妖魔之記
アーサーの賭けに加えてジュノとも賭けをしてしまった。これが大人の遊びか、なかなかに緊張感のある遊びだな。全然面白くないけど。
これでもし賭けに負けたらどうしよう……いいや、誰かを死なせるなんてできない。いやでも、もしもオウスが穢れを纏っていたらどうする? 倒せるか? 刀を抜くか? いいや落ち着けレンカ、今は完全勝利だけを考えろ。いやでも…………
と、ぼくが悩みながら牡丹派本部の廊下を歩いていると、
「名乗ってくれてもいいのよ……」二番隊長が話をかけてきた。
「…………」急なことでぼくは驚いている。
「ほら、早く名乗りなさいよ」
おやおや、なんと威勢のいい女子だ。今の時代ではなかなか見ない女子だ。
ここは大人しく名乗ってやりたい、しかしぼくも男子だ、偽名でも簡単には名乗れない。
「そう言われたら名乗りたくなくなるのが我が一族」
「あなた友達いなそうね。一族の恥を曝しているボンクラみたい」
な、初対面ではないが、突然何を申すのだ百鬼の女子よ。確かにいまのぼくには友達と言える友達はいないし、一族の恥を曝しているボンクラなのも間違っていない。この女子の五感六感七感、いいや全知禅感はまるで最強の矛のような鋭さだ。
様々な面で鋭い、百鬼の悪鬼をこころに従える一族というのは真のようだ。
「あの、それは少し失礼じゃないでしょうか……友達はいませんが」
「失礼なのはあなたでしょ、わたしに名乗らないなんて失礼千万じゃない」
確かにそうですよね、名門の中の名門の一族のあなたに名乗らないなんて失礼どころか獄門台行きですよね。失礼しました。
「では名乗ります、ぼくはヤコという者です」偽名だとばれないか?
と、百鬼の悪鬼のような女子は鬼のような怪訝な顔つきでぼくを凝視してきた。偽名だとばれたのか? やはり隊長相手に偽名は通用しないか?
「ふーん、あらそう」
あらそう、それだけですかそうですか。偽名でも名乗ったぼくがいるので名乗っていただかないといろいろ困るのですけど……うーん、どうしましょ、どうしましょ、こうしましょ。
「そなたの名は」ぼくは訊いた。
「このかぶき者め! わたしに名を尋ねるとは何事か! わたしは七道巫の一族が一つ、百鬼の一族の女子であるのだぞ!」
いやいや参った参った、ひとりで百鬼の悪鬼を殺すどころではなく鬼神を殺す勢いの女子ではないか。なんと逞しき女子だ、さすが二番隊の隊長殿。昔どこかで同じようなことがあった気がするまである。
「しかし、ぼくの隊員の女子は教えてくれましたよ。七道巫の一族であるにも関わらず」
「え? そうですか……わたしはシオンです」
何故教えてくるのだ。これがデレるという女子の技なのか、もしかして技の先の型なのか。ふむ、癖の強いことこのうえない、これが百鬼の一族の女子か。女心は常に変わると肝に銘じておこう、いいや勘違いするなレンカ、女子は男子を勘違いさせる生き物だということをどこかの雑誌で読んだ気がする。つまり女子はミステリアス、単純な男子が勝てるわけもないか。
「シオンさんですか、良い名前ですね」
「わたしを呼ぶ時はシオンでいいわ」
「ならお言葉に甘えて、シオン」
「何かしら?」
「百鬼の一族の活躍は耳にしております、創世代より前の空白の年代からの活躍なれば――」
「――活躍って、同じ部隊の隊員を死なせた活躍? 確かにわたしの預かる部隊は他の部隊に比べて死亡率が高いわよ」と、シオンはぼくが最後まで話し終わる前に割って入る。
いやいや、何の冗談だ。ぼくはそんなことを言うつもりじゃないぞ。
「あの、それは活躍とは言いませんよ」
「じゃあ何?」
うむ、話づらい女子だ。思わず頭を掻きむしってしまいそうなほどの話づらさだ。
「あなたの一族の描く絵は素晴らしいです。それにぼくたちの制服を彩っている背中の牡丹の紋様はあなたの一族が描いたと聞きました。流石硯人族、素晴らしい限りです」
「ふっ、当たり前でしょ、わたしはあの百鬼の一族の出なのよ。この程度の紋様は描けて当然よ。それと、牡丹の花の紋様程度で感動しているところを見るとあなたはドの付く素人ね。わたしの一族には園卓紋様っていう百鬼の一族だけが描くことを許される紋様があるのよ。この程度の紋様で褒められたところで嬉しくないわ」
「あはは……」ぼくは思わず苦笑いをしてしまった。
シオンって二番隊隊長なのになんだかルーナよりも高飛車な気がする。隊長というのはもっと布に包まれた謙遜なのではないか? まあ、これが彼女の性格なら何も言いはしない。
「それでは、ぼくは先に失礼させていただきます」
うむ、今の空気ではアイリスの挑戦を手伝ってくれないだろう。ここは日を改めることにしよう。
「ちょっと待ちなさいよ」
えぇ、もうなんかこの場の空気から解放されたいのだけど。というか正直に言うと、シオンとは話していて気まずい。
「あはは……なんですか?」
「あなた、派閥を転々としていたんでしょ?」
「ええ、そうです」
「どうして派閥を転々としていたの?」
「変ですか?」
「変と言えば変でしょうけど、どの派閥も色とか匂いに癖があるから何とも言えないわね。友達いなかったの? それかあなたの性格が悪かったのかしら?」
痛いところガンガンついて来るな。シオンにはもう少し遠慮というものを知ってほしい。
「いや、友達はいましたよ。ぼくの性格が悪いかどうかは分かりませんが……」
普通なら気の合う者がひとりくらい見つかる。むかしぼくにも友達がいた。過去形だから今は友達ではない……と言うと変だから、友達はみんな夜禅という仕事でぼくより先に逝ってしまった。大派閥と大派閥を渡り歩けば派閥間で結びつきも生まれるだろうけど、夜禅という仕事ゆえに他派閥との接触というのはあまりない。
「ならどうして派閥を転々とするの?」
「後学のために派閥から派閥へと歩いているんだ」
「嘘ね。派閥から派閥へ歩いている理由なんてみんな失敗が理由よ」
「あはは……後学は嘘ではありませんがバレましたか。そうです、失敗が理由です」
「どんな失敗をしたの?」
うむ、シオンは結構積極的にぼくのことを訊いてくるな。このままではぼくの源氏名もバレてしまうかもしれない。そうなったら嫌だなぁ、って、自分から偽名を名乗ったのだから自業自得か。
「西國・枝ノ國の橘派にいた時の失敗は――まぁ夜禅部隊ならよくあることです」
「仲間がけものに殺されたのね。でもそれってあなたの失敗なの?」
「ぼくのいた部隊が隊長も含めて全員殺されてしまいました。ぼくの舞が途切れなければ守れたいのちでした」
「へー、そうだったの。まぁ、あなたは生き残らなくてはならないから仕方ないじゃない」
ん? どういうことだ? 生き残らなくてはならないって、禁止を用いた言葉じゃないか。どうしてぼくが生き残らなければならないんだ?
「あの、どうしてぼくが生き残らなければならないんですか? 橘派は、夜禅を命懸けでも遂行しようとする派閥ですよ」
とぼくが言えば、シオンはバツの悪そうな顔をした。シオンは、なにかぼくだけには知られてはならない物事を隠すが如く表情を歪ませている。
「あなた両親は? もう亡くなってたりする?」
「え、生きていますけど」
「死んだらその両親が悲しむでしょ」
「いえ、『百姓の血を継ぐ者、悲しんでいる暇はない』と言われて育てられたので、悲しまないと思います」
「そう……じゃあ、あなたが失敗をした時に両親は何か言ってきた?」
「いえ、両親はぼくが失敗しても気にしません」
ぼくに対してかなり無関心……いいや、かなり突っかかって来たし厳しかったけど、ぼくが夜禅を辞めると言った時、親父殿は『そうか』としか言ってこなかったし、御袋殿なんて『これで挑戦は諦められるわね』と、よく分らないことを言って安心していたな。
というか何だこの会話は、まるでぼくは尋問されているようではなか。
「まぁ、それもそうよね。みんな他のヒトなんてどうでもいいものね」
シオンも七道巫だ。両親から愛情を与えられることなく育ってきたのだろう。
ぼくの場合、万能と言われる両親を持てばぼくの名前も広く知れ渡るだろうけど、ぼくは出来が悪かったから名前はそんなに広まらなかった。それが唯一の救いだったのかもしれない。
「そっか……あなたの人生って悲しいわね」とシオン。
「やりたくもないことをやらされてきたからね。我が人生かみつけぬかませ犬の人生よ」
「そうだとしても、かませ犬になるまでの時間で何かしら得られたんじゃないの……」
「興味もなく、勝利もなく、かませかませのかませるものもなく、そこに残るは失望と汚い言葉の頭文字。あらやあらよと無駄な時間を無駄な時間のまま放置してしまった」
「あらあら、それはそれは、巫や士師たちと同じだこと。光栄に思いなさい」
これは困ったお嬢様だ。
「ところでシオンはアイリスの手伝いをしないの?」
空気が変わる感じがした。先ほどまでの冗談を言い合える空気はそこになく、冷たい空気が漂い始めた。
やはり話したことのないヒトにする話題ではなかったか。断られるのが関の山だな。
「……わたしが百鬼の一族出身と言っても出来ないことはあるのよ。特にアイリスの挑戦は雲を掴むようなものだもの」
「そっか……他の巫たちは協力してくれたんですけど、シオンには難しいですよね」
「他の巫? ――わたしも協力してあげてもいいわよ」
「え?」
一体どういう風の吹き回しだ? 先ほどの空気が完全に消えてしまったじゃないか。
「他の巫たちには負けたくないのよ」
「そうでしたか。ありがとうシオン」
「別にあなたのためにやるんじゃないわよ、わたしのためよ」
ふむ、シオンが負けず嫌いな性格でよかった。
なんだか意外な落ちが付いたようなので、やりましたよアイリス、これで後ひとりです。




