだ!結局、彼女の足を引っ張っているだけじゃないか!」
「想意くん・・・」
「二人の情報はこれで共有出来た、と思う。でも、まだまだわからないことが多い。その点について聞いてみようじゃないか」
「ちえみと見城君?聞いても新たなことは出て来ないんじゃないかな」
「他の人を呼ぼうよ。星野さんと進藤先生を」
私が進藤先生に電話をかけ、想意君が星野さんと連絡を取った。
二人が私達のいるファミレスに到着したのは、22時前後であった。星野さんはサングラスをかけていたが、ただならぬ雰囲気を感じたのか店員さん達がひそひそと話していた。
「星野さん、こちらは三崎東高校の生徒指導を担当されている進藤先生です」
「進藤先生、こちらはあの星野さんです」
「どうぞよろしく」
「こちらこそ」
二人はお互いを警戒している様だ。
そこでまず、想意君が言った。
「今日来ていただいたのは、九条さんの行方を探す為にお二人が知っている事を話してもらおうと思っております。・・・本日17時頃、九条さんはリムジンに乗ってどこかへ行きました。お二人は何か心当たりはないでしょうか?」
「そうか、そういうことか」
進藤先生がぶつぶつ言っている。
「進藤先生、何かありますか?情報を共有させて下さい」
「今朝、九条に会う目的で学校に外務省の官僚が来て、俺が九条を呼び出した。多分、その件じゃないか、と思う」
「何の目的で来たのか、わかりませんか?」
「わからん。・・・俺は早々に退室させられたし、校長も教頭も外に出された。だから外務省から九条にだけ、直接何かを説明された筈だ」
「土曜日にある総理主催のレセプションパーティーがらみじゃないのか?実を言うと我々バイオレットバタフライも呼ばれている。先日の騒動を利用しているのではないか?それが日本側なのか、国賓として来日する某国の大統領側なのかはわからんが」
星野さんの話に、進藤先生は同意する。
「その線は考えられるな。だとしたら、某国側だろうな。日本が画策していたなら、少なくとも何週間か前に接触する筈だ」
「ちょっと待って下さいよ。何なんですか、一体。あやは普通の高校生なんですよ。外務省だとか、某国の大統領だとか・・・関係ないでしょ」
「でも、お二人はそう思われていないんですよね。九条さんだったら、あり得る話だと思われているのですね。それは『黄金の乙女』と何か関係があるんですか?」
二人は無言で頷いた。
「どうして、どうして僕達には何も話してくれないんですか?僕達はあなた達以上に九条さんのことを心配しています!」
「齋藤、それに安河内、そういきり立つな。俺も、星野さんも、御前達が九条のことを心配している事は百も承知だ。ただ、御前達が九条が抱えているものを受け止められるのか?今までと変わらない関係を続けられるのか?・・・もしその事で御前達が離れたら、九条の孤独を誰が癒すんだ?」
「わかりました。僕も覚悟を決めます。九条さんとは変わらず友人でいます」
「あたしだって。あやとは、ずっと親友だもん」
「わかった。そこまで言うのなら、話してやるよ。ただし、千枝には言うな。恐らくあいつでは、受け止められない。・・・齋藤、御前の言った通り九条あやめは『黄金の乙女』だ」
「進藤先生、『黄金の乙女』とは一体何なんですか?」
「伝説だよ。黄金の乙女と相思相愛になれば、この世の全てを手に入れられる、という・・・」
「すごーい。なんかお伽噺のお姫様みたい。あやがそんなお姫様だったなんて」
私の能天気な言葉を、星野さんが否定した。
「俺もそう考えていたせいで、あやを苦しめる事になってしまった。ちょっと考えて欲しい。この話が伝説だという事は、ずっと昔から続いているという事だ。つまり前の黄金の乙女、前の前の黄金の乙女もいるという事だ。仮に黄金の乙女を狙っている男がいたとして、今の黄金の乙女が誰かと相思相愛になっていた場合、その男はどんな行動を取ると思う?」
「うーん、その時は諦めるんじゃない?」
私の答えは甘いものだった。
「そうなる可能性もあるだろう。だが、もし自分に自信があるのなら、黄金の乙女の相手を殺し相思相愛の状態の解消を図る。自身がない場合は、黄金の乙女を殺し、次の黄金の乙女に賭ける」
星野さんの話を進藤先生が補強する。
「仁平茂樹がそうだった。仁平の年齢になると九条が恋愛感情を抱くことも無いだろう。だから一縷の望みをかけて、九条を殺そうとしたんだ。あいつはその時に『黄金の乙女』の裏の意味を知ったんだ」
「それでは九条さんはどうやってこの状況を打開しようとするんですか?」
「それはわからんが自分の境遇に関して、抗う意志を持っていた。だが知っての通りあいつは周囲の人間が巻き込まれるのを、非常に嫌う。今回の件は自分だけでは解決し難い何かの解決を政府に依頼した、バーターではないのか?」
「富永悠一・・・」
私の呟きを、進藤先生はしっかり聞いていた様だ。
「何だ、安河内。気になる事があるなら、皆に話せ」
「今日、あやが言ってたの。昨日の夜、富永悠一を見かけた。あいつは私達の顔を覚えているから、気を付けろ、って」
「決まりだな」
「ああ、そうだな。九条は御前等の安全とバーターで政府の依頼を引き受けたんだな」
「・・・そんな」
私は愕然とした。さっきまで何をしでかすかわからないあやを私達が守らなきゃ、という気分だった。まさか私達があやに守られていたなんて。
「安河内、齋藤、御前等を巻き込む事は九条にも本意ではないだろう。ここは俺達大人に任せて、御前達は大人しく九条の帰りを待ったらどうだ」
進藤先生の話はわかる。しかし、わかることと感情は別だ。
「あんた達にあやが守れる、って言うの!あやを取り戻せるの!」
「わかっているさ。俺達も無力である、って事はな。俺達もまた、あやに守られている存在なのだからな。考えてもみろ。俺達は随分酷い事をあやにしでかしている。それでも、以前の通り生活出来るのはあやのおかげなんだ」
星野さんの言葉に進藤先生は一切反論しなかった。それが事実なのだろう。確かに30過ぎの教師が15歳の生徒に告白するなど、あってはならない事実だ。
「じゃあ、その恩人に対して何をするの?」
「俺は、打ち合わせやレセプションパーティーで政府の要人と接触する機会があるだろうから、その際に何が狙いか探ってみるよ」
「わかった。・・・じゃあ進藤先生は何をするの?」
「そうだな。まずは校長と教頭から事情を聞く。それから、九条の帰る場所を守る」
「守る、ってどういう事?」
「学校としてはマスコミを集める騒ぎとなった当事者の九条を何とかして辞めさせたいんだよ。既にシークレットライブなんかを開いたせいで、全校生徒の授業の進捗に遅れが出ている。次に何かトラブルに巻き込まれたら、容赦なく退学処分となるだろう。だから、俺は何としてもそれを食い止めたい」
「わかったわ。あんた達は帰って、すぐにその線で動いて!私達は私達で出来ることをするから」
「安河内、何をする気だ?」
「・・・わからない。何をするかはこれから二人で考えるわ」
二人が立ち去った後も、私は腕を組んだまま、想意君はPCを操作しながら考えている。(因みに二人が立ち去る時、星野さんがここまでの支払いを済ませてくれ、進藤先生が軍資金を置いて行ってくれた)
1時間位考えたのだが、なーんにも思い浮かばなかった。
「あー、もう、何にも出て来ないわ。ねえ、あやの家に行ってみない?あやが帰っているかもしれないし、お母さんから何か聞き出せるかもしれない」
「そうだね、行ってみようか」
想意君も同意したので、私達はファミレスを後にした。
二人で歩いて、あやの家に向かった。
あやの家は玄関の灯りも消えて、二階のあやの部屋も真っ暗だった。
ただ違うのは門扉の所に男が直立不動の姿勢で立っていた。
「想意くん、あの男は何者なのかな?」
「さあ、恐らくSPじゃないのかなぁ」
「それじゃあ、あやは戻っている、と考えていいんじゃないかな。・・・SPの人と話してみない?」
「うん、それしかないかな」
私達はあやの家に向かった。
私はSPの人に言った。
「すいません。私達、九条さんの友人なんですが、あや・・・九条さんに会えますか?」
「申し訳ありませんが、面会する事は出来ません」
「それは何故ですか?」
「答えられません」
「失礼ですが、警察の方ですか?」
想意君の質問に、SPの人は無言で警察手帳を提示した。間違い無いだろう。
「ひまりちゃん、戻ろう。少なくとも九条さんの身の安全は保たれているみたいだから」
「でも・・・」と言った私の手を掴んで、想意君は歩いて行く。
「ちょっと、想意くん、痛いんだけど。・・・掴むのは手首じゃないでしょ」
「あ、ごめん」
慌てて話した想い君の手を、私は握った。
二人で私の家の前まで歩いて、今夜は解散となった。
想意君はこの後、二、三時間寝て、勉強と部活をこなして、18時に私と合流することになる。
それまでに、私の出来ることをやらないと・・・。
2時30分にベッドに入り、4時30分に目覚めた。私は簡単な朝食を摂ると、自転車に飛び乗った。
5時過ぎにはあやの家の近くまで来た。
こっそりとあやの家の様子は窺うと、数時間前と同じ姿勢でSPが立っていた。
リムジンがあやの家の前に停まった。
そして、ドアが開き、あやが出て来た。このまま飛び出して、あやの手を引いてどこかへ逃げようと思ったが、思いとどまった。そんなこと出来る訳ない。自転車の二人乗りで、リムジンを巻くことが出来るとは思われなかった。
あやとSPが乗り込むと、リムジンは走り去った。
私はリムジンのナンバーをメモした。
あやはドアに鍵をかけなかった。だから、あやのお母さんは在宅している!
私はドアを開けて言った。
「おはようございます。あやの友人の安河内と申します。朝早くで申し訳ありませんが、お母さんにお聞きしたいことがあります」
あやのお母さんは快く私をリビングに通してくれた。
「あなたが、『やすこ』ちゃんね。あやめから聞いているわ。『ちえみ』ちゃんは一緒じゃないの?」
「ちえみはまだ家で寝ていると思います。お母さん、最近あやに何か変なところ、ありませんでしたか?」
お母さんはしばらく考えてから言った。
「そうね、最近のあの子は色々巻き込まれているみたいだけど、手に負えなくなったら自分から言ってくるでしょ。今は政府からの依頼に戸惑っているみたいだけど」
「あやのこと心配じゃないんですか?」
「娘のことを心配じゃない親はいないわ。だけど、うちは母子家庭だからお父さんの役目も兼ねているのよ。ここで動揺したらダメだって思う」
「強いんですね。・・・あやにそっくり」
「肝っ玉ならもうあの子の方が強いわ。ついこの間、私もやらかしたしね。・・・今あの子に必要なのは親じゃなくて、あなたの様に心配してくれる友達だと思うの。親馬鹿かもしれないけど、あの子はいい子だと思う。だから、娘をお願いします」
「はい、任せてください」
あやの母親と話した限りにおいては、新たな情報は得られなかった。
でも何かエールをもらった気がする。
家に戻って、進藤先生に電話をかける。
校長・教頭から聞いた話によると、学校に来たのは『外務省事務次官』だった。
『事務次官って何ですか?』と先生に聞いたら、『新聞を読め』と注意された。
次にリムジンのナンバーについて調べる。
いかがわしいサイトだとは思うが、ナンバーを入力すると、車の持ち主がわかるサイトがあったので入力してみた。
「やっぱり・・・」
外務省のリムジンであった。
もう間違い無いだろう。あやは外務省の依頼で動いている。それも超VIP扱いの。
単なるパーティーのゲストにそんな扱いをするだろうか。まずしないと思う。
外務省があやに何等かのトレーニングを強制している、と考えるのが自然だろう。
何の為に、どんなトレーニングをしているのか?そもそも何であやが呼ばれる必要があるの?
星野さんと進藤先生の結論では某国側からの依頼だろう、とのことだ。
もし、外務省が『黄金の乙女』の伝説を信じなかったらどうなる?そんなところに某国の大統領から特定の女子高校生を呼ぶことを依頼されたら、外務省はどう解釈するだろうか?
まさかVIPへの振る舞い方を教えているんじゃないの?何の為か、考えられるのは夜の接待。
ぞっとした。いくら国益とは言え、無関係の女子高校生を差し出すのか。
あや、あなたは私達の為に、自分の身を差し出すの?
今すぐあやを助けに行きたい!だけど、今の私はあまりにも無力だ。
私だけでは考えられない。想意君が来るのを待とう。
想意君がやって来ると、私は今日調べた事と私の推測を一気に話した。
想意君は静かに聞いてくれた。
「それで私達は何をすればいいの?」
「ひまりちゃん、君も関している通り、僕達はあまりにも無力だ。だから、まず味方を増やす事を考えよう。僕達はパーティーに参加出来ないし、九条さんに会うことも出来ない」
「それで?」
「星野さんにはひまりちゃんの考えを話しておこう。恐らく昨日は僕等に気を遣って言わなかった部分だろうから。あの人なら九条さんのことを気にかけてくれるだろう。・・・それから、九条さんの家にいたSPさんに味方になってもらおう」
「あの人を説得するの?」
「多分、それは無理だと思う。僕達と話をすることは、その間警備をおろそかにすることだから。彼の仕事からしたら、NGだ。だけど、あの人が今最も九条さんの側にいるんだ。味方にすれば、これほど頼もしい人はいないよ」
「じゃあ、どうやって?」
「二人で会話をしながら伝えるんだ」
そこから、想意君は猛然と計算し始めた。ゆっくり歩いて時速3㎞として、九条さんの家の前6mくらいから話し始めて、約10m歩く間で会話としての情報を伝え終わる。SPさんに伝える内容は12秒に凝縮しなければならない。今度は台本を書き始めた。家の前でリハーサルをやらされたのはちょっと恥ずかしかったが、あやの為なので仕方が無い。
21時過ぎに出て、22時前にあやの家の前に到着した。
「まだ帰って来ていないね」
「そうだね。おそらく三食全て監視して万全の状態にして、送り込もうとしているんだろう」
「誰が考えているんだろ。ダイエットなんかしたら、あやの貧相な胸が悪目立ちするのに。想意くんはどう思う?」
「・・・知らないよ。九条さんの胸の大きさなんて。・・・プールの時も風邪で泳がなかったし・・・とにかく、ここに戻るのは寝る為だけにするのだから、帰宅は23時頃じゃないのかな」
私達は物陰で待って、23時30分を大きく過ぎた頃、リムジンがやって来た。
あやの家で、あやとSPが下車すると、リムジンは走り去った。
ドアを開けて中に入るあやは、何故か笑顔だった。何でだろう?長い一日が終わった安堵からなのだろうか?
「ひまりちゃん、行くよ」
私は無言で頷いた。
「あやめ、どこ行ったんだろう?」
「さあ、噂では今度来る大統領の慰み者になるって。大丈夫かなあ」
「わからないよ。連絡つかないし・・・」
カップルっぽく手を繋いで、これだけの会話をSPに届く様に話した。
棒読みでも構わない。寧ろその方が、自分へのメッセージだとSPにも気付くだろう、との想意君の考えは理解できる。
この後、想意君は家まで送ってくれた。握った手は私の意志で話さなかった。
翌朝、自転車に乗って、あやの家を監視する。
6時、前の日と同じ時刻にリムジンがやって来て、あやとSPが乗り込んだ。
私はリムジンが十分走り去ったのを確認してから、あやのお母さんの話を聞く。
特に変わったところはなく、目覚ましをセットミスしたのか3時に起こされたそうだ。
家に戻り、朝食を摂った後、進藤先生に連絡した。何の進展も無い、との事だった。
次に星野さんにも連絡する。星野さんには昨日の内容を報告した。
「多分、日本はあやを大統領に差し出すつもりだと思う。お願いだから、あやを守って」
「わかった。頑張ってみるよ」
星野さんの返事は煮え切らないものだった。星野さんでも国に叛旗を翻すのは怖いのだろう。ましてやフラれた女の子の為にとなると。
「お願いします。あなただけが頼りなんです。あやを助けて下さい」
星野さんの背中を押すことになれば、と思い言ってみたがどうだろうか?
さて、あやに関することは新情報が入らない限り、やることがない。
正確に言えば、一点あるのだが、それにはなかなか手をつけられないでいた。
他でもない親友・ちえみにどう伝えるか、という点だ。
『黄金の乙女』の件は、表の内容は構わない。単なるお姫様の話だ。私も最初はそう思った。しかし、その裏は、自分も自分の好きな人も常に命を狙われる、という地獄だ。親友・九条あやめはその地獄の中で一人で戦っている。そのことにちえみは耐えられるのか。進藤先生の言う通り、まだ言わない方がいい、と思う。
夕方、想意君がやって来たので、今朝の出来事を報告する。
その後、ちえみにどう話すか、ということを話し合った。想意君の意見も私と同じで、まだ言うべきでない、というものだった。ちょっと違うのは、その点についてはあやから皆に話すべき、と考えている点だ。
「きっと九条さんは突破方法を考えている筈だよ。だからそれも合わせて言ってくれれば、皆安心するだろ?」
そんな方法があるのか、私にはわからなかった。
「そろそろ時間だ。ひまりちゃん、行こうか」
「え?どこに?」
「今度はあのSPさんの方からコンタクトを取ってくれるかもしれないだろ?その確認さ」
23時過ぎにあやの家の前に到着した。SPさんがいないので、あやはまだ戻って来ていないのだろう。
24時を越えたところで、想意君が言った。
「ひまりちゃん、もう遅いから帰ろう。家まで送っていくから。その後、ここに戻って朝まで見張るから、今日と同じ時刻に来てくれないか?」
ここは想意君の判断が合理的だとは思うが、何故か逆らいたくなった。
「想意くんが残るなら、私も残る」
想意君は諭す様な口調で私に言った。
「それじゃあ、お互いに妥協して、26時までここで待ってみよう。それで戻って来なかったら、大人しく今夜は帰ることにしよう」
「うん、わかった」
結局、2時過ぎまで待っていたが、あやもSPさんも帰って来なかった。私達はとぼとぼと家路に着いた。
翌朝、飛び起きた私は、自転車に乗ってあやの家に向かった。
当然ながら、SPさんは家の前にも立っていなかった。
あやのお母さんに尋ねるべく、私はあやの家の玄関ホンを押した。
幸いにもあやのお母さんは在宅しており、やはり昨晩は帰って来ていないことが確認出来た。
この情報をまず星野さんに連絡した。
星野さんはバイオレットバタフライのメンバーとして今日のレセプションパーティーに参加する。パフォーマンスについてのリハーサルがあるから、比較的早い時刻に会場入りするものと思われた。
星野さんからは「わかった。俺も会場やバックヤードにいないか確認するよ」との言質をもらった。
昼食を摂り、テレビのニュース番組をザッピングしていた時、ようやくバイバタがリハーサルしているというニュースを見つけた。
その映像の中に、探していた少女を見つけた。見慣れないパーティードレスを着ているが、髪形といい、背恰好といい間違いなく『九条あやめ』だった。だが、表情には生気が無く、今にも倒れてしまいそうな
雰囲気だった。
あや、何があったの?
もうちえみに黙っていられない!
私は動画サイトの中から先程のニュース映像を見つけ出し、アドレスをコピーしてちえみに送った。
続けてちえみに電話をかける。
「ちえみ、とにかく今送ったメール、動画を見て!」
二、三分後ちえみから折り返しかかって来た。
「・・・やすこぉ、あれ本当にあやなの?」
「間違い無い。私達が九条あやめを見間違える筈無いじゃない」
「だけど、あやはあんな子じゃないよぉ」
「いいから、あやの家にすぐに来なさい。私もすぐに行くから」
「あやの家で何をするの?」
「あやの帰りを待つのよ。それがいつかはわからないけれど。・・・それとも、自分の家であやから『帰って来たよ』という電話がかかって来るのを待つつもりなの?」
「わかったわ。すぐ行く」
私は続けて、星野さんに電話をかけた。私が言うよりも早く、星野さんは話し始めた。
「ニュースを見たんだな。あの後、あやに会ったよ。落ち込んでいたから、色々と説得したよ。『時間はかかるけど、必ず元に戻る』と本人が言っていたから、御前もあやを信じろ。・・・だから御前達はあやを信じて、待っていてくれ」
「わかったわ。あなたも頑張ってね」
私は電話を切ると、自転車であやの家に向かった。
あやの家の前でちえみと合流して、あやのお母さんに会った。
「あやの帰りを、あやの部屋で待ちたいんですけど、構いませんか?」
「いいお友達を持ったわね、あやめは。やすこちゃん、ちえみちゃん、気にしないでここにいてちょうだい。パジャマとか蒲団の場所はわかるよね?」
はい、わかります。すいません、入り浸って。
「じゃあ、失礼します」
私達は二階のあやの部屋に入った。
見慣れた光景ではあるが、あやがいないだけで別人の部屋の様な感じがする。
何やら居心地の悪いまま、私達はテレビを見ていた。
19時頃、お母さんと共に夕食。ノンアルを飲みながら、あやの子供の頃のエピソードを聞いた。あやが知ったら怒るだろうな・・・。
翌日7時頃、お母さんと共に朝食。
10時頃、お母さんが部屋に入って来て、私達に言った。外務省から電話があって、総理と大統領の共同記者会見が終わり次第、娘さんには帰宅していただく。記者会見の修了予定時刻が19時だから、21時前には帰宅するだろう、とのことだそうだ。
12時頃、昼食。
20時40分頃、家の前に自動車が停まる音がした。車のドアを開ける音。誰かが降りる気配。ドアを閉める音がしたかと思うと、自動車は去ってゆく音がした。
門扉を開ける音がして、玄関ホンが鳴らされる。
私ははやる気持ちを抑えることが困難だった。隣にいるちえみも同じ感じの様だ。
ドアを開けて家に入る音がしたかと思うと、ダイニングのドアを開ける音がした。
しばらくお母さんと話をしたのだろう。その後、階段を登る音がした。疲れているのか、そのテンポはひどくゆっくりしていた。
ドアが開かれて、入ろうとしたこの部屋の主は呆然としていた。そしてみるみる内に涙が溢れそうになっていた。
その少女は私達の元に駆け寄り、肩を掴むと、私達の胸で泣き始めた。
「うわああああああああぁぁぁぁぁぁんんんん」
子供の様な泣き声だった。夜だとか、近所迷惑だとかはお構いなしの。
「・・・初恋・・・初恋だったのに・・・あたしの・・・あたしのせいで・・・二度と会えなくなっちゃった・・・」
私達は彼女の背中を優しくさすっていた。
あや、わかるよ。あなたの落ち込んだ眼も、痩せこけた頬も、血まみれのジャージもあなたが真剣に取り組んだ証だから。
今夜は思い切り泣けばいいよ。
だけど。
だけど、星野さんに誓ったように、優しく元気ないつものあやに戻ってね。
あなたは九条あやめ、私達の親友なんだから。




