日紋之心の篇
時は経ち、またも現世界に夜がやってきた。
現世界の時間で明日はヲウス討伐日。最後になるかもしれない日……ということもあるのか、今日は各々が自由な時間を過ごしていた。
修行は昨日の時点で終わっていた。十番隊の隊員は疲れない五属舞を習得している。ヲウスの討伐日前に完璧な状態に仕上げられたとなれば、アーサーとの賭けはぼくの勝ちで終わるかもしれないが、油断できないのも事実だ。
「さあ、一番の壁だ」
と独り言をするぼく。ヲウス討伐の前に一つ問題がある。
隊員の中で一番問題なのはジュノだ。アイリスの挑戦に協力してくれるような感じには思えない彼といえば、今は絃張りの修行でひとり道場に籠っているらしい。
「失礼します」と、ぼくは道場の引き戸を引いた。
「おや、オルフェオ殿ではありませんか。何か御用で?」
「話があってね」
アイリスの挑戦に協力してくれ、という話だ。
「話? もしかして巫の情報でも聞きたいのか? どの巫だ? ヘレーラか?」
「いえ、そういう浮ついた話では」
「てか、隊長って彼女とかいるの?」とジュノはぼくの話を聴いてくれない。
「え……いえ、いませんけど」
なんだ急に、彼女いない歴=年齢のぼくに何を訊いてくるんだ。というか話のペースをジュノに奪われているではないか。
「もしかして男色か?」
「――違います」
今までに恋仲の女子が欲しいと思ったことはある、しかし仕事一筋のぼくが恋愛の話をできると思っているのか? というか急になんだ?
「ならよかったな、隊長はモテモテだぞ」
「それはありませんね。だって今まで裏切られてきましたから」
共に生き抜こうと約束した者たちに裏切られた。
「もしかして、好きな女が他の男に取られたとか?」
「いえ、みんな亡くなってしまったので、そういう感情の対象にした女子はいませんね」
裏切られた? いいや、裏切ったのはぼくの方だ。ひとりだけ生き残って被害者面して……ぼくは何を言っているんだ。
「なら安心していいぜ、巫たちは隊長を裏切ったりしねぇからな。良かったな、両手どころか隙間なく花でいっぱいになるぜ。側室を作り放題だ」
何故ぼくがハーレムなどという幻想に浮つかなくてはならないんだ。ぼくは一途なヒトだ、ひとりの女子を大切にできない男子は男子ではないだろう。社会が平等を求めていても、心を平等になんぞできようものか。
「なんてな、冗談だ。けど巫たちが隊長に好意を寄せていることは確かだ」
「そんな情報はいりません」
「あの女どもは我慢ができる女子たちだ。目先の報酬に群がったりしない、約束は絶対に守る。まぁ、アイリスとの約束は破ったけど、隊長との約束は絶対に守るぜ」
どんな根拠があるんだ? というかアイリスとの約束を破っている時点で話にならないじゃないか。他人の気持ちを裏切るのは女子とは言わないだろう。
「女心は難しいんですね」
「あの女どもを悪く言えば――普通じゃない、異常だ」
え? 急に悪口ですか。それは穏やかではありませんよ。あなたの性格がひん曲がっていると言ってもそれはあんまりですよ。って、ぼくもジュノのことを悪く思っているな。
「異常、ですか……どんな異常でしょうか?」
「異常な執着心があるんだよ。その執着心の矛先が隊長に向いているんだ……過去に巫たちと何かあったんじゃないのか? って、おれの予想だ」
なんの冗談だろうか。確かに彼女たちの目はきらきらと輝いている、しかしぼくと何の関係があるんだ? 憶えていないと言うより最初から何もなかったとしか言いようがない。
「彼女たちとは何もありませんよ」
「なら未来で何かあるんだろうぜ」
そんなこと言われても未来なんて予想でしかないだろう。あ、だからジュノは予想しているのか。
「それで、話ってなんだ?」ジュノは本題に移ろうとする。
「絃張り、頑張っているんですね。舞に絃を使うヒトをぼくは初めて見ましたよ」
と、本題に入る前にぼくはジュノの修行進行度を訊ねてみた。最初にアイリスに協力してと切り出してもなんか断られそうだから最初はやんわりと相手の気持ちを落ち着かせてからだ。
「頑張るしかねぇよ、なんたっておれが次代の譜絃師だからな」
譜絃師とは――機械と理想石を繋ぐプログラマだ。現世界にある機械類は全て絃によって制御されている。三相劃の一族がひとつ、羯羅の一族は音楽の譜面のようなものを絃に書き込みする技術を開発した、それが三光一絃流の始まりとされているが……本当は違う。
「三光一絃流は元を辿れば舞を彩る音楽を作る流派だったそうですね。昔は音楽に合わせて舞を踊るのが一般的だった、その音楽を奏でるのに絃が必要だった、と言えばいいのでしょうか?」
「よく知ってるな。隊長の言う通り、元々三光一絃流の絃は音楽を奏でるだけの絃だった……それが今じゃ機械技術やらイデアル武器の制御に使われている。三光一絃流も四光二絃流も今じゃ音楽を作るよりも武器やら兵器を作ってた方が金になる――正直言って今の譜絃師はどいつもこいつもクソだ」
ジュノはクソと言うが、現世界の復興には譜絃師が必要だ。機械技術無くしてヒトの生活水準は高く維持できない。
「先代の譜絃師方のおかげでここまで復興できたのです。聖戦の傷跡を修復するのにはヒトの手だけではもっと時間がかかっておりましたので、あなたの一族は誇り高いです」
人々の暮らしのために機械は日夜頑張ってくれている。現世界が死した土地と言われていても、機械たちは明るい未来のためにいのちを削っている。
「……隊長は、魂と機械の歴史を知っているか?」と、ジュノは訊いてくる。
「かつて人間族は機械に魂を宿そうとした。機械が魂の無い入れ物だと思って聖戦の兵器にしようとした。しかし、『機械には魂が宿っている』と、ウィクトーリア家とフレスヴェルグ家は主張した……なのに人間族は無理やり機械を魂の無い兵器にした。聖戦に利用するために作られた抜け殻の機械はヒトを殺し、神をも殺し、血と涙を流した。そうして流れ出た機械の血と涙は、黒白の鉄と言われて現世界の海を汚染し尽くした」
「流石夜禅部隊の隊長殿、博識ですな」と、ジュノは絃の束を畳に置いて、「んで、話ってなんだよ。絃張りの修行について隊長は何も分からねぇだろ、他に話があるんだろ?」
どうやらジュノは気付いているらしい。
「アイリスの手伝いをしてみない?」
「やらねぇよ」
「昔は手伝っていたんじゃないか?」
「昔の話だ、今は機械がやってくれる」
ふむ、ならば最終兵器を使うしかあるまい。
「そういえばニケ・ウィクトーリアが――」
「――ニケが手伝えって言ってもおれはやらねぇよ!」
なんて頑固な男子だ。アイリスの手伝いくらい付き合ってやればいいのに。
「じゃあ賭けをしましょう」
「賭けだと? やらねぇよ」
「三相劃の一族の嫡男として生まれたならば、次代の士師を継がなければならない。士師それ即ち獅子。それとも獅子はただの負け犬、いや子猫ちゃんなのかな?」
「んだと? 羯羅の一族のおれを煽るとはなかなかに隊長も肝が据わっておっしゃる」
おや? 乗って来たか? 流石に名門の一族となれば煽られ耐性が低いのかな?
「賭けますか? それとも賭けませんか?」
とぼくが訊けば、ジュノは考えるように顎に手を添えてから、
「賭けの内容は?」
「この賭け、実は集奏の一族の嫡男ともしておりまして……同じ内容でよろしいですか?」
「アーサーが? あの臆病者が賭けを?」
「ええ、今度のヲウス討伐作戦で死者がでなければぼくの勝ち、死者がでた場合はぼくの負けという単純な賭けです」
「ほほー、それは命懸けだな……いいだろう」
やりましたよアイリス、これで死者さえ出さなければぼくの勝ちだ。
「――ただし、もう一つ条件を加えさせてもらう」
なんと? もう一つ条件?
「なんでしょう……」
「何かしらの理由で撤退した場合はおれの勝ち。つまりヲウス討伐を成功させ、なおかつ死者がでなかった場合は隊長の勝ち――完全勝利で頼むぜ」
完全勝利か……なかなかに厳しい条件だ。しかしアイリスとの約束は守らなければならない、これはぼくへの禁止だ。アイリスを悲しませることはできない。
「完全勝利――引き受けましょう」
こうしてぼくは人生初の賭け事をしたのだった。




