流部之記
これは図書館でのこと。
図書館と言ったら歴史書、歴史書と言ったらベル、そう言えるくらいぼくとベルは図書館で鉢合わせしている……というか偶然ではないくらい会ってしまう。
「今日は何の歴史を読んでいるの?」
「血の呪いと日の呪いだよ」
おやおや、それは己の一族が背負う重い歴史を読んでいるようで、ぼくはどう返していいか悩んでしまうよ。
「誰かの役に立ちたいって気持ちは分かります」
「なにそれ、わたしそんなつもりで歴史書を読んでいないわよ。趣味よ趣味」
そう言うけれど、普通血の呪いや日の呪いについて知りたいヒトはいない。知れば呪われると言われている呪いについてなんて調べたくない。ベルは誰かのためにと思って調べているとしか考えられないよ。
「趣味と言ってもなかなかにハードな趣味だね。膨大な歴史の中から真実を見つけるのは大変だろう」
「歴史と歴史の辻褄を合わせるのに必死と言えば必死だけど、楽しいから続けられるの」
「そっか、楽しいことはいいことだ」
と、ぼくも歴史書を一冊手に取った――《士師巫日の呪い》という題名の歴史書だ。
「隊長はさ、<日>って何なのか分かる……」
「日?」太陽のことか、それとも日の心構えのことか、いや、日の呪いのことか。日か…………昇るものなのか沈むものなのか、はたまた冷たいものなのか温かいものなのか。訊かれてはみたけど日とは何だろう。
と、ベルの質問に答えられないでいるぼく、そこで彼女は、
「歴史書には戌渡八房が穢れた日人を斬ったって記してある。そこでさ、日人の日ってなんだろって疑問が浮かんだの。三相劃の一族や七道巫の一族は日に呪われている。聖戦時代の空白が今なおわたしたちを苦しめているっておかしな話よ」
「【怨嗟の日輪】ですか」
「え! あははっ……隊長ってどうしてそんな言葉知ってるの? 名門の家柄しか知らない言葉だよ。もしかして隊長って超名門の生まれとか?」
「いえいえ、御家は名無し、そして出身は花ノ國の超の付くド田舎です」
「そっか……ねぇ隊長。隊長って日の下を帽子すら被らずに歩けるんだよね、それも半袖で歩けるんだよね?」
おかしなことを訊いてくると思うだろうが、相手が七道巫の一族ならこの質問の意味は分かる。
「はい。そうです」
「そうだよねぇ、わたしも現世界の太陽の下を真っ裸で歩いてみたいなぁ」
「いや、真っ裸で歩くと捕まりますよ」
現世界の太陽は変わっている。どのように変わっているのか説明は難しいけれど、太陽が輪となっているというのが一番しっくりくる説明だろう……いや、もっと簡単に言うと、光輪となっていると言った方が説明はつく。
三相劃の一族や七道巫の一族は現世界の日の下を歩けない。現世界の日に当たっているだけで皮膚は燃えるように焼かれるのだそうだ。
と、ぼくは歴史書の一文に目を通した。
(穢れ多き時代、星守の一族の女子死して穢れの共鳴を成した。七道巫の一族から出た最初の穢れ背負う女子、その女子の名を倭咲菜美という)
イザナミ……どこかで聞いたことのある名前だ。昔読んだことあったっけ?
「歴史は繰り返す」とベル。
「歴史の循環。歴史家のほとんどは聖戦時代の再来を恐れているんでしたっけ……」
「まあね。その聖戦の再来を中二病的に予想すると、穢れた日人が復活するための依り代――それが三相劃の一族か七道巫の一族って可能性あると思う」
穢れた日人顕現か。英雄たちの遺志が現在まで遺るように、聖戦の闇もまた次代へと遺す。かつての聖戦を模倣するように宿命づけられているのかもしれない。
因果か……。
「ぼくは歴史でしか触れていないけれど、日というのは温かくて明るい。日人というのは深く考えないそのままの意味でいいんじゃないかな? 明るいとか、温かいとか」
日を見ていると、自分も成長できるような感覚になる……それが日なのではないかと思う。
「そっか、じゃあわたしにとっての日人はアイリスだ」
「そうなんだ、アイリスってベルにとってどんなヒト?」
「簡単に言うと、関わってはいけないヒト」ベルは歴史書を閉じて、「アイリスの目的は目に見えないんだ。どれだけの時間を使っても土地は死んだまま、そんな土地で植物を育てようだなんて、無限の時間があっても不可能だよ。だからわたしはアイリスから離れていった……趣味や遊びで関われるほど優しい道じゃないって分かったから離れたの」
確かにアイリスの道は優しい道ではない。どれだけ努力しても報われないのかもしれない。
「趣味や遊びでいいんだよ。土地が生命を拒んでいるなら仕方ない、でもぼくたちは生きているじゃないか。この死した土地で諸人が生きているなら、趣味にも遊びにも無限の可能性はあるよ。趣味や遊び、それ則ち無限の可能性なり」
「あははっ……隊長は錬金術師の素質あるよ。遊んでいるようで真剣にやっていて、錬金術を使ってお金になるものを生み出さない。隊長が錬金術で生み出すのは無限の可能性だね」
ぼくとベルは微笑んだ。こんな会話で笑いあえるのはぼくとベルくらいかもしれない。
「またアイリスと笑いあえるかな?」
「もちろん、ベルが帰ってきてくれるのを待っているよ」
ぼくの儚い願いなのかもしれない。でも今笑いあえるなら、アイリスとも笑いあえるはずだ。
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