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神鎧戦騎 アトラス  作者: 谺響
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第17話 「夜の来訪者」

最終的には協会からの返答待ちになるが、去る者追わずといった雰囲気が村の中にはすっかり出来上がってしまっていた。各々どうするかは各戸で十分話し合うようにと、村長が告げて、集会はお開きとなった。

アトラスの家でも、夕食の後で話し合いが行われた。と言っても、アトラスが残ると言って譲らないのはイアだけでなく両親も予想していたところで、今朝のような勝手な行動は慎むことを条件に、あっさりと話はまとまった。


「教会の調査団について手伝っていれば、この子の将来の為にもなるでしょう」


「アトラスは学者さんなんて柄じゃないと思うがな」


「あら?好きなものを追い続けていくのが人生だって、あたしはあんたから教わったんだけど?」


食後の後片付けをしているイアとアトラスの後ろで、両親がそんなやり取りを繰り広げていた。

母親の言う通り、教会に何かしらのコネが出来れば、人生の幅はかなり広がる。アトラスが神話学者になるかどうかは一先ず置いておくにしても、それは損のない話だ。


「ま、マウロさんみたいな落ち着きがあって、気配りのできる人に師事するのはいいことだな。あの人はいい人だ。アトラスもちょっとは見習うといい」


父親の言葉が耳に痛いので、アトラスは聞こえなかったことにする。返事を返さなかったのは、父親の言う「あの人はいい人だ」という台詞に、完全に同意することが出来なかったから、というのもあった。先日の村長の家で話を聞いた時のことが思い出される。

悪い人ではない―――ないと、思いたい。

あの時、神話についてのあれこれを語るマウロの目はとても輝いていて、まるで子供のようだった。当人が言っていたように、神様の教えよりも、神話時代の話や遺物に触れることが生き甲斐なのだろう。自分と同じものが好きで、それも自分よりも造詣の深いマウロのことをアトラスは、嫌うわけではないのだが、どこか信用が置けないのだ。特に、イアが絡むことに関しては。

マウロにとっての一番が神話の世界に触れることならば、そのためにはイアの意にそぐわないことを強要されるかもしれない。それがアトラスの懸念だった。


「どうかしたの、アトラス?」


イアに問われてアトラスは、食器を洗う手が止まっていることに気が付いた。


「えっ?ううん、別に」


慌てて答えたのが良くなかった。イアの詮索する目線が、止まない。こういう時、アトラスには抗する手立てがない。

洗い桶の中から皿を取るのにかこつけて、イアから目線を逸らす。


「イアは、マウロさんのこと、どう思う?」


止まっていた二人の手が再び動き出す。しばらくは水音と、時折食器の触れ合う音だけしかしなかった。アトラスの考えを或いはその懸念までもをなぞったのか、しばらく考えてからイアは答えた。


「悪い人ではないんじゃないかしら?きっと根はとても純粋で真っ直ぐなのに、見かけよりもずっと深く他人のこととかまで考えているみたいだから、少しミステリアスに感じてしまう部分はあるわね。教会の方だって思っちゃうと、ちょっとだけ近寄り難いところもあるし。でも実際には気さくで楽しい人じゃなかったかしら?アトラスは、そうは思わなかった?」


一度はそう思ってしまったからこそ、悩ましく、そして上手く言語化できないのだ。ここでよく分からないままにマウロのことを悪し様に言っても、きっと意味はない。

アトラスはイアの問い掛けには答えず、代わりに別の質問を投げかけた。


「イアは、マウロさんに変なこと言われたりしなかった?」


「んー、別に。勿論、アーティーのことも一言も喋ってないわよ。内緒にしようって、約束したものね」


イアはアトラスが秘密を守ってくれるか心配していると受け取っているようだった。マウロの好奇心を無闇に刺激すれば、懸念が実際のものになりかねないので、確かにその心配はある。最後の皿を磨き終えて、アトラスが改めて念押ししようとしたところで、扉を叩く音があった。


「ごめん下さい」


夜の来訪者は、今まさに話をしていたマウロその人だった。父親が破顔一笑して迎え入れる。


「これはこれは、マウロさん。ようこそ」


「お邪魔します」


「今晩は」


イアとアトラスの二人も、台所から顔を出して挨拶する。マウロは父親に勧められるままに、腰を下ろした。


「ひょっとして、移住の件で?」


「えぇ、まぁ、そんなところです」


「それでしたら、ウチは残ることに決めましたよ。もう、せがれがうるさくて敵いませんでしたよ」


「それは良かった。アトラス君は随分と神話に興味があるようでしたから、是非手伝って欲しいと思っていたんです。場合によっては私がご両親を説得しようかと思っていたくらいで」


わははは、と二人の笑い声が重なる。

マウロさんは本当にそんな事の為に家にまで来たのだろうか?そもそも、マウロさんが必要としているのは、自分ではなくてイアであって、強いて言うならば自分は、イアを上手く扱うための手綱として、あった方がいいくらいのポジションではないのか?そんな考えがアトラスの頭の中を駆け巡る。案の定、マウロの本題はその先にあった。


「実は、それともう一つ、ついでにお伺いしておきたいこともありまして……」


ちらりと、マウロの目がその端にイアとアトラスの二人を捉える。その視線に気が付いた父親は、二人に部屋に行くように言った。両親とマウロの3人だけが残った居間に、子供部屋の扉が閉まる音が届く。


「伺いたいこと、というのは、イアのことですかな?」


「はい。イアちゃんと、アトラス君と。あの二人のことです。私が聞いた話では、アトラス君がまだ幼い頃に裏山の祭壇の洞窟の奥、禁域の扉の前でイアちゃんを見付けた、ということでしたが……」


マウロは今この時になってもまだ、逡巡していた。その先の仮説を本当に訊くべきなのか?いささか突拍子もない話だけに、口にすることが憚られる。マウロの口の中にはただただ言葉にならない呻き声が溜まっていった。しかし、それも意を決して、問い訊ねる。


「逆、ということは、ありませんか?」


「逆、というのは?」


「つまり、イアちゃんがお二人の本当のお子さんであるということです」


そのマウロの言葉に、両親は目を丸くした。

事前に話を聞いた時から、あの姉弟には何かあると、マウロの本能が察知していた。誰がどう聞いても、イアと扉の関係性は疑うだろうし、そこからあの空襲や、巨神との繋がりまで想像を拡げるのは、そんなに難しい話ではない。実際、最初の空襲があった時には二人は村にはおらず、祭壇の洞窟で扉を探っていたという。イアが何か重大な鍵を握っているのは最早、疑いようもない。

しかし今朝の空襲を受けてマウロは、別の可能性に気付いた。今朝、あの巨神が姿を現した時には、イアは村に居たのだ。居なかったのはアトラスだ。もしかすると、イアよりもアトラスの方が事の核心に近い所にいるのではないか―――?もしそうだとするなら、マウロの計画にはいくばくかの修正が必要になって来る。

しかし、母親がそれを否定した。


「そんなことはありませんよ。もっとも、本当の我が子と思って育てていますけれどね」


穏やかな表情に偽りはなさそうだった。


「ええ、あの二人を見ていれば、二人がどれだけご両親の愛情を受けて育ってきたか、よく分かります。私もあんなに仲のいい姉弟は初めて見ましたよ」


勧められたお茶を受け取って、マウロは笑顔を返した。




部屋に戻るなり、イアが口を開いた。


「何の話だろうね?」


「さぁ?イアがウチに来た時のこととかじゃないかな?」


アトラスは興味がないわけではない。マウロに対して警戒が必要と考えればむしろ、話の内容は気になるのだが、父親に言われては素直に従うしかなかった。

まだ眠るには少し早い時間だ。本でも読もうかと、窓際の小さな戸棚を開いてアトラスはふと、手を止めた。窓の外には雲の吹き散らされた空が広がり、その中程にはいつもよりくっきりとした月が浮かんでいる。明るい夜空の下に、妙な気配を感じたのだ。些細な違和感と言ってもいい。


「アトラス」


と、囁く声があった。窓の外から聞こえてきたのは、アーティーの声だった。まさかの来訪者にイアと二人で息を呑んで、顔を見合わせる。姿は見えないが、イアにも今の声が聞こえたということは、空耳ではないだろう。再び声が囁いた。


「アトラス、来て下さい。敵が、来ます」


まだまだ夜は更けないというのに、何とも来訪者の多い夜だった。

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