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血の穢れ

 間違いない――血の穢れだ。


「十二支の獣が穢れを受けているだと? おいおい冗談じゃねぇぞ!」


「どうやって倒せばいいんだよ!」


 みな動揺している。思考停止している時間は無いというのに。


「撤退せよ!」


 総隊長殿の声がかかった。


「十番隊長、退きましょう。彼の神狩りの獣は穢れておられる、このままでは死者が出ます」


 退く? ここまで来て撤退するだと……。


「いいえ、退くわけにはいきません」


「なにを言っておられるのです! 穢れをご存じないのですか! 穢れを受けた生命は二十四時間破壊の限りを尽くすのですよ! 今のアレはけものよりも厄介な状態です!」


 確かに厄介なことになっている。しかし、ここで撤退してしまえば現世界の復興がさらに遠のく。


「隊長! 退こうぜ。賭けのことなんか気にしなくていい」「あの賭けは無しだ、アイリスの手伝いをしてやるから退こうぜ」アーサーからもジュノからもぼくを説得する声が上がる。


「約束は守る――ぼくは退かないよ」


「退くのです! なにを約束したか分かりませんが、これは総隊長の命令です!」


「総隊長殿、ぼくはヲウスを救いたい」穢れだけでも祓って安らかに眠ってほしい。


「バカ者!」


 ぼくは引っ叩かれた。女子に引っ叩かれるのは何度目だろう。いや、このセカイでは初めてか。


「自己犠牲とはいのちを捨てる言葉ではございません!」


「ならば総隊長殿、ぼくを信じてください。なにより、二十四時間も破壊の限りを尽くされたら米どころか肉や野菜も無くなってしまいます。ここが理想郷だとしても、元通りになるまでにインターバルがあります」


 ここで決着をつけるしかないんだ。


「ぼくを見ていてください。どうかぼくを信じてください」


 一生に一度のお願いを使うならこの場面だろう。ぼくを信じられるほど長い期間を一緒に乗り越えてきたわけではない、しかしぼくを信じてほしい。


「…………みなを退かせます。あなたは時間だけを稼いだら戻ってきてください」


「分かりました」


 ぼくの言葉を聞くと総隊長殿は隊を引き連れて退いた。


 出番だぞレンカ、ぼくは親父殿と御袋殿を超えられるか? いいや、超えるんだ。


 みな撤退してゆくなか、ぼくだけが最前線に足を運ぶ。と思っていたら、


「隊長! おれもあんたと残るぜ! 囮にでも使ってくれ」とアーサーは言うが、


「バカ、隊長の顔に泥を塗るつもり?」ルーナはアーサーの首根っこを掴んだ。


「でも、ひとりでどうにかできるのかよ! あれを相手に生き残れるのはヒトの領域を超えているだろ! あれは神殺しの獣だぞ!」


「アーサー、気持ちは分かるが、隊長を信じてやるのがおれたちの出来ることだ」とジュノ。


「そう、わたしたちは生きなければならないのよ」


「けどよぉ、隊長が生きて帰ってこなかったら全部が無意味だろ」


 まったく、駄々をこねるのはこどもの時だけにしてほしいものだ。こどもか……確か、〝誇り高く戦え〟と赤子(ややこ)に言った気がする。あれは結晶のセカイだったな。


 まあ記憶なんてどうでもいい、今は目の前の穢れを祓うことに集中しろ。


「行けアーサー。現世界に帰ったらみんなで宴会をしよう」


 ぼくの言葉にアーサーは武器を下ろした。


「分かった……枯れるなよ隊長殿」


 十番隊の隊員は撤退していった。


 うん、みんな成長した。あの臆病だったアーサーがぼくと残るなんて言うとは思わなかった。みんな強くなっている。強さ、それは力の強さではない、力を否定した強さだ。


 さあレンカ、目の前にいるのは十二支の白大イノシシ、その穢れだ。


 倒せるか? いいや、倒して生き残るしか選択肢はない。


「我が名、レンカ・スフィロラ・ゾハル、お相手願います」


<レンカ……その名を聞くと思い出す>


 話した……黒い液体(穢れ)が自我を持っている? どういうことだ、こんなの初めてだ。


<若いのよ、このセカイを幾度やり直した……>


 聞くな、聞けば穢れを受けるぞ。


「演舞――炎之舞」


<慌てるでない、時間はたっぷり残っておる。丁度ここにいるのはひとりと一匹よ>


「話をして何になる……話し合いで解決できる問題ではない」


 ぼくは十束剣で斬りかかったが、十束剣は折られてしまった。


 贖罪を使っても斬れない相手にぼくの鼓動は早まった。


<解決できる問題ではないか、それもそうだが、話さずして理解し合うことはできまい>


 ぼくは何も言い返せなくなった。穢れに悟らされてしまうとは隊長失格だ。


「ヒトと神殺しの獣の間に和平でも結ぼうというのか……」


<ははははっ、そんなことするつもりは毛頭ない……ただ、そなたの挑戦には諦めてもらう>


「現世界の復興を諦めろと言うのか……」


 この穢れたイノシシはふざけているのか? ぼくとアイリスだけじゃない、みんなの挑戦を諦めろと言っているのか? この上なく腹立たしい。


<そなた、まだ己が何者なのか分かっとらんな>


「ぼくはぼくだ、ただのレンカだ。何者でもない」


<その名だ……その名は源氏名であろう>


 なぜ分かる? この穢れはぼくの何かを知っているのか? しかし、知っていたところで教えてくれないのだろう。


「ぼくの何を知っているんだ……」


<多くの一族を見てきたが、どの一族も自分の名前さえ語れぬ出来損ないであった。そう、あの戌渡八房も源氏名を使っておったのう>


 なに? 夜禅の開祖も源氏名を使っていたのか。いいや、出まかせだ。戌渡八房が本名を隠す理由が見当たらない。


「何が言いたい……」


<しかし、里見の一族は名前を使い分けるのが得意だのう。怨嗟の日輪がある限り、生命の大樹もまた怨嗟を広げようとする>


 これも運命か。と、ヲウスは加えた。


「その運命をぼくは崩す」


<ははははっ、現世界(エデン)の謎を解く手がかりは教えた――話は終わりだ>


 ――来る!


<では、次代の日種と至れるのか、このヲウスが穢れ拝見してやろう>


 贖罪の力では太刀打ちできない。


ならば――と、ぼくは親父殿から託された刀を鞘から抜いた。


 刀は力ではない。力で振れば刀は応えてくれない。今のぼくに扱えるか? いいや、扱わなくてはならないんだ。


 天種降臨の武器よりしっくりくる。リンドウ殿に打ち鍛えられた刀は、ぼくのカラダの一部のように感じられる。


 今ならできる、今なら技の先の型を使える。ぼくが欲していたのはこの緊張感だ、死と隣り合わせのこの緊張感。ぼくのいのちだけを懸ける最高の賭け事。


<グオオオオオォ!>


 ヲウスが猛進して来た。


 繋伝舞、それ即ち最終奥義。


――これで本当の最後だ。


「演舞――花壱(かいち)舞、天津ノ型、祓不流亥奏伝はらえふるいのそうでん


 舞、型、技、これら無くして繋伝舞とは言わない。そして他者への挑戦はこの三つ無くして勝利に結びつかない。


 ぼくはヲウスを斬り、穢れを祓った。


<咲かずとも、日の種か……>


 ヲウスは地面に倒れた。


 演舞を使った反動で刀は粉々に砕けてしまった。


 リンドウ殿になんて言われるか、いいや、親父殿からもらった刀だから親父殿になんて言われるか……。でも、ぼくは生きている。


<呪われし一族よ、貴様らの血はこのセカイだけでは清められぬ。断罪すべき七本のセカイ樹の怒りを知り、穢れに挑戦し、足掻いて見せよ…………>


 そう言ってヲウスは今度こそ動かなくなった。


 呪われた一族か……。


 ぼくのカラダは繋伝舞の反動で硬直してしまった。そしてぼくのカラダが地面に崩れそうになった時、


「――まったく、無理をなさるお方だ」


 肩を貸してくれるのは一番隊長だった。


「少し、無理をしてしまいました」


「今回のヲウス討伐でわたしたち一番隊は何もしていない、この借りは必ず返します」


「借りなんて……そんな大したことはしておりません」


「借りは借りです、そんなことより見てください」


 と、一番隊長が振り返るので、つられてぼくも振り返れば、


「賭けはおれの負けだ、約束通りアイリスの手伝いをしてやるよ」「隊長大丈夫? ケガとかしてない?」「隊長の姿見ればわかるでしょ、ボロボロでしょ」「本当に完全勝利かましてくれやがったな隊長殿」


 夜禅部隊がぼくの凱旋を祝福してくれていた。


「犠牲者無し、完全勝利ですよ十番隊長さん」


 総隊長殿はニコリと笑顔を作った。


「さて戻りましょうか。現世界でわたしたちの勝利を待ちわびている方々がおりますので」


「はい、帰りましょう」


 みなで現世界へ帰ろう。


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