峠洞之記
日が完全に沈んだ頃。
ぼくは亡くなった方々へ花束を贈るために牡丹派のお墓へ来ていた。魑魅魍魎が跋扈する夜にわざわざ行きたくないが、夜でしか会えない人物もいる。
何の縁もないけれど、先代の方々の血はふたりの人物に結びついている、だから他人事ではいられない。
と、ぼくより早く墓参りをしている人物がいた――サティヤだ。
「こんばんは」
「あ、隊長。こんばんは」
ぼくはお墓に菊の花を供えた。この行動で、夢半ばで散っていった花たちが蘇ってくれたらいいのだけど、現実は欺瞞に満ちている。
「ヒトは死んだらどうなるのか……隊長はご存じですか?」
これはまた凄く難しい質問だ。
「輪廻の一族は、死者は転生をすると信じているんでしたっけ?」
「はい。しかし死してしまえばみな土も同然、残された者の悲しみなんて知らないのでしょう」
あはは……と、ぼくは苦笑いをしてしまった。土も同然か、同じお墓に入れるだけマシなのだろうけど、そこは問題じゃないか。残された者の悲しみ、どれだけの悲しみで現世界は出来ているのかな。
「そんなことはないと思うよ。先代の方々は次代へと意志を託したんだ、土へ還って、土地が生き返りますようにって願いを込めたんだ」
「隊長って楽観的ですよね」
楽観的じゃないと夜禅も修行もやってられない。それがぼくの本音だ。
「悲観的なぼくはみんなに見せられないよ。なんたってぼくは隊長だからね」
「隊長だから悲観的な部分を禁止されているんでしょうか?」
「まあ、禁止しているのは確かだね」
かつてぼくには楽観的な友達がいた。(死ぬときは一緒に死んでやる)そう言って笑った彼ら彼女らは、みんなけものに殺された。
次はぼくがけものに殺される番だと思っていても、いつもぼくだけが殺されない。だから次こそはぼくがみんなに言う番なんだ。
「じゃあ――死ぬときは隊長と一緒に死んであげます」
と、先に言われてしまった。ぼくが言おうとしていたことをサティヤは簡単に言ってしまった。
やっぱり、ぼくは何度も繰り返しているのか? 同じ時間を何度も繰り返して、また誰かを犠牲にして生き残るのか。
「――死なせませんよ。今回のぼくは誰も死なせない」
ぼくが言うと、サティヤは微笑んだ。
「天地の男と花々の女――そのふたりの創造によって人類は始まった。と、巫の一族には伝わっております。隊長の扱う言の葉はその天地の男と瓜二つのようです」
「天地の男……《天地創造》《アダムとイヴ》よりも昔の話ですか?」
「そうです。歴史書には記されない空白の歴史ですが、巫と士師の一族には遺伝の記憶がありますから、隊長とその天地の男が瓜二つなのは間違いありません」
遺伝の記憶? それは初めて聞いた……いいや、そうでもないな。ヒトは過去から受け継いで来て今がある。原罪も遺伝の記憶と言ってもいいのかもしれない。
「瓜二つか……」
ぼくはつぶやいた。神さえも創ったとされるふたつの柱、その柱はどうして世界を創ったのだろう? はぁ、考えても靄がかかったようになる。冥王紀よりも前の空白の世紀か。
「隊長はアイリスを知っているんでしょ?」と、唐突にサティヤは訊いてくる。
アイリス・イヴ・エヴァニティ、知っている。昔どこかで会ったような気がするけど、思い出せない。
「ええ、知っていますよ」
「どこまで知っているの?」
どこまで? どこまでだろう。アイリスという名前と現世界で植物を育てようとしている事と……それだけかな。
「まぁ、知り合ったばかりなので名前と挑戦している事だけしか知りませんよ」
「そっか……じゃあひとつ教えてあげる」
ひとつ? ひとつどころか全部教えてほしいくらいだ。アイリスという女子は謎の多い生き物だ。あの時なんでぼくの源氏名を知っていたのか、なぜぼくが彼女の名前を知っていたのか、謎は深まるばかりだ。
「じゃあお言葉に甘えて、ひとつ教えてください」
「アイリスはね――なんでも知っているんだよ」
「ふむ、それは……謎がひとつ増えましたね」
なんでも知っているからぼくの源氏名も知っていたということか、なら失ったぼくの本当の名前も知っているということか? 分からない、無限の謎だ。
「ふふっ、女の子は謎が多い生き物なんですよイカルスさん」
「じゃあ謎の多いサティヤさん、どうしてあなたはアイリスから離れていったのですか?」
「わたしとアイリスとでは見えているものが違うから、って、巫のみんなは同じ答えを出すと思う」
現世界の復興、それは長い目で見ても今より良くなるとは思えないものだ。生き物を生かす日は生き物を殺し、生き物を繁栄させる土は死んでいる。大罪時代の余波は再生時代の復興を無いものとしている。
「生きていれば反撃できますよ」
「そうだとしてもわたしには無理です、アイリスを裏切ったわたしは穢れております」
「穢れてなんていないよ。七道巫は穢れを祓ってきた一族じゃないか、誇り高いよ」
「そんなことはございません、失敗ばかりですよ……」
それでも、ぼくたちは挑戦しなくてはならないんだ。
「復興の時代に生まれ落ちたこの命は、何としてでも次代へと繋がなくてはなりません。現世界で植物が生きていた時代は花が落ちれば実が成りました。ぼくたちも、花のように色褪せても、次代の為にと挑戦し続けなければならない」
「隊長の言う通りです。しかし……」
「失敗してもいいんだ」
「…………」
「サティヤもアイリスの挑戦に協力してくれないかな?」
ぼくが言えば沈黙が続いた。
アーサーの時と同様に何か賭け事をしなくては乗ってくれないか? いや、七道巫が賭け事なんてしないはずだ。
と、ぼくが考えていた時、
「ああもう! 分かりました。わたしたちにお墓はまだ早いので、協力してやりましょう」
以外にもあっさりとぼくの誘いに応えてくれた。
「ありがとう」
「約束ですからね! 必ず守ってください!」
約束? 守る? なんのことだか分からないが、大丈夫ぼくはレンカだ。
「ええ、必ず守ります」
他の誰かが成長できるような言の葉を使わなくてはならない――それはぼくへの禁止だ。
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